第二十五話「“最”も遠くて近い存在は、ここにいる」
■桜濫暦二四一年十月四日、〇八:四二
四桜草士は海近くの騒ぎの報告を受け、現場に急行した。
草士は闘いの予感に血が滾り、駆け足は疾走となって部下を置き去りにし、腰に差す小太刀の鯉口を無意識に切る。
そして間もなく現場に到着した。
そこには、すでに配下達が到着して猫の子一匹、出入りが出来ないように封鎖されていた。
「さて、どういう次第だ?」
草士は冷たく当事者達を見下ろした。
当事者達とは、三木継の愛人と、その間男である。
ここは三木の店であり、砥部達がどこからかの情報で勝手に入り込んで出て行った所である。草士は期待を裏切られ、いつになく冷め切った声であった。
「いえ、事情も何も、三人組の押し込み強盗が来たらしいのですが、この二人が朝からヤッてたため、呆れて物も盗らず帰ったそうです」
この答えた男の名は『三笠山』という若い三下である。
「ほう、朝からね」
「全く、朝からおっぱじめるとは、ふてぇ奴らです。ケダモノ以下です!」
三笠山の言葉は、草士の胸にグサリと刺さる。
「で、取りあえず男をたこ殴りにしたと」
「へぇ! どうします? やはりバラしますか?」
物騒な事を言う部下に、スネにキズを持つ上司は鷹揚に手を振る。
すでに痛めつけたなら不要だ。外に放り出せ
「ハ! 喜べ、生きて帰れるぞ。これに懲りたら、二度とこの界隈を歩かないことだ!」
しっかり脅し文句を告げつつ、三笠山は原型を留めないほど顔を腫らした男を引きずり、部屋から連れ出した。
残ったのは泣きなら震える女だけである。
「さて、いかに金で買われた女とはいえ、通夜の朝に男をくわえ込むとはいい度胸だ」
女は身をビクリと震わす。
無論、女にも言い分があった。
女と三木継の関係は愛情が結び付けた夫婦ではなく、金による契約で割り切った妻役という業務である。
女は三木を嫌っていたわけでなく、良き上司であった。その証拠に、三木は自分に何かあった場合、業務遂行の報奨金として二百両の遺産を受け取って自由にしていいと、言い残していた。
だから、女が近所の菓子屋の若旦那を引き込むのも、契約内容の死後の自由という項目に照らせば問題が無いではないか。
そう思うが、肉欲が絡むこの手の事で男は他人事であっても理解がないのは世の常であり、女がそのたびに泣かされるのも同様である。
そもそも、朝っぱらから乱入してきた男共はなんなんだと思う。
盗賊であれば、あの時の自分たちは夢中で気づかなかったから、好きに物でも大人しく盗めばいいではないか!
腹立たしいことに、連中は朝の性活を邪魔した挙げ句、物も盗らず近所に言いふらして消えた。
ある種、面子という大切な物を盗んだ盗賊ともいえるが、それはそれである。
これは事故なのだ。
あくまで自分は盗賊に襲われた被害者なのだ。
そう声を大にして言いたかった。
言えるわけもなかったが。
「で、この女はどうします? やっぱ、全員で輪姦してバラしますか?」
いつの間にか戻ってきた三笠山は言うことが物騒である。見れば、女は恐怖で失禁していた。草士はため息をつきつつ、自身の美学に照らし、首を横に振った。
「いや、義理人情もない女とはいえ、継が大事にしていた女だ。継への義理を立てるため、丸坊主にしてそのまま放り出せ」
「ハッ! 良かったな。無事に帰れるぞ」
女は安堵のためにこの場で気絶し、やけに涼しすぎる頭に目を覚ませば、自慢の髪の毛は剃り落とされ、その衝撃に再び気絶した。
「それにしても、三人組の男は見過ごせない。至急探せ。まだこのあたりにいるはずだ」
この時、急報が持ち込まれる。
「旦那様! 砂浜でウチのモンが十人ほど殺られました! また、その近くで三人組の男達が乱闘中です!」
