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因果邂逅のタタリクス  作者: 紅月蓮也
第一章「向こう岸より来たりて」
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第十六話「“時詠潮の騎士”」

「金城を手当てせよ」

 勝負の行方を黙って見ていた北辰は二木に金城の手当てを命じると、次いで潮に捉えている蝶野に解放するように命じた。


「時詠殿、貴方は良き騎士を手に入れられた。強き力と主を想う家臣は、そうそう手に入らぬ」

「ありがとうございます。ですが貴公は賞賛するより先に、先程のお約束を果たすのが先決かと思います」

 潮はゆっくりと拘束していた蝶野から離れつつ応えると、北辰は重々しく頷いた。

「無論、承知しております。しかし、褒めるべき事は即時で口にせねば効果は薄いと言います。私は立場の違いで貴方の騎士と相対しておりますが、好悪という感情で申せば、非常に好ましい男と思っております」

「なるほど、流石は“獅子天秤”の獅子頭(ししがしら)分銅が一つ。敵であっても賞賛を惜しまないその潔い態度。勉強になりました」

 皮肉ではなく、潮は大真面目に感心していた。

「ですが、真夏屋風花は私の意志を尊重して、仲間達と共に命を懸けて闘ってくれる大切な騎士です。北辰殿が色目を使うのは不快です」

 潮と北辰の間には二十歳以上の年齢差があるが、潮は一歩も引かない。ただ、北辰には子供っぽい独占欲に見えたのだろうか、苦笑して流し、風花の方向へ歩を進める。


「真夏屋風花よ、最後の逆袈裟は手加減していたな? 確実に即死させることも出来ただろうが、何故そうしなかった?」

「そんなのは簡単だ」

 風花は考える間もなく即答する。

「我が主、時詠潮は自分の命一つで全ての事を終らせると決めた。だとすれば、我が主以外の命を喪う理由はない」

「……そうか、殺人以外の方法を目指すのが其方の主であったな。それに殉じることが出来るお前は、立派な騎士であり、気品のある武士(もののふ)だ」

 北辰の忌憚なき賞賛をもらっても、風花にはこれから斬りあう相手とは馴れ合う気はない。無言で自身の太刀に付着した血を懐紙で拭った。

 北辰は左親指で刀の鯉口をきりつつ、風花と相対する。


「真夏屋、最後に問う」

「……………」


「我は征騎大将軍直轄“獅子天秤”獅子頭分銅が一人。その権限は将軍より裁定権を委譲された存在だ。即ち、我が決定は将軍の決定と同意義である」


 その言葉は重たく、桜子や山吹といった将軍家に仕える譜代武家には絶対的であり、現に少女達の顔が曇る。

「我が意思は、時詠殿を生かす事が第一義であり、長鳴藩で生じる混乱は二の次である。無論、我も小さいながらも領主の一人。時詠殿のお気持ちは理解しているつもりだが、それでも助けたい命が世の中にはあるのだ。二十年ほど世を忍ぶ事で記憶を風化させ、名を変えて世のために生きていただくことが、より多くの人の、そして我らが主の御為と確信している」

 北辰若狭守薫に揺らぎはない。

「其方の忠義を捧げる時詠殿を生かすために、改めて我らに協力して欲しい」

「…………」

 風花は無言。

「風花………」

 桜子は心配そうに声を掛けようとするが、なんと言えばいいのか、何が正しいのか思うように伝えられず声が途絶える。

 潮は黙って風花を注視していた。

 風花は無表情であり、何を考えているか俄かに判り難かった。

 もし潮が潔く切腹をしなければ、長鳴藩五十六万石は完全に破却処分となり、その家臣達に救いの手を差し伸べる者もなくなり、忽ち路頭に迷う事になる。無論、切腹をしたからといって家臣団が首尾よく次の藩主や他の大名達に召抱えられるかは不明である。しかし、主たる時詠潮が見事に死ねば、仁義を重んじ人情家の多い武士たちは感動して情けをかける可能性が高くなる。

 言ってしまえば、潮の切腹は家臣たちの未来を保障するものでなく、政治的パフォーマンスである。結果として何にもならない可能性も高い。

 それなら、この場から逃がして生かすか。


 風花からすれば、潮が生きてくれるだけで、とても嬉しい。

 いつかの雄飛に備えて力を蓄え、捲土重来を図る。

 そして、その隣りには自分が立つ。

 それは素晴らしい夢だと思う。

 

