第二十四話「香る“最中”、血に酔う輩に酒に酔う輩」
■桜濫暦二四一年十月四日、〇七:三〇
小雨の降る夜が明けると、気持ちの良いほどの晴天であった。
まさに絶好の観光日和。
にもかかわらず、サクラ小隊ご一行様は前日の痛飲が祟り、ほぼ壊滅状態であった。
「揃いも揃ってだらしないぞ!」
「うぅ~、風花くん、お願いだから大きな声を出さないで…」
小隊長の山吹をはじめ、雪蘭、桜子の三人は、朝食というには豪華すぎる食事を前に、二日酔いに呻吟していた。
珍しくクレハも呑み、山吹達ほどでないにせよ、味噌汁を一口飲んでからは、腕を組んで座ったまま寝ていた。
Qタローと雪蘭は眠りながら旅館一階の食堂にフラフラ降りてきて、席に着くな否や、テーブルに顔を置いて、ヨダレ全開で垂らしつつ爆睡中である。
一方、風花と“G”は朝から食欲全開である。
二人はもともと耐性が強いのもあるが、闘気の遣い手は体内の循環機能を高め、解毒能力が高く、酒では酔わない。そもそもグルファーである“G”に毒は効かない。
「風花、おかわりだ」
「応よ。特盛りか」
「いや、チョモライス」
「オッケー、チョモライス…と」
由来も知らないのに『チョモライス、チョモライス』と繰り返しつつ、風花がお櫃から炊きたての白米を全高二十センチまで盛り付けて返す。
それを横目で見ていた桜子が口元を抑えた。
「桜塚、その鰺の開き、食べないならもらうぞ」
「風花、取りすぎだ。半分よこせ。大きい方だ」
「じゃあ、イカ刺しはオレが貰うぞ」
風花と“G”は手付かずの桜子の朝食を奪い始め、桜子は取り返す気力もなく、山吹は呆れて呟く。
「もぉ~、ご飯なら私とせっちゃんからも取ってよ~。というより、全部食べて」
モリモリ食べる二人を出来るだけ見ないようにするが、
「風花おかわり、チョモライス」
という具合であり、半ば食堂に来たことを後悔していた。
チョモライスを製作中だった風花が叫ぶ。
「おばあちゃん、おばあちゃ~ん、ご飯なくなった。お櫃をもう一つ持ってきて」
パタリ、山吹は食卓に伏せた。
「まあまあ、気持ちのいい食べっぷりたねぇ。たくさん食べてくれて嬉しいよ」
老婆は顔を綻ばせながら、おかわりのお櫃を持ってきた。
「ああ、ありがとう。こんなに美味い朝飯は十年ぶりだ。おばあちゃんが作ったのか?」
風花がチョモライスを盛り付けながらきくと、老婆は遠い目をする。
「そうさねぇ、六十年かわらず作っているよ。季節の食材を除けば、ずっとかわらないさ。“獅子王”戦争の時もね」
「ふ~ん、この卵焼きも味噌汁もあったかくて芸術的に美味い。夜も作ってくれるのか」
「頼まれた時にはね。この旅館は長いから、中には親子三代で使ってくれるお客さんもいてね、こんなババアの料理でなければだめだという奇特な人に、二品くらい作るよ」
この旅館は専門の料理人がいる、料理自慢の旅館である。
夜は板前の心尽くしが所狭しと並ぶが、朝食は老婆が担当している。常連の客は、それこそ老婆の卵焼きと味噌汁でなければといい、朝は老婆の担当となった。
「じゃあ、今晩は旅館で食べるから、何か作ってよ。それでここの地酒を呑みたい」
「わかったよ。でも板前さんのようにはいかないからね」
「楽しみにしているから」
老婆と楽しげに話す風花の声は、“G”だけでなく、半死人状態の四人も薄目を開けつつ聞いていた。ちなみに、Qタローは変わらず爆睡中。
桜子は再び眠りに落ちながら思う。
これは重傷だ。風花が無邪気に話しているのが見える、と。
桜子が次に意識が戻りかけると、身体の前半分に暖かくて柔らかいものを感じ、思わずギュッと抱きしめた。
「ん、起きたのか?」
すると、抱きしめたものから、聞き慣れた声が聞こえる。
「え、え?」
「自分で歩けるか?」
「ふ、風花!?」
「なんだ?」
