三話:やるべきこと
短い。
時間がないよ―。
景色が一変していた。
見渡す限りを円形に立ち昇る炎が囲み、その中は俺の少ない語彙で表現するのならば一言ですむ。
『地獄』
俺が想像するソレそっくりの景色だった。
いや、煉獄というほうがしっくり来るのかもしれない。
そこは周りすべてが炎で炙られた『死んだ』世界だった。
頑丈な鉄筋の橋は中程から折れて砕けていたし、川は干上がり川底はひび割れていた。
そこらじゅうに真っ黒な『なにか』が火を纏わり付かせながら立っている。その形からかろうじて樹木だったのであろうことがわかる。
俺達の横にあった自転車はぐにゃりと曲がり、熱疲労で所々折れ、もう乗ることはできないだろう。
舗装されたアスファルトは溶けて、黒い粘性の高い『何か』になっている。
大気は熱く、吸った空気が喉と肺を焼く。
空気に触れている肌はちりちりと炙られ、きっとそのうち俺の服は燃え上がるだろう。
ただ立って呼吸しているだけで、どんどん体力が削られていく。
そして。
そんな世界の中に。
マッドサイエンティストがいた。
…場違い感も甚だしい。
何故マッドサイエンティストかを教えよう。
細身で長身。
白衣をきてる。
度のきつそうな、分厚い眼鏡。
白衣が真っ赤。おそらく返り血。
口の端が裂けるかと思うほどに大口を開けての高笑い。
そしてなにより。
右手がドリルだ。
何て言うんだろうか、小学生が想像するようなドリルといえばいいんだろうか。
小説や漫画に出てくるマッドな彼等が人に付けたがるアレである。
いや、自分に付けるような奴は今まで読んだことも聞いたこともなかったが。
とりあえず。
これは勘だが、この現象を起こしたのはあいつらしい。
一歩踏み出す。
息は苦しく、肌は焼け、靴底は溶けてきていたがそれでも前に進めた。
白衣の男まで約50m。
そういえば須藤が横にいない。
今まで全く気付かなかった。しかしそれはあまり重要なことではない。
今やるべきことは一つだけ。あの白衣のそばに近づくこと。
さらに一歩。行ける。走り出す。
一気にスピードを上げる。息をするたびに肺が焼けていく。
なら、呼吸を止める。
白衣との距離が近づく。あと少し。
体に力を込める。あと五歩。
一気に右腕を振りかぶり。
「おっせぇんだよ馬鹿野郎!!!!!!!!!!」
思いっきり白衣の男をぶん殴った。
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