第二十話「“最深”の夜空の先に瞬く星」
■桜濫暦二四一年十月一日、一六:〇五
僅かに陽が傾き、空が紅く色づきかけたのを見て、馬に走らせていた風花は手綱を緩め、すぐ隣りに浮かぶ空飛ぶイルカに声をかけた。
「Qタロー、そろそろ野営の準備に入るぞ」
「ぎゅきゅきゅ?」
「まだ早くないかって? 確かにそう思えるかもしれないが、山の中の闇はかなり危険だ。出来れば人のいるところに出たかったが、正確な距離がわからないから大事をとって準備する。それに今日は疲れた」
「ぎゅきゅ!」
船から転落した風花は、Qタローを浮き輪代わりにしつつ難なく岸に上がり、《彼岸弓・壱式【苧環】》でメモを書いた折鶴を飛ばした後、近くの宿場町で馬を借りた。
桜濫の良いところは、手形さえ持っていれば全ての宿場町で馬を借りられる点である。
これは桜子たちには秘密であるが、非公開メンバーの“獅子天秤”である風花は馬を借りるための手形を隠し持っている。馬はどの宿場町で乗りかえることが出来るので、急ぎで移動する際には馬から馬へと乗り継いで移動できる。
風花は遅れを取り戻すために、馬でショートカットするルートを選択し、彼の計算であれば一日から二日ほどの遅れで到着できると踏んだ。
もちろん、一日待って船ルートを選択しても良かったが、久々の一人旅である。
馬も使いたい放題だったので、思い切り走らせて風を感じたかった。
そもそも、風花はあまり船が好きではないという理由もあった。
風花は宿場町で馬を借り、マントを購入し、夕食用に握り飯・干し肉・焼き味噌・人参に加え、このあたりの地酒である『水色芭蕉』の純米吟醸を手に入れていた。
風花は嗜む程度に隠れて酒を呑むが、Qタローも負けず劣らずに酒好きである。
バイトをしている『鰻の串兜』でもお客に奢ってもらい、ほぼ毎日ほろ酔いで風花と“G”の部屋に帰ってくる。馬で移動している間も、Qタローは空を飛びつつ視線は酒瓶に注がれているのを、風花はヒシヒシと感じていた。
「水辺を見つけて焚き火をする。Qタローは上から見て、探してくれ」
「ぎゅきゅ!」
ビシッと左ヒレで敬礼をすると、ピューと上に昇っていった。
「色々と便利なヤツだ。せっかくの旅だし、今日は少し呑ませてやるかな」
程なくして、Qタローは小川を見つけてくれた。
風花はビバークポイントを選ぶと、まず馬に水を飲ませ、ついで馬に買っておいた人参を食べさせた。その間にQタローが薪となる小枝を集めてくれた。
「ありがとう、Qタロー。日を起こしたら酒を温めよう。十月の山は冷えるからな。その冷える山で呑む熱燗は旨いぞ」
「ぎゅきゅ~」
よだれを垂らしながら嬉しげに鳴く空飛ぶイルカをみると、風花も嬉しくなってくる。
昼間は殴られた挙句に船から転落して散々であったが、こうして山で呑むのもまたオツかも知れないと思うと、風花もガラにもなくワクワクしてくる。
もう少しすれば船にいるサクラ小隊達も、豪華で味については文句のない夕食が出てくるであろうが、こちらはこちらで楽しい夕食の予感がしてきたその時。
「むっ!」
風花の闘気による気配察知、《鏡見》が剣戟の気配を察知した。
風花の《鏡見》の有効範囲は半径三十メートルほどであるが、山中のように人がいない場所であれば、さらに感度は鋭くなる。まして人の悲鳴が入り混じる戦闘であればなおさらだ。死に行く者の断末魔はかなり遠くまで響く。
「Qタロー、悪いが夕食はおあずけだ」
「ぎゅきゅ」
Qタローにも聞こえるらしく、風花の察知した方向に視線を向けていた。
「Qタローはここで馬を見ていてくれ。オレは様子を見てくる」
「きゅ!」
風花は足場の悪い山中をものともせず、獣の如き疾走をする。
間もなくその現場に辿り着いた。
状況は、これ以上ないくらいに単純だった。旅の尼僧を守りながら闘う八名の兵達と、兵を囲む二十人ほどのいかにもな山賊。
山賊は前列地上に十名、後列は高低差一メートルほどの緩やかな坂上で全員弓をつがえていて、数からも位置取りからも有利であった。
高所に位置取りをしている山賊は大量に矢を放ち、再び一人倒れた。