「それだ! 太吉と新一はこの場に残り後始末をしろ。残りは私に続け!」
「応!」
草士たち一行が海沿いの通りに到着すると、すでに全員倒され、三人組は姿を消していた。
やられた連中は重傷者はいたが、死人はいなかった。また、砂浜に行くとそこは戦場が如き惨状であった。だが、七人とも重傷ではあったが、まだ息はあった。至急で医者に運ぶ手配をかける。
「ヒデェものだ。いくら俺達でもここまで非道いことは出来ない」
三笠山は呟き、草士は内心で自覚はあるのかと思いつつ、負傷者の怪我を改め、そして気づいた。
「こちら(砂浜)をやったのは、海沿いの三人組とは別だ。傷口の太刀筋から見て、こちらは別の二人組に違いない」
草士は断定したところで、再び報告が届いた。報告に来たのは、砂浜を監視していた男である。
「砂浜でウチの連中をやったのは二人組の男女です! 二人とも子供みてぇな年頃でしたが、鬼みてえに強かったです」
そういうと、思い出したかのように身を震わせた。
「子供? 男の方は上下黒一色で、歳に似合わない太刀を持っていなかったか?」
「その通りです」
「戯け! そうです、ではなかろう! 昨夜出した彼の少年に手出し無用と命じたことを忘れたか!」
普段、怒らない人が怒れば迫力というより衝撃が大きい。草士の場合も凄まじい声量と相まって、怒鳴られた男も周囲の部下達も文字通り震え上がった。
「三木継を倒す程の少年に、お前達が束になっても敵わん。なればこそ手出し無用と命じたのだ。それを破った挙げ句、七人も壊されるとは何事だ!」
「は…しかし、七人とも三木様の敵をとりたく…」
「愚か、恐らく子供二人と侮り、鼻歌混じりに襲って瞬時に破れたであろう」
全てを見通す草士に、監視役の男は何も申し開きができず、ひたすら汗をかきながら身を縮めていた。
「重ねて命じる。少年には監視に留め、決して手出ししてはならない」
「ははっ!!」
「海沿いで闘った三人は探し出し、やはり監視しつつ報告せよ。状況に応じ、命を下す」
草士は周囲を見渡し、少し声を潜めた。
「明日には船が到着する。船と一緒に『あの四人』も到着するが…それまでには全て決着を着ける、いいな?」
最後の言葉は、部下たちに深甚な恐怖を与え、全員黙って頭を下げた。
その頃、待ちくたびれた風花と“G”は干物屋でイカの塩辛を買い、ぷらぷらと人のいない路地を歩いていた。
これは他意があったわけでなく、風花は、何が潜んでいるのかモヤモヤするような路地を歩くのが好きだからである。
「あれから誰も襲ってこないな。恐れを為したか?」
「七人にかかった時間は一分弱。監視役がしっかりしていれば、今頃は人数を揃え探し回っているはずだ」
まさに“G”の言うとおりであり、建物一つ隔てた向こうの通りで、風花達を探している連中が走り抜けていた。
「お、路地はここまでか。土産物通りに出たみたいだ。」
その通りは細い道ではあるが、土産物屋と食事処が密集していて、観光客が必ず訪れる場所である。路地を出ると、いきなり声を掛けられた。
「おう、兄ちゃんたち! どっから出てきたよ?」
肉屋の揚げ物屋の店主は、普段は誰も通らない路地から見知らぬ二人が出てきたので、驚いて声をかけてきた。
「勝手に通って済まない。探検してたのさ。見知らぬ街だからね、つい」
「いや、それは構わんよ。兄ちゃんたちは観光だね」
「ああ、そうだ」
「なら西浜津名物のチンチン揚げを食べていきねぇ。あと一分で揚がるよ!」
「チンチン揚げ?」
怪訝そうな風花に、店主はその反応を喜ぶかのように笑う。
「そうそう、チンチン揚げさ。まあ、待つてな」
風花と“G”は顔を見合わせる。
「よくわからないが、二つ頼む」
「へい! 二つで二十文(約二百円)です!」
