表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
因果邂逅のタタリクス  作者: 紅月蓮也
第一章「向こう岸より来たりて」
8/30

第七話「《彼岸弓》」

 ■四日目:八月四日、一七:三〇

 

 

「またお前か、唐綿。案外お前もしつこいな」

 風花が呆れたのも無理はない。

 四月一日の入校初日に、食堂で風花に絡み、一撃で気絶させられた唐綿市松であった。

 おまけに腰巾着の蝶野南水までいる。いや、腰巾着であれば、一緒にいるのは当たり前か。

「ふん、お前になど用はない。用があるのは時詠潮だ。頂戴するぞ」

 この男の言葉は、いつ聞いても不快である。

「なんだ?しょっちゅう桜塚にちょっかいを出していたが、趣味が変わったのか?」

「やはり下賤な奴は下賤な事しか言えないな。お前には預かり知らぬ大事な案件があるのだ。邪魔をするな」

「それを聞くと、何がなんでも邪魔をしたくなるのはどうしてだ?」

 “G”も横で頷いていた。

 唐綿はせせら笑い、蝶野を引きつれ桜子と潮のいる方へゆく。

 

 風花の視界はほぼ正面に限定されており、相対する頑丈そうな剣士と、視界の隅を横切る唐綿と蝶野しか見えない。

 気配を察知する闘気法《鏡見かがみ》で察知するに、気配は合計二十一名。

 状況は、極めて不利であった。

 何より正面の男は、見た目で三十歳前後、顔といわず全身に刀痕があり、その構えからも雰囲気からも、歴戦を潜り抜けてきた強さと凄みを醸し出していた。

「おっさんが何者か知らないが、アイツ(唐綿)に関わっていると碌な目にあわないぞ」

 風花はとりあえずジャブ代わりに、正体不明の剣士に声を掛けてみた。

「ふふ、そんなに強がるな。まあ、気持ちはわかるがね」

 男はすでにこちらの力量まで見抜いているかのように、全く風花の言葉に心を乱さない。

「それと、俺はまだ二十九だ。おっさんではない。かけい甲有こうゆうだ」

 風花も、そして“G”も、目の前の男、『筧甲有』が自分達よりも強い事を、肌で悟っていた。

「さて、“G”」

「ああ、判っている。この男を倒さなくては、『振り向けない』状況を変えられないのだろ?」

「そうだ。それが、コイツがオレ達にくっつけやがった『因果』」

 風花の言葉の続きは、隠すまでもないせいであろう、“絃律士”自ら拾う。

「ご明察。それがお前達に“邂逅”させた因果《釘徹ていてつ》。お前達の視線は俺に釘付けだ」

 

「桜塚、痛い目にあいたくなければ、後ろにいる時詠潮を渡せ。嫌といえば斬り捨てる」

 桜子は潮を背中に庇う様にして立ち、正面に立つ唐綿と蝶野を睨みつけた。

「唐綿様、前々から思っていましたが、貴方は卑怯者です。身分が高いとはいえ、年少の者を大勢で囲み誘拐ですか」

「くだらない事をいわないでもらおうか。時詠潮を差し出せば、喪った唐綿藩を取り返せるのだ。そのためならなんでもする」

 あまりの身勝手さに、ついに桜子がキレた。

「どっちがくだらないんだ!それでも大名家の跡取りだった男のいうことか!」

 

 唐綿市松に桜子が敬語を使っていたのは、元は六十二万石の大名家出身だからである。しかし、訓練校予科に入校する直前の四年前、お家騒動と失政を責められ御家取潰しとなったのだ。

 

