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因果邂逅のタタリクス  作者: 紅月蓮也
第一章「向こう岸より来たりて」
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第十話「貴方に見えなくとも、私には見える」

 ■五日目、八月五日、二〇:一〇



 すでに陽が落ちて時間が経ちすぎていた。門限もとっくに越えている。もっとも、風花であれば訓練校の高い壁も、簡単に飛び越えられる。

 しかし、気分としては帰りたくなかった。

 理由は勿論、蝶野の言葉である。蝶野は桜子と“G”が自分を慕っていると言ったが、風花にはそうは思えなかった。全て蝶野の主観である。ただ、目の前で唐綿が利用された挙句に消えたために、義憤に駆られて血が昇っただけだ、そう思うことにした。

 とつおいつ考えていると、屋台街に出ていた。ここでは、唐揚げやコロッケなどのお惣菜や、定番のお好み焼きなどの屋台が出ていた。

 ここで風花は閃いた。桜子や“G”達と話すきっかけとして、お土産を買っていこうと思った。

 幸いにして、少しだが金は持っている。屋台を見渡すと、彼の好きな焼きそば屋があった。風花は迷わずその屋台を選び、焼きそば四人前を注文した。


 塀を乗り越え、上手く訓練校に戻ると、すでに食堂は終りかけていた。一応、焼きそばはあるが、これだけでは物足りない。なんとか丼にご飯と漬物だけでも盛ってもらおうと思ったが、さすがに焼きそばを抱えたままでは、無許可で外に出たことがばれてしまうので、一度、部屋に戻る事にした。

 焼きそばを持ちながら廊下を歩くのはリスキーであったが、なんとか誰にも見つからず部屋に辿り着き、素早く中に入った。

「風花!」

 ずっと心配していたのだろう。潮が飛びつくように迎えてくれた。同室の“G”はいない。

「ただいま」

「遅かったから心配しました……その、大丈夫でしたか?」

「ああ、問題ない、と思う」

「そうでしたか……ところで、その包みはなんですか? 良い匂いがしますが」

「ああ、焼きそばを買ってきた。みんなと食べようと思って、な」

「わぁ、いいですね」

「その前に食堂に行って、速攻でメシを喰ってくる」

「それでしたら大丈夫です。“G”が風花の夕飯を貰いにいっています」

「え、部屋で食べるのは禁止じゃなかったか?」

「“G”がいうには、食堂が終って残ったご飯をオニギリにして部屋に持ち帰るのは、よくあることらしいです」

「初耳だぞ、そんな話。そういえば、時々この時間に“G”がいなくなることがあったけど、それを狙っていたのか」

「まあ、おかずは運次第だそうですけど」

「いいさ、焼きそばをおかずにして握り飯を食べるよ………で、だ」

 いきなり言い淀む風花に、潮は不思議そうな顔をして聞き返した。

「どうかしましたか?」

「その、な。せっかく焼きそばも四人前あるんだ。桜塚も誘ってみないか?」

 それを聞いて、潮の顔がパッと明るくなった。

「いいですね、それ! 桜子も喜びます。ホラ、すぐに呼びにいってください!」

「いや…なんというか、オレは行きづらいので、代わりに呼んできてくれないか?」

「え、こういうことは、風花自身が行くのがベストだと思いますよ」

「昨日の夜から全く口を利いていないし、目も合わせようとしない状況だ。オレが行ったら来てくれないかもしれないから、頼む」

「う~ん」

 潮は唸ったが、考えてもみれば風花のお願いというのは初めてである。いつも世話になっているし、風花から桜子に歩み寄ろうとしているのは大切な事だ。画竜点睛を欠いている気もするが、とりあえずはこんなところであろうと結論付け、潮は了承した。


「わかりました。少しお待ちください」

 いうと部屋を出て、隣りの部屋へと向かっていった。

 風花は部屋で一人になると、急に緊張してきた。ただ、焼きそばを食べるだけなのだが、何故かドキドキする。そういえば、焼きそばの味見をしていない。あそこの焼きそばで良かったのだろうか。