風花は金を支払うと、何気なく周囲を見渡し、揚げ物屋の向かいにある酒屋に目を付けた。
「“G”、待ってるのもアレなんで、ちょっと酒屋を見てくる。出来上がったら先に食べていてくれ」
一言断ると、今野酒店という名の酒屋に入る。店内は七柱の神が第三神“匠錬の女神ハッシュ”の神官工匠による技巧建築により低温に保たれており、かなり肌寒い。寒さには子供の時から慣れているから関係ないが、店の品揃えの良さは寒さを忘れる程だった。
「うぉ、喜久酔の松下米仕様の純米吟醸がある! 何故か隣に神の翁の大吟醸が! おばちゃん、これ二つとも買うぞ」
風花は数量限定のレア地酒を発見し、大はしゃぎである。
「ありがとよ。お客さんも通だね」
「いやいや、コレだけの酒を仕入れているこの店が凄いのさ。あ、金はこれで。それと、喜久酔の方は置いといて。二、三日中に取りにくるから」
「毎度。お金は受け取ったから、いつまでも置いとくよ。また買ってくれると嬉しいねぇ」
「ああ、またくるから」
「はいよ」
風花は神の翁の大吟醸を手に入れてご満悦で店を出ると、通りの“G”が振り返る。
「風花、今ちょうど揚がった。一分では無かったが」
「そう言うな。お陰で神の翁大吟醸が手に入った」
「む、それは凄いな」
「ああ、今日の夜が待ち遠しいな」
「うむうむ。でこちらがチンチン揚げだ」
風花は紙で包まれた小さな丸型のものを受け取る。それは、茶色で薩摩揚げのように柔らかく、揚げたてで熱々であり、とても香ばしい。
「美味そうだな、どれどれ」
上から目線な発言をしつつ、まずは一口……すると。
「美味い! コレは魚のつみれを唐揚げにしたものか! 生姜が利いていて美味いな!」
風花は感激して二口で食べ、おかわりをオーダーする。“G”はすでに三個目を手に取り、視線が風花の持つ酒に注がれ、風花は酒瓶を視線からはずした。
「これは夜まで我慢だ。なんといっても、物語にも登場した限定酒だからな!」
“G”が不満そうにするが、風花はニヤニヤ笑って取り合わない。
「桜塚達にお土産として買ってやろう。そこにあるチンチン揚げを全部くれ」
「毎度! でも食べられるか?」
「それを聞くなら、帰るまで残るかと聞いてくれ」
風花の粋な応えに、店主は呵々と笑い、風花と“G”は日常の暖かさに、先程までの殺伐さを暫し忘れる事が出来た。
無論、それはただの現実逃避であり、悪意は二人の与り知らぬ所で進行していた。
二人は一旦、旅館に帰ることにした途上にて。
「む、風花、あの女を見ろ」
「なんだ、あの人……頭巾なんか被って? それに酷く顔色が悪いな」
二人の右前方より、前かがみでノソノソと歩いてくる女性を見かけた。二人がその女性を気になったのは、あきらかに周囲と雰囲気が違うからである。
「いや、あの頭巾の中身、というか頭だが、ひょっとして髪がないんじゃないか?」
風花は女性の髪の毛がなく、そのことを恥じて前かがみになっていると気づき、と同時に髪がないのは病気のせいとかではなく、人為的なものだと推察した。
「無視しても問題ないが、ないが、気づいたからには無視もできないか」
風花は溜息交じりであったが、“G”はそれを鼻で笑う。
「ふ、“時詠潮の騎士”は刀無き者達の味方だ。嘆くフリをしなくとも、誰もお前を笑わないし、不自然だとも思わない」
“G”の言葉に、素直ではない少年はやや憮然とするが、その足は早くなることはあれ、止まる事はなかった。
その女は、ずっと下を見ながら歩いていたので、正面に立つ男に気がつかなかった。
ぶつかりかけてハッと顔を上げると、正面には十代半ばの少年であることと、隣りに同年代の少女が立っていることにホッとしたが、腰に下げている黒光りする太刀に肩を震わせた。
「も、申し訳ございません、お武家様。ちょっと考え事をしていまして……」