その中で一際目立っていたのが、二十台半ば程の若い女剣士であった。
「ほっ、ほっ」
華麗とは言い難いステップだったが、確実に降り注ぐ矢をかわし果敢に山賊へ切りかかる。
「でやッ!」
女剣士の腕は意外に良く、あっさりと一人倒した。
「どうした!? どこからでもかかって来い!」
どこか漫画的な掛け声は勇ましかったが、女剣士が山賊前列に斬り込んだ隙に、兵達に襲いかかった。
「比丘尼は絶対に殺すな」
山賊集団の中でも明らかに高い服を着ていた、首領格の男が命令を飛ばす。
山賊は強く、そして何より闘争に対して『慣れ』があった。
身を隠していた風花としては、山賊の背後に回り込み、首領格の男のいる後列から倒したかったが、あまりに兵達の力量は低く、風花が行動に移す前に全滅は必至だった。
致し方もなく、襲いかかる山賊へ切りかかる。
「なんだ!? ギャアッ!」
無言で二人を袈裟斬りにし、さらにもう一人斬る。
兵も山賊も、この山中での意外な乱入者に一瞬気を抜かれた。
首領格の男が手を振ると山賊は一端下がり、女剣士も同じく下がる。
「誰だ、お前は?」
首領格の男は意外に穏やかな声であった。
見た目は四十才前後であり、他の山賊のような下卑た雰囲気ではなく、寧ろ理性的ですらあった。
その男が少し変わっていたのが、左目は東方大陸に多い黒色であったが、もう片方の右目が青色であったことだ。
色違いの『オッドアイ』とよばれる目である。
「名前を名乗ることに意味があるのか? 大陸中の名前を知っているわけでもないだろうに」
会話だけであれば、風花の態度の方が悪い。
「ただの通りすがりの人斬りさ。あんたらを斬る分には怒られることもないだろ?」
「はは、その通りだ。私の首には二百両掛かっている。誉められても、非難されることはないな」
「それは良いことを聞いた。実は旅の途中で荷物を無くしてね、手持ちが少ないんだ。小遣いを補充させてくれ」
太刀を構える風花に、首領格の男は弓を構える。男が前列の山賊へ視線を送ると風花の正面から身を引き花道を開けた。
「子供が持つには額が大きいだろう? 小遣いならやるから、それを持って帰るといい」
両者は距離にして十五歩。
「それは有り難い。そちらに取りに行っていいか?」
「どうぞ」
瞬間!
風花は自慢の脚力で踏み込み、一気に五歩縮める!
対して男は慌てず弓を引き、風花の速度と自身の放つ矢の速度を計算し、回避限界分岐点を見切った。
距離にして残り七歩。
矢は放たれ、放たれた矢は風花の予測速度を越え眉間を射抜く!
が、すり抜けた!
矢が射抜いたのは残像。
男は瞬時に悟り、しかし焦らず手にしていた二本目の矢を速射。
狙い違わず一本目を回避した風花の頭部へ一直線に飛ぶが、それもすり抜けた。
(多重残像!)
今度こそ男は驚愕した。
風花が二月前に、北辰との決闘で使用した《一歩神脚》の発展版。
名付けて《二歩連脚》。
踏み込むと同時に足裏から放つ闘気で左右に急加速することで残像のみを残す。
風花は二本の矢をかわし、間合いを残り一歩まで詰め、得意の袈裟斬りを放った。
回避も防御も出来ない必殺のタイミング。風花は決まったと思ったが、斬撃は空を切った。
「!?」
この間合いで外す事はまずない。不可解な状況に、下に落ちた視線を正面に戻すと、元の十五歩先に男が悠然と立っていた。
「……そうか、空間転移の因果を導く絃律士だったか」
風花の独り言は、自分に対する確認である。だが、律儀に男が返答をした。
「いかにも。これが私の拒絶調絃律《黄泉大道》。私はお前との接触を《拒絶》することで『距離の壁』を生みだす。近づけば『距離の壁』がお前を元の場所に戻す」
風花は素早く前に駆け出したが、今度は二歩目が地面に接地するよりも先に、立っていた場所に戻された。
「なるほど。ここより前に出られず、近づけないオレをその弓矢で射抜く訳か」
「左様。お前の多重残像には驚かされたが、一度見れば予測も出来る。今度は必ず射抜く」
“絃律士”。
東方大陸に三百年ほど前、桜濫幕府首都である稟京にある巨大建造物『東方界廊』を通過してきた、異世界より齎された『新たなる混沌』、それが“因果の絃糸を繰る力”。