桜子は自分が風花に背負われ、寝ぼけて抱きついていたことに気がついた。
桜子の頬は一瞬で瞳と同じ色に染まる。
気がつけば、山吹、雪蘭、クレハ、Qタローは死んだ魚のような目をしているくせに、ニタニタ笑っていた。
「降りるに決まっているだろうが!」
恥じらいが怒った声に変わるが、慌てて降りようとして、風花が手を放した際に尻から落下した。
「あいたた」
「大丈夫か?」
風花が声をかけたが、「大丈夫だ!」と、確認もせずに立ち上がった。
「ふむ、で、お前はどうする?」
「何の話だ?」
「聞いてなかったか。オレと“G”は腹ごなしに街を走ってくる」
「風花、お前がいないときに、旨そうな干物屋を見つけた。そこは店先で干物を焼いてくれるし、酒も呑めるぞ」
「それはいいな。朝の一杯と洒落込もう」
「うむ」
「朝から呑むな! あいツツ」
怒鳴ったせいで、桜子の脳に深刻な痛みが響いた。
「こりゃダメだな。じゃ、俺たちはひとっ走り行ってくるから」
太刀を確認すると、風花と“G”はサッサと歩き出し、Qタローは習性なのかフラフラ風花の後ろについて行く。桜子は仲良く連れ立つ風花と“G”を見て、自分も酒を分解できる闘気とやらを身につけようと思った。
■桜濫暦二四一年十月四日、〇八:三〇
通りにでると、二人と一匹は朝の喧騒の中、駆け抜けていく。
朝から荷運びをする馬借問屋、穫れたての新鮮な魚を行商する棒降商人、これから出立する旅人。いずれも街の賑わいの音の一つとなり、西浜津という名の交響曲を奏でていた。
「なあ、“G”とQタロー」
「どうした?」
「ぎゅきゅ?」
「旅はいいな」
“G”には咄嗟に風花の意図が理解出来なかったが、彼が喜んでいるなら彼女も嬉しかった。
「そうだな。また何度でも、何処にでも行こう」
「ぎゅきゅ!」
「ああ、このまま、この足で大陸を縦断出来たら、本当に楽しいだろうな」
「行くか? このままその先へ」
見知らぬ街に想いを馳せる風花の手を、“G”は走りながら掴んだ。
風花が掴まれた手の先にいる少女へ目を向ける。
少女は真剣に少年を見ていた。
風花は微笑む。
「行けないさ、オレもお前も。行けばきっと、違うオレ達になってしまう」
「……そうか」
淋しげに呟き、少女は握っていた手を放す。
もしも。
人生にはもしもはないが、もしも二人がこのまま手を取り合いながら走り抜けていたら。
それはそれで、二人は幸せであっただろう。
いつか二人の間に子供が産まれ、二人は賞金首を追い、戦場を渡り歩く。
どこまでも自由で、自身と家族の責任のみの範囲内で生きていく。
だが、二人にはそれができなかった。
自由にもなれなかった。
明確な理由などない。
ただ、それをしてはならないという、説明不能な強迫観念があったからだ。
もしも、それを無視して駆け抜けていれば、風花は退屈な日常を重ねつつも、家族と共に天寿を全う出来たであろう。多くの自身を慕う人々の死体に埋もれる事もなかっただろう。
しかし、風花は折り返す道を選ぶ。
あえて自分に言い聞かせるならば――
「“G”、オレは、時詠潮の騎士だから」
その力強い言葉に、“G”は風花の肩を叩いた。
暫く二人に会話がなかったが、思い出したかのように風花が提案する。
「海を見に行かないか?」
「そうだな、そこがいいな」
二人は道を変え、浜まで走った。
砂浜まで降りると、波打ち際まで歩く。
「静かだな」
「ああ、人気がなくていい」
「ぎゅ」
暫し、二人と一匹は波の音を聴く。
「静かだ」
再び風花が呟く。
「せっかく波の音しか聞こえない空間だ。期待に応えてくれなければ、どうしようかと思った」
波を前にする二人と一匹の左右後方より、遠くからゆっくりと職人だか、漁師だか、浪人だか、色々な職種の人間が取り囲みだした。
「七人」
“G”が言うと、風花が訂正する。
「八が正解だ。一人、観察役を見逃している」
