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ボウリングは進む。
それにしてもヤミノは運動音痴だな。投げ方云々以前に、ボールを持っての歩き方がヨタり過ぎだ。体なんかボールを持っている方に折れ曲がってるし。ボールに指を差しているのに、結局両手で転がしてるし。見掛け倒しもいいところだよ。
「糖獄さん、よく狙ってー」
「……へ、へい」
「ヤミノ、怪我だけはするなよー」
「バカにしてんのか! 蹴散らしてくれるわ!」
僕にだけ強気なヤミノ。
「糖獄さんがんばれよー! ……おい承一、ちょっとちょっと」
「なに?」
たもっちゃんに呼ばれて、ベンチの、彼の隣に座る。
「ここからな、こう、この角度でな、糖獄さんの投球フォームを見るとな」
へっぴり腰なヤミノの投げ方。
「パンツが見える、と」
「ちょっとたもっちゃーん!」
高校生男子らしい! 非常に高校生男子らしいしょうもなさ!
ヤミノもヤミノだ! あんな紫色のパンツ、ちょっと説教してやりたいよ! あれも昨夜バイク便で届いたはずだ! 誰が送ってきたんだ? ヤミノが自分で注文したのか?
とかなんとかやってたわけですが。
やはり魔導に頼ってきたヤミノにはスポーツは期待出来なそうだ。スコアが悪いのは別に良いのだが、戻ってくるボールを取ろうとして突き指するわ、果ては気合いを入れて投球しようとして、ボールを自分の膝の裏に直撃させるというドジ振り。
「おいおい!? 本当に怪我、大丈夫かよ!?」
「くふふ……。なんのこれしき……。人間のテクノロジーになんぞ、負けるかよお……」
鮮やかなボールを抱いてうずくまるヤミノ。口だけは笑っているが、目は泳ぎまくっているじゃないか! 痛いのか!? 痛いんだろ!?
「プロテクターを着けていなければ、足を持ってかれていた……」
本当かよ!?
そんな風に、見掛け倒しのヘッポコ振りだったが、クラスの皆は応援してくれた。応援、笑い、心配。それらがいっしょくたになって、なんだかとっても温かい声だった。
「お疲れ! はいよ」
たもっちゃんが、僕とヤミノにジュースを渡してくれた。
「え?」
「佃先生からもらったボウリング代、来なかった奴の分で買ったんだよ。律儀に返す事ないだろ? 皆で使っちゃおうぜ。これも先生の奢りって事で」
「そうなんだ! ありがとう!」
「助かったぜ……」
完全にグロッキーだったヤミノは、ジュースの缶を両手で持ってごくごく飲む。
「おいおい、慌てて飲むと……」
「ぐほ! ぶおっほん!」
言わんこっちゃない! それ炭酸だもん!
「ちょっと糖獄さん! 大丈夫? ティッシュティッシュ」
今井さんが鞄がガサガサ漁る。
「ヤミノ、良かったな。皆が優しくて。友達も良いものだろ」
「……うん、まあ、そうかも」
ヤミノの口が笑う。目からも、挑むような光りは失せていた。
ヤミノは元の世界でずっと戦っていた。歳は僕と同じなのに、戦争の渦中にいたんだ。
勉強は全て魔導衝撃士としての修行だったようだ。友人とともに学び、ともに遊び、ともに笑い合う、そういう環境ではなかっただろう。
だから、いつまでこの世界にいるのかは分からないけど、ここにいる間は、僕と一緒にいる間は、青春てやつを楽しんでもらいたい。せっかくだもの。
クラスの皆の方を振り向く。
「皆も分かったでしょ、こいつさ、見た目はこんな感じだけどさ、中身はへろへろなんだ。また遊んでやってよ。えーと、いとことして心配だからさ。ね?」
「お、おい、承一! いらんこと言うな! 恥ずかしいだろ……」
ヤミノが僕の腕を引っ張る。それでも上目遣いに、皆の方を見ている。おどおどと、心配そうに。
「おう!」
わっ、びっくりした。たもっちゃんが、やたら気合の入った返事をしてくれたのだ。
でも良かった……。僕とヤミノは目を合わせ、照れ笑い。
「うおお!」
「おおおおおおお!」
他の連中も次々に声を上げてくれる……、けど、あれ?
