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向日葵と入道雲  作者: 垣間見
上 入道雲が見下ろした世界
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第1話 最初にして最低の現実

 「夏」とは記憶そのものである、と僕は思う。大人になって、人々は夏が来る度に感じるのだ。各個人によって異なるであろうが、例えば風鈴の音、花火、駆け回る子供達の声。そんな些細なことで記憶のふたが開く。それだけで言えば夏に限った話でがないが、中でも夏にはより多くの少年時代が眠っていると僕は思う。いつだって、子供たちはあの暑苦しいアスファルトを駆け、向日葵と背比べをし、入道雲を見上げてきたのだ。夏は、何度もやってくるのに、儚く、その終わりに寂しさを残す。終わってしまえばまるですべてが幻だったかのように感じられる。こんな感覚になるのは夏だけだ。多分。―――なんて、いっそこう締めくくれたらよかったと思うね。中学以降、あんなことがなければ僕は、大人になってただ純粋に夏にノスタルジックを感じられただろう。


 今現在高校二年生である僕、高雲青斗(たかぐもあおと)は不幸な人間である。別に誰かの同情が欲しいわけじゃない。単に自分の人生を振り返ってそう思っただけだ。

 僕は少し田舎の緑に囲まれた町に生まれた。兄弟はいない。特別何かがあったわけでもないけど、僕はその町が大好きだった。

 小学生の頃は誰とも変わらない、普通の人生だった。近くの森で友達と一緒に虫を追いかけまわしたり、みんなで雪だるまを作ったり。

 転機が訪れたのは中学生。クラスの顔触れはほとんど同じ。でも、僕はいじめられるようになった。特に理由があるわけでもない。きっと誰でもよかったのだろう。誰かをいじめることによって、クラス内における自分のカーストが上の方であることを誇示し、逆にカーストが低くなってしまっているものは自分がいじめのターゲットにならないように自分より下のものを作る努力をする。

 僕はその努力をしなかった結果、不幸な役回りに選ばれてしまった。ただそれだけ。

 いじめというものの存在は知っていたし、自分がいじめられているということも認知していた。

 しかし、僕がいじめられて一番強く感じていたのはつらさではなく失望だった。

 いじめはいけないことだと学校で習って、なおかつテレビでもいじめの問題がよく取り扱われていたため、いじめというものは起こってしまうものであると思ってはいたが、小学校の時からあれほど仲が良かった自分たちならいじめなど起きないだろうと信じていた。

 自分がいじめられていることに対しては正直どうでもよかった。ただただ信じていたことがあっさり裏切られて絶望していた。

 いじめについては家族にはいわなかった。言ったところで破綻した友人関係が修復されるわけではない。そう考えるとどうでもよくなった。

 その後、いじめられたまま中学校生活を終え、高校へ入学した。当然、同じ所へ行く人は誰もいない遠い都会の高校だ。

 人間関係がリセットされたが、別に新しく友人を作ろうとは思わなかった。もう同じようなことになりたくない。そう思い、一人孤独に黙々と勉強するだけの日々が始まった。

 幸いなことにも一人でいる僕をいじめてくるような人間はいなかった。誰ともかかわらず生きていけるなら満足だ。

 しかし、もう一つの転機が訪れた。高校2年の冬のことである。両親が死んだ。

 両親は人間関係に失望していた僕が信頼していた唯一の存在だった。信頼だけじゃなく感謝もしていた。

 こんな遠い都会の高校、しかも一人暮らしするためのアパートの部屋まで借りて入学させてくれた。

 ただ一つの心の支えとも言えた存在かもしれなかった。

 家を訪ねてきた警察からの情報だった。何かの間違いだと思った。だが現実は甘くはなかった。

 死因は交通事故。よくあるスリップ事故だった。交通量の少ない山道で事故が起こったので気づかれなかったらしい。

 これが他殺であったなら、誰かを恨むことができたかもしれない。これが自殺であったなら、親の最後の言葉が聞けたかもしれない。

 運命を呪った。事故なんて。突然に、無慈悲に、理不尽に、命が奪われる。僕にとって事故は、最悪の死に方だった。


 気力が完全に抜け落ち、前にもまして淡々と日々を過ごし、気づけば高校を卒業していた。

 大学には入学していない。就職もしていない。アルバイトで日銭を稼ぐ、堕落した生活が始まった。

 それから一年以上たった今、僕は変わらず惰性で生きている今の状況が全くの無意味であると感じるようになっていた。

 そして、今朝僕は思い立った。


 自殺しよう、と―――――




 今の季節は夏。7月ももう終わろうとしている。夏に似つかわしくない曇天が、今は何故か心地よかった。

 アパートを出で、店の立ち並ぶ大通りを歩いている。自殺の方法について思案していた。

 いろいろ考えた末、車にはねられて死ぬことにした。最後くらいは目立って、僕を轢いてしまう不幸な人間と最悪の人間関係を構築して死んでやろう。

 前方に見えるスクランブル交差点の信号が変わり、車が動き出したのを確認し、僕は走り出す。

 車の入り乱れるアスファルトの上に飛び出し、目の前の自動車が鼻先に迫る。




 そして、僕は。











 目が覚める。その時点で何かがおかしいと思った。だって僕は死んだはずだ。それとも天国か。その考えは周囲の景色が否定した。

 自分がいるのは教室だった。しかも見覚えがある。どうやら僕が通っていた小学校らしい。窓からは鋭い日差しが差している。黒板の上に掛けられた時計は11時を示している。よく状況がつかめず黒板を見て呆然としていると、ドアの方から声がした。

「あおと、お前寝てたのか?用事終わったし帰ろうぜ。」

 そう言われて思い出す。今日は夏休みの補習の日で、今日の授業を終えて先生に用事があったたくまを待っていたんだ。

 そこで僕は強烈な違和感を抱く。『思い出す』?ごく自然に出てきたがおかしい。そして気づいた。僕は単に小学校にいるというわけじゃなく、あの頃にタイムスリップしているということに。いや、正確には記憶のみが過去へ飛ぶタイムリープというべきか。


 たくまと家へ向かいながら現在の状況を考察してみた。

どうやら今の僕は当時の記憶と現在の記憶が混在しているらしい。自分の記憶が二つあるなんて不思議な感覚だ。

 なぜタイムリープしてしまったのか。「今」の僕は小学4年生である。小学4年生といえば、一番楽しかったという記憶がある。何故かは忘れたけど。

 「じゃあ俺こっちだから。」

 「うん。」

考えているうちにたくまと方向が分かれるところまで来ていたようだ。

 「あおと、またあとでな。」

 「うんじゃあね。」

 僕の意志ではあるが今の僕ではない僕が答えた。僕たちはこの後昼食を食べた後にみんなで虫取りに行く予定だ。なんとも小学生らしい。

 たくま。彼は中学校時代、僕を最も頻繁にいじめていたカースト上位のグループのリーダー的な存在だった。

 それゆえに、自宅へと向かっていくたくまの後ろ姿を、今の僕は冷めた目で見送った・・・つもりだったが、実際には寂しそうな目をしてしまっていた。


 「ただいまー」


 玄関の扉を開け、その言葉を告げた瞬間、僕は言葉を失うことになった。


「お帰りなさい。」

「おう青斗。帰ったか。」


 両親がそこにいた。今・・・いや、未来ではもう亡き人たち。

 そして僕は思う。



 これは、死んでいく僕に神様が見せてくれている最後にして最高の夢なんだ。と。


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