第一夜、夢と悪魔と俺の夢。-2-
朝日が部屋に差し込んでいた。
スズメが煩く鳴き喚き、目覚まし代わりをしてくれるが
今日は土曜日だ、起こさないでほしい。
壁掛けの時計はまだ8時を指していて
土日に起きるには少し早過ぎる。
それにしても変な夢を見た。
目を瞑りながら思い出す
あの少女がなんだったにせよ
まともな夢ではなかったのは確かだ。
体温でほんのりと暖かい布団を肩にかけ直し
二度寝に入ろうとする俺を邪魔する感触
朝立ちでズボンが窮屈な時はたまにあるが
にぎにぎと、何かに締め付けられるような。
布団をすこし覗いてみると
ピンク色をした毛並みがそこにあった。
そこからは黒くゴツゴツとした巻き角
夢の中にいた恥少女だ。
何をしているのかと思えば
ズボン越しに俺のモノを握っている。
勝手に触るなとその手を弾くと
探すように何度か手が空を切って
パタリと力尽きた。
どうやってこの部屋に入ったのだろうか
もしかすると夢遊病で誘拐してきたか
そんな馬鹿な。
俺は落ち着こうとキッチンへ向かい
ケトルでお湯を沸かして
インスタントコーヒーの準備をする。
確か戸棚に食パンがあったはずだ
朝飯はそれにしよう、と戸棚を開けたが
見事に緑色の斑点をつけた食パン
無言でそれをごみ箱へシュートして
はやくもグツグツと言いはじめたケトルから
マグカップへとコーヒーを注ぐ。
それを飲みながら寝室へ戻ると
相変わらずベッドには
謎の少女が横たわっていた。
コレはいったいなんなのか。
しばらく眺めてみるが
昨日の夢以外では見覚えもない。
「誰だこいつ。」
ぽろりと口から出た言葉に反応するように
少女から馬鹿みたいに長い腹の虫が聞こえた。
布団からはみ出して
ちらりと覗く太ももは頼りない程に細い。
コンビニ弁当ばかりの俺が言えた事ではないが
あまりのか細さに心配になる。
子供ってこういう物なのだろうか。
少し思い悩んだが
足だけでは判断がつかず
布団をめくってみる。
昨日、夢の中で見た薄紫のネグリジェから
歳にそぐわない黒いレースのTバックが見える。
そこには人間にはない尻尾がちろり。
尾てい骨から自然に生えている。
もう少しめくってみると
今度は背中から小さなコウモリのような翼が生えている。
これも作り物ではなさそうだ
角は髪飾りだと思っていたが
それも本物かもしれない。
もしかすると、OJTなんかよりも
とてつもなく面倒な物なのだろうか。
ともすれば、寝ている今のうちに
玄関から放り捨てておくのが得策だ。
面倒ごとなんて仕事だけでいい。
とりあえず布団を被せ
どう処分をするかを考えるが
寝息と腹の虫を交互に鳴らす人外に
何か食わせて追い出そう。
と、そんな結論がすぐに出た。
とりあえず何か食えるものはと
冷蔵庫を開けると、まずは牛乳パック
お子様の飲み物にはちょうど良い。
そして一昨日実家から届いた果物
リンゴとバナナとマンゴーがある。
それらを適当に持ち
寝室のテーブルへドサリと置く。
そして牛乳パックを開けた途端
勢い良く飛び起きた少女。
「いいにおい」
俺に背を向けたまま
きょろきょろと周りを見回して
首をかしげる少女に
俺はリンゴを軽くなげつける。
「こっちだ、恥女」
のろのろふらふらとこっちを向き
しばらく俺の顔を確認する
そしてようやく思い出した顔をしたかと思うと
またしばらく考え始めて
どうにも分からないとでもいいたげな顔をして口を開いた。
「そうか昨日もダメだったのかぁ……
昨日はどうも。ここはどこかしら?」
「俺の家だが、住所が聞きたいのか?」
「十分。すぐに出ていく……あれ」
少女は立ち上がるが
すぐに脱力してへたり込む。
あれだけ腹を鳴らしていれば
空腹で動けなくて当然だ。
「飯食ったら出ていけ。」
牛乳とマグカップを渡して
テーブルに置いてやると
少女は首をかしげながら俺を見る。
「何かしてくれたのかしら?
