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緊縛ダークエルフ  作者: クルクルパー
第一章 やって来た厄介な方々
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1-9

●1-9


 入学式は体育館で執り行われていた。


 高校の体育館は、中学のそれと比べるとずっと広かった。内壁は紅白の垂れ幕に覆われていた。


 ずらりと並べられた椅子に、みっしりと人が詰まっている。本日入学の新一年生。その後ろに二年生と三年生。これで大体千人ぐらい。生徒達の後ろに保護者。左右には教職員。


 そして壇上には、背の低く、体の丸っこい、髪が薄くて人の良さそうな顔をした初老の男性。学校案内に写真が載っていたので知っている。校長先生だ。


「と言うように、今に至るまで過去に戻れる機械は発明されておりません。老人がどんなに後悔しても、若い時分には戻れないのです。ですので皆様には、今しかない青春時代というものを、しっかり味わって……」


 演台でにこにこしながら話す校長先生。


 そこへ、突然乱入する影があった。足音高く壇上へ駆け上がるそいつは、ダークエルフ、ヤミノだ!


「どきな! はげちゃびん!」


 ひどい言葉を浴びせつつ、ヤミノは演台から校長先生を突き飛ばした。なんて乱暴を!


 突然の事態に呆気に取られる教師と生徒、保護者の皆さん。倒された校長も女座りの姿勢でヤミノを見上げている。


「やめろバカ野郎!」


 ヤミノを追いかけて体育館に突入していた僕も、彼女に続いて壇上に上がろうと短い階段に足をかける。


 そこで、呆け状態からいち早く回復したのだろう、教員席の先頭に座っていた男性教師が立ち上がり、僕を取り押さえた。う! すごいパワーだ。ガタイもやたらと良いし、体育教師か!?


「なんだ君は! 大人しくしろ!」


「ちょ、ちょっと、僕は悪くない! 取り押さえるのはあっち! あの女ですって!」


 そんな風に揉み合っている間に、「こほん」とヤミノの咳払いがスピーカーから聞こえた。


「アー、アー」


 彼女の声に、スピーカーが一瞬だけピギーっとハウリングを起こす。


「んーと、ガキどもと、おっさん、おばさんども。おーおー、そろいも揃ってどてかぼちゃ丸出しの面を並べおってからに。入学式だって? クソガキが。こんなところでいくら勉強したところで、アンタらのような薄らバカは何ものにもなれやしませんよ。後ろを振り向いてご覧よ。お勉強した成れの果てが群れを成して座ってるじゃん。しょぼくれた不幸そうな中年どもがさ。アンタらの父ちゃん母ちゃんて奴よ。アンタらに偉そうに説教食らわす父ちゃんもね、昼間は別のオッサンに土下座とかしてんのよ。母ちゃんも、どっかのババアに苛められたりしてんだよ。しかも、別に大して偉くもない奴相手にね。これって凄い惨めな事じゃん? だからね……」


 ヤミノが両手を高々と上げた。


魔導兵器(マギノ・ギア)メタリア・ティアズ!」


「え、なに、あれ」


 新一年生の誰かが言った。周りの生徒達にもざわめきが広がる。


 公園の時と同様、体育館の、何もない空間に、様々な大きさのブロック類がすうっと現れたのだ。次元の壁を越えて召喚された、僕らの知らない物質。それが、次々と組み合わさっていく。


 大剣とは全然違う形だ。それは、人が持てないほど大きな銃を、何十丁も、横に重ねて貼り付けたようだった。何十もの銃口が同じ方向を向いた、巨大な多銃身兵器。それが、空中に浮いているのだ。