 この時の風花の脳裏に、「焼きそば」以外の選択肢が思い浮かばなかった。

 そもそも数ある屋台グルメで、何故「焼きそば」なのだろうか。

 桜子が好きそうなものを選ぶなら「揚げたてカレーパン」という選択肢もあったのに、風花はそこまで考えを巡らせる事が出来なかった。

 程なく、潮は不貞腐れたような顔をした桜子の手を引いて戻ってきた。


「お待たせしました。ホラ、桜子、入ってください」

「…………」

 桜子は黙ったまま風花を一瞥し、視線をはずしてしまったが、部屋の中には入ってきた。

「狭いのはどこの部屋も同じですが、桜子はそこのイスに座ってください。さあさあ」

 潮は桜子の背中を押すようにしてどんどん中へ導き、ほとんど無理矢理イスに座らせた。

「……なんの用ですか」

 その声は氷点下並みに冷え切っていた。どうやら潮は用件を伝えていないらしい。潮はどうしても自分にしゃべらせたいようだ。

「いや、桜子、ちょっと外に出る用事があって、その帰りに屋台で焼きそばを買ったんだ」

「……つまり無断外出をしたと」

 桜色の瞳をした桜子は、白い目を向けてくる。

「まあ、そうなんだけどな。ああ、でも、なんとなくだが、みんなと食べたくってな」

 らしくもなく、風花は慌てており、潮は口元を押さえていた。

 一方の桜子は、

「ふ~ん」

 と、気のない返事であった。

「まあ、よければだが、一緒にどうだ?」

「……………」

 桜子が黙ったために、部屋は沈黙によって支配された。


 風花は何故こんなにも下手に出ないといけないのかと思いもしたが、それも後の祭りである。今の彼に出来る事は桜子の反応を伺うことだけであった。

 一方、桜子はというと、不機嫌そうな顔をしつつも、実のところ機嫌を直しつつあった。

 自分と焼きそばを食べたいと思い、買ってきてくれたのは嬉しい。しかし、丸一日断絶状態であったので、どう態度を変えればいいか、わからなかっただけである。

 睨めっこをしていてもしょうがないと、桜子が焼きそばに手を伸ばそうとしたその時、

「戻っていたか」

 “G”が折り詰めにした夜食を片手に、外から帰ってきたQタローをお供に戻ってきた。

 桜子の伸ばしかけた手が止まる。

「風花、お前の夜食を貰ってきたぞ」

 そこには握り飯が三つ、折り詰めには豚カツとキャベツの千切りが入っていた。

「うぉ、豚カツか!」

「ぎゅきゅー」

 Qタローも嬉しそうである。

「よくこれだけの食事を貰ってこれたな」

「なに、頼み込んだら、渋られたけど最後は包んでくれた」

「悪いな、本当に」

「気にするな、俺とお前の仲だ」

「ぎゅきゅ~」

 部屋にいる桜子と潮が、割って入る余地のないような、非常に仲の良い会話である。

 それだけに、潮の顔といわず全身から脂汗が噴き出し、隣りで座りつつ目が据わってきた桜色の姫を横目で見る。


「オレは焼きそばを買ってきた。“G”も食べてくれ」

「そいつはありがたいな。遠慮なく頂こう」

 手提げから焼きそばを一折取り出し、割り箸と共に“G”に差し出した。

「さあ、桜塚も食べてくれ」

 風花はタラタラ汗を流す潮に気がつかず、桜子にも焼きそばの折を差し出したが、

「ふぅっ!」

 桜子によって勢いよく弾き飛ばされ、焼きそばの折は壁にぶつかって床に落ち、その中身をぶちまけた。


「きゅ!?」

 Qタローは驚き、

「あ…」

 潮は愕然とし、

「……」

 “G”は睨みつけ、

「…あ、あ、あ……」

 風花は床に落ちた焼きそばを呆然とし、

「桜塚ァッ!!」

 そして、激怒した。


 右手で桜子の胸倉を掴んで引き寄せ、手提げを持ったままの左手を振り上げた。

「やめてください!」

 潮が風花に飛びつき、潮の叫びに“G”は反射的に風花の左手を掴んだ。

 手を掴まれ身動きがとれなくなった風花を、桜子は突き飛ばした。

「…っつ、お前…何をするんだよ」

 それは桜子も“G”も、初めて見る風花の本気の怒りだった。

 風花は部屋に戻って脇差をはずしていたが、もし装備していたら抜きつけかねないほどの激怒であった。

