第二十二話「“最悪”の邂逅」後編
■桜濫暦二四一年十月三日、一五:二六
「何の騒ぎだ?」
開口一番、男は三人の男達を問いただした。
「いえ、“獅子王”の銅像の前で、桜濫のヒヨっ子どもを指導してやっただけですよ」
小柄な男があらぬ方を見ながら、適当に答えた。
「指導、だと?」
男が小柄な男をジロリと見ると、小柄な男は背を僅かに震わせる。
「そうです、指導です」
重ねて答える小柄な男を、
「邪魔だ、どけ」
と、“G”は片手で横に押しやり、背の高い男の前に立った。
“G”の身長も同年代の中では高いが、当時はまだ百七十二センチほどである。十センチ近い身長差があった。
暫し、“G”は男と睨みあっていたが、やがて“G”から口を開いた。
「貴様等、帝国の指導とやらが聞いて呆れる。年少の女の胸を掴むのが帝国の指導とやらか」
言うな否や、“G”の右拳が男の顔に叩き込まれた。
ドゴッ!
「…………」
しかし、男は微動たりともせず、静かに“G”を見下ろしていた。
「いい拳だ。年齢と見た目の筋肉の割には強力な腕力だな。瞳と肌の色からして北方大陸の噂に名高いグルファーか?」
「!」
まともにグルファーたる自分の拳を喰らって平然としている男を前に、“G”は驚愕する。
「まずは、自己紹介させてもらおう。俺は東方神楽帝国皇帝騎士団“十飢神”が一人、飛熊という」
飛熊は名乗るなり、半歩前に踏み出し、右下段突きを“G”の腹に打ち込んだ。
“G”はその攻撃を勘で予測し、この二ヶ月間、特訓を重ねている闘気法《硬気功》をヒットの瞬間に発動させ防御したと思ったが、
「ぐッ!?」
その下段突きは《硬気功》の見えざる防御壁を貫き、“G”の膝を地面につかせた。
同刻。
風花は二日前の夕方に出会った青葉という女剣士とその配下、そして漂白の比丘尼である蓮華と共に西浜津に到着した。
「すごい人の数だな。それに、見たこともない種族の亜人も多い…あれは魚人か?」
「ぎゅきゅ~」
風花とQタローは人の数と種類と、そして沸き立つような活気に、半ば呆然とした。
風花と馬を並べていた蓮華は薄い胸を張って自慢する。
「ふふふ、そうでしょ、すごいでしょ。西浜津は東方大陸西岸でも五指に入る港湾都市よ。交易の中心だから、人も物もお金だってみんな集まるわ」
「人と物って、奴隷商人とその商品のことか?」
風花の皮肉に、青葉は鼻白む。
「風花、あまり胸の内を正直に出すものではありません。大望は胸に秘めたまま、でも大胆に、です」
青葉の後ろで馬を歩かせる蓮華はニコリと笑うと、風花も口を噤んだ。
比丘尼の通常の服装は法衣のワンピースであるから馬に乗れないはずだが、蓮華の着ている服はツーピースであり、よく見れば下はズボンを穿いていて、その上に法衣をつけていた。
「…まぁいいさ。どうせあと数日もすれば、この街から片付く。それよりも今はツレを探さないと。何処に宿をとったんだか。あらかじめ言いつけたとおり、安くていい所を選んでるかどうか心配だ」
西浜津は中心となる三重の廓内では騎乗での通行は禁止されている。外側の廓御門前には馬屋があり、風花は借りていた馬を帰した。
「ありがとな、太郎丸」
太郎丸とは、風花が今回借りた馬に名付けた名前である。
太郎丸は一際暴れん坊だったが風花はすぐに懐かせ、頑張って走ってくれた。
風花とQタローが太郎丸の頬を撫でると、寂しげにヒヒーンと鳴いた。
太郎丸は休憩時にはQタローとよくじゃれあっていたものである。
「それじゃあ、因果が出来たらまた逢おう」
風花とQタローが手を振ると、太郎丸は一際大きく鳴いた。
その声は、当たりにいた人々を驚きと共に、理由も無く悲しい気持ちにさせる鳴き声であったと、一部の人々の間で評判になった。
「で、いつまでオレに附いてくるんだ?」
風花の真横で、馬を曳いている青葉に横目をやると、彼女はキョトンとした表情になる。
「え、だってこのまま別れたら、この広い街で君は私を捜し歩く事になるでしょ? 気をつかってあげてるのよ」
感謝しろといわんばかりの押し売り女剣士に、風花はあきれる。
「いや、別にいなきゃいないで困らないから。任務に戻れよ」
「私の心配はしなくていいわ。君は君の心配をするべきよ」
なぜだか説教をされてしまった。
「まったく、なんだってこんなに調子が狂うんだ?」
ぶつぶつ呟く風花の耳に、人々のざわめきが聞こえてきた。
「広場で、女の子達がケンカしているってよ」
「珍しいな、どんだけ勇ましいんだ」
「いや、その相手がヨソ者らしい」
「じゃあ、帝国と幕府のケンカか? うっとおしいな」
風花がその会話を聞き、ケンカをしそうな女子で思い当たるのは一組だけである。
「聞いたか白井。広場って何処だ?」
「そこをまっすぐ行って、三叉路を左にいけばすぐよ」
「そりゃどうも」
おざなりに礼を述べるていると、周囲の会話の一フレーズが風花の耳を打つ。
「女の子とケンカしているってヤツは誰だ?」
「さぁ、ただ、さっき俺は見たんだ」
「誰を?」
「背の高い帝国の騎士だ。一年位前に新聞に載っていた男。最年少で帝国最強の“十飢神”になった…確か熊だかなんだかの名前をした――」
嚇ッ!