「え、え?」


 皆、目の前で超常現象が起こっているにも関わらず、叫び声さえ上げていない。戸惑うばかりのようだ。無理もない。いきなりの闖入者。摩訶不思議な現象。摩訶不思議な物体。


「なんだあれ!」


 ただ、僕を抑えていた体育教師(?)だけが、驚きを大声で表現していた。


「なんなんだあれ! 手品? 映画?」


 その素直な驚きっぷりに、良い人なのかも、なんて思ってしまった。


「これこそが魔導兵器(マギノ・ギア)メタリア・ティアズ。引金を一度引くだけで五十五人の標的を同時に丁寧にぶちのめせる几帳面な兵器よ。二回引いたら百十人。三回引いたら、ええと、百……六十五人……? ぐらいを、同時にヤれるの。怖いでしょ。あっははは!」


 ヤミノお得意の哄笑。尖った歯が照明に光る。笑い声は体育館の高い天井によく響いた。


「アンタらのような一山いくらのおたんちんだって、ダメな奴に支配されるのは嫌でしょ? だからアタシが助けてやるよ! アタシがいじめてやるってのよ! 力ある、偉い、凄い、綺麗な存在にペコペコするのは理に適っているんだから! アタシのようなミラクルマスターにね! それなら納得でしょ! 皆ハッピー!」


「君い! 何を言っているのだ! こんな騒動許さんぞ! なんだその恰好は! 制服は着とらんが、うちの生徒じゃあるまいな! まさか退学処分のお礼参りか?」


 体育教師(?)が真っ当な事を叫ぶ。魔導兵器(マギノ・ギア)を目の当たりにしても、ファンタジー的な想像は一切ないみたい。


「だまらっしゃい!」


 ヤミノが体育教師(?)と僕の方へ右手を向けると、それに連動して、空中の巨大な多銃身兵器もこちらを向いた。


「お、おい!? やめろってヤミノ!」


「アンタらもだ!」


 魔導兵器(マギノ・ギア)メタリア・ティアズの銃口が、生徒達、保護者達を、舐めるように向いていく。


「きゃ!」


 ようやく女生徒の悲鳴が上がった。それを引金に、叫び声が連鎖的に巻き起こる。


「まあまあ良い声で鳴くじゃん! おらおら! 頭が高い! ひれ伏せ! おたんこなす! アンタらに幸せってもんを与えてやるわ! アタシがぶっ飛ばしてやるからヒイヒイ泣け! それがアンタらの唯一のハッピータイムよ!」


「何やってんだよアホー!」


 僕は体育教師(?)の手を振り解き、猛ダッシュで壇上に駆け上がった。


「その物騒な物を引っ込めろ!」


「んん~? 何が物騒だって~?」


 ヤミノがニヤリと笑い、手を軽く振るう。くるっと回った五十五の銃口が、僕を前にピタッと止まる。


「うわ! ちょっと、やめっ」


「あっははは! 愉快痛快」


 それから、銃口は生徒達の方へ、教職員の方へ、保護者の方へ、そしてまた僕の方へとグリングリン振り回される。


「みんな! 早くここから逃げて!」


 叫ぶ僕。だが、皆さんワアワア言うばかりで、席から立ち上がる事もしない!


「今更遅いわい! とりあえず、そこの五十五人」


 ヤミノが手を鉄砲の形にし、人差し指を生徒達へ向ける。


「やめろ……」


「吹っ飛べ!」


 彼女の人差し指が、鉤形に曲がっていくのを、僕は、スローモーションで見た。カ、チ、リ……。もう、ダメだあ……!


 ガシャッ。


「ん」


「ん?」


 銃口から五十五本の光が放たれる代わりに、彼女の首に、黒光りする首輪が出現していた。首輪にはしっかり鍵穴が開いている。


「あれ」


 僕にも、同じく、金属だか石だかで出来ている鍵穴付きの首輪が、嵌っていた。


 これってあれだ、あの公園で、女神様に取り付けられた……。


「と、いう事は?」


 首輪から、にゅるーん! と一本の赤い縄が飛び出した。


「お? お? お!?」


 赤い縄が意思ある生命体のように体にまとわり付き、縄と縄が交差し、絡み合い、僕を締め付ける! 足が、手が、動かない……。自動的に、し、縛られたー!?


