序
歴史ジャンルに分類しましたが、もしかしたら不適当だったかもしれません。そう思われた方、申し訳ありません。
雪と無縁の土地ではないが、その年の豪雪は度が過ぎた。
深い雪に人々は不慣れなうえに、ろくに日も差さないとなれば気が滅入るばかりで、外歩きを控えるようになる。そのため雪かきもおろそかになり、田畑のみならず街道までおしなべて白銀に埋もれてしまっていた。
その屋敷は街道から少し奥まったところにある。周辺には人家もなく、一軒ぽつりと建つ屋敷は普段から人の出入りの多い方ではないが、大雪もあいまってここ何日も訪いを告げる客の一人もいなかった。
幾日ぶりか、まったく久しぶりに顔を覗かせた太陽が中天に差し掛かった頃、彼はその屋敷の主である友人を訊ねに来た。雪の海を泳ぐようにして踏破してきた彼の全身は汗みずくで、鍛えられた頑健な肩が荒い呼吸に合わせて上下していた。腰の大小がこれほど邪魔に思ったことはない。
小さな、壊れたかけた門の前で、彼は異常に気付いた。
屋敷の半ばまでが、雪に埋もれてしまっている。
雪の多い地方ではないので、この辺りの家屋は、もともと大雪への耐性がない。これだけ降られると、家の周りだけでも雪をかいていないと建物が傷んでしまう。事実、友人の屋敷も見るからに損傷が激しい。
屋根はひしゃげ、雨戸にはつららが刺さったかやぶれた箇所があり、まるで廃屋として打ち捨てられたような有様だ。
屋敷へ訪れたのは、知人の一人が行方不明とかで、もしや泊まりに来ているのではないかと思いついたからだが、もはやそんな用事など脳裏から消え去っていた。
ただごとではない。
彼は不安に背を押されるように、雪をかきわけおしわけ、倒れ込むほど前のめりになってやぶれ戸まで到達した。木板を蹴ると、戸は呆気なく内側へ吹き飛んだ。
廊下は底冷えしていて、屋敷の中にまるで火の気を感じない。 物音も人の声もなく、なにものかが潜んでいる気配もない。
用人も残さず留守にするはずはないし、ならば逃げたかと思ったが、明朗闊達な友人の性格からして一家での逃亡というのは考えられない。ならば。
もしや、火の扱いにでもしくじってこごえたか。
いや、頑強な体躯の友人を思えば、大人しく夜着にくるまってくたばる様は想像できない。
老夫婦の死体は、すぐに見つかった。この屋敷の用人だ。右肩からみぞおちまでをえぐる刀傷が生々しい。
さらに足を速めて友人の居室へ入った彼は、絶望の吐息を飲み込んで立ち尽くした。
壁といわず天井までを黒々と染め上げる血。寒さのせいか臭いはしないのだが、そのせいで、部屋の中央に重なり合う二人の姿は、まるで幻想かと錯覚させた。
白を通り越して透明感さえある凍りついた死に顔。喉を刺し貫いて自死している男はまぎれもなく友人で、そのむくろの下に横たわる妻女は、美貌へ不可解な微笑みを浮かべていた。
年若い友人は、嫁したばかりの妻を斬り、その上へ自らの死を投げ出したのだろうか。
なぜ。
思わず、友人の物静かな人柄を思い出していた。
戦場での悪鬼のごとき武者働きは鬼神と呼ばれ恐れられたが、同時に、少年の影を残したはにかんだような笑い方をする男だった。