風花の髪の毛が逆立ち、全身の血が燃えるように滾り、全身から凄まじい闘気が発散された。
「風花?」
隣りにいた蓮華も怯む程の強烈な勢いであり、蓮華が声を掛けた時には、駆け出し、一瞬で姿が消えた。
同刻。
“獅子王”の銅像が聳え立つ前では、巨漢の弥陀内がクレハをつかまえようと前に出ると、クレハは鋭い視線を弥陀内の瞳に放ち、一瞬たりとも目を逸らさず睨みつけた。
弥陀内はその視線の鋭さに、怯みと恥を覚え、そのことに気づきいきり立ち、無遠慮に手を伸ばす。
毅然とたつクレハに伸ばした手は、突如として現れた黒衣の少年に小指を握られる事で止められた。
「小僧、誰の指を掴んでいるんだ! 俺は男に触られるとブチ殺す性質だぞ」
「それは奇遇。オレもだよ」
少年はほとんど無造作といっていいほどの動きで、あっさりと小指をへし折った。
「ぎゃッ! …てめぇ、ぶっころ――」
グシャッ!
少年の右拳が、弥陀内の顔左側面にめり込むほどの力で炸裂。
巨漢の弥陀内は、一撃で昏倒し、そのまま動かなくなった。
「大!」
砥部が倒れゆく弥陀内に気を取られたのが、運の尽きだった。
その一瞬の油断が、本来であれば空手使いが許すはずのない、至近への踏み込みを風花に許してしまった。
ゴッ!
気づいた時には、風花の右逆突きが砥部の顔面に決まり、これまた一撃で気絶せしめた。
風花は倒れた二人には興味を示さず、渡辺に向き合う。
「小僧、ワレは誰に喧嘩売ってるのか、わかってやっているんか? 俺らは皇帝直属の“十飢神”が一人、“飛熊”が率いる“燎原隊”だぞ。見たとこ桜濫の小僧みたいだが、桜濫は帝国に上等か、あぁ!」
渡辺は凶悪な顔で脅しにかかり、桜子や山吹たちを震わせたが、風花から出たのは一言である。
「もちろん、上等だ」
「な!? わかってンのか? 戦争だぞ!? お前のその一言で――」
最後まで言い切ることが出来ず、風花の右アッパーが渡辺のアゴに決まり、渡辺は仰け反るようにして気絶した。
「渡辺さん!」
御堂寺玄が叫び、速水一成と共に駆け寄ろうとしたが、一瞬で風花は彼らの眼前に立ち、獅子が如く吼える。
「帝国!? “十飢神”だと!? みんな上等だ! どれでも好きなヤツからかかって来い!」
闘気法《征覇》!
全身から闘気を発散させ相手を萎縮させる業を風花は使い、僅かであるが御堂寺と速水の動きを鈍らせた。
鉄拳二閃!
風花から見て、左側に立っていた御堂寺に右ストレートをお見舞いし、さらに右側に立っていた速水には返す刀で右裏拳を炸裂させ、やはり地面に倒した。
二人を倒した風花の目の前には、飛熊との間を遮ろうとする藤宮が立ちはだかっていたが、風花の強烈な眼光をモロに受け、無意識の内に右後方へ後ずさった。
障害物のなくなった風花は、飛熊へ真っ直ぐ向かい、約十歩の距離で止まる。
「燎火ぁ、貴様、誰の許可を得てオレの前に立っているんだ?」
山吹たちが驚いた事に、自分達も知らない飛熊の名前を風花は知っていた。
すると、初対面のはずの飛熊も、無表情に風花の名を呼んだ。
「風花、こんなところをウロウロしていたとは。やはり生まれも知らぬ野良犬風情は、幾つになっても邪魔な存在をやめられないらしいな」
(なに? 二人は知り合いなの?)
