3-11
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さて、クラスの皆は気を取り直して(?)ボウリングの続きをやっていたけど、僕とヤミノはお先に失礼してきた。疲れちゃってね……。特にヤミノの方が。
二人でボウリング場を出た途端、ヤミノはクニャッとしゃがみ込んでしまった。
「おいおい、いくら疲れているからって」
ヤミノの手を掴んで無理矢理起こそうとする。
「痛っ」
「え」
驚いて手を離す。
見れば、ヤミノの服とプロテクターの間、露出している肌のあちこちが赤くなっていた。プロテクター自体も擦れて表面が削れている箇所がある。満身創痍じゃないか。
何度も転んだりぶつけたりしていたからなあ……。しかし、ボウリングでここまで怪我をする奴はそうそういないだろうな。
「うっうっ、痛いよお……」
膝を抱くようにして、じっと目を瞑るヤミノ。
痛いのは嘘じゃないだろう。スポーツだけど、こいつにとっては戦争の続き、戦いだったんだ。ヤミノは戦って、負けたんだ。途中卑怯な真似をしそうになったけど、それでも最後まで戦った。
「ヤミノ、ええと、負ぶってってやろうか?」
「重いね……。プロテクターと安全靴、脱いだら?」
「でもこれがなかったらアタシは死んでた」
「……そうかもな」
ヤミノを負ぶったまま、歩く。その歩調は一定のテンポで、規則正しく、まるで機械仕掛けのようだ。僕の意思とは無関係に動いているみたい。
ううーー!
僕は今、ヤミノを、背中に、負ぶっている! むちっとした熱い肉体を感じている!
たもっちゃんと今井さんのせいで、ヤミノの、この、ぶっちゃけおっぱいを、猛烈に意識してしまうのだよ!
昨夜はベッドの上で、背中にヤミノの肌を感じて、しかし僕は微動だにしなかった。そして今、僕の体はロボットのように、メトロノームのリズムで動き続けている。自らの鋼の意志によって、だ。気を抜いたら、こいつの魅惑のボディに吸い込まれてしまいそうで。
僕はヘタレなのか? ある意味ではそうだ。それほどの脅威を、ヤミノのむっちりしたボディに感じているのだ。
足を一歩踏み出す度に、僕の背中に女の塊がむぎゅっと押し付けられる。てくてく、むぎゅむぎゅ、だ。
「あー、もう!」
ヤミノの熱い息と声が、僕の首筋に当たる。あふっ。
「なんかまた悔しくなってきた! 悔しいよー! 助けてよー!」
僕にしがみ付く手に、ぎゅーっと力が込められる。
痛くはないけど、熱く湿った吐息と相まって、ああ……、ふう……。
「ま、まあでもさ、会長がスポーツ万能だったのは、仕方ないんじゃないか? そういう人いるもん。向き不向きがあるからさ。お前は、運動苦手だろ?」
会話で気持ちを逸らそう。
「運動とか大嫌い! 疲れるし痛いし。ううー」
「ボウリングだってこっちに来て始めてやったんだしな。あ、会長も昨日こっちの世界に来たんだよね? 多分、お前と時間差で、女神様が連れてきたわけで。そんな昨日の今日でここまで人気者になっちゃうなんて、あるのかな……」
入学式の時に全校生徒の心を承諾して、生徒会長になって、校長や理事長までもとりこにして。そこまでは、信じられないながらも、凄い人がいるもんだな、と他人事のような気分だったんだけど。
でも実際に目の前で、クラスメイトの皆が会長に心奪われる様を見たら、はっきり言ってショックだった。皆、会長の事以外は目に入らないってほどだった。その数秒前までは仲良く話していたのに、僕らの事なんて頭から消え失せてしまったかのように。
「ああ、あれはおかしい。きっと魔法を使ったんだろう」
「え、魔法!? やっぱり、魔法ってあるんだ!」
そうだ、生徒会室で、会長はヤミノから魔力を吸い取っていた。その奪った魔力で魔法を使うって事なのか……?
「魔法はある。だがアタシもよくは知らん。アタシの専門は魔導兵器だし、戦う相手は騎士とか魔物だったんで。でもあるにはある。ダークエルフも人間も、オークなど全く別の種族を戦場で使役する為に精神に呪縛をかけたりする。知的生命体には魅了の魔法が有効のはずだ」
魅了の魔法と言われると合点が行く。
そう言えば会長に見つめられた時、あの、星が煌くような綺麗な瞳に吸い込まれそうな気持ちになった。もしかして、あれって魔法をかけようとしていたのかも……!?
「ファンタジー世界の住人だもんね。魔法か……」
あれ?
「でも、お前は聖縛縄を掛けられちゃったでしょ。魔力を出すと発動しちゃう。てことは、会長にだって同じような拘束具がつけられてるんじゃないの?」
「あの女の首にこの痣があった? これこれ」
「あふんっ」
ヤミノが僕の咽喉をつつく。そこには、鍵穴の痣がある。この痣こそ、聖縛縄を嵌められている証拠なのだ。
「そういえば……、気が付かなかったな」
「アタシはチェックしておいた。なかったよ。女神スラーヌにおべんちゃらでも使って、見逃してもらったに違いない」
そうかなあ。まあ、あの女神様のいいかげんな様を思い出すと、上手く乗せれば甘くしてもらえそうでもあるかな?