「勿論、タダとはいわない。俺が唐綿藩を取り返したら、お前を嫁に迎え大名夫人にしてやる」

「きっぱりお断りだ!」

 この男が裸で寝所に来る姿を想像するだけで鳥肌がたつ。

「桜子、落ち着いてください」

 潮は白刃に囲まれても怯えた様子もみせず、頭に血が昇りまくっている桜子を宥め、そして一歩前に出た。

「唐綿さん、これはどういう仕儀ですか?同じ中隊の仲間にすべきことではありません」

「何とでも言え。すべては御家再興のためだ」

 だからついて来いというのだろうかと、あまりに身勝手な理屈に、呆れて物も言えないが、言わざるを得ない。

「なるほど、あなたの家が潰されたのも頷けます。他者を顧みることのできないものに、人の上に立つ資格は御座いません」

「子供の分際で藩主の何がわかる。そもそもお前の藩は幕府に弓を引く不忠者たちの集まりだ。そんな家のお前が俺にどうこういうのは片腹痛い」

 唐綿は憎々しげに嗤う。黙って聞いていた桜子は、隣りで無表情で立っている蝶野が、どうして没落した唐綿にくっついているのか、意味が解らない。

 その時である。

 

「き、斬りあいだ!」

 寺の奥から悲鳴が上がった。

「しまった、まだ人がいたのか」

 桜子は知らなかったが、豊泉寺には奥に御神体を祭った別殿があり、月に一回だが公開している。この日はたまたま公開日であり、午前からかなりの人入りがあった。さすがに夕方なので少ないのだが、それでもまだ十人ほど残っていたのである。

 

「に、逃げろ!」

 寺の奥から出てきた人々は、来た道を戻ろうと、あわてて後ろを向いて走り出した。

 包囲している唐綿の兵たちが追いかけるかと思いきや誰も動かず、

「南水、展開しろ」

 かわりに、唐綿が薄く笑いながら命じた。

 すると蝶野の足元に直径一メートルほどの、円形の薄い影が現れ、さらにもう一重、一瞬で直径百メートルほどの同心円の影が、周囲全てを囲った。

「これは結界!?」

 桜子は薄い影によって、地面が少し色の変わったように見えるのを確認する。

 逃げようとする人々はそれに気がつかないのか、とにかく走り、結界を抜けていく。

(結界を越えられる? 結界は閉じ込めるためのものではないのか?)

 桜子は無関係な人々が逃げられるなら、それに越した事はないと思ったが、それは甘かった。

「なっ!?」

 桜子と潮はソレに気がつき、驚愕する。

「どうした!? 何があった!?」

 風花と“G”は、筧という男の絃律によって振り向く事が出来ないため見えない。

「消える……」

 桜子の呆然とした声が聞こえる。

「消えるって、なにがだ!?」

「逃げた人が消えていく!」

 桜子の言う通り、逃げた人々が遠ざかるにつれ薄くなり、ついには完全に消えた。

「な?なにをしたのですか!?」

 潮が珍しく声を荒げた。

「これが南水の拒絶調絃律《俯瞰し座視する存在領域》。その事象は見たとおり、この円の結界から出る者を“拒絶”し、存在を世界から消す」

 自分が使っているわけでもないのに、唐綿はいやに自慢げに説明してきた。

「最早逃げることも出来ない。お前達はすでに詰んでいる」

 その勝ち誇る声は、少し離れている風花の耳にも入った。

「なるほど、なら走って逃げるのはやめだ」

「そうだな。やはり全員斬り伏せて歩いて帰るとしよう」

 風花と“G”は、むしろ嬉々として状況を迎え入れた。

「桜子、少しでいいからもたせろ。こちらを片付けたら、すぐに助ける」

「ふざけるな。私が貴様の助けなど必要とするものか」

 勇ましい桜子の力強い言葉に、風花は笑って答えた。

「ああ、ならそれなりの活躍を期待する」

「フン、貴様こそ大言吐いて、あっさり敗れたら恥ずかしいからな」

 桜子は初めての実戦なので、どれだけ頑張れるか不明である。しかし、少なくとも萎縮していないので、少しは当てになると風花は判断し、目の前の男に集中した。

 

 今、風花達の目の前に立つ男は、『絃糸を繰り、強制的に視線を自分に“邂逅”させる絃律』を行っている。

 単純であり、攻撃力もないが、効果は絶大。風花も“G”も、筧だけにかかりきりだ。

「逃げる事が出来ないと悟ったなら、全力で来るといい。こちらは一対二で構わないぞ」

 悠然と下段に構える筧は、これからの闘いを楽しむ風情である。

 一方、力の差を測った風花は、相手の気遣いを遠慮なく頂く事にする。

「それなら、そうさせてもらおうか」

 風花は“G”目配せをし、前傾姿勢をとる。

 

 その刹那!