しかし、

「それは生きているとは言わない。他人の人生を悪い方向へ押しやって生きた者が、人を正しい方向へ導けるわけがない」

 風花の眼差しは寂しげであったが、心があった。確信があった。

「では真夏屋、時詠殿はどうあっても死ぬべきである。そう言いたいのか?」

「そうだ。時詠潮の進むべき道は、死んでみせる事。それ以外にはない」

 憐憫の欠片もなく、まっすぐ北辰に向いて決然と言い放つ風花に、潮はニッコリ微笑む。

「その通りです、風花。私の進むべき道は他にございません。それでこそ我が騎士です」

「時詠様……」

 桜子の悟性は風花や潮のレベルにまで達していないため、桜色の瞳から痛みを除けなかった。しかし、桜子の少女じみた不覚悟をバッサリ切り捨てるかのように、潮は言う。

「桜子、こんな事は珍しくもなんともないのです。人の上に立つように生まれついたのなら、そうすべきなのです」

 しかし、桜子は潮が双子に生まれついて、最近まで日陰者として生きていた事を知っている。この危急時に、顔も知らない兄の替わりに死ぬ事が『そうすべきこと』なのか、桜子には『そうすべきだ』と言えない。

「きゅー」

 Qタローが桜子の傍まで寄ってきて、ポンと肩に手を…ではなくヒレを置いた。

「Qタロー?」

 すっかりQタローの事を忘れていた桜子は、いきなり肩に触れられて驚いたが、何かを判ったかのようにウンウン頷いている空飛ぶイルカを、その蒼い瞳を見た。

 そして、その瞳に映る全てを受け入れ、桜子もまた頷いた。

「風花!」

「おう」

「必ず勝て!」

「了解だ」

 風花は不敵に笑う。桜子にとって、その風花の笑い方は嫌いであったが、この期に及べば非常に心強く感じられた。

「そうか……権力と暴力を振りかざすような真似はしたくはなかったが、事ここに到らば是非も無し。天秤はすでに傾いた。“獅子天秤”の名に懸けてお前を斬り、しかるべき処理をさせてもらおう」

