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クラスの皆は昨日のうちに自己紹介やら何やらを済ませたらしい。だから僕とヤミノだけが黒板の前に立たされていた。
僕らを見て、教室中がざわつく。無理もないよな……。とんでもないアブノーマル野郎が二人ともここにいるんだもの。僕はいつ「変態!」の罵声が浴びせられるか、ビクビクしていたのだが……。
「えー、恩田承一君と、そのいとこの糖獄ヤミノ君だ。皆仲良くやってくれよ! 特に糖獄君はお父さんが外国の方だそうで、日本の文化の事、教えてやってくれ」
そう紹介してくれたのは、なんと入学式の時に僕を取り押さえていた、やたらガタイの良い男性教師だった。彼が僕らの担任だったとは。
名前は佃一虎先生。
そしてそもそも体育の教師ではなかった。担当は国語だそうだ。筋肉関係ない。
「君達の事は校長から聞いたよ。入学式のあれ、余興の一つだったらしいな。校長の祝辞の途中でテロリストが襲撃し、それを校長が真空投げで一網打尽にするっていう。だが、段取りの途中で失敗したとか。俺が邪魔しちゃったみたいで、すまなかったなあ! だが、先生には先に知らせておいて欲しかったなあ。協力したかった。こう見えても俺は結構演技派なんだぞ。まあ気にするな! 失敗は青春を味わい深いものにする! 思い返せばキラキラ光る宝物となる。気に病むことはないぞ! わっはっはっは」
ほがらかに笑う佃先生。絡みにくいかどうかは別にして、まあ、良い人なんだろう。
僕とヤミノ、隣同士の席につく。
「よっ。昨日はなんか大変だったな」
前の席の男子が話しかけてきた。茶色い髪で、眼鏡をかけているが、レンズは薄っすらブルーがかっていて、これサングラスじゃないの? なんか軽薄そうな奴だな。不良か?
「俺は青島保。たもっちゃんと呼んでくれていいよ」
「よろしく、たもっちゃん。僕は恩田でも承一でもどっちでもいいよ」
「じゃ、承一」
馴れ馴れしい奴だ。ま、いいけど。
「昨夜連絡網でメールが回ってきたぜ。お前らなんか急に余興を頼まれたんだって? 入学式で新入生が余興って、なあ? 無茶させるよなあ」
「え? あ、そうなんだよ……。まいっちゃって」
慌てて話を合わせる。これも校長先生が手を回してくれたのかな。とにかく助かった。
「私は今井鈴。よろしくー」
僕の斜め前、ヤミノの前の席の女の子も振り返ってきた。赤みがかったショートヘアの、明るい笑顔の子だ。
「よろしく、今井さん」
僕も笑顔で応える。
が、ヤミノは黙ったままだ。
そんなヤミノを今井さんが見て、
「ねえねえ糖獄さん、その手、凄いね」
最初から誰もが気付いていただろうヤミノのプロテクターに、突っ込む。
が、ヤミノはちらっと彼女を見ただけで無反応。
「あー、ヤミノのそれは。ええと、サポーターだよ。ほら、昨日の、あちこちぶつけちゃったから。な?」
僕が助け舟を出す。我ながら苦しい言い訳だ。こんなに真っ黒でごついサポーターなんてないよな。
「あ、そうなんだー。うわー、痛そう!」
ちなみに足には上履きではなく、鉄板入りの安全靴を履いている。すね当ても付けているし。サポーター云々の問題ではないんだよな。
「そうそう。まあとにかく、これからよろしく」
「ふん」
僕が皆との良好な関係を作ろうとしているのに、ヤミノの方はそっけない態度だ。
「おーい、挨拶回りは後にしろ! オリエンテーションは昨日のうちに済ませたからな。今日からは早速授業始めるぞ!」
「ヤミノ、もっと愛想よくしろよ」
小声で注意する。
「アタシがこの猿どもに? 冗談でしょ」
ヤミノはそんな事を言いながら、授業そっちのけで何やら作業中だ。手甲にシャーペンを二本、三本とくくりつけている。それってあれじゃん。クロー系の武器じゃん!
「そんなの作るなっ」
手を伸ばして取り上げる。
「あっ。返せ、返せよ……! 今襲われたらどうするんだよ!?」
今にも泣き出しそうな顔だ。重症だよ、これは。
「大丈夫だって。皆優しそうだし」
「アンタこいつらの事知ってんのかよ? さっき会ったばっかりなのに! 万が一の時、アタシは丸腰だぞ? どうしてくれるんだ。守ってくれんのか」
「ああ、守ってあげるよ……」
「本当だな、頼むぞ!?」
ヤミノはガタガタ音を立てて、自分の机を僕の机にくっ付けた。椅子も随分寄せてきた。
これじゃあ肩と肩がピタッと……! くっ付きすぎだ!
「おい、何してんだ? 今三島由紀夫の肉体美について解説してるんだぞ? ここ、テストに出るからな?」
「すいません! あの、こいつ、教科書がまだなくて」
「おお、それならいいんだ。見せてやれ。……ええと、どこまで話したっけ? おっと、六尺ふんどし編だったな」