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「なんか、しっかり片付いてる部屋だな。逆に落ち着かんよ」
野菜ジュースのコップを片手に、僕の部屋でキョロキョロするヤミノ。
まあね、別に物が少ないってわけでもないけど、整理整頓は気を使ってやってるから。掃除機も毎日かけるし。
ところで、ヤミノはジャージ姿だ。新品の高校ジャージで、胸には僕の苗字が刺繍されている。いくら家の中でも、例の水着みたいな服一枚でいられたら、目の毒というか……。
いや僕の家、僕の部屋で、しかも二人きりってシチュエーションだからこそ、いかんよ。だって、十五歳の男の子ですよ、僕は。僕は我ながら結構真面目な奴だとは思うけど、胸のドキドキというかムラムラはどうにもならんですもの。悔しいけど、そしたらもう、脳みそはそれの事に捉われてしまう。とても聖縛縄をどうするかなんて事を考える状態にはなれないよ。
「なんかもっとさあ、雑多なものに囲まれてないと、イマジネーションが湧かないんじゃないか? アンタ、入学式だなんだって言ってたけど、落ちこぼれちゃうぞ」
「え、なんで? 勉強はちゃんとやってるよ。そこの棚、教科書と参考書並んでるだろ。一応春休みにも予習はしておいたし」
「はあ? そんなの、ただ本読んで暗記してるだけじゃん。は~、これだからあんな学校に入学するなんて意味ないって言うのよ。アンタも一山いくらの木偶の坊になるのが落ちだね」
「なんか腹立つなあ。お前だって勉強してきたって言ってたじゃないか」
「アタシの勉強とアンタらの単純作業を一緒にされちゃ困る! 勉強ってのはね、先達を超える事よ! 先達の功績を貪り食って書き換えて蹴落として、そいつの名前さえも歴史から消し去る事よ! それゆえにアタシは新時代の魔導衝撃士と呼ばれるまでになったってわけ!」
カチンと来る。でも、間違ってはいない気はする……。言い方はかなり乱暴だけどね。
そして実際にこいつは、肩書きは毎回変わるにしても、魔導衝撃士って者になったわけだし。本当の実力は分からないけど、それでもあの「撃てない」魔導兵器の迫力は凄いし、そもそも女神スラーヌがわざわざ封じていくくらいだから、本物の実力者であるのは違いないんだろう。
「ま、確かにお前は凄い奴だったんだろうな。やっぱり、自分の軍隊の中では偉かったの?」
「まあね」
「だよなあ。じゃあ、お前が敵に捕まった時は大騒ぎだったろうな。お前、生贄にされちゃったわけだし、弔い合戦とかで大変な事になってるかもしれないな」
「んー? まあ、ね……」
「大丈夫なのか? 心配だな……。まあ僕が何を心配しても仕方ないんだけど、親兄弟も悲しんだだろうな……」
そう言えばこれまでヤミノの家族の事は考えていなかった。
「自分の娘が、家族が、敵にやられるなんて、僕には想像もつかないからさ……」
母さんが病死した時、それはただただ受け入れるしかなかった。
でも、戦争で敵にやられたとしたら……。憎しみでどうにかなってしまうんじゃないか。それは、とっても悲しい、苦しい事だよな……。
「んー、……ま、別にそれはいいじゃん!」
ヤミノが、その話はここまで、って感じでそう言った。そっか。そりゃ、僕よりヤミノの方が気になっているよな。我ながら無神経だった。すまぬ。
「えーと……。お、何だこれ?」
棚から映画のBDやらゲームのソフトやらを抜き出すヤミノ。
「いじってもいいけど壊すなよ。あとジュースこぼすなよ」
「へいへい」
「それにしても……。お前のいた世界とこっちの世界とじゃ随分違うだろ? 何せ魔導兵器なんかを出せちゃうファンタジーな世界なんだから。こう、カルチャーギャップみたいのは感じないの?」
「んー? そりゃあ全然勝手が違うよ。でも別に驚かなくてもいいって言うか。アタシら魔導衝撃士は別の次元から魔導兵器のパーツを召喚するぐらいだからね、自分らの世界とは全然違う世界があるのを当然としてやってるからさ」
ああ、なるほど……。
「それに、一つの世界だってさ、国が違えば、いや街が違うだけで、全然雰囲気も常識も違うからね。文明レベルが何世紀違うんだよって感じでさ。ま、そうは言っても、本能の部分じゃ同じだろうけど。特に若い野郎は……」
ヤミノは衣装ケースを開けたりベッドの下を調べたりと、部屋中を漁り捲くっている。
「あれ? 変だぞ。エロティックなアイテムが隠されてない? 男なのに? こっちの世界の男って皆こうなの? あ、なんかアタシ今、すごい別世界に来た感あるわ。承一って別の世界の野郎だわ」
「なにそれ! そんな事で世界の違いを感じないでよ! それに……、多分、こっちの世界の男も、隠してると思うよ……」
「どこ? どんな? どれくらい?」
「別にいいじゃん! 僕は持ってないよ! おい、もう、探すなよ!」
「やれやれ。これだからイノセント気取りの小僧は……。ジュース!」
「ったく。はいよ」
ジューサーのポットから注いでやる。ちゃんと生野菜から絞ったジュースだけど、正直僕は苦手なんだよね。まあ、体に良さそうだから飲んでるけど。ヤミノが気に入ったのが不思議なくらい。
「一通り見てやったが、承一の部屋はつまらん! グッと来る物がない」
「へいへい。そうですか」
「もっとさあ、剥製とか? 解剖図とか? 生っぽいものがないと、自分の生を実感出来ないんじゃない?」
「なにそれ。なんか怖いよ」
「生っぽいものは良いぞ~。うん、このジュースは生っぽくて好きだ! んぐっんぐっ」
確かに生搾りだからね。
「んぐっんぐっ」
「……………………」
ヤミノが野菜ジュースを飲む度に、咽喉の鍵穴の痣が動く。
すべすべで細くて白い首。青い鍵穴。唇の端から、つっとこぼれた滴が、顎を伝い、首を伝い……、鍵穴を濡らす。濡れている。ヤミノの咽喉が。
「んぐっんぐっ」
ドキッドキッ。ヤミノがジュースを飲む音と、僕の鼓動が重なる。
あれ、まずいよ、これは。僕、今、とても、体が……。あ、熱くなってきちゃって……。吸い込まれそう……。
「ぷはあー!」
「うわ!」
「ごっそさん!」
「あ、いえいえ……」
ふう、危ない。こんな悪魔のような奴にときめくところだった。今のドキドキは、単なる青春期のアレだからね! 健全な男児の健全なアレだよ! 僕だって、男なんだから!