3-9
●3-9
ヤミノと生徒会長は元の世界で血で血を洗う戦いを行ってきたらしい。
それの続きを、血を流さない戦いで行うと! そう、これはスポーツの形を借りた戦争!
「再びアタシと同じ世に降り立った事をあの世で悔やむがいい! そして女神を呪え! 怨め! 憎み倒せ! 平穏を願うなら来世はミドリムシにでもなれ! 必殺ドッグ・イート・ドッグ!」
気合いと共に放たれたボールは、ヤミノの手を離れた直後に溝へ。
「まだまだあ! 必殺スプーキー・エンカウンターズ!」
同じく溝へ。いきなり二投連続のガター。やっぱりだ……。
「おっとしくじったぜ。でもまあアンタにもチャンスをやるぜ」
零点発進ながらも余裕の表情のヤミノ。それからギャラリーの方を向き、「へへっ」と照れ笑い。さっきの親睦会とまったく同じだ。そう、先程はここで皆が「おしい!」やら「投げ方かわいい!」やら、盛り上げてくれていた。さっきは、だ。
しかし。今は。
「あ、あれ?」
たもっちゃんも今井さんも、何も言わない。それどころか、誰も、ヤミノの事など見ていなかった。
静まり返るギャラリーの前で、ヤミノが立ち竦む。
そんな水を打ったような空間に、生徒会長が立ち上がった瞬間。
「うおお! 会長の番だ!」
たもっちゃんが叫んだ。
「会長ー! 頑張って下さーい!」
今井さんも。
「信じてますから!」
男からも女からも、黄色い声が飛び交う。会長の取り巻き連中はもちろん、僕らのクラスの連中も、全員が叫んでいる。全員が、会長の応援をしている。
「ア、アンタ達……? そんなあからさまに……。ええー」
ヤミノは動揺を隠せずにいる。たもっちゃんや今井さんを初めとして、クラスの皆とは大分仲良くなれていたのだ。友達になれたはずなのだ。それなのに、その友達は、誰も自分を応援していないのだ。
「はぁはぁ。会長~。はぁはぁ」
いや、ヤミノを応援していないと言うより、会長の応援以外の事に意識が回らないといった風だった。これが、会長のカリスマ性なのか……!
だがこんな事ってあるのか? そりゃあ会長はとびきりの美人で、行動力もあり、いかにも上に立つ人の風格がある。それでも、それにしても、会長を見つめる皆の目の光には、ちょっと異様なものがあった。
「さて、っと」
会長が、見事な、本当に美しいフォームで投球する。ボールは緩やかなカーブを描き、パカーン、と空に抜けるような快音を響かせる。ストライク。
「うおおおおおお!」
「すてきいいいい!」
歓声が渦を巻き、ボウリング場にこだました。
ヤミノにとっては完全にアウェーの闘技場で、ボウリングは進む。
応援の有無の差は、そのまま点数の差に繋がっていた。圧倒的に、負けていた。全てが。
会長が一投目を投げた時に、ヤミノは既に負けていた。心が、だ。既に敗者の顔になっていたのだ。
その情けない無様な表情を、しかし誰も気に留めていない。誰も見ていない。
ヤミノは、ただ一人で立ち尽くし、一人で投げ、一人で戻ってくる。一人ぼっちで。
……違う! 僕だけはヤミノの味方だ!
「ヤミノ! どうした、顔を上げろ! 落ち着いていけ!」
「うん……」
消え入りそうな声。
「手元じゃなくて、ピンだけを見て投げろよ。さっきよりも上手くなってるからな!」
「うん……」
くそ。このままじゃ駄目だ。あいつ、完全に心が折れている。勝手に喧嘩を売って勝手に打ちのめされやがって。自業自得だとは言え……、見捨てられるわけがないだろう!
「さすがは会長!」
試合の途中だが、僕は拍手しながら生徒会長に近付いて行く。
「慣れない競技でしょうに、素晴らしい腕前ですね!」
「え、承一……、アンタまで……?」
僕のおべっかに、会長よりも、その隣のヤミノが反応する。ちょっと黙ってろっての。
「会長の勇姿を見ていたらなんだか僕もいてもたってもいられなくなってしまいまして。いや、二人の邪魔をするのではないですよ! ただ現地民である僕も協力したいなー、って。どうでしょう、タッグ戦にするというのは。わざわざ僕らの世界までやってきたのに、以前と同じ相手とだけ競っても面白くないでしょう?」
「なるほど」
と、会長は含み笑い。
「恩田君は優しい子ね。糖獄さんも恩田君と知り合えた事をもっと女神スラーヌに感謝しないといけませんわ」
「へ?」
ヤミノのバカ面。
「いいでしょう。ここからはタッグ戦にしましょう。仕切り直しね。皆さんよろしくって?」
「うおおお!」
歓声で同意を表すギャラリー。会長がイエスな限り、絶対にイエスと言うと思っていた。
たもっちゃんなんか力強くガッツポーズしている。まあ彼はさっきから会長の一挙一動にいちいちこのポーズを取っているんで参考にはならないけど。
「という事で、この先は僕とヤミノのチーム戦だからね」
ヤミノに言う。
「え? あ、そうなの?」
「なんだよ。不満かよ」
「いや、そうじゃないけど……」
おいおい、なんだよ、ここは盛り上がって燃え上がる場所だろう?