闘気法《鏡見》により、二人は相手の気配を察知し、それぞれいつでも抜刀出来るように鯉口を切った。
「心当たりは?」
“G”の問いに、風花は笑う。
「ありすぎるが、直近だと、二日前に山の中で出会った人攫いの仲間かな」
「なるほど、だが、なんであろうと構わない」
「そうだな、誰であっても構わない。それに、もう朝も九時を回っているのに、コイツ等以外に誰もいない、『誰も見ていない』状況だ」
「つまりは、何をしても、『誰も知らない』状況であるってことだろ」
「そういうこと」
七つの刃に囲まれても、二人は不敵に笑う。
この状況で二人が笑えるのは、二人がすでに、血の香りを匂いだから。
■桜濫暦二四一年十月四日、〇八:〇〇
この日の四桜草士は、朝から多忙であった。
無論、日々、西浜津五指に入る大店の主である。貿易商として活躍する彼にヒマな日はないのだが、他の日に比べて多忙を極めた。
朝六時に目を覚ますと、先に目を覚ましていた昨日の中居、名を音桐というが、彼女に朝からせがまれた。
朝一番でまず励み、コトが終わると音桐が朝食を作ると言い出し、暫くすると綺麗に整えられた純和風の食事を供された。
草士は左だけの隻腕である。食事は彼にとって、難事の一つであるので音桐が箸を持って食べさせようとするのを制し、まずは一口、味噌汁を飲むと正に草士好みの味。卵焼きを一つ食べると、もはや箸が止まらなかった。
「うむ、美味い」
草士は見た目こそ四十台後半だが、実年齢は御年三十七であり、これまでの人生で一番の朝食であった。
「良かった、草士さんの口にあって! 私、草士さんのために一生懸命作りました! 草士さんに喜んでもらおうと沢山作ったから、全部食べて下さいね!」
ここからが地獄であった。
先程まで、食卓にはご飯、味噌汁、卵焼き、鰺の開き、キュウリの糠漬けであった。
それが気づくと、平目の唐揚げ、タコのシャブシャブ風小鍋、イカの明太子和え、ベーコンとアスパラの炒めもの、ネギ納豆、ナス焼き。〆に素麺が出てきた。
「……ちょっと、多くないか?」
先程まで軽快であった箸が、物理的重量が増したように感じるのは気のせいだろうか。
「お台所の余り物を使わせてもらいました」
それは余り物でなく備蓄品だ! と思ったが、漢として口にしたのは別のセリフである。
「いや、ありがとう。いただくよ。この卵焼きは美味しいな。食べるのが勿体無いくらいだ」
それを聞いて、音桐はイタズラっ子のような笑みを浮かべる。
「草士さんがそう言っていただけると思って、卵焼きは沢山作りました!」
ドドンッ!
どこからともなく、大皿にこれでもかと盛り付けられた卵焼きが眼前に突きつけられ、草士は覚悟を決めた。
一時間後、フードファイターとしての苦行を終え、ようやく熱いお茶を落ち着いて飲めた。
音桐に帰るように言うと、ゴネるかと思ったが、素直に二つ返事で帰った。
こうして、四桜草士は上げ膳も据え膳もいただき、朝から健康的な性活と生活を満喫仕切った所に、店の若い衆から急報が入る。
「旦那様、海の方で案件が持ち上がりました」
どうやら、朝の一時は終わりを告げたようだ。湯飲みを置くと、草士はゆっくり立ち上がる。
先程の朝食は、ボリュームこそキャパオーバーだったが、味も香りも全てが最高であった。
お茶を飲みつつも、味を反芻していたが、それも終わりである。
何故なら、すでに四桜草士は血の香りを匂いでいたから。
■同刻、桜濫暦二四一年十月四日、〇八:〇〇
朝からイヤな連中が歩いている。
暴力の気配を匂わせつつ、あらゆる方向にガンを飛ばし、運悪くか目が合えば絡んでくる。
このような手合いはどこの街にもいたし、それによる傍迷惑な喧嘩も日常茶飯事であった。
つまりは、そんな三人組を配下に置いている帝国“十飢神”飛熊の周辺ではトラブルが絶えないことを意味する。