女は慌てて道を開ける。
「いや、あんたの前に立ったのはオレの意思だ」
「え……?」
その言葉に、女は警戒心を抱いたが、少年は女の気持ちを見抜いたように首を横に振る。
「違うさ、あんたを害しようと思ったわけではない。ただ、あまりに不景気な顔をしていたんでね。見かねて声を掛けただけだ。単に痴話喧嘩の後とかでオレの勘違いならそういってくれ。もう帰るか……ら?」
風花の語尾が妙に延びてしまったのは、女がボロボロ泣き出したからである。風花の言葉に、塞がっていた女の心が決壊したのだ。
「どうした?」
やや驚きつつも、風花は声を掛けてよかったと思った。
「い、いえ、なんでも……なんでもありません。なんでも……」
後は言葉にならず、女は両手で顔を抑えるが流れる涙は押さえきれず、指の隙間から零していた。
Qタローは落ち着かせるように女の肩を叩き、それがまた女の涙を誘った。
風花と“G”は黙って視線を見合わせ、しかし女が泣き止むまで、そこに立ち続けていた。
■桜濫暦二四一年十月四日、〇九:五〇
「落ち着かれましたか?」
蓮華の声は清涼感があり、とても気持ちが安らぐ。横で聞いている風花の心も和んでくる。
「はい、お恥ずかしいところをお見せしました」
出された緑茶を啜り、女は泣きはらした後の赤い跡を残しつつも、はにかんだような顔になっていた。
「それは良かったです。このお茶屋さんは私の家みたいな処です。ゆっくりしていってください」
「何から何まで、ありがとうござます」
女は深く頭を下げた。
ここは尼寺『雲祠院』の目の前にある茶店である。
この茶店は男性が立ち入れない雲祠院と市井を結ぶ役目を果たしており、風花と“G”は女をこの茶店に連れてきて、茶店の女主人に蓮華を呼び出してもらった。幸いにして蓮華は雲祠院にいたので、その足で来てくれた。
女は三枝子と名乗り、何も隠し立てせずに事情を話した。
「まあ、そうでしたか………それで髪の毛を剃られ、無一文で放り出されていたのですね」
蓮華が気の毒そうにしているが、風花にしてみれば、三枝子にも責任の半分はあると思うのでなんとも云えない部分がある。
「いえ、私の身上が悪かったからです。今は落ち着いたので、反省もしています」
「そうですか。ですが、お金も持ち物もない状態では……」
「いえ、蓮華様、先程までであれば何も出来ず、あるいは身を海へ投げていたかもしれませんが、こちらにいらっしゃる真夏屋様にお声掛けをしていただいたお陰で、なんでもする勇気をいただけました」
「風花が…?」
蓮華は風花を見るが、風花はそっぽを向いた。
「そうでしたか……わかりました。ではこうしましょう。無一文で貴方を世間に出すのは人として忍びありません。ですので、しばらくこの茶店に住み込みで働いてください。そして、茶店と雲祠院のこまごまとした雑務を引き受けていただきます」
蓮華がきっぱり告げると、三枝子の表情はみるみる明るくなった。
「よろしいのですか?」
「よろしいも何もありません。そうすることが、声を掛けた風花の気持ちに一番沿う形かと思います。私も、風花のその気持ちは、とても大事にしたいと思います」
蓮華は風花へも微笑みかけ、風花は胸が高鳴り、どうしようもなく目を合わせられなかった。
「真夏屋様、色々とありがとうございます」
風花へ深く頭を下げる三枝子に、風花は咳払いをする。
「気にするな。って、ほとんど蓮華が道筋をたてたから、オレに礼を言う必要はないさ」
「それは違います」
蓮華は言下に否定する。
「確かに具体的な提案をしたのは私ですが、起こりは風花です。貴方が声を掛けなければ、今以上に良い状況を導くことはありませんでした。貴方の行為こそ、全てにおいて優先して賞賛されるものです」