「気合い入れていこう!」
「う、うん」
なんか今一だけど、仕方ない。
で、会長の方はと言うと……。
「はいはい! 会長! 俺! 俺! 俺にやらせて下さい!」
手を上げるたもっちゃん。
「いやいや、私が! 私、プロボウラーを親戚に持っています!」
今井さんもやる気満々だ。
もちろん二人だけでなく、僕ら以外のほぼ全員が会長のパートナーに立候補している。
その前で当の会長は、頬に指を当てて困り笑い。
「ええと、じゃあ、あなた」
そう言って人垣の中の一部を指差す。はあ~、とため息の合唱の中、
「うふふ。それでは、僭越ながら私が」
そう言いながら前に出てきたのは……、あれ!? あの丸っこい体の、髪の薄い、人の好さそうな初老の男は……、校長先生!? 校長がなぜここに? 生徒達に混じっていたのか? 何してんですか、もー。
兎にも角にもタッグ戦は始まった。一フレームを交互に投げて、その合計点で競うってルールだ。
「いくぞ!」
気合いを入れる僕だけど、我ながら大して上手くはない。まあまあかな……、ぐらいの出来。スペアやストライクだってそこそこ取れてはいるんだけど、その後のヤミノが振るわないので、全然点数が走らない。
「…………」
ガター。照れ笑いさえしないヤミノ。
「大丈夫大丈夫。ここからだよ」
「……うん」
しょっぱい試合を進める僕らの隣のレーンは、対照的に華やかな明るい雰囲気に包まれていた。
美しいフォームで鮮やかに決める会長。この人、上手いのはボウリングだけじゃないだろう。体の使い方が素人じゃない感じだもの。なんでも出来るんじゃないか……。
まあでも、今さら会長に驚く事はなかった。会長ならこのくらい出来ても不思議じゃない、って感じに思えてしまうのだ。
……それって、僕も会長のカリスマ性にやられつつあるって事かな?
それよりも想定外だったのは、校長先生だ。ストライクこそ多くはないけれど……。
「かつてボウリングブームと言うものがありましてね。昔取った杵柄ですよ。そい!」
綺麗なフォーム。やるなあ! でも両端に残ったぞ。
「若者はブームに踊らされやすいけれど、逆にブームを毛嫌いし、バカにする子もいますね。でもね、私思うんですよ。ブームに思い切り乗るのも良いもんだって。なぜって、ライバルが多いからですよ。頑張らざるを得なくなるからですよ。スポーツでもゲームでも、または誰かのファンになる事でも、それは同じです。青春はね、戦わないといけないんです。それが人生の糧となるんです。そい!」
パココーンッ。またもスペア! く~、渋い! 校長は、こういう風にピンがいやらしい残り方をした時こそスペアを決めてくるのだ。
「ブームに背を向けるのも良いですよ。でもそれならば、ブームを叩き潰すぐらいに頑張っていただきたい。生意気でも世間知らずでもいいんです。皮肉屋でも、ニヒルを気取ってもいいんです。中身が熱ければ。そういう人に、皆さんにはなってもらいたい」
言う事も、真っ当な気がする。……まずい、飲まれてしまう。
僕だって恥ずかしくない生き方をしたいといつも思っているんだ。負い目を感じる事なんてないんだ。そりゃあ、全校生徒の前で緊縛姿を晒したけど……、その恥の事は今は関係ない。今は、応援の声にどれだけ差があろうと、人生の経験値がどれだけ違おうと、競技者と競技者でしかないんだ。
最後まで諦めないぞ。負けるものか!
「なあ、ヤミノ!」
だが。ヤミノは、ボールを持つ代わりに、両手を真上へと挙げていた。顔は苦しそうに歪み、汗が滲んでいた。唇が震え、何かを呟いている。
そして。天井の、照明の並びの間に、半透明の、円柱や立方体など様々な形の物質が現れはじめ……。
「何してんだバカ野郎!」
ヤミノの頭にビシッとチョップを見舞う。女の子を殴るのは男の道を外れるが、しかし緊急事態だ。
「あいたあ!?」
ヤミノが頭を押さえ、それと同時に魔導兵器の部品が消え失せた。
咄嗟に回りを見回す。ギャラリー達は皆会長を見ているので、今の事態に気付いた人はいなそうだ。
それから、ヤミノに向き直る。
「何してんだよ! 魔導兵器を使えないのは分かっているのに! 忘れちゃいないだろう? お前、無意識に召喚しようとしたのか?」
「そ、そうだった……」
「そうだったじゃないよ! それに、例え召喚出来たとしてもだ、僕らは今、正々堂々と勝負しているんだろう! 情けない真似するなよ! 僕の事まで卑怯者にする気か!」
ヤミノは驚いたような顔をしている。驚いているのはこっちだ。お前のバカさ加減にさ。
「アタシに愛想尽きたか」と、ヤミノが言った。
「当然だよな。何の力もないんだから。何の役にも立たない、誰をやっつける事も出来ない。使えない奴だよ、アタシは。承一も早くアタシの事を斬り捨てたいって思ってるだろうけど、悪いね。繋がっちゃってるもんね。とことん運が悪いね、アンタはさ」
カチンときた。今度はチョップじゃなくて、拳を握って、中指だけを少し飛び出させて、それでヤミノの頭を殴った。ゴチンと鳴った。
「いぎい!? ぼ、暴力反対……」
「まだ勝負は終わってないんだ」
面倒なやり取りは嫌いだ。言い訳の言い合いになってしまう。だから言うべき事だけを言う。
「せっかくのタッグ戦なんだ。最後まで一緒に頑張ろう。僕はお前の味方だからな」
「承一……?」
ヤミノは頭をさすりながら、僕を見る。痛くて目に涙が浮かんでいる。やはり、殴るのはいかんな……。
でも今は謝りたくなるのを我慢する。おほんと咳払い。
「最後まで一緒に頑張るんだぞ。いい?」
「……うん」
「よし!」




