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胸を張って腕を振って、大股で、歩く。
大きい住宅が減り、畑が増える。古い木造アパートの前を通ると、薄暗い公園がある。
通学路の確認の為に何度かこの公園の前を通ったけど、結構荒れている。遊具はペンキが剥がれ、錆びついている。乗り捨てられた自転車や原付が放置されたままになっている。もちろんゴミだらけだ。まったく……。
公園管理の役人が手を抜いているのはもちろん頭に来るが、それ以上に腹が立つのは、こういう公共の場に平気でゴミを捨てる人間だ。僕にはそういう奴らの感性が理解出来ない。誰もいない夜中にでもコソコソ捨てに来るのだろう。卑怯者め。
父さんが刑事だからだろうか、野放しになっている犯人を思うと腹が立って仕方がないよ。見つけたら取っちめてやるのに。なんて思っていたら。
「あっ」
公園の端の茂みの辺りに、こちらに背を向けてしゃがみ込んでいる姿があった。白い服をだらしなく着た、金髪のヤンキー娘のようだ。こそこそと、何かを植木の間に押し込もうとしている。
あれ、絶対にゴミの不法投棄だよ! 見つけた! 現行犯だ!
「ちょっと! 公園はゴミ捨て場じゃないですよ!」
僕は大声で言いながら、急いで公園に突入した。
「え!?」
女が驚いて振り向く。
「え」
僕も驚く。彼女の、容姿に。
金色の髪は脱色したものじゃない、天然の輝きを放っていた。同じく金色の細い眉の下で、金色の瞳が僕を見ていた。肌も陶器のように白く、あまりにも艶やかで、皺もそばかすも、毛穴さえもないようだった。
体には、これまた真っ白のレースのカーテンのような布をふわりと纏っている。民族衣装だろうか。
外国人? なんか凄いオーラを放っているけど……、女優さん?
とにかく、少なくともそこらのヤンキー娘なんかじゃ決してない。
「やばっ、見つかっちゃった!?」
外国人かに見えた女の人が、流暢な日本語で叫んだ。すてんと尻餅をつく、コントのような大げさなリアクション付きで。
その無様な姿に、オーラに飲まれそうになっていた僕も自分を取り戻した。この女、やっぱりゴミを捨てに来ていたんだ。
「あなたねえ、ゴミを捨てようとしてましたね? そういうの、本当に迷惑なんです。と言うか、不法投棄は犯罪ですから! ええと、五年以下の懲役または一千万円以下の罰金ですよ!」
「え? え? 懲役? 罰金? 嘘でしょ? ありえないって」
「嘘じゃないですよ! 僕の父さんは警察ですから! 言い逃れようとしても無駄です!」
「いや別に言い逃れるつもりはないし……。そもそもゴミとか……、知らないし……」
金髪の女は明後日の方を向きながら、茂みの前に立ちはだかった。
「ちょっと隠さないで下さい! 何を捨てるつもりだったんですか? 粗大ゴミを捨てるなんて最悪ですよ」
「あ、やだ、だめえ」
カーテンのような物に包まれた肩を押しのける。茂みの間に置かれたそれを見る。それは……。
人、だった。黒い水着のような物を着た、褐色の肌の女の人が倒れていた。
その体は、水着の上から、赤い縄で複雑に縛られている。口には猿ぐつわをかまされ、目は乱れた黒髪に隠れて見えない。
人を、縄で縛って、まるで物のように、捨てる……。これって……。
「ししし死体!?」
なんてこった。まさか、単にゴミの不法投棄かと思ったのに。
「死体遺棄の現場だと!?」
父さんから聞いた事がある。刑事は犯罪を追うのが仕事だが、いつしか刑事と犯罪は引かれ合うと……。刑事の息子である僕にも、凶悪犯罪の引力が作用し始めたのか……!
「違う違う! 死んでないって! ほら!」
金髪の女が、縛られた女を揺さぶった。
「ふごー!」
猿ぐつわと言うか、口に噛ませられたゴルフボールのようなものの間から、苦しそうな声が上がった。黒髪の間で、開いた赤い目が、金髪女を睨みつけている。
「あ、生きてる!」
よ、良かったあ!
