They decieve a dog ~ 警官騙しの薬(プロットです)
一週間でざっと書いたので誤字脱字は多いかもしれませんが何卒広い心でお読みいただけたら幸いです
物語はハードボイルド要素を含んだ推理小説を目指して書いたつもりで、僕なりに力作です。
どうか楽しんでいってください。
1.
昨日から降る雨がまだ止まない。
まる二日降り続ける雨は僕の耳元でざわざわと音を発て、心を煩わせる。
しかし、今、憂鬱なのは乗り気でなかったコンパに参加したせいでもある。
「小橋、二次会行こうぜ」完全に出来上がった合田修平は僕の肩に腕を回してくだを巻く。
キックボクシング研究会の新歓コンパで修平はかなりご機嫌だった。
部長になった彼のもとに集まった新入生はナンと七人。過去最高。サークル始まって以来の快挙だった。
特に女の子が三人も入ったのだから、浮かれないではいられない…… のも分かるのだが……
「修平飲み過ぎ。もう帰ろうぜ」僕は呆れ混じりに彼の腕を解いた。
「大丈夫。俺これ持ってるから」
彼は僕の顔の前に何かチラつかせた。
僕の目の前でひらひらしているのはキャンディのようだが……
「キャンディがどうしたんだよ?」怪訝に訊ねると修平は得意げな顔になった。
「キャンディ? 違う違う! これはディシーヴ・ドッグってんだよ」
「ディシー…… 何?」聞き取れなくて又聞きする。
「ディシーブ・ドッグ! これ飲めばどんなに飲んでも検問スル-出来ちゃうんだよ」
「そんなの違法じゃないか! てか、お前バイクで帰るつもりっだったのか?」
「あったりまえだよ…… 硬いこと言うなって…… 」
呆れを通り越して湧き上がる感情は怒りに近かった。
「あのな、修平」と言った刹那、彼は傘を投げ出して、塀に両手をつき、ゲーゲー言って、さっき食ったものをぶちまけた。
そして、塀に背を押し付けたと思うなり、そのままゆっくり地面へとへたり込んだ。
僕は落ちた傘を差しかけながら、夢現の彼からキャンディを奪い、タクシーを止めようと通りを眺めた。
翌晩――――
「へえ、そんなのが出回ってるんだ?」社長(五百井満里子)は自分の目の前にブツを翳して、興味深く見惚れていた。
「でも、そんなこと可能なんですかね?」
僕が訊ねると彼女は首を傾げ、断定は出来ないというような曖昧な頷きをする。
「出来ないことはないんじゃない? 製薬技術は日々躍進しているわけだし、中には悪いやつがいて、そういう方面で特化しちゃうってのもない話じゃないと思うの」
彼女はそう言いながらキャンディを包装している透明のビニールを破り、徐ろに手の平に取り出した。
そして、臭いを嗅ぐなり、「普通なんだけどね」とまた、小首を傾げた。
その手の平に彼の手が伸びる。
彼は長牧署強行犯係の係長である日下部圭吾警部補。社長の元カレにして、彼女の善き理解者にして友人、時に協力者。
今日はたまたま、出張先の土産を持って訪れていた。
彼は社長の手の平からそれを取り上げて、蛍光灯の光の翳した。
「ホントにそんなもんあったらこっちはお手上げだよ。ガセ(嘘、紛い物)なんじゃないのか?」
「確かに裏の世界じゃ『ガセ半分マブ(本物、本当)半分』って言うもんね」彼女はにこやかに言って、頬杖を吐く。
「坊や、これは警察の方で頂いていく。明日、科研に行って調べてもらう」
日下部さんはハンカチを取り出して、ブツを包むと神妙な面持ちで懐に直した。
「あ、はい。そのつもりでしたから」
「いったいどこの仕切りかしら? マブだとして、どこでそんなもの作るの? 新薬の開発には相当の資本が必要なはずだよ」社長は顎に手を当て考える。
「確かにヤクザのシノギにしては割に合わないだろうな…… かと言って、海外のマフィアがやるにはちょっと陳腐過ぎやしないか?」日下部さんも目を閉じて、この不可解な事象と向き合う。
「やっぱり、嘘…… つまり、ガセなんじゃないですか?」僕は社長のデスクに両手をついて問う。
「にしても…… ヤクザとは考えづらいわね。ガセのシノギは寿命短いし、信用も失うし、公になって損するの自分とこだもん。他のシノギに差し障るからナシね」
「坊やはその友達から聞いてないか? どこから手に入れたか?」日下部さんは僕の顔を覗き込んで訊ねた。
「ダンスチームのメンバーから貰ったって言ってます。その彼の話では売り子は女性だったって話ですけど…… それ以上は」僕は首を振って、情報の不明瞭さ加減を示す。
「ウチもマブなら動けるが、ガセなら放置するしかない。どうせ詐欺の被害届も出るわけないだろうし…… 」日下部さんは弱り顔を見せた。
「何よ? まるで私に何とかしろって言い草じゃない?」社長は彼の流し目を受け流して嘲笑う。