そして、それを自在に操る者達を“絃律士”と呼ぶ。
絃律士の“因果の絃糸を繰る力”は人それぞれであるが、風花の目の前に立つ男は、自身の因果に紐付く絃糸を繰る事で、近づく人物との接触を“拒絶”することで『距離的な壁』を生み出し、因果によって定められた場所(大概は近づこうとした時のスタート地点)に戻す。
「これで勝負は見えたはずだ。どうする? 大人しく家に帰るのがいいのではないか?」
男のその言葉に、周囲にいる山賊は喉を鳴らすように低く嗤う。
風花は無言で周囲にサッと視線を走らせると、例の女剣士と目があった。
「せっかく助けに入ってくれたのに悪いわね」
掛け声といい、何故かこの女剣士の物言いは真剣味がないというか呑気な風情がある。それとも、これを『余裕』とみるできなのだろうか。風花が聞いたのは別の事であったが。
「…そちらには弓はないのか?」
「ないわね」
女剣士はにべもなかった。
「元々、私達は馬であたりの警備にきただけで、そこの尼さんと人攫いたちにぶつかったのはたまたまよ。運が無かったわ」
「運が無いって…あんたらの仕事じゃないのか?」
「だから、馬であたりを警備するのが『仕事』よ。人助けと人攫いは埒外ね」
それを聞いて風花は心底あきれた。
「何しにここに来てるんだ。あんた等こそとっととウチに帰ればどうだ?」
「そうさせてもらえるのが一番だけどね。こう縁が出来てしまうと、人助けも人攫いも無視できないのが悲しい浮世といったところよ」
女剣士は本当に困ったような表情を作っていたが、いちいち嘘くさい。
風花は当てに出来ないと見切りをつけ、自分でやるしかないと決心した。
「さて、そろそろおしゃべりも終ったようだな。少年は家に帰ってもらおうか」
すると山賊たちは一斉に弓を構える。
「家に帰してくれるんじゃないのか?」
「帰すさ。単に生きているか死んでいるかの違いだが」
シレッと言い放つ男に、風花は反論する気力もなく、スタスタ右側に歩き出す。
「ん? 逃げる気になったか?」
「逃げやしない。ただ他の連中を矢の雨に巻き込みたくないので、位置を変えさせてくれ」
「構わないが、どうする気だ? 矢を掻い潜って私達を倒そうという魂胆か」
男も矢を二本、矢筒から取り出し、ゆっくりと構える。
「概ねそのとおりだ。ただ、自分のすることで他の人に迷惑を極力かけたくないのでね。矢を放つことは止めないが、とりあえずはオレを狙い打ちにしてほしい」
風花の語調に震えはなく、兵たちはかえって動揺し、女剣士は口笛を吹く。
「いいだろう。一斉射で決着をつけよう」
男は風花の眉間に狙いを定め、他十名の弓を持つ山賊もそれぞれ狙いを定め、正面で囲む刀を持った男達も矢が放たれる瞬間を待つ。
「お前はすでに、四方を高く聳える壁に囲まれている」
風花は右肩に太刀を乗せるいつものスタイルで悠然と、そして不敵に立つ。
その姿に、理性ある男の胸内に、わずかな苛立ちが生まれる。
「例え矢の雨に耐えられても続く剣撃には絶えられない。それすら乗り越えても、私との間にある『距離の壁』は決して乗り越えられない」
キュと、静かに引き絞られる弓の弦の音が、いやに大きく全員の耳に響く。
「壁の高さに絶望し、地に頭を垂れよ!」
その声と共に、十一本の矢と、十名の男達が一斉に風花一人目掛けて殺到する。
「否ッ! このオレに『距離』など関係ない!」
十一本の矢が、風花の眉間を皮切りに全身を射抜くかと思いきや、風花は全員の前から消え失せ、矢は空しく虚空を過ぎ去る。
いや、風花は『全員』の目の前から消えたのではなく、
「!?」
唯一人、男の眼前に出現した。
「《黄泉大道》!」
男は叫び、自身の因果が齎す事象を呼び起こそうとしたが、それよりも早く、風花の右袈裟斬りが炸裂した。
「ぐはッ…!」
「《彼岸弓・弐式【一期一会】》。オレはお前との間にある『距離』を乖離させた」
斬撃を放ち、静かに事実のみを伝える風花の声を聞き取りつつ、致命傷を受けた男は前のめりに倒れる。
まだその事態に気づいていない弓を持った山賊は、左側に身を翻した風花にまず一人斬られた。風花はさらに猛進しつつ左側にいた四人の男達に斬りかかる。
