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因果邂逅のタタリクス  作者: 紅月蓮也
第一章「向こう岸より来たりて」
14/30

第十三話「《口寄せの術》」

 ■六日目、八月六日、一六:〇八



「囲まれたわね」

 山吹が周囲を見渡し、北辰若狭守以下、合計五名の“流蝉騎士団”によって包囲されていた。

 流蝉騎士団には相良当麻という、北辰の竹馬の友でもある邂逅調絃律士がいる。彼の齎す事象は《領界斥力》といい、形成した結界の中と外を区分し気配の断絶を行うと同時に、任意の対象に対して結界付近への立ち入る因果を減少させる。その結果、“G”たちは待ち構える敵に気がつかず、それ以外の人々はここに近づかなかった。

 無論、北辰を視界に捉えたとき、すぐに引き返そうとしたが、坂の下には何処に隠れていたのか、遠隔攻撃を使う金城 弾丸丸(たままる)が立ちはだかり、進退窮まった。

 二日前に豊泉寺で闘った筧甲有(剣士)と城井須一(弓使い)は、怪我が完全に回復していないために来ていなかった。

「蝶野、展開せよ」

「了解しました」

 北辰に命じられた蝶野は、自身の拒絶調絃律《俯瞰し座視する存在領域》を瞬時に展開し、結界外への脱出を禁ずる。

 桜子は足元に薄い影が走るのを見て警告する。

「姉小路様、それに皆様、あの蝶野が展開している影のようなものが結界の範囲をしめします。この結界の外に出ると、その存在を消されるので要注意です」

「つまり、蝶野くんを倒さなければ、逃げる事も出来ないわけね」

 山吹は確認の意味を込めて応え、同じく初見の雪蘭やクレハは頷いた。

「逃げる必要はございません」

 夏の夕涼みの中、透き通るような声で話しかけるのは、征騎大将軍直轄“獅子天秤”が一人、北辰若狭守。

「私の目的は、時詠伯の助命一つです。時詠伯は私の元にきていただけるだけで結構です。貴方も他の方々も、それだけで無事、命を永らえます」

「…………」

 潮は沈黙したが、桜子がかわりに吼えた。


「お断りです! 時詠様の命を守りたい気持ちは私も同じです。ですが、そのためには長鳴藩の領民が犠牲になります。領民を見殺しにして、その後に何が残るのですか!?」

「勿論、時詠潮殿、お一人です。たとえ、どれだけの命が失われようとも、そこまでして助けたい命が稀にですがございます。それが時詠伯なのです。貴方方が時詠伯と触れ合った時間は一週間弱であっても、その人柄の素晴らしさや未来の可能性を感ずると愚考しますが」