 “G”と潮は凄まじい殺気に戦慄し、“G”は掴んでいた右手にさらに力を込めた。

「離せよ、“G”」

「…………」

 しかし、“G”は微動だにせず、風花は振りほどこうとしたが、びくともしなかった。舌打ちし、桜子を睨みつける。

「桜塚、なんで食べ物を落したりした。世間じゃ、その一皿すら一週間も十日間も食べられない人がゴロゴロしているんだぞ」

 風花の声は怒りを押し殺してはいたが、潮を怯えさせるほど冷たく、部屋の体感温度を急激に下げていた。

「……どうなんだよ、答えろよ」

「………い」

 重ねて問う風花に、下を向く桜子は何かを呟く。

「なんだよ、聞こえないぞ」

 突如、顔を上げて桜子は叫んだ。

「たかだか焼きそば一個で何を吠えているんだ、くだらない! 大体、なんで焼きそばなんだ!? それこそ世間は他にも食べ物があるんだ。焼きそばが食べられない? それがどうしたというのだ! だったら米でもパンでも饅頭でも食べてればいいだろうが!!」

「てめぇっ!!」

 風花の全身の血が沸騰し、左手を掴んでいる“G”の手を振りほどき、自分を睨みつける桜子の顔面に拳を叩きこもうとし……やめた。


「……風花?」

 突如として怒りを収めた風花の変貌ぶりに、潮はかえって不安を煽られた。

「殴る価値もない。桜塚も所詮、貴族のお姫様だ」

 風花から怒気が抜け、表情が消えた。


「どうしたの!?」

 その時、山吹や雪蘭、クレハ・カエデ姉妹が部屋に飛び込んできた。

 どうやら、外にまで騒ぎが響いていたらしい。まあ、それほど厚い壁でもないので、あれだけ大声をだせば当然聞こえるであろう。

「何、この状況?」

 山吹が重ねて聞くが、潮もとっさに答えられない。

 風花は突き飛ばすようにして、右手で掴んでいた桜子を離した。

「なんでもない」

 それだけ言うと、風花は手提げに入った残り二つの焼きそばだけを持って、部屋から出て行った。

 少女達がその背中に声を掛けられず、背中が見えなくなるまで見送ると、今度はもう一人の当事者に視線が集まった。

「……ねぇ、桜子ちゃん、何があったの?」

 メンバーの隊長たる山吹は心から心配しているのだが、返ってきた答えは風花と全く同じだった。

「なんでもありません」

 桜子は誰にも目を合わせず、潮たちを横切って、自分の部屋に戻っていった。


 バタンと桜子が扉を閉じる音を聞いた後、山吹達は頭を抱える潮と、何を考えているかわからない“G”の顔を交互に見つつ、最後に床に散らばった焼きそばに目をやって、四度目の質問をした。

「潮くん、何があったの?」

 潮の気持ちとしては「なんでもありません」と言って、二人のように逃げ出したかった。

 しかし、それをしない性格だからこそ、男装の少女が『時詠潮』たる所以である。

 潮は顔を上げて、顛末をポツポツと話し出した。


 その晩、風花は遅くまで帰ってこなかった。

 潮も“G”もQタローも、遅くまで眠らずに起きていた。

 風花は零時を過ぎて、ようやく帰ってきた。そのまま、すぐに布団を床に敷いて、さっさと眠りについた。

 潮は声を掛けたかったが、掛けるべき言葉が思いつかなかった。




 ■六日目、八月六日、〇六:〇〇



 珍しく潮は時間通りに目を覚ました。いや、飛び起きたと言ってもいい。

 あわてて床を見てみると、すでに風花は部屋を後にしていた。

 反対側のベッドを見てみると、“G”はすでに訓練服に着替えた姿で、潮を見ていたし、Qタローもすでに起きていた。

「“G”、風花は?」

「……三十分も前に起きて、俺に潮の事を任せるといって、出て行った」

「そう、ですか……」


 この日は予め臨時休暇を申し渡されていた。美堂教官は本籍のある教導部隊での会合があるからと言っていたが、その真意は、明日の朝には訓練校を去る潮は実質的に今日が最終日である。そして明後日には切腹となり、人生にとっての最終日となる。ならせめて今日一日くらいは、潮を遊ばせてあげたかったからである。