その姿は、正に風花が学んだタイ捨流の真骨頂。
元々、人は疲れてくると刀の取り回しも斜めからの単調な動作となる。
であれば、その動き、即ち『袈裟斬り・逆袈裟斬り』を特化することに着目したのが“タイ捨流”である。
左右に∞を描くように袈裟斬り・逆袈裟斬りを放ち、次々と斃していった。
ようやく山賊たちも事態に気がつき、しかしその深刻さに呆然とし、左側にいた男達五名を斬り終わり振り返る風花と目が合ってしまった男は、すでに死神に魅入られたことを悟った。
次の瞬間には、眼前に風花が出現すると同時に左逆袈裟斬りを喰らって斃れ、そして残る四人もその後を追わされた。
一方、刀を持った男たちも呆然と首領格の男と仲間達が斬られるのを見上げている隙に、女剣士が気配を絶って素早く近づき、次々と斬り伏せ、後には兵たちも続いた。
勝負ありである。
最後の一人も女剣士があっさりと斬り捨てた。
女剣士は、風花を見上げてニカッと笑いつつピースサインを送る。
風花から見て、この女剣士はふざけた性格をしているが、剣の腕前は自分には及ばないものの高い力量であると感じた。
風花は素っ気無く視線を逸らすと、倒れた首領格の男の下へと向かった。
男はまだ生きていた。
「………乖離調の絃律士か、滅多にいない拒絶調の上位律…私の油断だな」
絃律士の大まかな系統分類は三種あり、全体数の九割が“邂逅調”、残りのほとんどが“拒絶調”であり、ほんの一握りだけ風花のような“乖離調”絃律士がいる。
絃律士は、自身の世界に対するスタンスが系統分類を決めるが、風花は自身が世界から『弾き出された者』と認識しており、それが世にも稀なる“乖離調絃律士”としての力を開花させ、現在の“獅子天秤”の一人に数えられている。
そして系統人数の差は、異なる系統で相反する事象が相克した際に、上位律として世界が優先処理を行うのだ。
世界が定めた上位律とは、“乖離調”を頂点に、“拒絶調”、“邂逅調”といった順になる。
「思ったよりしゃべれるじゃないか」
「よしてくれ…もう、間もなく死ぬさ……だが、死ぬ前に、私を殺した男の顔をよく見ておく」
「好きにしろ。その代わりに、オレはお前の首にかかった二百両をいただいていく」
「それこそ、ご随意に……」
それが男の最後の言葉であった。
風花には男の人生など知りもしないし興味も無いが、その首に二百両の賞金がかかるために、どれだけの悪事を働いていたか。その点には興味があった。そのことは首を賞金に変えるときに判るだろうと思い、淡々と男の首を切り落とした。
「終ったの?」
突如として耳元でしゃべられたので、風花は一瞬だが、反射的に太刀を握った。
風花は油断していたわけではないが、女剣士の接近に気がつかなかった。
「ああ…そちらの怪我人はどうだ?」
これは半ば社交辞令である。別段、風花に親しくする理由はないが、倒れた兵たちの心配くらいはしてやろうと思った。
「重傷者が四人出たけれど、とりあえず街までは持ちそう。持たなければそれまでね」
女剣士からは以外にドライなセリフが飛び出した。
「お仲間だろ? ほっといていいのか?」
「仲間よ。でも、死ぬのは戦職者の宿命よ。そこに誤魔化しを入れる余地はないわね。で、それよりも…」
「なんだ」
「その賞金首だけど、折半でいい?」
「自分の首でもギルドに差し出してろ!」
唾が飛ぶほどの勢いで怒鳴り返すが、女剣士は全く応えた様子もなく、当然のように自己紹介を始めた。
「私は白井青葉、西浜津の警備騎士兼治安維持用の賞金稼ぎよ」
「…承った」
風花は別に名乗る必要も無いと判断し素っ気なく応えたが、青葉は不満そうな顔をした。
「こういうときって、普通は名乗り返すのが普通じゃあなくて? 桜濫の貴族訓練兵さん?」
「オレは貴族ではない」
風花はいきなり自分の所属を言い当ててきた青葉と名乗る女剣士に、警戒心を懐く。
「そう怖い顔しないで。私だって一応だけど商売柄、主要な制服を暗記しているの。それに西浜津には桜濫の大使館もあるしね。そこそこ桜濫の人とも交流はあるわ」
「……風花だ」