「大きなお世話とお答えします。時詠様の御身を考えているように振舞っていますが、貴方の真意は時詠様の命ではありません」

 桜子は頭に血が昇りかけていたが、それでも“時戯の駆り手”に関することは口にしなかった。しかし、明敏な北辰は桜子たちが潮の力を知っていると確信した。

 その瞬間、彼の方針もまた決まった。

「なるほど、そこまで思い込まれているのなら、言葉での遣り取りは不用でしょう。手早く制圧し、堂々と時詠伯をお連れいたします」

 双方、同時に抜刀。引き抜かれし刃は、わずかに赤みを帯び始めた陽の光を弾き返す。


「先手はこちら流蝉騎士団一番手、物部(もののべ)群内(ぐんない)だ」

「喜んで!」

 北辰に指名された坊主頭の男は、嬉しそうに笑いながら小刀で左親指を薄く切り、血を一滴、地面に落す。

「では謹んで、勇み踏み荒らす特攻一番騎より、猛々しくも麗しき最強の牙、只今呼ばせていただきます……《口寄せの術》!」

 物部は長い口上を述べると勢いよくかがみ左手で地面に触れる、というより叩く。

 すると目前にボンッという音と土煙と共に、黒い鱗を纏った四本足の魔獣を召喚した。


 邂逅調絃律《口寄せの術》。

 邂逅調絃律の中でもポピュラーな能力であり、最もやっかいな事象の一つ。

 呼び出し対象と予め契約を結ぶことで因果と成し、任意に召喚する権利を得る。


 “G”は魔獣を見て叫ぶ。

「あれは魔獣『甲鱗狼(こうりんろう)』だ!奴の鱗は鋼並みに硬い上に動きが速い!俺が相手をする!」

 呼び出された魔獣は東方大陸北部の羽黒山脈に棲息し、普段は縄張り内でのみ活動をする。非常に縄張り意識が強く排他的であり、それだけに好戦的である。

 口寄せ師である物部はかつてこの甲鱗狼と闘い、自身を認めさせて友となり、戦闘時に使役する。

「よく知っていたな!ならばその強さも知っているだろう。堅牢な鱗はあらゆる斬撃を滑らせ、鎧を噛み砕く牙が敵を屠る!」

「やってから言え!」

 “G”は迷うことなく魔獣へ全速で向かう。この甲鱗狼は動きが速いので、後ろに誰かを庇いながらでは戦えない。“G”はまず、潮たちから引き離す事を選択した。

「うぉオオオオ!」

「クォオオン!」

 二匹の魔獣が如く、“G”と魔獣の雄叫びが公園中に響き渡る。刃と爪が交錯し、血飛沫が細い線となり文様を描く。


 山吹は背後に控える金城に振り返ると指示を飛ばす。

「あの魔獣は“G”に任せて、まず蝶野くんを討つ!後ろの男は私が引き受けるわ!」

「了解!」

 桜子は叫ぶと先頭をきって走り出し、クレハと雪蘭は潮を左右から挟みつつ後に続く。

 当然ながら相手も結界維持のため、気配断絶の結界師である相良当麻が蝶野の護衛にあたっていた。

「そこをどけぇ!」

 桜子の怒号と共に右上段より切り下げられたが、相良にあっさりと止められた。

 鍔迫り合いとなるが腕力では勝負にならない。しかし、雪蘭が棒手裏剣を投げ、相良がそれをかわした隙に桜子は鍔迫り合いから抜けでた。

「桜子様、私が隙を作ります。突破してください」

 クレハが後ろから呼びかけると、一瞬で印を切り、魔導を発動させる。


 クレハは七百年前に“霧鐘の巨人”を追って東方界廊から渡ってきた“ガーベラ族”と呼ばれる亜人族である。

 ガーベラ族は、『黄金樹』と呼ばれる自然界を統べる力を持った“神の樹”を信仰する一族である。生まれた時から十八歳まで性別がなく中性である。わずかであるが胸があり女性器であるため、一般的には「女性」として扱われる。そして、十八歳の時に自身の性別認識に応じて男性・女性に分化していく。

 ガーベラ族は東方大陸で唯一魔導を扱える種族であり、地水火風の四大属性を基本にした“自然魔導”や“呪術”は、荒れ狂う巨人を撃破するほどの威力を秘めている。

 もっとも、クレハは修行中であるため、巨人殺しレベルの魔導は使えないが、人間相手なら十分なレベルである。

「“風輪(ウィンドホイール)”!」

 円状の風が不規則な軌道をとり、対象を切り裂く風属性魔術。風が目で見えるわけではないので、襲われる方は直感だけを頼りに回避せざるを得ない。相良は身をかがめ、見えざる刃を回避するが、雪蘭がすかさず投擲した棒手裏剣を刀で弾き返したところで、桜子に掴まった。