 その心遣いは非常にありがたかったのだが、とてもそんな気になれなかった。

「風花、何処にいったんでしょうか?」

 食堂のいつもの場所で、潮は心配そうにお茶を飲んでいた。相伴に預かっているのは、風花と桜子を除く、サクラ小隊&空飛ぶイルカのQタローである。

 すでに朝食時間は終わりかけていて、食堂には潮たちを除いて誰もいない。

 しばらくテーブルは沈黙に包まれていたが、山吹がようやく口を開いた。

「昨日の話しは聞いたけど、なかなか厄介な状況だよね」

「…はい。私は良かれと思って桜子を引っ張りましたが、かえって(こじ)れさせてしまいました。申し訳ありません」

 潮はしょんぼりして頭を下げるが、山吹はピシッと掌を潮の前に出してやめさせた。

「潮くんは悪くないわ。悪いのは当事者二人ともよ。特に桜子ちゃんだけどね」

「しかし…」

「しかしは無し。これからの事を考えましょう」

「どうするのですか?」

「決まっているわ。それぞれ二人から話を聞くの。全てはそこからよ」

「……あ」

 ちょうどその時、潮の視線の先に、ようやく食堂に桜子が姿を見せた。

 桜子もすぐに気がつき、食事も摂らずに反転し、食堂から出て行こうとした。


「待ってください、桜子!」

 潮は一番に飛び出し、早足で去ろうとする桜子を追いかける。

「桜子……待ってください」

 宿舎を抜ける手前で追いつき、潮は桜子の上着を掴んだ。

 桜子は振り払おうともせず、ただ冷たく潮を見下ろす。

 山吹達も追いつき二人を取り囲んだが、桜子の態度は非友好的であった。

「何か御用ですか、姉小路様」

「ええ、昨日の事よ」

「別に何も言うことはございません」

「どうして風花くんがせっかく買ってきてくれた焼きそばを引っくり返したりしたの?」

「…別に、食べたくなかったからです。それに私達には身分があります。ああいったものを口にするのも控えるべきです」

 その言葉に、“G”の碧色の瞳に火がついた。


「桜色の姫様、風花がお前と会話をするきっかけを作るために買ってきた食べ物を『ああいったもの』というのか」

 “G”が一歩前に踏み出すが、桜子は動じない。

「だったらどうだというのだ? 私は食べたくなかっただけだ。“G”は好きに食べればいい」

「お前が焼きそばを床にぶちまけた時、風花はひどく傷ついた顔をしていた。お前はその顔を見て、何も感じなかったのか!?」

 “G”は激昂するが、桜子は目をそらしてあっさりと頷いた。

「焼きそば一つで傷つくなんて脆弱者だ。あの男の底もしれている。下賤な者はいくつになっても下賤なままだ」


「桜塚ァッ!!」


 “G”が全力で殴りかかったが、一瞬早く、潮が桜子を突き飛ばして回避させた。

「潮ッ、邪魔をするな!」

 “G”は怒鳴るが、潮はむしろ教え諭すように口を開いた。

「“G”、昨日の夜、風花も言っていました。桜子に殴る価値も無いと。私もそう思います。だから“G”にも殴らせたくありませんでした」

 いわれた“G”は、にわかに怒りが抜けていくのを自覚した。確かに潮の言う通り、今の桜子を殴って何になるであろうか。不貞腐れ意固地になり、声を掛ければ憎まれ口。性格的に反りの合わない女だと思っていたが、訓練と使命に対する姿勢だけは認めていた。しかし、今度という今度は、完璧に愛想が尽きる思いだ。

 桜子は突き飛ばされて倒れていたが、のそのそと立ち上がる。

「気はすみましたか?では、もう行きます」

 誰の返事も待たず、桜子は背を向けて歩き出す。

 山吹も雪蘭もクレハも匙を投げかけていた。しばらく放っておこうと思った。


 しかし。


「桜子、つまり貴方は、風花から逃げるのですね」

 潮が呼びかけた。その呼びかけに、桜子は足を止めた。

「風花のことを詰まらない男と結論付け、存在価値を否定して、自分の中では『いなかった事』にするのですね」

「……どういう意味で、いっているのですか…」

 振り向きもせず、桜子は聞く。

「どうもこうも、そのままの意味です。真夏屋風花の本質に気がつきながら『無かった事』にするという事。それは、貴方自身への裏切りだと言いたいのです」

「何故それが私自身への裏切りなのですか?」

「それは簡単です。風花は、誰も裏切っていないからです。貴方の事を心の奥底で信じているからこそ、殴って関係を完全に壊してしまう事を恐れ、そうしなかったのです」

 桜子は振り返る。

「何故そんなことがわかるのです? 四ヶ月一緒にいた私は何も知らないのに。それとも時詠様や“G”には何か言ったのですか?」

 “G”には、という言葉に、桜子の“G”に対するコンプレックスがある。だが、潮はその点は指摘しない。それは桜子自身が気づき、乗り越えるべきことだと思っている。それに今、一番伝えたい事は別にある。