「着いたぞ。情報では多分ここだ」
スキンヘッドの砥部が、まだ戸が閉まったままの乾物屋の前に立つ。
「三継屋か。本当にあってるだろうな」
少し疑念を挟むのが、小柄な渡辺である。これまでの経験から、砥部が「多分ココ」と言ってソコであったことは、十回に一回である。
「む、鍵が閉まっている。もうお日様もこんなに高いのに…やる気あるのか、この店」
ガチャガチャ戸を開こうとするが、ついに持ち前の短気さを発揮し、戸を蹴り破った。
「オラァ、マルサのガサ入れだ! 大人しく出てこんかい!」
砥部はフレーズの原典も知らず使いつつも、ズカズカと店の奥に土足で入り込んだ。
「誰もいないぞ。まさか潰れたのか?」
渡辺が慎重に気配を探りながら不安を口にする。
「おかしいな。少なくとも一昨日まで営業していたはずだが」
「いやまて!」
渡辺は奥に人の気配を探り出した。
「二人いる! 右側だ」
「よし、弥陀内」
「了解だ」
罠に備えて、最も頑丈な弥陀内を先頭に、三人は進む。
店の中は広く奥行きもあったが、ここまで来ると奥からくぐもった声が聞こえる。
「あそこの部屋だな。弥陀内、渡辺、絶対に逃がすな!」
「「応!」」
弥陀内は襖を勢いよくスライドさせた。
「三木継! 神妙にしろ!」
三人が部屋に踏み込むと、そこには目標の三木継がいた……………………………………訳ではなく、裸の男女が一組、布団の上で絡みあっていた。
「………………」
「………………」
双方、無言で互いを見つめ合い、狭い寝室には五人の沈黙が滞留する。
沈黙を破ったのは砥部である。
「あ、朝っぱらからナニしてんだ! お前が三木継か!?」
裸の男は、聞いていた情報とはあきらかに年齢もイメージも違う。
「い、いえ、私はここの奥さんに呼ばれただけの間男でして……」
砥部は、無言で間男を殴って気絶させた。
この後、女の方を尋問したところ、何でも二日前に夫が仕事先の事故で他界し、今日が通夜であるが、葬儀は自宅兼店舗のここではなく、上司の店舗で営まれる。店で働いていた使用人達も全員その支度で出払っているのをいいことに、浮気心を抑えられず若い男を引き込んでいたとの事たった。
砥部たち三人は、一旦出直す事にした。
外に出ると、破壊された店の戸を見たのか、多くの野次馬がいた。
「あーあー、何でもないよ。ここの奥さんが浮気してたんで、ちょっと言い聞かせただけだ。心配なら見に行くといい」
砥部は周囲に言い放つと、足の赴くまま歩き出す。
「なんだったんだ、一体」
砥部が愚痴るが、渡辺が話を戻す。
「手掛かりが死んだのなら、その葬儀をする連中を的にするのが次の一手だろう。海沿いの店らしいから、このまま海に出て、行くとしよう」
「了解だ。だが、その前に一服しないか? 気持ちが落ち着かん」
「ふ、自分とこの奥さんが男をくわえ込んでいるのを想像したか?」
「いや、知っての通りウチのを相手にする物好きがいるとは思えんね。俺ですら帰りたくない」
「まあ、なんというか、わからんでもないが……なあ」
渡辺は弥陀内を見上げて同意を求めるともなく聞くと、弥陀内も真顔で頷く。
「ち、忘れようぜ。あっちの人気がないところがいい」
砥部は足元の石を蹴りながら海辺に足を向けた。
砥部は早足になり、二人は顔を見合わせつつ追いかける。
すると……
「なんじゃこりゃあ?」
夥しい数の死体が砂浜に転がり、砂浜は流れ出た血で赤茶色の斑模様に染まっていた。
「これは酷い。正に屍山血河だな。流石の俺もここまで酷いことはしない」
呟く砥部に、渡辺と弥陀内はジトッと横目で見る。
「どうする? 通報してやるか?」
渡辺が二人に聞くが、砥部はあっさり首を横に振った。
「いや、あらぬ疑いを受けてもつまらない。ここはすぐに立ち去るのが良策だ」
「それもそうか」