「やぁ!」

 桜子の一刀が浅くではあるが、相良の肩を斬った。相良はたまらず後退し、道が拓けた。

 桜子は相良を抜き、蝶野に真っ直ぐ向かう。

 対して、北辰が自然な動きで動線上に出た。

 桜子は自分を追いかける雪蘭とクレハにアイコンタクトを送る。

「北辰、勝負!」

 桜子は大上段より振り下ろす…と見せかけて、背後からクレハの“風輪(ウィンドホイール)”が三刃飛ばされる。

「《必殺必死ノ抜刀》」

 北辰の居合斬り三連が“風輪(ウィンドホイール)”に炸裂し霧散する。

「!」

 不可視の刃があっさり無効化され、クレハの切れ長な瞳が一層細くなる。

 驚愕したのは桜子も同じであったが、北辰が抜刀した隙を見逃さない。

「せいッ!」

 気合と共に、得意の脳天唐竹割りを繰り出す。

 訓練兵の中では五指に入る腕前であり、タイミングも完全に決まっていたが、北辰とでは剣士としての成熟度が違いすぎた。北辰はわずかに身体を捻り、紙一重で斬撃をかわし、返す刀で斬撃を繰り出す。

 これも必殺のタイミングであったが、雪蘭の棒手裏剣が予め投擲されていた。北辰は刀で叩き落すが、その瞬間、棒手裏剣の柄尻に付けられた煙玉が炸裂し、視界を奪った。

「む、其方は忍びか」

 北辰が看破したとおり、雪蘭は姉小路家に仕える『飛騨忍び』の一人である。

 生まれた時から姉小路山吹に仕える事が決まっており、雪蘭の鍛錬と命は全てそのためだけにある。

 北辰は反射的に後方に飛び去ることで煙幕に巻かれる事を回避し、斬撃をかわされていた桜子は態勢を整える時間を得た。

 煙幕を突き破りつつ桜子は北辰に斬りかかるが、

「遅い」

 あっさりとわき腹に刀を受けた。

「桜子様!」

 クレハの叫びが響くが、北辰は刀を返して峰打ちにしてあり、内臓をぶちまける事にはならず、肋骨を折られただけで済んだ。


 桜子の刃は届かなかったが、雪蘭が蝶野に迫る時間を稼げた。

 桜子と北辰の頭上を、クレハの作った“風球(ウィンドボール)”を足場にして、雪蘭が飛び越える。

 雪蘭の日常はポヤポヤっとした雰囲気であり、よく美堂教官に説教を食らうが、戦闘時には無言無表情で冷徹に行動する。

 この時も倒れた桜子を心配するそぶりも見せず、一直線に標的へ向かう。

 頭上より襲いかかる雪蘭と、結界の内円で待ち構える蝶野の視線が中空でぶつかる。

 視線に続く両者の直接的な激突が、雪蘭が逆手に持つ直刀によって起こるその時、

「!?」

 眼前にいるはずの蝶野が消えた。

 いや、視界にはいる。

 先程まで、あと一秒で殺せるほど近くにいたはずの蝶野が、十メートルほど先に立っている。

 雪蘭は先程まで自分がいた場所、即ち蝶野の傍らに、背後にいた潮が立っているのを、桜子の背後で呆然と見た。

「えっと……潮くん?」

 雪蘭からは気の抜けたような声しか出ない。

 一方の潮も、事態を飲み込むのに精一杯であった。

「……入れ替わった?」

 その通り、潮と雪蘭の位置が入れ替わったのである。

「俺の《領界斥力》でもう一人隠しておいた。コイツの絃律で攻撃したその娘と時詠様の位置を入れ替えた」

 桜子に肩を斬られた相良は距離をとり、その男に手当てを受けていた。

 相良の手当てをしている男の名は二木(にき)といい、邂逅調絃律士である。

 二木の絃律は《起点転移》といい、人によって多少の違いはあるものの、この邂逅調絃律もポピュラーなものの一つである。

 二木の場合、予め起点となる人物を指定し、その起点となった人物に触れた相手と任意の相手の位置を入れ替える事象を齎す。

 今回の場合、起点に指定されていたのが蝶野であり、蝶野に攻撃した雪蘭が潮と位置を入れ替えられたのである。


「よくやった二木、相良。蝶野は時詠伯を逃がすな」

「了解!」

 三人は一斉に応え、桜子は歯噛みする。くやしいが、多様な絃律士が所属する流蝉騎士団と、それを従える北辰には手も足も出ない。

「さて、桜塚殿。時詠殿がこちらの手の内に入った今、其方たちの抵抗は無意味と思うが如何か?」

「それは違います」

 桜子は即答する。

「ほう、その心は?」

「貴方の狙いが時詠様の助命なら、時詠様の命を盾にする事は出来ない。ならこちらは気にせず全力で貴方を倒して取り返せばいい。どの道、ここから帰るためには全員倒さなければならないのなら、むしろそちらに時詠様がいてくれた方が守る手間も省ける」