「あああー!」
今井さん!?
「きゃああ!」
え、歓声!? しかも、皆の目は僕らの方を見ているわけではなくて……、僕らの後ろを見ている……?
皆の視線を追って振り返る。
「ええ!?」
「なにいい!?」
僕とヤミノも皆に負けず劣らず大声を上げてしまった。
「あら、奇遇ですね。糖獄さん。恩田君」
「生徒会長おお!?」
そうなのだ。新生徒会長緑堂サリナこと、聖女サリーナ・リョクド・ウワが、このボウリング場にやってきていたのだ!
一人ではない。彼女の背後には学生服を着た生徒達、男女合わせて五十人ほどが付き従っている。
「はああああん! 会長おお……!」
「会長がああ……」
僕のクラスメイトから、次々にうっとりした嬌声が上がる。全員が会長を見ている。僕らの事なんて見ていない。
「サリナ! 何しに来やがった!」
ヤミノが噛み付きそうな勢いで叫ぶ。
「ちょっとレクリエーションに、と言いたいところだけど、これも生徒会の活動の一つなのです。学園四天王を募集したらこの人数が殺到してしまいましてね。面接の前の一次選考の為に来たのです。ボウリングとは、心技体のパラメータをチェックするのに最適な競技だと風の噂で聞きましてね」
「一次選考? 嘘をつけ! さては、アタシがここにいる事を聞いてきたんだな!」
「はて?」
首を傾げる会長。
「雑魚キャラの群れを引き連れて、ノコノコと……。アタシとのバトルの延長戦をやろうってのかよ。ええ?」
「さて?」
「望むところよ! アタシの道具にゃマニュアル・セーフティは付いてないんだ。こちとらいつでも準備オーケーだぜ!」
「おい、ヤミノ! 物騒な真似はやめろ!」
「承一、安心してくれ。何も戦争をおっ始めようってわけじゃない。何せアタシはあのバカ女神の呪いでゴニョゴニョ……、言わせんなよ恥ずかしい!」
「言うかよ!」
魔導兵器を召喚しようとすると、いつでもどこでも緊縛完了しちゃうなんて!
「とにかく!」
ビシッと会長に指を突きつけるヤミノ。
「この異国の競技場はアンタとアタシがバトるのに相応しいって事よ。魔導も魔法も毒も剣も無し、ボウリングで勝負だ! アンタもそのつもりで来たんだろこの野郎!」
「やれやれですね」
ふふふ、と会長が笑う。激昂するヤミノとは対照的な、柔らかな、そして涼やかな笑み。
「あ、ボウリングで? なら一安心……。でもないぞ! おいヤミノ! そんな喧嘩売ってるけど、お前、下手だぞ? 自分で分かってないのか? お前まさかルールを逆に覚えてるんじゃないか? ピンを倒さないといけないんだぞ?」
「わ、分かってるって! 結構倒せるようになったじゃん!?」
「んー……。まあ……。うーん」
「おいおい! 三回に一度ぐらいは倒してたじゃん! それに」
顔を寄せ、声を落とすヤミノ。
「それに、あのアマもなかなかどうして、下手クソのはずだぜい? あの女は自分じゃ何も出来ないのさ。聖女なんて、ブリキの薄らバカどもを顎で使うだけの簡単なお仕事だからな。あんなすかした顔をしてるけど、中身は手前のオシメも換えられない永遠のイヤイヤ期よ」
「相変わらず口の減らない事で。イヤイヤ期はどちらかしら」
会長がやれやれと首を振る。聞こえてるじゃん!
会長がブレザーを脱いだ。
それを、お付きの生徒が膝を付いて受け取る。別の生徒がボウリングシューズを足元に揃え、またもう一人の生徒がバッグから取り出したボールを磨く。
やる気だ! って言うか、え、マイボール!? 準備万端じゃないか!
「糖獄さんと生徒会長が十柱戯闘!?」
「た、大変だああ!」
クラスメイト達は大興奮、と言うか、大混乱と言うか、大騒ぎだ。
「うおおお!」
とにかく皆大盛り上がりなのだった。はあ。もうこうなったら止められない。