警戒心を解いたわけではない。ただ、名前を言う分には問題はないと判断し、ボソッと伝えると、背中を向けた。
すると、先程まで山賊たちの目的と思われる尼僧が、ゆっくりと傍に歩み寄ってきた
「助けていただき、誠にありがとうございます、風花様」
そういって尼僧は丁寧に頭を下げた。
「様、は付けなくていい」
「ありがとうございます」
再度、礼を伝えつつゆっくりと顔を上げる。
尼僧は頭巾をつけてはいたが、非常に整った顔立ちをしており、まず一級の美人である。
そして、近くでまじまじと見て、僅かに驚いた。
その尼僧は、黒色の右目と青色の左目をしていた。
「私は旅の比丘尼で、蓮華、といいます」
「承った。オレは風花だ。礼は不要。無事で何よりだった」
比丘尼は珍しい存在ではなく、東方大陸のみならず、四方大陸全土でよく見られる。
この世界における比丘尼とは、七柱の神が第六神“運命の裁神ジャスティ”を信仰し布教する旅の尼僧を指す。
ただ、旅を続けながら布教活動するにあたり、比丘尼たちも食べて行かなければならないので、神に関する絵画を説明する『絵解』や、その他にも大道芸などを行う事もある。
信者達から喜捨を募るのも一つの手段であるが、多くは売淫による。
ちなみに、比丘尼による売淫はこの時代においては大流行しており、比丘尼でもないのにそれらしい格好をし、遊女屋を開いている処もあるほどである。
そういった目で蓮華と名乗った比丘尼を見ると、年齢は恐らく四十前後と思われるが、とても美しいので世の男共のニーズがあると風花は思ったし、また実際に多かった。
「先程の山賊は、あんたの身体目当てか?」
風花がそう思うのも当然であった。
「恐らくは。あの者達はこの西浜津を中心に活動をしている奴隷商人のグループです。その力は、ただの人攫いとは別格であり、街の中心にも入り込んでいます」
奴隷商人と聞き、風花の目が僅かに細くなった。
「ふーん、なら殺して良かったわけだ。どうやら夕飯は美味しく食べられそうだ」
風花の軽い物言いに、蓮華が何故か心配そうな顔なのが気になった。
「どうした? オレが殺した中に知っているヤツでもいたか?」
「いえ、そういうわけでは………」
蓮華が言葉を濁すだけで、何らかの事情を説明しかねているようだったが、その理由はあっさりと青葉が教えてくれた。
「つまりね、連中は西浜津の会合衆にも顔が利く連中であり、一部はむしろ仲間ともいえるわ。要するに、さっきの賞金首を持ってノコノコお金に替えにいけば、すぐに目をつけられて殺されちゃうってことなのよ。だから、私にその首を渡しといた方がいいって。お金より大切なのは命でしょ」
「金より大切な命など、どこにもないッ」
青葉や蓮華が驚くほど強烈な口調で返してきた風花に、二人は口をつむぐ。
「それを聞いて、なおさらこの首を西浜津に持っていきたくなった。来るなら来るで上等だ。かたっぱしから捕まえて拷問にかけて仲間の居場所を吐かせ、その上で皆殺しにしてやる!」
全身から殺気放ちつつ宣言をすると、二人に背を向け歩き出した。
「何処に行くの?」
青葉が聞いてきたが、もはや風花に応える気は無い。無視して歩き去ろうとする。
「風花様、いえ、風花」
蓮華が言い直しつつ呼びかけた。
「貴方から発せられる見紛う事なき憤怒。それは奴隷商人たちへの義憤だけではないとお見受けいたしました」
風花の足は止まらない。
「貴方は人助けしただけであり、彼の者達と何も関係ないとお思いでしょうが、先方はそう考えません。必ずや報復に出ます。貴方が彼の者達と闘うに、街の警護騎士たる白井様から情報を受け取ることは決して無駄にはなりません」
そうそう、と、青葉が腕を組んで合いの手を入れるのが、非常にウザイ。
「どうでしょうか? ここは効率を考え、白井様にご協力を仰ぐのは?」
「風花も西浜津に長期にわたって滞在するつもり? 違うでしょ、せいぜい修学旅行か何かじゃない?」
青葉が見透かしたように言うのには腹が立ったが、一理あると認め、足を止めた。
「いいだろう。ただし、この首はオレのモノだ。賞金を配分する気は無い。しかし、オレの欲する情報を提供した場合に限り、それ相応の謝礼は支払おう」
