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「ふう……」
僕らは二人、地面で体育座りしていた。
「なんかやんなっちゃった」
「それは僕の台詞だよ」
「ちっくしょー。あの意地悪女神のヤロー。ったく。どうにか撃てないもんかなー」
再び、さっきのライフル型魔導兵器、スティンガを出し、頭の上でゆっくりと回す。
「おいおい! 何やってんだよ! 今やっと縄が解けたばかりなのに!」
「撃たないって。さすがにもう。ちょっと調べてるだけ。……え、なによこれ」
「ん? どした? あれ」
金属が組み合わさって出来ているはずの魔導兵器だが、よく見ればうっすらと透けている。向こう側が見える。半透明の素材なのか?
「これって」
手で触れてみる……、いや、触れない! すり抜けてしまうのだ。
「嘘でしょ」
ヤミノも触ろうとするが、やっぱりすり抜ける。
「物質を、召喚、出来てないって事? ここにあるのは『影』でしかないの?」
魔導兵器を構成する物質は、本来この次元にはない。それを召喚して組み上げた物が魔導兵器だとヤミノは言っていた。
「撃てないだけじゃなくて、そもそもがちゃんと召喚出来ないって事? そういうレベルで封じられてるわけ? じゃあ、撃たないで殴りつけるって事も出来ないじゃん!」
あ、でもそうだよな。大剣型のガルウ・ファングなんて、あれで殴られるだけで大殺戮が出来ちゃうもの。それともあれで斬りつけるって事は銃型の魔導兵器を撃つのと同じで、緊縛が作動しちゃうのかもしれない。
「魔導兵器を召喚出来ない……、使えない……。この、ナンバーワン魔導衝撃士のアタシが……」
「しかも、撃とうとしたら縄で縛られちゃうのも忘れちゃダメだよ」
ヨタっと姿勢を崩すヤミノ。それから両手で顔を抑え、
「どどどどうしようおお!? ねえ、おい!」
「おわっ」
襟首を掴んできた。物凄い動揺っぷりだ。
「怖い怖い、マジでやばいやばい! 丸腰だよアタシ!?」
さっきまでさんざん強気な事をぬかしていたのに、今は目に涙を溢れさせている。
「こんな見知らぬ土地で、わけの分からん奴の中で、どうやって生きていけばいいの!? 周りには野蛮で獰猛な人間だけ……。捕食されちゃうよお!?」
「されないよ! 現代日本で!」
「食われないまでも、捕まったら最後、飢えた目をしたオスの類人猿に、体中を穢されるんだ……! 薄汚れた人間という名の魔物に!」
「魔物っておい。この文明国の日本で、そんな……」
「おうおう、アンタ、自分がどんな真似したか分かってんのかよお! どの口が言うんだあ? どの、口が……、唇が……! てめえ! この!」
「いて! なんでぶつんだよ!」
酷い事を言われているが(ぶたれたし)、パニックぶりが憐れで、怒る気にもなれない。
「こんな淀んだ街角で、魔導兵器も召喚出来ずに……、まともに生きられるはず、ない……。う、ううっ」
嘘泣きじゃなかった。
「大袈裟だな。悪い人間ばかりのはずないじゃん。優しい人だって沢山いるんだから」
「口から出まかせを。万が一まともな奴がいたとしても、アタシを助けてくれるはずがない。魔導兵器で相手をやっつけられなくなったアタシを、誰が欲しがるものかよ」
どういう価値基準だ。て言うかその基準で助ける奴の方が危ないよ!