「海で一服出来ないとすると、いっそ何処かの干物屋で朝酒をかっ喰らいながらながら名案が浮かぶのを待つか」
「いいな、それ」
という訳で、三人は足早に立ち去ろうとしたが、先程の街に続く道から大勢の男達が指を差しながら駆けつけてきた。
「貴様等! これだけの事をしておいて、生きて帰れると思っているのか!?」
まだ遠くなのに、先頭の男がいきなり抜刀しながら叫ぶ。
「オイオイ、勘違いするな。俺達は通りすがりの者だ。向こうの死体とは無関係だ!」
砥部が三人を代表して怒鳴り返す。
「嘘をつくな! 身に覚えがないなら、なんで通報しないんだ!」
「やっぱりそう言う?」
「まあ、ひどく真っ当な切り返しだな」
渡辺が客観的な感想を述べ、砥部は味方からも否定され少しへこんだ。
「なあ、あれだけの殺人をすればいくらかでも返り血を浴びるだろ? でも俺達は誰もそんな痕跡なんて…」
その時、ブォオッと風と共に血の色に染まった砂が、モロに三人に吹き付け、全身赤茶色に早変わりした。
「え、ウソ…」
その時、ようやく武器を持った男達が三人のそばまでたどり着き、周囲を取り囲む。
「見ろ、近くで見れば返り血で真っ赤じゃあないか!」
「いや、これは風のイタズラで…」
「風など吹いていないぞ。今日は天気予報でも無風だ!」
男の言うとおり、全くの凪である。
「…なあ、渡辺に弥陀内。今日だけど、俺らって何かしたか?」
「まだ何もしてないな」
「だよな…しかし、なんかツキに見放されているような」
「何をゴチャゴチャいってるんだ! さっさとついてこい! どうせお前等は、このあと干物でも摘みながら朝酒をかっ喰らう程度しか考えていないだろうが!」
「……随分、ヒドいいわれようだ」
確かにヒドいが、この集団のリーダー格でもある男、田子ノ浦というが、彼には遠見の術も千里眼も未来予知もなかったが、正確な洞察力の持ち主かもしれない。
ここからほんの十分ほど歩いた先で、真犯人である某二人組は、干物屋で鰺の開きとイカの一夜干しが焼けるのを待ちながら、朝酒をかっ喰らっていたからだ。
「大人しくついてきてもらうぞ!」
さっきから同じことを繰り返す男の言葉に、砥部は心底うんざりした声を出す。
「……全く、獅子王の理念を忘れ、戦場で血飛沫を浴びたこともない下郎風情が! 貴様等は精々、砂にでもまみれてろ!」
両者同時に踏み込み、辺りは砂と血飛沫が舞い踊る。
双方、もう少し賢く、大人としての対応をしていれば、この闘争はなかっただろうか?
いや、有り得ない。
何故なら、両者共に血の香りを嗅いでいたから。
同刻。
まずイカの一夜干しが焼け、某二人組+一匹はさっそく舌鼓を打つ。
「あぎゅー!」
あまりの熱さに、Qタローは悲鳴を上げて、慌てて冷酒をガブ呑みした。
「熱ッ、そして美味い! 朝からこんな贅沢をして良いのかな?」
少年が口ほどに恐縮せずにイカのゲソを頬張る。相方の少女はイカの胴体部分を指で摘み上げた。
「構わないだろ。何時までも贅沢が出来るわけではない。出来るときに、出来るだけ楽しむ。それが人生を楽しむって事だ」
少女はつまんだイカをパクリとくわえた。
「はは、良いこと言うな。なら楽しもうか、朝の一時、一滴の酒と一欠片の干物で」
「きゅ!」
鰺の干物が焼けるまで後少し。
二人と一匹は漂う潮を含んだ干物の香りを暫し楽しむ。
「それにしても、誰もこないな」
少年の読みでは、そろそろ追っ手がくる予感がある。
余裕を見せてはいるが、内心では覚悟を決めている。
鬼に遭えば鬼を斬るし、仏に遭えば仏を斬る。
眼前に立つ者、全て敵。
しかし、敵はなかなか眼前に現れなかった。
少年は、状況はまだ動いていないのかと、ふっと思う。
その心配は不要である。
ここまでくれば、状況は勝手に動き出すし、今更止めようもない処まできているのだから。