何かのお礼なのかしら?」
ネグリジェをすこし捲し上げ
自分のパンツを確認しているようだが
俺は何もやましいことはしていない。
残念なお子様に見向きをするほど
落ちぶれてなんかいない。
「そうよね、お腹すいてるんだもの
何かあったらこんなことにはなっていないわ」
ようやくマグカップを両手で持ち直し
口をつけた少女は、少々がっかりとした顔で
ちみちみと牛乳を飲み始めた。
「で、お前はなんなの。
新手の変質者かなにかか」
無音の空間に少し気まずさを感じて
俺はテレビのリモコンを探し始めるが
ありそうな場所には雑誌やポストに入っていたチラシの山。
我が城ながら散らかりきっていて
何が何やらわかったものではない。
仕方がないので、本体のボタンから電源を入れると
しばらくして久しぶりに電源の入った液晶テレビが声を上げた。
「何かと言われると困るのだけど」
テレビは朝のニュースを伝える。
そんな声はどうでもいいと聞いてはいないが
画面に表示された時刻は7時ちょうど。
土日の朝にこんな早く起きるなんて
随分久しぶりの事で、なんとも気持ち悪い。
二度寝と洒落こみたいが、こいつを追い出してからだ。
「名前…は聞いてもしかたないか」
「あら、ごめんなさいね名乗っていなかったわ
リリアーナ・キスキル・リラ。わたしの名前よ」
染めたものだと思っていたが
ピンク色の髪の毛は外国人の証だったか。
ともすれば、納得はでき…ない。
ピンク色の髪の毛なんて人類では見ないし
紫色をした目も普通はありえない。
見ればみるほど存在として怪しい。
「答えてくれたのに申し訳ないが
名前はどうでもいいんだ。
お前はなんだ?どうしてウチにいる?」
物取りならば、見つかる前に出て行くだろう。
俺の財産が全部入った通帳のある押入れも開けた様子はないし
財布は昨日投げ捨てた鞄の中から覗いている。
じゃあ何だ、と考えてみても
思い当たる節もないし
親戚にもこんな子はいない。
そもそも親戚が俺の家に来るわけがない。
「なんだ、と言われると答えにくいけれど
一宿一飯の恩義ね、答えるしかなさそう。」
りんごをネグリジェの裾で磨き
シャクっといい音を立てて齧る。
もぐもぐと咀嚼をして、飲み込んだ後に出てきたのは
なんとも飲み込みにくい妄言だった。
「私は夢魔。サキュバスとも呼ばれてるわ。
お兄さんから精気を分けてもらおうと思ってきたのだけど」
「何のファンタジー設定だそれは」
「火のないところに煙は立たないって言うわ」
何食わぬ顔でりんごを食べ続ける少女
よく見れば夢の中で気になった角も
ネグリジェの中から伸びるしっぽも
作り物にしてはよくできている。
一瞬、信じてしまいそうになったが
俺は頭を振って考えなおす。
「いやいや、それはない。
からかうのも大概にしろ」
「と、言われてもこれ以上答えようがないのだけど」
りんごを食べ終わったようで
芯を捨てる場所を探す少女に
ゴミ箱を指さしてやると
素直にその中にぽいと捨てる。
「ごちそうさま。
これで少しは生き延びられそうだわ」
そう言うとベッドから立ち上がって
簡単に布団を整える。
軽く自分の身だしなみをチェックして
玄関に向かう少女にあっけに取られた。
「では、おじゃまいたしました。」
「いや、ちょっとまてその格好で出てくのか」
透けるようなネグリジェ一枚に
下はパンツだけしか履いていない。
朝っぱらからこんなのが出歩くなんて世も末だ。
「ええ、荷物なんて体ひとつしかないもの。」
「その格好でうちまできたのか」
「夜なら夢を渡れるのだけど
昼間は歩くしかないわ」
恥ずかしげもなさそうに
俺の家を出て行こうとするが
こんなものを見られては誤解を生む
先に玄関から顔を出し、廊下を確認すると
なんともタイミング悪く
奥様が廊下の真ん中を占拠して楽しそうに話している。
奥様方にこんなものを見られるわけにはいかない。
そうでなくても、小さな女の子を
こんな格好で出歩かせては
あらゆる意味で危ないというものだ。
「ちょっとまて、服くらいくれてやる。」
「いらないわ、荷物になるもの。」
「子供はそれでいいかもしれないが
大人はそうもいかないんだよ。」
とは言ったものの
俺が女物の、しかも子供服なんか持っているわけもなく
押入れの中のものを思い返しても
ワイシャツや、ジャージなんかしかなく
私服も全てメンズMサイズの洋服だけだ。
昨日から着たままのスーツから
携帯電話を取り出すと
親の電話番号を探しだして
電話をかけようとして、やめる。
親に見られたら
もう二度と実家には帰れそうにはない。
どう言い訳をしようにも
あの堅物共は聞きもせずに
俺を牢屋に突っ込もうとするだろう。
「子供扱いは心外ね。」
「心外も何も見た目そのままじゃねぇか。
とりあえず戻れ。それから考えよう」