ニコリと微笑む蓮華の笑顔は、風花に眩しく映る。
だからだろう。
「そんなに改まるな」
ガラにもなく照れて、視線をあちこちに落ち着きなく移動させ、“G”の冷たい視線に気づかないほどに舞い上がっていた。
「そ、それにしても、朝一番に踏み込んできた連中は、どこの盗賊だ? 何も盗まず、強いていうなら盗み見したというかもだが、何しにきたんだろ?」
「誰かは私にもわかりません。今の私の頭のようにツルツルの男とか三人でした」
「ツルツルの頭?」
三枝子の言葉に引っかかりをおぼえ、風花の表情が引き締まる。
「ひょっとしてその三人の中に、えらくデカイ男とかいなかったか?」
「いました。それと背の低い男です」
風花と“G”は溜息をつく。
「“G”、どうやら昨日の帝国兵みたいだな」
「ああ、しかし大事なのはそこではない」
「その通りだ。何故よりにもよって、帝国兵が後家を狙うのかだ」
「あの……」
三枝子が控え目に声を掛けた。
「多分ですけど、死んだ旦那様を探しているみたいでした。そもそも盗賊なら、堂々と扉を蹴破りませんし」
「当然だよな。実際に何も盗まれていないし。そうなると、考えられるのは何らかの後ろ暗い事で捕まえに来たってことになる……あ、すまない」
風花は死んだ男の愛人だった三枝子に詫びるが、彼女は首を横に振る。
「風花、帝国がわざわざ来るという事。それも“十飢神”となると、大きな案件だと思う」
“十飢神”と言われて、風花は目を鋭くさせる。“G”の目から見ても、風花が「燎火」と呼ぶ男への怒りはただ事ではない。だか、風花が話さないのなら、それを聞かないのが無駄を省く剣士としての“G”であり、パートナーとしての“G”である。
「では聞くが、死んだ旦那の店は何をしていたんだ?」
「乾物屋です。本店が卸も営んでいまして、南方の干し鮑や北方のフカのヒレなど、高級品を扱います」
フカのヒレと聞いて、隣でフンフン頷いている空飛ぶイルカ見る。
「ぎゅ!?」
Qタローは慌てて両手…ではなく両ヒレを背中に隠した。
「いや、いらないから。本店というのが、アンタの髪を剃った連中だな?」
「はい、本店の大旦那様たちです」
「大旦那…どういった男だ?」
「普段は優しいのですが、時としてどうしようもなく冷たく、以前にも怠慢でミスをした番頭を殺したと噂されています」
「証拠は、当然ないよな」
「はい、ただそれから見かけなくなっただけです」
「いずれにせよ、そういった荒事担当もいると」
「そういった方々は、よく私のいたお店の裏に来ていました。ただ…」
「ただ?」
「大旦那様には数回しかお会いしたことはございませんが、今日はお侍でもないのに短い刀を差していました」
「短い刀、脇差か?」
風花が自分の脇差を示すが、三枝子は首を傾げる。
「もう少し長かったと思います」
「小太刀だな。あまり見かけないけど」
「私が不思議だったのは、片腕で使えるのかと思ったことです」
「片腕!? ひょっとしてだが割と細めの身体つきで、見た目が四十にも五十にも見えるような、年齢よりも枯れた感じの男か?」
「正にその通りです。私も死んだ旦那様から、あの方の年齢が三十八と伺って驚いた事があります」
「風花、お前の知っている男か?」
「知っているというより、昨日の鮨屋ですれ違っただけだが。なんか気になる男だった」
「ふむ…これは俺の直感だが、今回の帝国兵といい海での闘いといい、その本店とやらに繋がっていると思う」
「同感だ。的をそこに絞るか。幸いにして調査費用はある。忍びを雇といつつ、金で内通者を作ろう」
「白井様もいらっしゃるではありませんか」
蓮華が笑いを含みつつ提案し、風花はなんともいえない顔になる。
「……いたな、そんなのも」