山吹の注視する前で、二人は火花を散らす。
「“飛熊”だと? かの太公望でも気取っているのか? だったら魚釣りでもしていろよ。ここは港町なんだし」
「真夏屋風花だと? 野良犬に大層な苗字などいなないだろう。よくも恥ずかしげもなく、人間様の姓を名乗ったものだ」
「お前の釣り上げた魚の餌は、死体を細切れにして吊り下げたものだろ? なお人間のフリをするお前の本性は鬼畜そのものだ」
「周りにいる人間を出汁にして啜り、今日まで生きた感想はどうだ? まともな人間であれば、頭を丸めるだろうが、野良犬にはそんな高尚な事を思いつきもしなければ、そもそも悼む心もなかろう」
「今、自分が呼吸している意味も考えず、守るべきものを全て捨てて、のうのうと生きているお前の存在を――」
「託された重さを知らず、誰一人も守れず、勝手な理屈を並べたて、生きていることを自分で肯定するお前の存在を――」
「オレは絶対に――」
「俺は絶対に――」
「「許さない!!」」
火ッ!
両者の全身から殺気と共に闘気が迸り、両者を中心にして衝撃が奔る。
爆ぜる闘気は、上空を飛ぶ鴉が気絶して一斉に墜落し、周囲の野次馬の中にも気絶する者が続出した。
風花、燎火、共に一歩も動かず睨みあい、それでいて誰も手出しも口出しも出来ないほどに、両者の狭間には憎悪と殺意が渦巻く。
「はいはい、そこまで、そこまで~」
手を叩きながら二人の間に入ってきたのは、女剣士・白井青葉である。
「天下の往来で堂々と喧嘩するとは何事よ? 少しは他の人の迷惑ってものを考えなさい。それとも、そんなことにも気づかないほど、二人はお子ちゃまなのかしら?」
ニマニマ笑いながら軽い調子で話しかける青葉に、風花も燎火も笑いもせず、鋭い視線を闖入者に向ける。
「あら、そんな怖い視線を私に向けていいの? 私がその気になれば、二人とも瞬殺なのに」
何処からそんな自信が湧き出るのか、本気で風花は知りたい。
「ま、そんなことはどうでもいいんだけどね。大事なのは、帝国と幕府はここで戦争するの、しないの? どっちよ?」
風花はフンと鼻で嗤う。
「戦争? 何の話だ? 何か火種でもあるのか?」
大の男を五人も気絶させておいて、一部始終を見ていた桜子たちや野次馬を前に、堂々と事実を無視して見せた。
後にクレハはこの時の事を、こう述懐する。
「いっそ、天晴れであった」
と。
「無論、桜濫幕府の訓練兵であるオレが東方神楽帝国所属兵に罷り間違って触れたり殴ったり、まさか気絶させたりすれば、戦争理由になりえるかもしれない。だが」
風花は燎火に向かってクンッと顎を上げ、自分よりも背の高い燎火を見下すかのような視線を投げつける。
「まさか尻に卵の殻がついたような訓練兵風情に、四方大陸最大最強を謳う、それも陛下直属の“十飢神”飛熊卿が率いる“燎原隊”が子供の拳一つで敗れるなど…そんなのは笑い話にもならないでしょう」
滔々とのたまう風花の演説に、帝国に否定的な感情を持つ者が多い西浜津の住民達から低い笑い声が漏れ、燎火の瞳に鋭さが増し、湧き上がりかけた笑い声が途絶える。
「そうでしょう? “十飢神”飛熊燎火殿?」
燎火は応えず、かわりに青葉が頷いた。
「それもそうね。君ってば、まだ口ほどに強くないし、ギャグにもならないわ」
青葉がいうと、燎火は右足で一度、地面を踏んだ。
ズンッ!
すると、倒れていた五人の男達は目を覚まし、顔を抑えながら身を起こす。
「いつまで寝ている。帰るぞ」
燎火はそれだけ言うと身を翻し、風花に背を向け歩き出した。
配下の“燎原隊”も、黙ってその後ろを追う。
彼らが完全に視界から去った後、野次馬達から一斉に歓声が沸いた。
街の人々も帝国兵による横暴には据えかねていた。
それを若い訓練兵が一撃でバッタバッタと倒す姿は、大いに溜飲を下げたようである。
しかし。
「風花…」
すでに目を覚ましていた桜子の桜色の瞳に映る少年は、飛熊が去っていった方向を睨み続ける。
何人たりとも寄せ付けない気配を纏い、視線の先にいるはずの男を追い続ける。
風花は気がついているのであろうか。
その右手は、今は亡き風花の妹、真夏屋涼がくれた『家の鍵』が収めた胸元のポケットに触れていることに。
風花はいつまでも睨む。
いつまでも、いつまでも。