 

 全速で風花は駆け出し、間合いを詰める。

 右肩に担いだ太刀に、全力を込めて右袈裟斬り。

 しかし、筧は十分に見切り、ひらりと風花の右側に回避し、腹に大刀の柄を突っ込む。

「ぐっ!」

 本来は斬撃を加えるところだったが、予想以上に風花の踏み込みが早かったため目測を誤り、斬撃の軌道を確保できずに柄の一撃となった。

 風花は腹に闘気を集中させ防御力を高めたが、タイミングがずれて気休め程度である。

 そのままの勢いで後退する。

 筧は間髪入れず右の横薙ぎを放とうとしたが、風花の後ろから突っ込んできた“G”の上段斬りに対応し、両者の大刀が火花を散らして噛み合った。

「お前、若いのに腕力があるな」

“より高みに立つ者”(グルファー)だ。覚えておけ」

 腕に力を込めつつ、“G”は言い返す。

「なるほど、だが!」

 筧は鍔迫り合いの中で、突然、力を抜き、絶妙に“G”のバランスを崩し、力のベクトルが変わった瞬間に押し飛ばした。

「力だけでは、不足だな」

 筧はトンと右肩に大刀を乗せ、笑って評価する。

「二人とも十代でイイセンいっているが、決定的に経験が足りてないな。相手も悪すぎるが」

 筧に言われずとも、二人ともそれはよく解っている事だ。

 闘う前にも悟っていたが、実際に太刀打ちしてみてはっきりとした。

 剣技において、大人と子供以上の開きがある、と。

 

 時同じくして、桜子達の闘いも始まっていた。

「桜子、風花と“G”を信じて、時間を稼ぎましょう」

「稼ぐ間もなく、私がみんな倒してご覧に入れます」

 その自信がどこから来るのか不明だが、桜子は本気でそう考えているようで、かえって潮を不安にさせた。

 唐綿はせせら笑いながら、連れてきた部下達に命じた。

「桜塚は斬り捨てて構わん」

 そのセリフは、桜子のプライドをいたく傷つけたようだ。

「やってみろ!」

 桜子は腹から声を絞り出し、我から右前方より襲いかかる男に斬りかかる。

 と、見せかけて急停止、急後退。

 眼前を刀が通り過ぎたところで、相手の右腕を斬り飛ばし、返す刀で左隣の男の顔面を横薙ぎに切り、転倒させた。

「どうだ!」

 得意満面で威嚇する桜子。

 潮は正直、見直す思いだ。

 しかし、それも長くは続かなかった。

 三人目は、倒した二人よりも腕がたった。


「くっ」

 桜子はまともに組み合う態勢になり、鍔迫り合いを繰り広げる。

 すかさず左横から新手が斬りかかるが、潮が刀を振り回しつつ行く手をふさごうとする。

「えぃ!」

 潮の全力は高がしれている。あっさりと刀を打ち落とされた。

「うっ」

「時詠様、お下がりを」

 桜子は声を張り上げるが、さらなる新手が右側からくるものの、鍔迫り合い中につき絶体絶命。

「桜子!」

 潮は刀を打ち落とした男に掴まれつつ、叫び声を上げる。

 ドン!

 右側からの新手は、空中から勢いよく急降下してきたQタローに頭突きを鼻に喰らい、顔を抑えて後退する。

「ぎゅっ、キュッ!」

 Qタローは掛け声と共に、回し蹴り・・・ではなく回し尾鰭を、桜子と鍔迫り合いをしている男の横っ面に炸裂させた。

「しめた!」

 桜子は相手が怯んだ隙に、刀を引き、すばやく相手の右腿を浅くだが斬って後退する。

「Qタロー!」

「ぎゅキュー!!」

 Qタローは雄叫びを上げながら潮を掴んだ男に突撃を敢行。

「畜生風情が!」

 男は罵声と共に刀で薙ぎ払おうとするが、もがく潮を左手で抑えていたため態勢に無理があり、螺旋を描くように攻めてくるQタローに当てられず、喉元にQタローのヒレ突きをまともに喰らって気絶した。

