15
私たちが見たのは、床に座り込んだ野崎くんと上気した顔の黒田くんの姿だった。駆け寄ろうとしたときに足元に何かが転がっているのに気付いた。それは、野崎くんが大事にしていたあのカメラだった。
「何があったの」
自分の問いかけに追いつくようにして、私は全てを理解した。黒田くんは暴力によって全てを解決しようとしたのだ。
誰もが黙っていた。誰かが何かをすれば、それは決定的に行く末を変えてしまうように思えたから。
「……」
そして、行動したのは野崎くんだった。野崎くんはゆっくりと立ち上がると、そのままふらふらとカフェから出て行ってしまった。私たちはその後ろ姿を呆然と眺めていたけれど、不意に黒田くんが、
「追いかけろよ」
と言った。私は強く頷くと、そのまま野崎くんを追いかけた。
世界が終わってしまったような気分になった。それまでの僕がまるで夢の世界にいて、突然現実の世界に押し戻されたかのように思えた。頭痛がして吐き気がして、とにかく身体が四散してしまいそうだった。僕はたった一つの武器を失ったことで、表現者としての資格を失ったような感覚に襲われた。そんな足元が覚束なくなった僕を助けてくれたのは、どこか懐かしい温かい存在だった。
「野崎くん」
天上から僕に光を当てるようなその声は、他でもない京子の声だった。
「いつからそこにいたんだ」
「ずっとここにいたわ」
もしも表現者が変革者であるとするなら、彼はいつか自分自身の殻を打ち破らなければならないのだろう。僕はそう思うことで、自分を納得させようとした。もちろん、そんなことで納得はできなかった。けれども、今は隣に京子がいるだけで良いと思えた。
ぽつりぽつりと、雨が降り始めた。僕らは雨が降るのも構わずに、そのまま道の真ん中でいつまでも抱き合った。
「何もかも終わりだわ」
彼は死んだ。自分から忘却のダストボックスに飛び降りるのではなく、黒田くんの手にかけられて命を落としたのだ。
私にはそのことがたまらなく痛切なことに感じられた。そして、全てがくだらなく思えた。私は黒田くんの提案してきた復縁を断り、彼らとももう会うことはしないと決めた。死を選ぶことさえ馬鹿らしく思えた。
それからどのくらい経ったか分からない。ある日、窓際に置いたラジオから流れてくる音楽が私の心を慰めてくれた。私はふとペンを手に取ると、その辺に落ちていた紙切れに言葉を記すことにした。
結局、私たちはよく磨きこまれた理性などではなく、ごく単純な感情によって突き動かされているのだ。出来上がった詩を読み返しながら、私はそんなことを思った。それは、今までで一番良くできた詩だった。
私はその紙切れを狂ったように千切った。それまでの全てを断ち切るかのように、どこまでもどこまでも。そしてそれを拾い集めて、窓の外に放り投げた。その一枚一枚が風に流されて世界に溶けていくのを感じながら、私は表現者になることを誓った。