「うん、それでいいわよ。じゃあ、決定。今日はここの死体を始末して、明日の朝、街に出発しましょ」
青葉はあっさりそう言い切ると、周りの兵たちに死体を集めるように命じた。
「風花、君の荷物は?」
「…向こうにいる連れに守らせている」
「そう、私達もそこで野営をするわ。そこの蓮華さんもご一緒で構わないわね」
「お任せいたします」
そういったわけで、風花は蓮華と青葉、及び青葉の部下達と共に一晩を明かすことになった。
もっとも、高い賞金首をかかえている風花である。青葉やその部下達が了見を変えて襲い掛かってくる可能性が否定できなかったので、一定以上近づくなと伝え、青葉は気分を害した様子もなく要求を認めた。
夜、風花は待っていたQタローと二人で夕食をとり、Qタローお待ち兼ねの熱燗を入れてやった。
寒い山中での熱燗は格別である。身体の芯から温まる。
Qタローはフーフー息をかけて冷ましながら、ゆっくりと熱燗を楽しんでいた。
「風花、ご相伴させていただけませんか?」
それまで青葉たちと一緒に夕食をとっていた蓮華が、向こうの輪から出て、風花の傍にきた。
「……好きにしたらいい」
蓮華は抜からず湯飲みを持ってきており、風花はそれに熱くした酒を注いだ。
「ありがとうございます」
「ぎゅきゅッ」
Qタローが自分の茶碗を持ち上げ、乾杯の仕草を見せる。
「はい、それでは乾杯」
蓮華は自分の湯のみをQタローの酒の入った茶碗にチンとぶつけると、一口つけた。
「美味しいお酒ですね。銘柄は恐らく『水色芭蕉』の純米吟醸でしょうか?」
「よくわかったな。蓮華も酒を呑むのか」
銘柄を当てられたこともだが、比丘尼も酒を呑む事に風花は驚いた。
「職業はなんであれ、お神酒はいただきます。それにお酒は嫌な事を流してくれます。適度に呑む事は、心にも身体にもいいことです。なんといっても、酒は百薬の長、病は気から、とも言います」
「まあな。隣りのイルカみたいに呑みすぎるのもどうかと思うが、それはそれでいいか、とも思う」
Qタローは調子ハズレな鼻歌を歌いながらお替りをねだり、風花は茶碗に注いでやる。
「風花、もう一つお酒には効用があります」
「なんのことだ?」
「こうして、初対面の人とも打ち解けて会話が出来る事です」
「…………」
「貴方の胸の内には、他者への不信が蟠っているようです。それは貴方の年齢であれだけの剣の技量をお持ちでありながらも、自身を守るための鎧の一つなのでしょう。失礼ですが、貴方のご年齢をお聞きしてよろしいでしょうか?」
「十五だ」
「思っていたよりも若いですね。私の半分よりも下です。私は十五の年には売られ、それから色々あって現在の身となりました。私はほんの少しでも、人々の生きる支えになれればと大陸を旅して回りました。貴方は私とは違う道であっても、ずっと旅を続けるという点では同じかと思います」
漂白の比丘尼は遠くを見るような瞳で語っていたが、再びその瞳に風花のそれを映す。
「風花、貴方が縁なき私や白井様方のために身を張り助けていただいた事、非常に感謝しております。そして、貴方の性根が、とても真っ直ぐで綺麗な心の持ち主だとも判りました」
「買い被りすぎだ。オレは美味しいトコ取りの、卑賤な金の亡者さ」
「いえ、奴隷商人に対する貴方の怒りは、正しい怒り。貴方の正しさは、必ず多くの人に伝わります。今は思うように気持ちを伝えられず苦しくとも、貴方は貴方の信じる道を進む事を、私は望みます」
「……………………」
風花は何も応えなかったし、蓮華も返事を期待していなかった。
蓮華は横を見ると、酔って寝てしまったふわふわ浮いているイルカにそっと毛布を掛けた。
「では、明日は早いので、おやすみなさい」
蓮華は立ち上がり、青葉たちのいる方へと戻っていった。
向こうの輪でも、青葉は焚き火の傍で横になっており、他の兵たちも見張りを残して休んでいた。
風花も横になり、秋の夜空を見上げる。
今宵は月がなく、満天で星が輝き雄大であった。
しかし、風花の瞳には全天に瞬く星よりも、蓮華の綺麗な黒と青の瞳が未だに映っていた。