 潮は気絶した男の手から逃れて、桜子の後ろに回り、脇差を抜いた。


「ご無事ですか!?時詠様」

「なんとか。それより見事です、桜子」

「まだ余裕です」

 と、口では強がっているが、明らかに今の攻防で桜子の息は上がっており、徐々に包囲の輪を詰めてくる不埒者の第二波を凌げそうには見えなかった。

「桜子、無理だけはしないで。自分の命を大事にしてください」

 それは、桜子に降伏して欲しいと言うのと同じ意味であった。だからこそ、桜子は奮い立つ。

「時詠様!例えここで貴方と引き換えに自分の命を拾っても、貴方を差し出せば私の心が死にます。私は将軍を護衛する近衛騎士!守るべき者のために命を懸けます!」

 桜子の所信表明とも言うべき啖呵は、潮だけでなく唐綿たち襲撃者に、そして風花と“G”にも聞こえていた。

 襲う方にも名分はあるのだが、それでも子供相手に大人数で囲む行為に何も感じていないわけではない。出来れば穏便に済ませたいと思っていた。

 しかし、桜子の意思を聞き、それは適わぬ事だと認めざるを得なかった。そしてそれを認めたなら、襲撃者側は全力で障害・・を排除するしかないと決心した。

 男達は黙って包囲の輪を縮めてくる。

 桜子も潮もQタローも、眦を決して身構える。

 

「かかれ!」

 唐綿の号令の下、一斉に斬りかかる。

「うぉおお!」

 桜子は気合で正面の男が放つ斬撃を刀で押し返し、右側の男に身体ごとぶつかる勢いで突きを放とうとする。

 しかし、桜子の突きはかわされ、慌てて態勢を戻そうとする桜子の左耳を、飛来した弓矢がかすった。

「桜子さん!」

 かすった衝撃で立ち竦む桜子の眼前に、突きを回避した男が刀の切っ先を突きつける。

「キュ!」

 Qタローは桜子を助けようと最大戦速で向かうが、第二の矢が飛来!それを回避しようと急転回したが、矢がそれに応じて軌道を変え、Qタローの背鰭を射抜いた。

「きゅー!」

 痛みに鳴くQタローに、第三の矢が尾鰭を射抜き、ついに地面に落とされた。

 

「「Qタロー!」」

 桜子と潮の悲痛を極める声は、少し離れている風花と“G”にも届いていた。

 二人は桜子達が闘っている間、二人は身動き一つしなかったが、何もしなかったわけではない。何も出来なかったのだ。

 それほどまでに、目前の筧甲有という剣客は強かった。二人掛りで、攻め入る隙を見出せなかった。

 

「さて、勝負ありだ。降参しろ。俺は子供を斬らない主義だ。大人しく帰りな」

 筧の物言いは、むしろ優しい。

 後ろの様子は振り返らなくとも、大体は把握できている。

 桜子の身動きが取れなくなり、桜子を支えていたQタローが倒れた時点で、こちらの敗北は決定した。何より相手には狙撃手まで潜ませていた。

「まさか弓使いまで用意していたとは恐れ入る」

 負け惜しみではないが、愚痴っぽい言い回ししか出来ない状況に、風花は自嘲する

「最初にそちらの気配断絶を図っていた絃律士はおっさん達が姿を見せた後も、一人だけ気配を隠し続けていたわけだ。それも『絃律士の弓兵』を」

「見てもいないのによくわかったな。お前の言う通り、こちらは保険も兼ねて百発百中の狙撃手を用意している」

「放った矢と狙撃対象を“邂逅”させる絃律士、だろ?」

 風花は確認の意味を込めて聞いたが、さすがに筧は自分以外の能力的内容については答えなかった。だが風花は正解を確信していたし、実際に正しい。

 狙撃手は弓の名手『城井須一』といい、邂逅させた因果の名称は《百発必中》。

 その因果は、『射程距離内の狙った的を追撃』する。

 この因果の前では、矢の射程距離外に逃れる以外は回避不能であるが、射程距離にない者に須一は矢を放たないので、まず射抜かれる。

 