 北辰は心から惜しいと思っている。

 風花の乖離調絃律士としての力と剣技、そして認めた者への忠誠心である。出来れば、それを自分のものにしたかった。


「北辰、価値の重さは人それぞれだ。オレが、いかに焼きそば定食が好きだといっても、お前には何も伝わらないだろう」

 確かに北辰には反応の仕様がない。

 ただ、桜子達には何が言いたいかが判る。桜子の脳裏には、ひっくり返した焼きそば定食と傷ついた表情をした風花が思い起こされ、胸に痛みがはしる。

「それは当然の事だ。ただ、オレは人になんて言われ様とも、自身の価値観を枉げる事はなく、伝えるべき事は伝えていく」

 風が正面から吹き、風花のボサボサの髪を揺らす。

 風花は長い髪を撫でるようにして大雑把に太刀で切り、風に飛ばした。

 髪を切り、一度頭を振るって残り毛を飛ばし、スッキリした顔で相対する。


「人に伝わらずとも、その価値の重さは天秤の傾きを再び揺り動かす」


「!」

 今度こそ北辰は目を見開く。


『重さ』と『傾き』と『揺れ』。


 その三語は、非公開メンバーが多い“獅子天秤”が、同じメンバーであることを伝えるための符丁。


「全力で立ち会え、北辰。オレも全力でお前を倒す!」

 全身より闘気を発する風花を前に、北辰はようやく得心がいった。

 風花のように身分も後ろ盾もないのに王下親衛訓練学校に入れたのは、北辰が蝶野を密偵として送り込んだように、“獅子天秤”筆頭である桜神流雲が送り込んだのであろう。

 “獅子天秤”の組織系統は縦割りであり、時として一つの事柄に対し相反する行動が発生する事がある。まさに今回がそれだ。

 北辰と加治微風は潮を生かす道を、風花は潮に切腹させる道を選択した。

 桜神流雲の胸底は判らないが、“獅子天秤”同士がカチ合ったのなら、勝者に決定権を託す事に他ならない。

 真夏屋風花は、最終局面で北辰と同じラインに並んだのだ。


「なるほど、言葉は無用か。ならば『揺らぎ』がいずれなるか、我が刀に聞こうではないか」

 北辰は得意の抜刀術を放つべく、腰溜めに構える。

「其方の瞬間移動だろうと、先程の闘気による加速であろうと、我が《必殺必死ノ抜刀》は必ずお前を斬る因果を齎す。奇襲は無用の上、死は必然」

 風花は太刀を右片手下段につけつつ応える。

「いや、お前の絃律は『必殺』ではない」

「何と?」

「先日、姿を消した唐綿を斬ったが死なず、結局は蝶野の絃律で存在を消した。つまりお前の導く因果は『必殺』ではなく『必剣』。必ず刀が相手に当たるだけだ」


 東方大陸のお家芸たる絃律は、西方大陸の魔術のように直接的に死に到る力ではない。あくまで絃律士の望む結果を導くために、強制的に因果を結びつけるだけである。

 絃律士が対象に対して『死』を望み、例えば『上から物が落ちてきて頭に当たって死ぬ因果』を邂逅させることは、不可能ではないが困難である。

 その理由は絃律士と呼ばれる者達は等しく知っている。

 それは、世界の理が『殺人』という因果を嫌っているからだ。

 例えば『上から物が落ちてきて頭に当たる因果』を邂逅させる事は出来る。しかし『死ぬ』という因果は邂逅しにくい。その世界の理に照らすなら、北辰の絃律が『必ず殺す剣』ではなく『必ず当たる剣』であると、風花は結論付けた。


「もっとも、お前の抜刀術なら当たれば致命傷だろうが、絶対に死ぬわけではない。そこに活路がある」

「そのような道があるかな?」

「あるさ。その道こそ、オレと潮が辿るべき道だ」

「ないさ。あっても、そこは果てしなく遠い」

「問題ない。何故なら---」

 風花は太刀を下段につけつつ、堂々と一歩を踏み出す。


「このオレに、距離など関係ないからだ」


 共に闘う仲間達の前を、

 信念を胸に抱く幼き主の前を、

 進むべき道を塞ごうとする敵の前を、

 一歩一歩堂々と、ゆっくりと、しっかり大地を踏みしめ、まっすぐに北辰に向かう。

 されど、迎え撃つ北辰に一分一厘の隙はなし。

 《彼岸弓》だろうと《一歩神脚》だろうと、必ず打ち破るのが《必殺必死ノ抜刀》という絃律。発動タイミングは剣士の直感に任せ、北辰は風花が自分の間合いに踏み込むのを待つ。


 必殺の間合いまで、あと一歩。


 そして、風花は最後の踏み込んだ!


「《必殺必死の抜刀》ッ!」

 富田流抜刀術免許皆伝による、音よりも疾い速度で放たれし必殺の一閃。

 そこに絃律により、この斬撃は必ず風花に当たる事が世界の理として認められている。

 桜子と“G”は、あたかも走馬灯を観るかの如く、時間が引き延ばされたかのような世界で、


 その瞬間を観た!