頼めばやってくれそうだが、またびっくりするような金額を請求されそうだ。
「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャン! 白井青葉、見参! トウッ!」
迷惑なことに、青葉は茶店の中で空中一回転をして着地をキメつつ、キラリと白い歯を光らせた。
「どうしようもなくお困りのアナタに」
青葉は風花を指差す。
「美人剣士が颯爽とお助け!」
ビッと親指で自身を指しながら決めポーズを極めた。
「聞き忘れていたが、本店はなんて店だ?」
「あれ?」
あっさりと無視する風花に、青葉は不思議そうな顔をする。
「え、えーと、青華屋です」
三枝子はチラチラと青葉を見ながら答えると、青葉本人が風花の目の前にヌッと顔を寄せてきた。
「青華屋はこの街で一番の貿易商人よ。街の評議会に莫大な税金という名の献金もしているから、調べるとなったら街が敵に回るわね」
「という事は、白井はオレの敵だな」
カチッ
「ちょっとちょっと!」
正面で風花、背面で“G”が、それぞれの佩刀に指を掛ける音に、青葉は慌てて身を引いた。
「私は正義の味方よ。戦うべき相手を間違えたりしないわ」
「「どうだか」」
風花と“G”の声がハモり、蓮華がクスクス口元を抑えながら笑う。三枝子はそんな面々に目を白黒させていた。
「調査を手伝うから私を信じて。私は何を調べればいい?」
「なら青華屋が献金している先と、船が何処から何処に行っているかを調べて欲しい」
「う、いきなり難度が高いわね。バレてクビになったら、退職金代わりに慰謝料を請求するから、ヨロシク!」
「なら大人しく帰れ! って、アレ?」
風花が怒鳴りかけるが、青葉は早くも茶店を飛び出し、彼女なりの手管に向かう。
風花は毒気を抜かれ、やや呆然と見送るが、気を取り直して蓮華と三枝子に向き合った。
「オレ達は青華屋の管理している倉庫を洗う。忍びも探すけど」
「忍びは止めた方が良いですよ」
蓮華はあっさりとダメ出しした。
「この街にいる忍びは街や有力商人に飼われている可能性が高いのです。こちらの動きが筒抜けになります」
「なるほど、そういうこともあるか。じゃ、オレ達は行くから。この人の事をよろしく。あんたも気をつけてな」
蓮華と三枝子に別れを告げると、三枝子は立ち上がり深く頭を下げた。
「真夏屋様、“G”様、本当にありがとうございました」
「いいってことさ」
風花はサッと手を上げ、身を翻し茶店を出ようとすると、蓮華が呼び止めた。
「風花、私も少しですがお手伝い出来るかもしれません。分かった事はお伝えに参ります」
「……それは、助かる…」
いつになく風花の声が小さく歯切れが悪い。らしくなく、少しだけ振り返り蓮華の玲瓏な顔を覗く。
すると視線がバッチリ合い、花が咲いたかのような笑顔で返された。
風花は素早く茶店を出て、先に出ていた“G”を追い抜いた。
一方、草士の配下である三人組が、桜子達がいる旅館を路地で見張っていた。
「退屈だ。中の女どもは二日酔いで寝ているらしい。なら、女どもを人質に取って例の二人を捕まえるのが手っ取り早くないか?」
「いいなそれ! ついでに女どもで楽しんだりして」
ヒヒヒと下品に笑う。
「俺はあの珍しいガーベラ族の女がいい。ありゃレアモンだ。用が済んだら船に載せて売れば大金になるぜ」
「イイ考えだ。手出し無用とあったが、結果オーライだろ?」
何がイイ考えかは不明であるが、この手の輩が考える事は何故こうも下卑たものだろうか。妄想を逞しく、ついでに股間も逞しくさせている男達は、自分達もまた想像もしない災厄の対象であり、残念ながら真後ろに控えていることにまで想像を逞しく出来なかった。
「ん? 誰だ、アンタ?」
グシャッ! バギィッ! ドガッ! メキャッ! ズグッ!