「……風花、申し訳ございません」

 潮が申し訳なさそうに謝った。

「なんで謝るんだ?謝るのはこっちだろ?」

「でも……」

「でもも、無しだ。それで、本当にオレ達を帰す気があるのか?」

 風花が正面に立つ筧に聞くが、答えたのは唐綿であった。彼は嫌らしくニタリと嗤う。

「お前達はここで名も知れない暴漢たちに襲われたのだ。誠に不憫な事だ」

「唐綿さん!」

 潮は抗議の声を上げるが、唐綿の態度は変わらなかった。

「大事の前の小事だ。俺のために承知してくれ」

「承知など出来ません!」

 潮は激高して叫んだ。

 唐綿は潮に一顧だにせず、筧に命じた。

「筧、速やかにそこの二人を斬れ」

 筧は嫌な顔をしたが、クライアントの命令は絶対である。この期に及んでも、全くといっていいほど動揺しない二人に賞賛の念を抱いているが、彼に拒絶する権利はない。

「悪いな、お前ら」

 筧は刀を下段につけたまま、一歩前に踏み出した。

 

「“G”、狙撃手の位置は右斜め後方の土蔵の上であっているか?」

「間違いない。そこにいる『名も知れない暴漢の一人』は、堂々と姿を見せている」

「ああ、せっかく見せてくれているんだ。しっかり、拝ませて頂こうじゃあないか」

 風花は手にする太刀を右肩に乗せ、左足を一歩前に出した。

 右斜め後方より、弦を引き絞る音が聞こえるようだ。

 前門に筧の猛剣、後門に城井(弓使い)が齎す『百発必中』の弓矢。

 すでに風花達が詰み状態である事は明白である。

 それでも、不敵な笑みを浮かべる風花に、動じた様子を見せない“G”に、筧は心から笑う。

「宜しい。そうでなくてはつまらん。勝負は見えているが、全力で応えよう」

「当然だろ?手加減したから負けましたと、アヤをつけられても困るし」

 気負いもなく、当たり前の事を当たり前のように言い放つ風花に、僅かであるが筧と城井は『何か』を感じる。

 その『何か』とは、苛立ちでもなければ、憐憫でもない。

 

 強いて言えば、『未知なる脅威』であろうか?

 

 筧は目を細め、城井は矢の狙いを風花の胴体中央部に合わせる。

「“G”は手出し無用」

「了解」

 通常であれば、“G”が矢の軌道を遮る場所に立つであろうが、『百発必中』の因果を齎す矢を防ぐのは難しい。しかし、風花はそうでなくとも、あえて一対二の対決を望む。

「良いかなその言。だが…」

 筧の姿勢が心持ち前傾。

 風花は真っ直ぐに、筧の目を見る。

 

「この距離で、俺たちに敵うものか!」

 

 筧の一歩目の踏み込みと、須一が矢を放つタイミングは同一!

 矢は狙い違わず風花の胴体中央部に疾走し、そして――--

 

「このオレに、距離など関係ない!」

 

 風花が叫ぶや否や、それは矢が突き刺さる寸前、風花の姿が、筧の目の前から、

 

 消えた。

 

 筧の認識が追いつくよりも早く風花が眼前に現れ、右袈裟斬りを炸裂させた。

 筧は声にならない呼気と血飛沫を上げ、後ろに仰け反るように倒れ始め、矢は見失っていた風花目掛けて、軌道を変え迫り来る。

 風花は筧の邂逅調絃律《釘徹》による因果から開放され、僅かに振り向き、城井の目を見た。

「!」

 城井は禍々しい程、凶悪に瞳をギラつかせる風花のそれをモロに見た。

 その瞬間に風花が眼前へ出現し、左からの逆袈裟斬りが炸裂した。

「殺さないで!」

 潮の叫びがなければ、確実に斬り殺していただろう。

 風花は、城井の弓を切断しつつ斬り上げたが、僅かに引いた為に浅かった。

「……お前も“絃律士”か」

 膝をついた城井は喉元に太刀を突きつけられつつ、少年を見上げた。

 

「《彼岸弓・弐式【一期一会】》。オレはお前との距離を《乖離》させた」

 

 これこそ真夏屋風花の《絃律》。

 距離という概念そのものを《乖離》させ、一瞬で対象の元へ移動』する“乖離調絃律士”。

 