 きっぱりと言い切る桜子に、クレハは珍しく感心した。普段の桜子であれば単純に逆上し、さらに深みにはまり自滅するのが常であったが、今回に関しては柔軟な思考が出来ている。

「桜子様、傷を癒します」

 クレハは桜子に触れ、治癒魔術をかけ傷を癒す。


 “G”はその様子を横目で見つつ、物部郡内が口寄せをした甲鱗狼と交戦していた

 急がなければと思うが、甲鱗狼の鱗が固く、また表面が体内より分泌される獣脂によって滑りやすいため“G”の豪剣をもってしても徹らないのだ。加えて、物部が手槍で攻めようとする気配を見せるため、絶えず位置取りを変えなければならず、思うように攻撃が繰り出せなかった。

「向こうが気になるか、そうだろう、集中させないようにしているのだ、お前が自滅するのを待っているのだ、私と私の甲鱗狼、黒瓢(こくひょう)の連携は完全かつ無欠、ゆえに――」

「黙れ」

 際限なくしゃべろうとする物部に、“G”は若干イラついた。

 とはいえ、物部の言い分には一分以上の理がある。“G”は意を決すると、右脇構えをとる。


「そろそろ決着をつける。次の一合で、私が倒れればお前の勝ち。しかし、私が倒れなければ……」

「倒れなければ?」

「覚悟を決めろ」

 “G”の碧色の瞳が夕焼けの中でも蒼く映える。

 物部も甲鱗狼も、“G”の底知れない闘志を無言で受け入れる……

「機は熟し、勝利の果実と化すならば、その甘美なる蜜を賜りし…」

 訳もなく、物部は長口上を述べるも、

「行くぞ!」

 “G”の一声にかき消された。“G”は同時に疾走。

 相棒である甲鱗狼も物部に頓着せず、目にも留まらぬ速度で疾走した。

 甲鱗狼は左右にフェイントをかけつつ迫り来る。“G”は目で追いつつ、しかし、進む先は手槍を持つ物部へ一直線に向かう。

 口上を切られた物部はがっかりする様子もなく、手槍を構え、間合いを測る。狙いは自身の刺突と甲鱗狼との同時攻撃。


 “G”に迫りくる槍は左側、牙は右側。

 鋏の如く、挟まれる一瞬の攻防。

 “G”の闘気が全開に沸きあがったその時、激突する!


 血飛沫が舞う。

 しかし、

「……止めたぞ」

 物部の刺突をかわして左脇に抱え、甲鱗狼は右腕に噛みつき血を迸らせたが腕は千切れず、折れもしなかった。

「これが《硬気功》。接触のタイミングで発動できないのなら、接触前から《硬気功》で待ち構えるまで」


 《硬気功》は接触の瞬間に闘気をその部位に込めて防御力を上げる闘気法であるが、まだ“G”は一瞬で発動できるレベルにない。であれば、接触箇所を決めておいて相手が攻撃しやすいようにし、その部分に《硬気功》を込めて待ち構える。いわば、自分の身体を囮にした罠である。

「思い知れ、これが“より高みにある者(グルファー)”だ!」

 “G”は左脇に抱えている手槍を回繰り引き寄せようとすると、物部は手槍から手を離し後退しようとしたが、グルファーとしての身体能力の高さに闘気による肉体強化が相まった“G”の踏み込みの方が早かった。