よく見れば、この縄の縛り方……、複雑に縄を交差させて、拘束と同時に肉体の凹凸をくっきりと強調させていて、特にほら、胸なんて……! いくらなんでも主張し過ぎだろ! ってぐらいでして。
これってあれだ、亀甲縛りってやつだ! 初めて見たよ!
生きている、そして亀甲縛り。
そう認識すると、途端になんとも言えない感覚が僕の中でせり上がってきた……!
しかも黒い水着のような物の上から縛られるってのは、もしかして裸よりもエロチックなのかも? なんかスクール水着に見えるし……、それが余計に、ねえ? 変態性に拍車がかかってるって言うか。
エロチックでアブノーマルでしかもアーティスティック。芸術と職人技の見事な融合!
ああ~、なんかこう、ゾクゾクっと、腰骨にくるぜって感じ!?
あ、いや、そんな事はどうでもいいのだ。
褐色の肌の中で、赤い瞳が、いかにも屈辱そうに震えている。
「ね、生きてるでしょ! 死体遺棄だなんてとんでもない。滅多な事を言うものじゃありませんよ。ほほほ」
金髪の女が口に手を当てて笑う。
「ふごーっ」
それに抗議するように、褐色肌の緊縛女が唸る。
「まあ、確かに生きているけど……」
だからって!
「じゃあ生きている人間を捨てようとしてたの? それはそれで立派な猟奇的事件です!」
これは僕の手に負える案件じゃない。父さんに連絡しなくちゃ! スマホを取り出す。
「えっと、警察、警察……」
「え、何やってんの、あなた。え、警察? うそ。あ、ちょっとちょっと! 本当に警察!? そうはさせない!」
スマホを奪われるかと思ったが、金髪女は「えいや!」と手を振っただけだった。
それだけなのに。
『はあはあ』
「うわ! なんだ!?」
スマホから、誰かの息遣いが聞こえてきた。まだ発信していないのに!
「どうしたんだ!?」
手の中で、スマホが熱を持っていた。それも精密機器特有のバッテリーの発熱とは明らかに違う、妙に生々しい、温もりだった。しかも、じっとりと湿り気が出てきた!? スマホなのに!?
「なんだこれ!? 壊れた!?」
「別に壊れていやしないわ。ちょっと本能を刺激してやっただけ」
何を言っているんだ?
「警察を呼ぶとか呼ばないとか、あなたも変なおいたはしちゃダメよ」
「おいた? 悪いのはそっちでしょうが!」
「んまー、この私に向かって頭の固い委員長的発言! これはお仕置きが必要ですね!」
金髪女は人差し指を立て、顔の前でくるくる回してから、僕へと突き付けた。
「聖縛縄!」
ガシャン!
「うわ!?」
え、なに!? なんか急に首が重く……。
「って、何だこれ!? 首輪が!?」
冷たく重い金属製の首輪が、首に嵌っている!? やたらと分厚くて、ガッチリしていて、引っ張っても取れない!
それに、なんだ? ちょうど咽喉の部分に、鍵穴が開いている……。
そうやって首輪をまさぐっていた僕の手が、突然自由を失う。足も動かず、バランスを崩し、僕はなす術もなく地面に倒れた。
「いてえ……っ。て、え!?」
手も足も動かない。それもそのはず、僕の体は赤い縄できつく縛り上げられていた。後ろ手に縛られ、足も膝と足首で縛られ、立ち上がれない。
「なんで? なんでどして?」
僕は縛られている。しかもこれ、首から胸、お腹、股間まで、幾何学模様で縛られていて……、亀甲縛りだよ!?
この金髪女がやったのか? 見えなかったぞ? 凄い早業なのか? その道の達人なのか? 分からない。何も分からない!
「嫌な痛さじゃないでしょ?」
金髪女が微笑む。余裕のある、強者が弱者を見る時の笑み。
今日は高校の入学式なんだ。門出の日。男として恥ずかしくない生き方をする為の、新たな一歩を踏み出す日なんだ。男らしく胸を張って、堂々とした青春を送るんだ。
そう希望を抱いていたのに、なんで今僕は、緊縛されて転がされ、見ず知らずの女に見下ろされているのだ!?