「おわわ!?」


 自由を失い、ずだーん、と音を立てて倒れる僕。


「あん!」


 見れば、ヤミノも僕と同じように体中を縛られ、四肢を拘束された状態で、倒れていた。


「なんでなんでどして!? 聖縛縄(ホーリー・ボンデージ)は解いたはずなのに!?」


 寝転がってドタバタしながらヤミノが言う。


「なんでって、こっちが聞きたいよ! どうしてまた僕まで縛られてるんだよ!?」


 公園では女神様が手を下したから納得(?)だけど、今のは……。


魔導兵器(マギノ・ギア)を撃とうとしただけなのに、なんで縄が出てくるのよー!」


 ハッとした。そう言えば女神は言っていたぞ。確か、「一応聖縛縄(ホーリー・ボンデージ)でオイタは出来ないようにしておいた」と。そして、「あなたとこの娘を結んじゃったからね」と。


「お前が魔導兵器(マギノ・ギア)を撃とうとすると、縛られちゃうんだよ! そしてそして、お前と同時に僕まで縛られちゃうんだよ!」


「ええー!?」


「ええーじゃないよ! なんだよー!? とばっちりだよー!」


 僕は何の関係もないのに! 何も悪い事してないのに! それどころかこいつの悪事を止めようとしたのに!


「ちょっとねえ! アンタ早くどうにかしなさいよ!」


 ヤミノが芋虫のようにのたうちながらこっちへ来る。


「どうにかってどうするんだよ!」


 僕も壇上を這いながら近付く。


 二人、女座りで呆然としている校長先生を間に挟み、怒鳴り合う。


「鍵を出せばいいの! アンタ、あの女神から鍵を託されてたじゃん! マスター・キー! あの鍵で解除しないと、聖縛縄(ホーリー・ボンデージ)から逃げられないんだよ、きっと!」


「鍵!? そんな事言われても無理だよ! 女神様が壊しちゃったじゃないか! しかもそれ、僕飲んじゃったよ!」


「飲んだ……? あー! そうだった! バカー!」


「ひ、ひいーっ」と校長。


「邪魔! はげちゃびん!」


「校長に乱暴はよせ!」


「ひいーっ」


 壇上で亀甲縛りのまま寝転び、無様に争う僕らだが、不幸中の幸いか、舞台より低い位置の生徒達からはよく見えていないようだ……。と思ったのも束の間、


「あいてててて!?」


 なんと、後ろ手に縛られた格好のまま、体が浮かび上がる! 吊り上げられているのだ!


 どこから!? 首をひねって見上げる。赤い縄の先は、舞台装置のある天井。だが、装置に関係なく、天井の一部が光り輝き、そこから一本の縄が伸び、僕らの緊縛縄に繋がっているのだ。これも、神の成せる業なのか。


 とにかくこうなってはもう、皆からも丸見えだ!


「いやあああ!?」


 案の定、生徒達から悲鳴が上がる。それも、魔導兵器を目の当たりにした時とは桁違いに大きな悲鳴だった。


「きゃあああ!」


「ひゃあああ!」


「変態!」


 このストレートなフレーズ! それが巻き起こす大いなるどよめき!


 変態か。無理も無い。だって、入学式に突然現れた闖入者が、大騒ぎした後に、勝手に亀甲縛りになって、しかも宙吊りになっちゃってるんだもの。そりゃ変態だよな!


「あいたー!」


「いててて!」


 縄が締め付けてきて痛いんだよ!


 でも、首とか大事な血管とかは絞まってないし、関節が捻れたりもしてなくて、なんというか……、上手な縛り方なのだ。縄が全自動で縛ったのに。


「きゃああ! きゃあああ!」


「なんだなんだ! すげえなあ、おい!」


「とんでもない!」


 入学式は阿鼻叫喚だ。


「お願い、見ないで……」


 僕は宙吊りのまま、めそめそと泣いた。もう泣くしかなかった。


 縛り上げられた格好で、空中をゆっくりと回る。


「誰か……助けて……お願い……」


 僕の小さな悲鳴は誰に届く事もなく。




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