「た、助けてくれ……、お、俺達はまだ何もしていない」
突如として現れた人の形をした災厄に、襟元を掴まれ吊された男は哀願する。
「勘違いするな。俺はお前達を助けてやったんだ」
吊されている男には、圧倒的な強さを見せつけた男の言うことが理解出来ない。今、ボコボコにされているのは自分達ではないか。
「馬鹿だな…知らないのか。ガーベラ族に手を出せば、お前等は全員『不幸な』死を迎えるのさ。人が七百年も前の巨人との戦いでの助力を、いつまでも恩に着るワケがないだろうが」
その五分後。
三人の男達が滅茶苦茶に殴られ横たわる路地に、帰ってきた風花がいた。
「なんだ? 誰にやられた?」
元の人相が全く判らないが、恐らく自分の敵だろうとは直感していた。故に手当てする気はないが、事態だけは把握に努めようと、比較的喋れそうな男の頬を遠慮なく叩き、無理やり起こした。
「……う、あ、全く知らない男、一人…突然、後ろに」
それだけ言うと、ガクッと気絶した。風花は手を離し、男の頭が地面に音をたてて落ちたが、男は反応しなかった。
「男が一人…いきなり後ろ……」
そこまで呟くと、ハッと閃くものがあった。
「“G”、お前は宿にいろ! Qタローは手はず通りに頼むぞ」
「了解」
「ぎゅきゅ!」
風花はそれだけ言い捨てると、表へ走り出す。
対象が何処を歩いているか、彼にも分からない。
分からないが、自分と似た男なら、自分が走りたい道の先にいるという確信があった。
何故なら、ここは東方大陸。
因果の見えざる糸に結ばれし者達が舞う、神楽の大陸。
故に二人は邂逅する。
「見つけた」
風花の声に、男はゆっくりと振り返る。
「二日ぶり、相馬の“狂犬”さん」
「ああ、よく俺を捕まえたな。“当代最強”とやら」
男の名は伊丹十佐。
二日前、行きの船上でぶつかった二人はこうして再会した。
二人は天下の往来で睨み合い、人通りの多いこの場所には、早くも人が溜まりだす。
「どうした? 二日前の借りを返しにきたか?」
「その通りだ」
風花は一歩前に踏み出す。
周囲の野次馬はゴクリと固唾を飲み込む。
バッ!
「仲間を助けてくれたことに礼を言う」
風花は頭を下げた。
「礼はいらん」
「そうか」
その一言に頭を上げる。
「お前を助けたつもりもない」
「ならオレは気にしない。二日前の事も併せてだ」
風花は言うと、ポンと手にしていた酒瓶を放り、十佐は受け取った。
「せめて気持ちを形にするだけだ。」
ニッと笑うと、冷たく鼻で笑われた。
「馴れ合う気もない」
十佐は視線をはずして、手元の酒瓶を見る。
「しかし、この限定の『神の翁』大吟醸は、どうしてもというなら、受け取ってやろう」
「ああ、どうしても、だ。自分の好きな酒を気に入ってくれるのは、正直嬉しいな」
それだけ伝えると、風花は来た道を戻る。
見物していた野次馬は想像と違う展開にポカンとしつつ、十佐共々、風花が立ち去る姿を最後まで見送るだけであった。
風花が旅館に戻ると、桜子達はすでに目を覚ましており、朝の分もまとめてランチ中であった。
「風花、遅いぞ。先に食べている」
朝の体たらくは何処へやら、桜子はどんぶりで鰺フライ定食を食べていた。
「全く、桜塚達が寝ている間に三つほど仕事を片付けていたさ」
「なに? 私がほんの少し休憩している間に仕事だと? 貴様の事だからタラタラやる程度であろう。よし、私が午後から効率的かつスピィーディに片付けよう! 感謝は無用だ。馴れ合う気はないからな!」
何が、馴れ合う気はないからな、だと思う。そういうセリフが似合うようになってから言ってほしい。
まくし立てる桜子に、まともに相手をする気になれず、黙って手を上げて自分の鰺フライ定食を取り寄せる。
もっとも、桜子に呆れたわけでない。
二日酔いでダウンし、失点を取り返そうと考えている桜子の気持ちを計り、声をかけることで傷つけないようにサラリと流したのだ。
そんな風花の気持ちも、見抜かれていることも含めて気づいている桜子は頬を桜色に染め、よりつっけんどんな口調になる。
それでも、以前のように険悪にならないのは、ここにはいない七人目の仲間が、今も傍にいる一つの証拠なのかもしれない。