 北辰の刀が弧を描き、狙い違わず風花の右首筋に吸い込まれる。

 そして、斬撃の軌跡は風花の首を通過……………………せず、


「《彼岸弓・弐式【一期一会】》」


 斬撃が皮一厘触れた瞬間、風花は北辰との間合いを乖離させた。

 血の一滴を残して姿を消し、斬撃が過ぎ去った一瞬のタイムラグ後に姿を現す。

 北辰は抜刀を放ち終わり、右に体が思いっきり開いた無防備な姿をさらす。

 間髪いれず、風花より横薙ぎが放たれた。

「かはぁッ!」

 風花の峰を返した一撃が北辰の左わき腹に決まった。

 北辰はアバラ骨を折られ、堪らず片膝をつく。


「殿!」

 相良は叫び、駆け寄ろうとするが、北辰は掌をかざし、近寄らせなかった。

「……大丈夫だ。皆も騒ぐな」

 痛みに呻吟しつつも独自の呼吸法で痛みを軽減化させ、そっと立ち上がった。

 北辰の目の前には、風花が静かに立ち、聞くべき言葉を待っていた。


「獅子頭分銅は、其方に重きをおいた」


 北辰はハッキリと伝えると、手にしていた刀を納刀した。

 風花もそれに倣い、太刀を収める。


「金城に引き続き、私まで敗れたとあれば、もはや言うべきことも成すべき事もない。其方の思うとおりに進まれよ」

「ああ、そうさせてもらう」

 北辰は頷くと、潮へ視線を移した。


「時詠伯、貴方には多くの事をお聞きしたかった」

 言いつつも、北辰は自身の未練がましさに、独り苦笑する。

「ご期待に応えられず、申し訳ございません」

 聞き様によっては皮肉と受け取られるかもしれないが、そうならないのが潮の人徳である。

「いいえ、彼の者を騎士に選んだ貴方の慧眼に感服しました。流石は時詠伯の騎士です」

 北辰は何の衒いもなく微笑み、風花と風花の仲間達を一通り見渡す。

「そして、貴方の見つけ出した仲間達にも」

「ありがとうございます。想いは違えども、北辰殿のご好意は忘れません」

 潮は満面の笑みで北辰に応え、北辰は静かに微笑むと踵を返した。


「……蝶野、何かいいたげだが、それを口に出してみるか?」

 風花は動こうとしない蝶野に声をかけるが、蝶野は風花と潮を見詰めながらも無言のまま佇む。潮は手で風花を制し、穏やかな声で尋ねる。

「蝶野さん、風花と私が信じあえる気持ちを理解できませんか?」

「……わからない。俺はお前達ではないから」

「そうですか……でも、それは当然です。実のところ、私も言葉には出来ません。ですが、私の気持ちをわかってくれたのは、やっぱり風花だった、そう思うだけです」

「俺には『やっぱり』という気持ちなどない。あるのは目の前の事実だけだ」

「いえ、貴方はすで受け入れているはずです。気持ち一つでここに来て、貴方の主君を倒した、貴方の同期のことを」

 蝶野は顔を隠すようにして身を翻す。

 彼はもはや何も語らない。いつもどおりの無言である。

 潮と風花達は、去り行く流蝉騎士団の背中が見えなくなるまで、その場で見送った。



「さて、オレ達も帰るか」

 互いの怪我に応急処置を施し、落ちた千羽鶴を回収し終えると、風花は仲間達に呼びかけた。

 真夏とはいえ、すでに午後七時前で夕陽も沈みかけ、空も蒼さが深くなっていた。

「はい、帰りましょう。私達の学校へ」

 潮は締めくくると、いきなり走り出した。


「潮、待て!」

 風花が叫ぶが、潮は止まらない。

「学校まで競争です!一番だった人には、みんなから一番大切な物を戴けるということで!」

 すると、風花を除くサクラ小隊が駆け出した。

「置いていく」

 “G”がまず反応し、

「おっさきに~!」

「負けませんわ!」

 山吹やクレハがウィンクしつつ、軽快に駆け去る。

「な、ちょっと待て!」

 風花は出遅れ、あわてて追いかけようとすると、桜子から渡されたリュックに入っていた折鶴がワラワラと零れた。

「ああ、ちょっと、潮まてって!」

 ここ一週間の成果か、意外なほど潮の足は早くなっていた。

 すぐに潮や桜子達は見えなくなり、風花は情けなくも落ちた折鶴を拾い続ける。

「くそ、アイツら、オレを仲間だのなんなのといいやがって…置いていくとはヒドイ奴らだ」

 悪態をつく風花の表情は明るい。暗くなった宵の口でも判るほどに。

「オレの本気を見せてやる!」

 折鶴を拾いきり、しっかりとリュックの留め金をとめると、自慢の脚力で追いかけた。

 風花は気づいたであろうか。妹弟の骨を埋めた大樹が、夕凪の中でその葉を鳴らしたことに。


 風花は道を走らず斜面を駆け下り、路地を抜け、時に人の家の庭をそっと抜け、犬に吠えられて、五分短縮して王下親衛訓練学校の正門前に辿り着いた。