「うぬぬ……、もうやだ……、死ぬしかない……」
「何だよ。極端だな」
「だってこんなところにいられないもん!」
「だからって、死ぬなんて簡単に口に出すんじゃないよ!」
死ぬとか殺すとか、そういう事を言う奴は大嫌いだ。冗談だろうと、ただの脅し文句だろうと、言ってはならん言葉ってもんがあるんだ。
僕の母さんは三年前に病死した。誰のせいでもなく、死んだ。そうやって、自分の力ではどうにも出来ずに死んでしまう人だっているんだ。残された僕らは、死という事実をただ受け入れるしかなかった。誰を恨む事も出来ない。
それをなんだよ、自ら死のうとしたり、他人を殺したり、ふざけるなって話だ。
「うるせい! なに偉そうに説教かまそうとしてんのよ! アタシの気持ちも知らんで!」
「別に説教するつもりはないけどさ。死ぬなんて、言っちゃダメだよ」
「どうしてよ」
「どうしてって、なんだよ、子供かよ? 下らない質問してくるな、バカ」
「あー! またバカって言った! 究極の天才災厄魔導衝撃士のアタシに向かって!」
「なんか肩書きが増えてる気がするけど、それはもういいよ……。どうせこの世界じゃお前の得意の魔導兵器とやらは何の役にも立たないんだから」
「言わせておけば~! ああ、もう本当に嫌んなった! こんなバカな原始人しかいない未開の世界にはウンザリだわ! こんなところで生きるのはバカらしいわ! アタシはバカじゃないからこんな所はごめんだわ」
「また死ぬって話かよ」
「そうよ!」
「だからさあ、そういう一番ネガティブな言葉は……」
「ネガティブだなんて大きな間違いよ! 最高にポジティブよ!」
「それって……、この世に絶望している人が、鬱な状態では死ぬ気力さえもないけど、躁な状態だと思い切って死を選んじゃう、的な話か? そういうの本当にやめろよ。こっちも本気で怒るよ」
「違う違う。アタシがなぜこんな世界に連れて来られたか、あの非道な女神も言ってたでしょ。アタシは、元の世界で、生贄にされたのよ。神のいる谷に投げ込まれたの」
「そうだったね」
「それが、なんか女神のお気に召さなかったって勝手な理由でこっちの世界に置き去りにされたわけじゃん」
「うん」
こっちとしてはすごく迷惑な話だよ。
「という事はだよ。こっちの世界の似たような神の住処にアタシが身を投げれば、こっちの神も困って、アタシを元の世界に運んでくれるはずよ」
「え」
「こっちにも神は沢山いるんでしょ? あの女神も言ってたじゃん。結構たちの悪い神がいるみたいなこと」
なんかその言い方は、信心深いわけじゃない僕でもムッときたぞ。僕らの神様をなんだと思ってんだ。宗派が宗派なら宗教戦争になるところだ。
「絶対そうだよ。神の元にまで辿り着けたら、アタシが上手い事交渉してみるわ」
「……その、神の元に辿り着くってのが、死ぬって事?」
「そゆこと」
「そんなの、無茶だよ。死んだら交渉も何も出来ないでしょうが」
「だーからー。アンタに無理でもアタシにゃ出来るの。それに、まあ死ぬってのは言い過ぎで、この身を捧げるってその瞬間にね、交渉かますつもりよ。だって、アタシは生贄に捧げられたけど、命を取られずにここに飛ばされたわけじゃん。それと同じ状況に持ち込めばオッケーよ」
「でも」
「デモもオルグもない! アタシが行く、神が困る、アタシが飛ばされる。オーバー」
無茶苦茶だ。無茶苦茶だけど、その無茶苦茶な理由で彼女は今ここにいるんだよな……。
それにしても、自分が生贄に捧げられると神様が困ると思い込んでるのも凄いな。
「アタシはこの世界は嫌なの」
「それはそうだろうけど……」
「アンタだってアタシがいちゃ嫌でしょ」
「……え?」
「アタシがいると困るじゃん」
紫に光る髪の下、褐色の顔が僕を見る。口を尖らせて、怒ったような顔。赤い瞳。切れ長の気の強そうな目。だけども、さっきまで泣いていた目。
「……困る! 本気で困るよ! お前のせいで僕は! ちっくしょお!」
入学式で、全校生徒の前で、先生と保護者の前で、あんな痴態を晒すはめにいいい! 希望を抱いてこの日を迎えたのに、まさかあんな凄まじい躓き方をするとはああ!
「こ、この男は……!」
「お前は自分の世界に帰るべきだ! 分かった。協力しよう!」
「なんかカチンと来たけど、頼むよ原住民!」