 絃律士。

 それは因果を相手に齎し、望む事象を引き起こす使い手を指す。

 絃律士は世界や人へアプローチするスタンスによって、その系統・分類がされており、

 主となる系統は三つに分類される。

 筧のように、望む因果を“邂逅”する使い手を“邂逅調絃律士”。

 蝶野のように、望まない事象を“拒絶”する使い手を“拒絶調絃律士”。

 風花のように、この世の理を“乖離”させる使い手を“乖離調絃律士”と呼ばれる。

 

「馬鹿な!」

 唐綿には何が起こったか皆目見当がつかない。起こった現実に、不条理さを訴えるのみ。

「風花が絃律士……?」

 桜子もまた、初めて(・・・)見る風花の能力に、呆然とするだけであった。

 

「ぎゃあ!」

 蔵の上を見上げる唐綿の背後で、悲鳴が上がる。

 風花と同じく筧の《釘徹》が解けた“G”は、皆の視線が土蔵の上に移動した隙に駆け出し、無防備な襲撃者達の背中を次々と斬りたてた。ただし峰打ちで。

「しまった!」

 と、唐綿が後悔するよりも早く、“G”は腹を蹴り飛ばし転ばせ、次いで桜子を取り囲む三人の男のうち二人を打ち倒し、三人目は我に返った桜子が刀の峰で顔面を殴りつけた。

 “G”は蝶野にも一撃与えようとしたが、ヒラリと身軽に回避し距離をとった。

「なるほど、二つある同心円の結界のうち、内側の円はお前の身動きの取れる範囲を表していたか」

 

 “G”の言う通り、蝶野が回避した際に内側の円を越えた瞬間に、結界が消えていた。

 唐綿は素早く起き上がろうとしたが、首筋にヒヤリとした“G”の太刀を突きつけられて、動きが止まった。

「形勢逆転だな、未来の大大名の唐綿さん」

 唐綿の頭上、土蔵の上より切っ先を城井の喉元に向けつつ、風花は声を掛ける。

「………」

 唐綿は答えられない。彼が連れてきた襲撃者は、まだ十人ほどいるが、切り札であるはずの筧と城井を破られ、さらには自分自身の生殺与奪を握られてしまった。

 黙りこむ唐綿に、見守っていた潮は呼びかけた。

「唐綿さん」

 呼びかけられ、唐綿はのろのろと潮に顔を向ける。

「この勝負は其方の負けです」

「………」

「違いますか?」

 唐綿の視線が地に落ちる。

「大人しく身を引いてください。私は誰の死も望みません」

 唐綿は何も言わなかったが、風花は当然の懸念を伝える。

「だが潮。引くにせよ、そいつを人質にでもしないと無事に帰れないぞ」

「それは……」

 その点に関しては、潮の手に余る事柄だ。

 考えあぐねていると、“G”が太刀を返した峰で唐綿の右手首を打ち、ボキっと骨を折った。

 唐綿はたまらず悲鳴を上げる。

「とりあえず利き腕を使えなくさせておいて、この男を前にして人通りの多い処に出る。その後で『名も知れない暴漢』として役人に引き渡せばいい」

「それは……」

 当然のようにいう“G”に、潮が反対しかけたその時。

 

 剛ッ!

 

 猛烈な見えざる一撃が潮と“G”と桜子の眼前を通り抜け、本殿の柱に当たり、衝撃と共に爆ぜた。

「潮!」

 風花は潮の無事を確認しつつ、すぐに攻撃された方向、すなわち正門へ目を向けると、そこには正拳突きの構えで立っている、色黒の男を見た。

 色黒の男は、風花にニヤリと笑うと、拳を下げる。

 

「そこまでだ。双方、刀を収めよ」

 その声は、色黒の男の背後より響き渡り、夏の夕暮れに鳴くひぐらしの声にあっても、誰の耳にも届くほど透き通る声。何より声には威厳があり、無視できないものだった。

 声の主は正門をくぐり、色黒の男の脇を抜け、悠然と歩いてくるその姿は、この場にいる全員を当然の如く圧倒する威容を持っていた。取り囲む男達は、素早く納刀する。

 

 風花は直感で悟る。

 この男は敵だ、と。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