ババアとおしゃべり
「さて、まずはここがどこなのかから話そうかね。ここはあんたのいたとことは全く別の世界。異世界だよ。魔法も存在するし、あんたも見た通り不思議な生物モンスターなんてのも存在する。」
納得しがたいがあのでかい蟹を見てしまった後だし納得せざるを得ない。でも魔法があるならなぜこのばあさんは魔法で蟹を倒さなかったのだろうか。
「ばあさんは魔法使えないのか?」
「あぁ、使えないよ。その理由はあんたもじきにわかるだろうし今は話さないよ。それよりも大事なことなんだが、あんたはすぐには元の世界には戻れない。」
「なんだよ気になる言い方するなよ…すぐには戻れない?じゃあ戻る方法はあるのか?」
「あるよ。この世界には十年くらいに一度あんたみたいにやってきちまう人間がいるんだよ。そうやってやってきたやつの一人があるとき元の世界へと戻るための装置を作っていったんだと。それを使えば戻れるはずさ。ただし、現在その装置があった場所は魔王の城となってる。新たな世界への進行でも狙っているのかね。」
「魔王ってあのモンスターのトップの魔王?」
「その魔王さ。」
「なるほど…別に元の世界がどうなろうと知ったこっちゃないが、装置を抑えられてんのはこまるな。」
「あんた薄情だね…もうちょっと思いやりってもんを…」
ばあさんがあきれたように一瞬こちらを振り返っていってきた。
「今は他人のことを気にしていられる状況じゃないんでね。まぁこんな状況じゃなくてもたぶん気にしないけど。ところでばあさんはなんでこのことにそんなに詳しいんだ?ふつう別の世界がありますなんて考えないだろ?」
「結局気にしないんじゃないか。ここと別の世界の存在の話は、転送装置があるしこの世界の人間はみんな知ってはいるよ。多くはおとぎ話程度にしかとらえてないけどね。私がこの話を信じてるのは私もあんたのいた世界から来た人間だからさ。」
「えっ?マジ?」
「ほんとだよ。言っただろう?十年くらいに一度はくるって。私はいまから50年ちょっと前に同じくこの森に転生して来た人間だよ。転生してきた人間はなんとなく新たな転生者が来るとわかるんだよ。元の世界になじみがあるからだろうね。それを感じてあんたを拾いに行ってやったのさ。」
「なるほど、それで俺のいる場所が分かったのか。」
「あんたが蟹に追われて走ったせいで少し見つけるのが遅れたがね。そ、れ、よ、り、もだ。言った通りあんたはいずれにせよここでしばらくの間は生きてかなきゃいけない。あんた生きていくのに必要なものって何だと思う?」
「金。」
俺はきっぱりと言い放った。
「ふつうは食料とか返ってくるもんだと思うんだけど…ほんとにあんたすれてるねぇ…この年になってもこんなひどい若者見るのは初めてだよ…」
「よかったですね。初物は縁起がいいって言いますよ?」
「初物らしくあの場でほんとに食べちまえばよかったかね…話がそれたね。まぁこの際金でいいとして、金はどうやって稼ぐんだい?」
「それはぬすn…」
「みなまで言わせないよ!もういい!一向に答えに行きつきそうにないから言わせてもらうと、必要なのは言葉だよ!」
「言葉?確かにだいじかもしれないけど…今通じてるじゃないか。どこに問題が?」
「はぁ…異世界に来たのに言葉が通じてることを不思議におもわないのかい…いった通り私はあんたの元いた世界から来た。そして私もこの森に転生してきた。転生場所と元の世界の場所はある程度相関があってね、あんたと私は近いところからここに転生してきただから言葉が通じてるのさ。」
「じゃぁ、ほかの人とは…」
「当然全く会話できないよ。さて、この状態であんたをほっぽり出してものたれ死ぬだろうね。のたれ死なないにしても盗みとか面倒ごとをおこしそうだし、言葉を憶えるまでうちに住ませてやるよ。」
気づくと森をほとんど抜けていて、畑が広がり、木作りの家が立ち並ぶまさに田舎町といった風の村が見えてきていた。
「ばあさんさすが!絶世の美女!天使!女神!」
やった、このままなあなあにばあさんちに住みつければこっちでもぬるく生きていける。
「ただし。」
ばあさんがこちらを振り返り腰に手をあてて言い出した。なんか嫌な予感。
「一か月以内に憶えな。それ以上は憶えてなくても家からたたき出すよ!あとうちの手伝いをガンガンしてもらうからね!はたらかざるもの食うべからず。そしてこれが私のしゃべる最後の日本語だよ!」
「え、ちょっと待って、言葉ってゆっくり教えてくれたりしないの?」
ばあさんは無視して村のほうへと進んで行ってしまった。あぁなんでこんなことに。俺英語より異世界語を先に覚えることになりそうです。