 “G”は右腕を噛み付かれたまま間合いを詰め、左手で物部の頭部を掴み、そのまま左膝をめり込ませた。物部は鼻を折られつつ気を失う。続けて、左手は脇差を抜きつつ、前のめりに倒れるようにして甲鱗狼を地面に押さえつけた。

「ガァッ!」

 甲鱗狼は吼えるが、完全に押さえ込まれればどうしようもない。

 “G”は脇差の柄で甲鱗狼の喉を突く。喉元は鱗で覆われてなく、そこをグルファーの怪力で突かれればひとたまりもない。甲鱗狼も気絶し、因果の絃糸が途切れ、ボンと音をたてて姿を消し、元の羽黒山脈に戻った。


 立ち上がると右腕のケガを確認する。血は流れているが、傷は深くない。元々、グルファーには対魔獣属性が備わっている。そのために魔獣の攻撃に対して補正がかかり、対魔獣戦闘では優位な立場にあるのだ。

「まず一人。そして次は……」

 “G”の視線は先程から自分を注視する男とぶつかる。

「お前だ、空手使い」

 空手使い、金城(きんじょう)弾丸丸(たままる)は歓喜する。

 その足元には、サクラ小隊長である姉小路山吹が倒れていた。


「そこのグルファーは物部を倒したか。まあ、相性だな。グルファーに魔獣では、魔獣が食い殺されるのがオチだ」

 金城は構え、“G”は金城へ猛進する。

「しかし、俺は一撃で十分!」

「やってから言え!」

 吼える“G”。

 金城は闘気を右手に集約し、解き放つ。


「《百歩神拳》!」


 見えざる拳大の弾丸が、音を置き去りにして“G”に襲いかかる。

「ぬぅッ!」

 “G”は自身の大刀で受け止めるが、その衝撃で前進は止まり、それどころか後退した。

「覇ぁッ!」

 大刀を振るい《百歩神拳》を捌ききるが、すでに金城に間合いを詰められていた。

「すまん、二撃に訂正だ」

 本当に申し訳なさそうな顔で言うと、金城の正拳突きが“G”の顔面に炸裂した。

「がぁッ!」

 かつてないほどの重い一撃に“G”は吹っ飛び、気絶した。

「“G”!」

 その様子は、少し離れていた潮たちにも見えた。

 潮からすると、見た目も中身も頑丈な“G”が倒れた時点で勝負はついたと思った。

 また、クレハも同様に負けを認めた。雪蘭は勝敗云々よりも、幼馴染の山吹の安否だけを気にしていた。

 そして、桜子はあきらめず気炎を上げる。

「姉小路様と“G”が倒れようとも、私のすることは変わらない。全ての敵を倒してみんなで帰ります」

 自らを奮い立たせるようにして北辰に向かって叫ぶが、大勢は決した。

 潮も、これ以上、桜子たちを傷つけることは出来なかった。

「桜子、勝負はつきました。剣を引いてください」

「イヤです!」

「これは、命令です」

「時詠様、私は旗本です。上様の命令以外は聞きません」

「桜子!」

 潮はたまらず叫ぶが、桜子は譲らなかった。桜子にも状況は最悪を極めているとわかっている。引くのは簡単だが、それではこの場にいない風花に申し訳がたたなかった。風花がここにいないのは、自分の責任だと、桜子は深く思い込んでいた。

「風花が使命を達成できないのは私の責任です。風花のかわりが務まらずとも、命を懸けて全力で戦い抜くのみです!」

 桜子の言葉は味方も敵も、誰もがその言葉を聞いていた。

 桜子の力は弱く、とても正規軍である流蝉騎士団に対抗出来るレベルにはない。それは本人も含め誰もがわかることである。それでも、毅然として言い放つ桜子の言葉は、聞くもの全ての胸に響いた。

「……何故」

 その言葉は、潮をとらえている蝶野の口から零れ落ちた。

「何故、そこまでして戦おうとする。どう考えても桜塚には勝てない。それとも武士道を死ぬ事と思い極めているのか?」

「……蝶野さん、確かに貴方の言う通り、すでに勝負は見えています。私もこれ以上は戦って欲しくはありません。ですが、だからといって譲れるかといえば、そうではないでしょう」

