書斎
「パが取れたらチンコじゃねえかっ!!」
そんな叫びと共に跳ね起きた。
「なんだよそれ…全然面白くねぇよ…」
身の危険を感じるレベルの事故に面白さを求めるのはどこか間違っているなと感じながらも、周囲を見渡す。
「」
いかにも高そうな絨毯
天井まである本棚
黒く重厚なテーブル
先程まで歩いていた寂れた歓楽街の面影はどこにもなく、豪華な書斎とも言うべき一室の中に倒れていた。
そんな異常に自問自答する前にふと気付く。
その書斎には彼以外にもう一人人物がいた。
年の頃は二十代中盤に見える中性的な男が座っていた。高そうなスーツに身を包み、これまた高そうな牛革のソファーに身を預けている。
「まぁ座りなよ。寝ながら話を聞くのも嫌だろう?」
朗らかに笑いながら話しかけてくる。
あの笑顔は…何か怪しい。
悪徳セールスに引っ掛かったり新興宗教の勧誘をしょっちゅう受けた俺が言うんだから間違いない。
「は、はぁ…」
だがしかし、俺の口から出たのは生返事であった。きちんと意見の言える日本人になりたい。
「君は自分が死んだのは分かるかね?」
「へ?」
なんか信じられないことを言ってるぞこいつ。
俺はお使いの帰りに通ったパチンコ屋の前で…
パチンコの『パ』の字が降ってきて、そこから記憶がない。
「まじかよ……」
信じられない事実に打ちひしがれる。唐突に訪れた自分の死。そんなものは知りたくなかったし、理解したくもなかった。
……ん?じゃあ、自分が死んだと認識しているこの『俺』はなんなんだ?
「なるほど。記憶が混濁しているね」
「あの…少々疑問に思うことがあるのですが」
「なんだい?答えられる範囲で答えよう」
男は尊大な口調で答えた。
「ここは何処ですか?」
「ここかい?ここは私の書斎だが?」
さも当然のように返された。こいつは俺をおちょくってるんじゃないか?
「そうではなく、死んだはずの俺が存在できるなんて一体どんな不思議空間なんだよ、という意味で」
「うーん、なんというか、この『書斎』はたぶん君が思っている書斎と違うものだと思うよ?」
書斎に同じも違うも無いだろう。書斎なんて、大人の渋い男が葉巻をくゆらせながらデスクワークに励んでいるようなイメージしかないし、それ以外と言われてもてんで思い付かない。
「簡単に言えば、ここは君のいた宇宙ではない。宇宙空間という物理的なものでは測れない次元に存在しているからね。」
「はぁ?」
本日二度目の「はぁ」が出た。ここが宇宙の外?冗談じゃない。光年単位でも何百億という大きさがある上に、光速以上の速度で膨張を続けているかもしれないような物の外側に出ているとか想像もできない。
「多元宇宙理論って知ってるかい?」
知っている。あれは花も恥じらう中学二年生の頃、厨二病真っ盛りだった俺が収集した知識の中にある。
この宇宙の外側には別の宇宙があるとかなんとか。んで、みんな大好きブラックホールさんはその重さで別々の宇宙が繋がってしまった所だとか。
「その多元宇宙理論がどうかしたんですか?」
「正直、君たちの宇宙の知的生命体がそこまでたどり着くとは思えなかったから正直びっくりしているんだ。まぁとにかく、君のいた宇宙もそんな多元宇宙のひとつでしかなかった、と言うことさ」
なんということだろう。厨二病の頃の妄想が現実だったとは…
「そしてここがその多元宇宙を管理する部屋、通称『書斎』さ。そして私は"統括者"や"統括体"と呼ばれている。」
そう言ってそいつ──統括体は微笑んだ。