「悔しい~! なんであの女ばかり良い思いしてんのよ! アタシは魔力を封じられて、おまけにこんな半端な坊主と縛られちゃってるってのにー!」
「半端な坊主で悪かったな! 迷惑してるのはこっちだよ! それになんだよ、うちに居候しているくせに!」
「別にアンタに住まわせてもらってるわけじゃないもん。アンタのおやっさんのたっての願いで寝泊りしてやってるの」
「なにい!? この野郎! 振り落としてやろうか!」
ヤミノを負ぶったままグルグル回る。
「やだやだやだウソウソウソこわいこわいこわい!」
僕の首にしがみ付くヤミノ。限界までむぎゅーってなって、ヤミノの顔が僕の耳にくっ付いて、吐息が僕を焼いて……、かはっ!
「だが待てよ?」
間一髪(?)、ヤミノが顔を離した。
「あの女の魔力があれば、聖縛縄を外せるかもしれんぞ?」
「え?」
「前にも言ったじゃん? この鍵穴の痣、これは魔力で画かれているの。同じく魔力でもって焼き消せれば、自由になれるはず」
「ああ、そうか……!」
「よっしゃ! スポーツ勝負はやめだ! あのアマを泣くまでとっちめて、無理矢理……」
「ちゃんと頼もうよ! そういう恐喝まがいの事じゃなくてさ!」
「アタシにはそれをやる権利がある!」
「多分ないだろ! それに、会長は魔力が使えても、お前は使えないんだよ? 魔導兵器出せないんだぞ? 運動神経はどう考えても向こうが上なんだから、返り討ちにあうぞ」
「そ、そうだった……! 丸、腰……! 承一、一緒に来て~」
「わわ!」
僕の後頭部に、ヤミノが額をこすり付けてきた。お前、ちょ、猫かよ!
「も、もちろん行くけどさ……。そもそもお前とは別行動取れないし。……心配だしな。なんにせよ、明日、もう一度会いに行こう」
「承一も見ただろ、あの女の汚さを。魔法で人の気持ちを操るなんて、とんでもないメス犬だよな。卑怯な手を使いやがって、せっかくアタシらと友達に……、なった奴らを……」
ぐすん、と鼻をすする音。
「ヤミノ?」
ヤミノは黙ってしまった。何も言わないでも分かるよ。
「大丈夫。会長の魔法ってのも、もう解けてたじゃないか。明日はまた皆と仲良くやれるよ。それに、僕には会長の魔法もかからなかったじゃん。だから、えーと、僕はずっとヤミノの友達でいるからさ」
「…………」
「だから、もう心配するなよ。僕がいるからさ。心配ない! こっちではお前の面倒は僕が見るって!」
照れ隠しに大きな声を出す。
「……うん。……でも、じゃあアタシは何をすればいいの?」
「何を、って?」
「いや、だから……。承一が優しくしてくれるけどさ……。その条件に、一体アタシは誰をやっつければいいのかなって」
「誰もやっつけなくていいよ! どういう条件だよ!」
「でも」
「お前、それってお前のいた世界の常識だったの?」
「うん。アタシ達ダークエルフは、戦功を立てられない者には価値を置かないから。力を持たない者は捨てられる……」
そんな。でも、思い出した。ヤミノが僕の父さんに啖呵を切った時、こう言っていた。捨て子だと、親に捨てられたと。
そんなヤミノが、人間から恐れられる魔導衝撃士となるまでに、一体何を思ってどんな事をしてきたのか。様々な事を必死に勉強してきたらしい。家族もおらず、友達も作らず。
いや、力の無い者には、そのどちらも与えられないんだ。そういう世界から、ヤミノは来たんだ。
「ヤミノ、この世界にいる間は、ダークエルフの常識は通用しないぞ。郷に入ったら郷に従えってやつだ」
「じゃあ、何をすればいいんだ」
「お前は、そうだな……。こっちの世界での幸せを見つければ良いんじゃないかな。こっちにいる間はさ」
「へ? 何それ、バカみたい。何でそれが条件になるの?」
確かに、バカみたいだな……。だけど。
「僕がお前の面倒を見るんだぞ。一緒に暮らして、外でも学校でもずっと一緒にいるんだぞ。それなのに横でお前が不幸せな顔をしていたら、僕は困る。幸せそうにしててくれないと、嫌だ」
「……でも、幸せって何よ」
「そりゃお前、友達がいたり、家族が出来たり、その、好きな人が一緒にいたりとか? ……じゃないかな? 僕だって良く分からないけどさ!」
「なんだよ、承一だって分からないんじゃん。てきとう言いやがって!」
ヤミノが乱暴にぎゅってしてきた。ぎゅって。むぎゅって。