「しかし、負けは負けだ。俺にはそうまでして啖呵をきる意味がわからない」

 潮は、静かに蝶野の目を覗き込む。


「それは、嘘でしょう」


「…………え?」

 蝶野の口から出たのは素の蝶野であり、どこか子供のような気の抜けた表情をしていた。

「普段しゃべらない貴方が疑問を口にしたのは何故です?それは桜子の姿に胸を打たれたからではないのですか?」

「……そんなわけはない。俺は流蝉騎士団の一人。敵の言葉に考えを左右されない」

「そうかもしれません。ですが、貴方は流蝉騎士団であると同時に、第十三期親衛訓練学校の第五訓練中隊の一員です。貴方にとって、桜子は、ただの敵ですか?」

「当然、てき―」

 潮は首を振って遮る。

「それも嘘です。貴方の本当の気持ちではありません」

「どうしてそんなことがわかるのだ?」

「では、貴方の絃律が結界の外に出たら存在を消されるのは何故ですか?」

「…………………」

「それは、貴方が他人に対して、そばにいてほしいという願望の裏返し。そばにいてほしいのにいてくれない人は、この世にいなくてもいいという、身勝手な願望です」

「…違う」

 蝶野はか細い声でこたえるが、潮の力のこもった視線は、その脆弱な心を打ち抜いた。

「貴方の結界は貴方を中心にして発動する。貴方は世界の中心に自分を置きたいだけ。でも誰も見てくれないことを拒絶する、いじけた心が作り出した心の殻です」

「黙れ!」

 思わず蝶野は潮を殴り飛ばした。

「蝶野!」

 驚いて北辰は咎めるが、蝶野の耳には入らず、ただ潮だけを見ていた。

 潮は殴られ倒されても語る事をやめない。身を起こしつつ続ける。

「今の感情の高ぶりを、誰かの心に寄り添う事に使ってみませんか」

「何をいっているんだ」

「仲間になるというのは、難しいようでいて、とても簡単なことです。その人が嬉しければ自分も喜び、悲しければ自分も悲しむ、ただそれだけのことです」

「仲間なら…俺の流蝉騎士団がいる」

 立ち上がった潮は、下から蝶野を見上げて問う。

「では、貴方のいう『仲間』と、ただの一度でも喜怒哀楽を共にしたことはありますか?」


「………………」


「それが答えです。ただ同じ騎士団に所属するだけで、ただ三年間同じ部屋でくらしただけでは仲間になれません。唐綿さんが消えた事にも何も感じていないのは、貴方と唐綿さんとの間に利害のともなう主従関係があっても、友情や仲間意識は生まれなかったのと同じです」

 蝶野は、存在を世界から消された唐綿の事を、潮が覚えている事に気がついた。

「唐綿の事をどうして覚えている?」

 蝶野を見上げる潮の瞳から厳しさが和らぎ、かわりに暖かな思いやりと、そこはかとない寂しさを湛えていた。


「たとえ短い時間であっても、良い人も悪い人も忘れないのが私の、私達の誇りです」


 潮は振り返り、桜子たちを見る。

 金城の圧倒的技量に成す術もなく、桜子も雪蘭もクレハも、殴られ、蹴られ、次々と倒されていった。

「いま倒された桜子たちを見て、貴方は何も感じないかもしれません。ですが、いつか必ず、ただ黙って見ていた事を後悔する日が訪れます」

 蝶野は何も言えないまま、殴られて倒れても必死に立ち上がろうとする桜子を見下ろす。その手は何も握らず、その足は一歩も動かず、ただそこで傍観するだけ。

 その視線の先で、最後に残ったQタローが金城に立ち向かい、あえなく地面に転がされた。

 蝶野の肩が僅かに震える。

「蝶野さん、誰かのために泣く事を、怖がらないで下さい」





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