「だって、許せないだろう? 長牧の裏社会の女王としては?」
「誰が裏社会の女王よ! いつどこの誰がそんなこと言ったのよ? え、誰?」とっちめてやる。そう言いたげだ。椅子を立ち上がって、彼を問い詰めた。
日下部さんはにやりと顔を歪ませる。「そう思ってるやつ。挙手」
僕と日下部さんは同時に手を上げた。
「……ったく」彼女は観念したようにどんと椅子に腰掛ける。
「ウチはね、金にならない仕事はやらないの! だいいち忙しいし…… 」
「そうだったな。じゃあ、この件は一旦お開きだな。鑑定の結果がマブだったら、その友達紹介してくれ」
「その…… 修平は何か罪になるんですか?」
「うーん。薬事法違反かな? 詳しいことはその時考えるつもりだ」
「………… 」僕は不安で顰め面なっていることを自覚できなかった。
「そんな顔するな。お友達には悪いようにはしないさ」
「お願いします!」僕は深々とお辞儀をした。日下部さんはそんな僕の肩をぽんと叩いた。
「じゃあ、俺は帰るよ」
日下部さんは背を向けてこの事務所を去る。
一度、ギィーッとドアを軋ませて、ドアが開き、すぐに閉じる。
日は開けて、学食に並ぶ頃に日下部さんからメールが届く。
結果はガセ。
ただのキャンディだったようだ。
僕は一先ず胸を撫で下ろした。
しかし、その話をする修平の目はマジだった。
すっかり信じ込んでいたんだろう。
いったい、どこの誰がこんな悪ふざけを……
可笑しな話だと鼻で笑って、僕は食券販売機とにらめっこを始めた。今日の日替わりはレバニラ炒めだったのでそれにしようと券を買う。
そうしていながら、耳は後ろから聞こえる会話をそれとなく拾っていた。
「今日の飲み会どうする?」
「うん、行くよ。バイトあるから途中からだけどね」
「ちょっと、車で来る気じゃないでしょうね?」
「そのつもり。キャンディもあるし」
「キャンディ? 例の薬?」
「うん、前に友達がこれで警察スルーしたらしいから大丈夫よ」
ハッとして振り向く。
後ろの二人もハッとして僕にたまげ顔を向ける。
キャンディの話をしたのは、どうもロングヘアの方みたいだ。
「そのキャンディって、ディシーブ・ドッグじゃない?」
「誰? あんた?」女は訝しく僕の顔を見つめた。
「い…… いや、俺も欲しいなって思ってさ…… どこで手に入るの?」
「秘密に決まってるじゃん」
「ガセなんじゃないの?」カマかけるように言い放つと彼女は心外を顔満面に表した。
「本当よ。だって、私それでスルーしたもん」
「ホントに?!」
「ちょっと、さっきの友達って自分のことだったの!?」彼女の友達はげんなりした顔になった。僕は手を翳して、二人の会話を遮った。
「その話は後にして。で…… どうやって、手に入れたの?」
「………… 」彼女は口を噤んだ。
どうやら、もう何も話してくれそうにない。
僕は諦めて、ありがとう、と言って、カウンターに向かう。
券を投げ出し、注文しながらも彼女から目を離さなかった。レバニラが乗ったトレイを持って彼女が見えるところに座る。飯を食いながら彼女の動向を見守る。
彼女らはさっきまでの会話が無かったように和気藹々と話に耽る。
食事を終えても三〇分ほどダラダラと何かを話していた。
午後イチの講義が始まる頃、やっと彼女らが動き出した。
見つからないように警戒しつつ、後をつける。
普段見慣れない棟は薬学部のようだった。彼女らはその棟に入っていった。僕も自分のゼミのことは扠置いて、尾行に専念した。彼女らは立ち止まり、すれ違った友達と話し込む。
僕は彼女たちに顔を見られないようにして、そこを通りかかった男子学生の腕を掴んだ。
ガムを噛んでるふりをして、ちょっとだけチャラさを醸してみせた。
「ねえ、あのロングヘアの子の名前知らない?」
「え、どの子ですか?」彼はメガネを直しながら、辺りを見回す。
「ほら、後ろのピンクの子」僕は親指を彼女の方に向け、返事を待った。
「ああ、小坂井さん?」
「フルネーム、フルネーム!」僕は急かすようにチャラチャラと言った。
「小坂井逸美さんだけど…… それが何か?」
「いや、可愛いなって思ってさ」
「でも、あの子、彼氏いますよ?」
「そうか…… 諦めよう」
僕はいそくさとそこを後にする。
名前がわかれば後はどうにかなる。
電話を取り出すと社長を呼び出す。
「あの、今日休んで大丈夫ですか? 大事な要件あって…… 」
「うーん、いいよ…… 」と言った彼女の声は少し寝ぼけていた。何が忙しいだよ!!
「じゃあ、そういうことなんで。お願いします」
社長も日下部さんもたぶん動く気ゼロだろう。
なら、僕が……
そう思うと少し体が震えた。
久々のビックケースの予感に武者震いが押さえられない。