「稟京の地理を知り尽くしたオレの勝利だな」

 さて何をいただこうかと考えていると、サクラ小隊は潮を中心に据えた中央十字陣の隊列で一斉に正門を走り抜けた。

「ゴ~ル!」

 ゼエゼエ言いながらも、潮は元気が良かった。

「何がゴ~ルだ。五分近く待たされたぞ」

 風花が右足のつま先で、苛立たしそうなフリをしてタンタン地面を鳴らしていたが、潮はどこ吹く風である。

「いえいえ、風花は正門前で止まっていましたが、私達はゴールである正門を抜けました。つまり、風花がビリです」

「はぁ? 正門がゴールとは聞いていないぞ」

「学校まで競争と言いました。風花の立っている場所は公道です。つまり学校ではありません」

 足元を見れば、確かに風花は正門の外にいて訓練校の敷地内にはいない。

「ンなぁ!? 人を置いてけぼりにした上に待たせておいてそれかよ」

 あきれたように言う風花に、桜子達はクスクス笑っていた。

「まぁ、それもそうですね。今日は風花が頑張った日ですし、一番は風花ということにしておきます」

 何故か桜子ばりに、上から目線の潮。しかし、“G”も含めて風花を除くメンバーはウンウン頷いていた。Qタローまでしたり顔で頷いているのは腹が立った。

「なので風花」

「なんだよ」

「一番だったので、みんなから一番大切な物を差し上げます」

「えっ? 今、ここでか?」

「はい、ここが良いのです」

 いたずらっぽく楽しげに笑う潮に、風花は首を傾げる。ここで一体何をくれるというのか。


「この場は桜子がセンターに立つべきでしょう」

「えっ、いいのでしょうか?姉小路様もいらっしゃるのに」

 潮の仕切る中、桜子は山吹と雪蘭から背中を押されるようにしてサクラ小隊の真ん中に立った。

「なあ、さっきから何をしてるんだ?」

 不思議がる風花の正面には、左から潮、“G”、山吹、桜子、雪蘭、クレハの六人が並び、何故かキラキラした目を向けてくる。

「風花、よく聞いてください」

「お、おう」

「せーの」


「「「「「ようこそ!サクラ小隊へ!!」」」」」


 サクラ小隊の少女達が一斉に唱和し、桜子が代表して風花へ手を差し伸ばす。

 風花は呆然としたように、五人の少女達を見る。

 少女達は、そんな風花を優しく見守る。

 潮は、ただ風花が動くのを待つ。

 風花は、他人の気持ちに鈍感な朴念仁ではない。

 このイベントは、訓練校まで走っている間に企画されたものだと察しがつく。

 しかし、何故、今更。

 いや、始めてきた四月一日に、差し出された手を冷然と無視した事を覚えている。

 その時は、貴族の訓練校という事で、頭から山吹達を否定した。同じ訓練小隊にいるとはいえ、それは方便でしかなかった。

 しかし、今は違う。

 今は共に同じ想いを懐き、同じ敵と戦う仲間だ。

 いいのだろうか?初めてあった時に無視した自分がこの手を取って。

 いや、意地を張るのはもうやめよう。

 桜子が、“G”が、山吹が、雪蘭が、クレハが、勿論Qタローも、傷つけられたら、きっと平静ではいられない。

 風花は正門の外から中へ、永かった一歩を踏み出し、桜子の手を握った。


「真夏屋風花だ………これからよろしく」

「「「「「よろしく!」」」」」


 間髪いれずに、サクラ小隊は風花を歓迎した。


「ぎゅきゅー」


 そして、さも当然のように空飛ぶイルカも、風花の右手の上に自分のヒレを重ねた。

 潮はサクラ小隊六人組プラス一匹の結成を、ほんの半歩ほど離れて見ていた。

 風花が握っていた桜子の手を離すと、桜子が少し残念そうな顔をしていたのを、“G”は目ざとく気がついていた。

 風花は潮に向き合う。

「潮、ありがとう」

 風花は照れながらも、しっかりと礼をいった。

「どういたしまして。私が風花にしてあげられることは、これで全部です」

 風花の瞳が大きく開く。

「風花、貴方のおかげで、私は二日後には切腹できます」

 この時の潮の表情には恐怖もなく悲壮感もなく、ただ静けさと穏やかさだけがあり、風花はその顔を生涯忘れなかった。

「ありがとうございます、風花。私を守ってくれて。そして……」

 穏やかな潮の顔に、水が湧き出るかのように笑顔が全てを覆う。


「そして、私の騎士になってくれて、ありがとうございます」


 第十三期王下親衛訓練学校第五中隊第三小隊の永い一日が、終わりを告げた。



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