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教室の朝  作者: 佐伯 結
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秋 -異変と自覚-

 絵麻と秋輝の秘密の時間―絵麻がそう思っているだけだが―は、それからも毎日続いた。

 朝早く来て、話したり、絵を描くのを眺めたり、はたまた鉛筆の音だけ聴きながら自習したりして過ごした。早起きのおかげか身体の調子も良く部活も好調で、自習のおかげかテストの点数も上がり、絵麻は充実した日々を感じていた。


 半袖だった制服はいつのまにか長袖になり、差し込む日差しも淡く涼し気なものになっていた。


 秋輝の、絵を描く時の伏し目がちな横顔や、力強くて繊細な手の動きを眺めながら、この穏やかな空気の流れる心地よい時間が、これからも続くものだと当たり前に思っていた。




 ――その秘密の時間が崩れたのは、突然だった。


 ある時、帰りのHRが終わって部活に行こうとした時、翔真に呼び止められた。翔真は周りにはさほど聞こえない程度の声で、こう言った。


「あのさ、明日の早朝、教室に来てくれない?ちょっと話したいことが、あるんだ」

「えっ」


 朝は・・・だって・・・


 翔真の向こう側に、秋輝がいた。

 そちらにちらっと目をやると、こちらを見ていたような気がしたが、すぐに目を逸らされた。


「ほら、お前さ、放課後は部活とかで全然いないじゃん。他の奴がいない時間に話したいんだ」


 秋輝は、こちらを見ないままだ。


「わ、分かった・・・」

「うし、明日、7時半な!じゃ!」

 翔真が立ち去ろうとした時、絵麻はあることに気付き、慌てて呼び止めた。

「あ、ちょっと待って!場所を、別のところにして欲しいの」

「?いいけど…じゃあ、裏庭とかどう?」

「うん、じゃあそれで」


 翔真が部活へ行ったのを見届け、秋輝の方を見やると、もうそこに彼の姿はなかった。絵麻は胸につっかえを感じたまま、自分の部活へと向かった。



 次の日、絵麻は裏庭へ行く前に、教室に鞄を置きに来た。


――いない。


 いつもならあるはずの、秋輝の姿はそこになかった。

(昨日の会話、やっぱり秋輝も聞いてたんだよね・・・どう思っただろう)

絵麻がもやもやを抱えたまま、裏庭へ下りると、既に翔真が待っていた。


「おう、おはよ。悪いな、朝早く呼び出したりして」

「おはよう」

大丈夫、と言いかけたが、同時に全然大丈夫ではない自分の気持ちに気付いてしまい、それ以上言うのをやめた。


 さあっと風が吹く。絵麻も翔真も、わずかに身震いした。


「あの、さ。単刀直入に言うわ。俺、お前のこと好きだ。・・だから、付き合って、ください」


 いつもおちゃらけている翔真が、敬語交じりでこちらを真っ直ぐに見つめて言う。

 絵麻は、どう返して良いかわからず、そのまま見つめ返してしまった。


 二人の間に、もう一度冷たい風が通る。


「あ、あの、さ!」

沈黙を先に割ったのは、絵麻だった。


「『好き』とか、『付き合う』とかって、なに?今までと、何が変わるの?」


そんな返答が来ると思っていなかったらしい翔真は、少したじろいだ。

「えっ。えっと・・・俺の場合は、なんだけど・・・。

 気づいたら、お前のこと考えてたり、お前が笑ってくれると嬉しかった。それで、お前が他の男子と笑って話したりしてるのが、スゲー嫌だって思って。他の奴に見せたくない、独占したいって思ったから、付き合いたいって思った。

 てか、俺いま、めちゃめちゃ恥ずかしいんだけど」



――気付いたらその人のことを考えていたり、笑ってくれると嬉しい。他人に見せず、独占したいと思う――


 それってーーー。

 絵麻は、それまでの肌寒さを忘れるくらい、体温がかあっと上がってくるのを感じ、思わず両手で顔の下半分を覆った。


「翔真。わ、わたし、好きな人、いる――」

急にそのことを自覚して、何故だかカタコトになる。


「・・・そっか。そいつと、付き合ってんの?」

「・・・ううん。たぶん、わたし、が、勝手に想ってる、だけ・・・」

湧いてくる感情を、言葉にするので精一杯だ。


「わかった。悪かったな、頑張れよ。」

「あ、ありがとう」

という返事で良いのかどうかわからないが、なんとか答える。

「俺から、こんなこと言っといてなんだけど、さ。これからも、今まで通りにして貰えるか?」

「もちろんだよ!」

「おう、よろしくな。じゃ、始業までまだ時間あるし、俺は部室寄ってから教室行くわ」

「うん」


 翔真が走り去った後、絵麻は力が抜けて、へなへなとその場にへたり込んでしまった。

 朝日の光が眩しい。

 今起きたことを整理しようと試みるが、頭がぐるぐるしてしまってどうにもならなかった。ただ、先ほど湧き上がってきた気持ちだけは、確信に変わっていた。



私は、秋輝が、好きだ―――。

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