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教室の朝  作者: 佐伯 結
9/9

輝きの朝

 締め切った教室に、さあっと風が入ってきた。

 秋輝がゆっくりと入り口を振り返ったのを見て、絵麻は息が止まった。


(秋輝、秋輝だ・・・!)


 絵麻は咄嗟に声を出せないまま、震える手で鞄を自席に置き、秋輝の隣の席に腰かけた。

 真っ直ぐに秋輝を見つめる。


「お、おは、よう」

「お、はよ・・う」

ぎこちない朝の挨拶を交わし、二人とも同時に吹き出した。


(秋輝が、いる。笑ってる――)

絵麻はもうそれだけで、今までの苦しさなど吹っ飛んでしまいそうな気持ちになる。


「あのさ、絵、県のコンクールで大賞なんて、すごいね。本当におめでとう。」

「あ、うん、ありがとう」

「昨日ね、美術館に行ったの」

秋輝は、自分の鼓動が早くなるのを感じた。

「あの絵、さ・・・わたし、で、いいんだよ、ね?」

上目遣いで、恐る恐る絵麻が尋ねる。

「・・・それ以外に、誰がいると思ってるの」


 絵麻が口を開く前に、秋輝が続ける。

「朝霞さん、今までごめん。急に、無視したりとかして。‥言い訳になるけど、俺、どうしていいかわからなかった。もやもやして、苦しくて、その苦しさからどうにかして逃れたくて。

 でも、その間あの絵を描いて、わかったんだ。俺が好きだった朝の教室は、朝霞さんがいないと完成しないものになってしまっていたんだって。前に、朝の教室が好きな理由を聞かれた時に言ったけど、誰にも見せたくない俺だけのものにしたいっていうのは―――


君の、存在も含めて、なんだって」


 絵麻は、せり上がってくる涙でほとんど視界がぼやけていた。だが、今ここにいる秋輝の姿から目を逸らすまいと、必死で秋輝の顔を見つめていた。


「私も、秋輝に聞いて欲しいことがあるの。

 私も――秋輝と同じで、朝の教室は一人でいることが気持ちいいって前まで思ってた。でも、秋輝がここに来なくなって、何にも、楽しくなかった。心にぽっかり穴が開いたみたいな、そこから冷たい風が通り抜けていっちゃうみたいな、そんな感じだった。教室よりも何よりも、秋輝の存在がどんどん大きくなってた。私、わかったの。いや、もっと前からわかってた。


私は、秋輝のことが――」


 言い終わる前に、絵麻の視界から秋輝が消えた。秋輝の肩越しに、教室の窓が見える。絵麻が秋輝に抱きしめられていると気付いたのは、数秒経ってからだった。

「あ、秋輝・・・!?」

「いつもさ、朝霞さんから来てくれるばかりだったから、こればっかりは俺から言わせてよ」

そう言って秋輝は一度身体を離し、絵麻の涙をハンカチで拭ってくれた。綺麗に折りたたまれたハンカチ。そんなものも、秋輝らしいな、と混乱する意識のなかで思った。

 秋輝は、抱きしめる代わりに、絵麻の両手を外側から包み込んで、真剣な面持ちで続ける。


「俺は、朝霞さんが、好きです。何よりも、大切だから――これからも、俺だけにその笑顔を見せて欲しい。俺と、付き合ってください」


 絵麻の両目から、また涙がぽろぽろと零れ落ちる。


「秋輝、秋輝ぃ・・・私も、秋輝のことが、好き。大好き。よ、よろしく、お願いします」

「はは、さっきせっかく拭いたのに」

そう言ってまたハンカチを差し出す。

「うぇ~ん、だってぇ・・・」

「さっき、言ったでしょ。笑ってよ」

秋輝の優しい眼差しが絵麻を包み込んで、涙腺も、頬も、すべてが緩んでしまい、絵麻の顔はもうグシャグシャだった。


「ところで」

秋輝がふっと表情を変えた。

「もうそろそろ、クラスの人たちが登校してくる時間だけど」

その発言に絵麻もはっと気づいて焦りだす。

「わ、やば。顔洗ってくる!秋輝、じゃあ、また、明日」

「ふふ、これから学校が始まるところなのに、変な挨拶だね」


さっぱりして絵麻が教室に戻ってきた時には、まだ秋輝しかいなかった。お互いに一瞬視線を交わした後、自分の席に着く。


前と同じに戻ったようだけど、確実に何かが違う。


秋輝が、絵麻が、この朝の教室にいる――それだけで世界はこんなに輝く。二人の初めての恋は、キラキラと差し込む朝の光とともに、柔らかく動き始めた。


-fin-

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

初恋って、一言でいうと、「しんどい」ですね。このしんどさが、眩しすぎてくらくらします。この年齢だからこそ、の気持ちを精一杯表現したいと思って書きました。

少しでも、このしんどさを一緒に感じていただけたなら、書いた甲斐があったな、と思えます。

ありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[一言] 本日、『アルファポリス』でも本作品を見つけて、貴方が『アルファポリス』でも執筆されている事を知りました。 そちらでも色々な作品を読ませて頂きますね。 寒さが厳しいので、健康には充分にお気を…
[一言] 面白かったです。 中学生のピュアな初恋が、男女両方からの心理状態が過不足なく描写されていて、まさに二人の魂が巡り会い惹かれあって結ばれた瞬間に立ち会えたような感動を得られました。 もし、この…
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