「私も“G”も、何も聞いていません。しかし、私にはわかります」

「何を根拠に、そのようなことをおっしゃるのですか?」

「それは、これからお教えいたします。桜子、それに皆様も私についてきて下さい」

「……えっと、潮くん、どこにいくの?」

 山吹が戸惑うが、構わず潮は宿舎の奥へと歩き出す。

「私の部屋です」

 それだけをいうと、どんどん先に進んでいった。

 山吹達はなんとなく顔を見合わせると、とりあえず潮についていくことにした。

 もちろん、桜子もである。


 部屋に着くと、潮は奥に窓際に行き、カーテンを閉めた。

「皆様、部屋に入ってドアを閉めて、鍵もかけてください」

 部屋は元々二人用である。六人と一匹が入るとぎゅうぎゅうだ。仕方がないので、山吹とクレハは靴を脱いでベッドに上がる事にした。

「……で、ここで何を教えてくれるのですか?」

 桜子がまだ不貞腐れたままの口調で聞くと、部屋全てが暗闇に包まれた。

「な、何が?幻術?」

 いや、暗闇に包まれたが、中にいる自分達の姿はハッキリと見える。

「幻術ではありません。全て現実。これからお教えする事は、真夏屋風花の過去」

 部屋の奥にいた、いや、今や闇の中で浮かんでいる潮から聞こえる声は、部屋の距離にしては遠くから響いているようだった。

「そして、私が北辰殿に狙われる理由である、私の力」

 桜子達は気がつく。

 この部屋はすでにいつもの部屋ではなく、違う空間になっていることに。

「今こそお見せします。私が引き継いだ称号“時戯(じぎ)の駆り手”、別名を“オベリスク”」




 ■十年前



「父さん、母さん、今度はいつ帰ってこれるの?」

 五才の少年は、背中に二才の男の子を背負い、正面には四才の妹を抱きしめつつ、玄関に立つ両親に呼びかける。

「そうだな…獅子王戦争もあと少しで終る。多分二月(ふたつき)くらいかな」

「…そう、なんだ」

 少年の声が弱くなり、抱きしめている妹は不安そうに兄の手を握り締めた。

「心配しなくても大丈夫」

 そう力強く言い切る母親は、キラリと輝く白い歯を見せつつ、少年の頬をそっと撫でた。

「私達は強い。そして、貴方達も強い。私達家族は天下無敵! 何も怖れる必要はないわ!」

 母は強し、である。いつでもそうだ。この母が、弱かった事は一度もない。果たして父の顔からも笑みが零れるように溢れた。

「その通りだ。特にお前は誰よりも強い。どんな時でも、どんな事があっても、私達はお前を信じるよ。だから私達はここから何処にでも行ける。そうだろ?」

 父が少年を見る瞳には揺ぎ無い信頼があり、少年も背筋を伸ばした。

「当然! 父さんも母さんも無敵。僕も父さんと母さんの…」

「「息子だ!」」

 両親は『息子』の言葉をひったくるようにして言い切った。

「うん!」

 息子も、父に負けないほどの笑顔でハッキリと頷いた。

 両親は思い残す事がなくなったのか、扉に手をかける。

「では、行ってくるよ。涼と涼次も良い子にして待っているんだぞ」

「パパ、いってらっしゃい」

 妹の涼は舌足らずなあどけない口調で答えると、父に手を振る。少年の背中にいる弟の涼次も、手を振る父の真似をするように手を振った。

「じゃ、行ってくるね、風花」

 母はビッと手をあげて風花にウィンクすると、颯爽と身を翻し、扉の向こう側へと歩き出す。

「いってらっしゃい! 母さん! 父さん!」

 扉の内側から、精一杯の大きな声で両親に呼びかけ、全力で手を振る幼き日の風花。

「おにいちゃん」

「なんだい?」

「パパとママ、早く帰ってくるといいね」

 妹の涼は、門の向こう側に消えようとしている二人から目を逸らさずにいう。

 季節は桜舞い散る春。

 幼い兄妹の、終わりの始まり。


 虚空と変わった風花と“G”達の部屋にて、潮の声が遠雷の如く響いてくる。


「十二ある時操能力が一つ《投影ヴィジョン》。秘匿された過去の時間を開闢します」




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