第四話 嫌がらせのために自分の命をかける人などいない!←いる♡
「アレス様!!大変です!!リネア様が倒れました!!治療をお願いいたします!!」
帝都の神殿で廊下を歩いていた大神官アレスの前に、神官が飛びだしてきた。
アレスは20代前半の端正な顔立ちの黒髪の男性で、教皇、枢機卿の次の地位である大神官職だ。神官に連れられて、アレスが聖女リネアの部屋に駆け付けると、衛兵に取り押さえられているリネアの侍女と、血を吐いて倒れているリネアの姿がある。まだベッドにも寝かせてもいないところをみると、本当に倒れたばかりなのだろう。
リネアの側に散らばっているスープとパン、そして液体がもれている瓶が転がっている。瓶のラベルは人間が飲むと毒性のある植物の栄養剤だ。
(まさかこれを飲んだのか?)
アレスはリネアを抱き上げると、リネアの口から血と液体がこぼれる。
鼻をつんとつく匂いにアレスは確信した。
「まさかスープに栄養剤をいれたのですか!?」
アレスは叫びながら、口元に顔を近づけた。
息はしており、手の脈もある。
(この様子なら大丈夫でしょう、治療がまだ間に合う)
彼は解毒の呪文を唱え始め
「治癒」
術を発動させた。
とたん、ごほっと、リネアが液体を吐き出し、身体が金色に輝きだし、その光がふわりとリネアを包んだ。苦悶に満ちた表情だったリネアの顔が穏やかになったのを確認してアレスはほっと胸をなでおろした。
「アレス様……」
心配そうに顔を覗き込んできた神官にアレスは安心させるかのように微笑む。
「もう大丈夫です。緊急の事態は脱しましたが、一応治癒師をつれてきてください」
現場に居合わせた神官に指示をだすと、アレスは視線を侍女に移した。
がくがくと震えて衛兵に押さえつけられている。侍女のエプロンには毒々しい紫色の液体が付着している。
「さて、これはどういうことか説明してもらいましょうか?」
アレスが取り押さえられている侍女に問うと
「違います!!私じゃありません!リネアが、あの女が勝手に毒を自分でスープにいれたのです!!」
と、叫んだ。
その様子にアレスにリネアの危機を知らせにきた神官が、「悲鳴で部屋にかけつけたら、リネア様が、侍女に無理やり変なにおいのするパンを食べさせられた、苦しい助けてくれと言い残し私達の前で倒れ、そこの侍女が逃げようとしていました」と、証言した。神官の瞳はまっすぐで嘘をついているようには感じられない。
それに比べ、侍女はおどおどとしており、明らかに視線が彷徨っている。
「まぁ、この毒の出所と、貴方と聖女リネア様の関係性を調べればわかることでしょう」
アレスがリネアを丁寧にベッドに移しながら言い放つ。
薬を誰が入手して誰が部屋に持ち込んだのかなど、調べればすぐにわかる。
ここで嘘をついてても、調査が入ればすぐに答えがわかるだろう。
「本当に違うんです!!!リネアが私を陥れようとして毒を自分でスープにいれたんです!」
侍女がアレスに縋り付こうとするが、取り押さえていた衛兵がそれを阻止するためさらに床にこすりつけた。
そんな様子の侍女をアレスは一瞥し、大きくため息をつき
「侍女一人を陥れるためだけに自ら毒を飲む人間がいるとでも?嘘をつくならもう少しまともな嘘をついてください」
と言い放った。
***
レティア・シャル・クレンドールは光神ユリウスが作り出した七つの世界のうちの一つ第七世界【マクドール】の大賢者である。
大賢者レティアは魔道具の実験中、なぜか異世界に転生してしまった。
この次元には世界が七つあり、それぞれの世界を神族が守り独立し独自の文化を歩んでいる。文明の進んだ世界では世界が七つあるという認識はされているが、その事実を知るものはあまり多くない。レティアの世界は文明と教育が進んでいるため認知されているが、この世界の文化水準ではおそらく存在を知るものはおそらくいない。この世界は文明がレティアの本来いた世界よりはるかに遅れている。
レティアは幽体離脱の実験でコールドスリープ装置に入り、幽体離脱を試みた結果――なぜか別の世界の少女の身体に入り込んでしまったのである。
幸いにも少女の記憶と知識は全て引き継いでおり、状況を把握するのは難しいことではなかった。
そして神殿の大部分の者がリネアを陰湿な虐めをしていることも理解した。皇子に虐げられ、異母姉妹のカミラとの確執も。
知らない世界へ転移し元の世界に帰れるかもわからない。普通の者ならその境遇に涙しただろう。
だが、レティアは違った。
ベッドに寝かされた状態で、「本当にその女が勝手に毒を飲んだのです!!」とわめきながら連れて行く侍女を薄目で見ながら、心の中でにんまり笑う。
――ああ、潰す対象がたくさんいるって幸せ、どうやってみんな地獄に堕とそう、ステキな舞台を用意しなくちゃ♡――と。
***
「カミラ様。リネア様が毒を盛られたそうです」
豪華な皇城の一室で。聖女カミラは報告を受けた。綺麗な銀色の髪と金色の瞳をもつ少女だ。
「なんですって!?もちろん死んでないわよね?」
報告をしてきた従者にカミラが問うと、フードを深くかぶった小柄な従者がこくりと頷く。
「ですが毒の量によっては危なかったと聞き及びます」
「何をやってるのよ!死んだら困るの、リネアには北部に行ってもらわないとこまるのに!」
そう言ってだんっと床を足で叩いた。
(そうよ。リネアには苦しんでもわらないといけない。簡単に死なせはしない)
本来正妻の子であるカミラこそ公爵家で育つはずだったのに、リネアが聖女として目覚めてしまってから、カミラとカミラの母は公爵邸で虐げられた。
カミラの母がリネアを敵視していたのがいけなかった。
リネアに嫌がらせしているうちに公爵の不興をかって、屋敷での扱いが粗雑になってしまったのだ。邪魔者といわんばかりに、神殿に聖女候補として送られてしまった。
カミラは確かに聖女の力はあったが、それも微々たるものだった。神殿の序列は貴族の身分ではなく、聖女の力で決まる。プライドの高いカミラにとって神殿の暮らしは屈辱的なもの。カミラに甘かった母方の祖母が資金援助してくれたおかげで、お金をばらまき、それなりの地位にはいられたが、それでも満たされなかったのである。
(本来公爵令嬢として敬われる私のはずだった。あの女はその地位を奪ったあげく、聖女の力すら私を超えていた)
その恨みからリネアに嫌がらせをし、陥れようとした。
だが、それを咎められ、邪魔者と北部に送られ――そこで過ちを犯し、断罪され処刑されてしまったのである。
――それが回帰前の出来事だ。
(今世ではそうはいかない。そのために今世では知識をつけ、周りも懐柔してある。あの女の力を奪ったいま、私が一番力が強い聖女。そのために私は力を手に入れたのだから)
そう思い、大事そうに部屋に飾ってあるペンダントに目を移す。
とても小さな赤いダイヤがついた金色のペンダントだ。
カミラはそのペンダントを手に取った。
リネアにカミラが回帰前に味わった屈辱を全て味合わせる。
それまでカミラの復讐は終わらない。
「リネアへの虐めもほどほどにするように指示しなさい。死なれたらこまるの」
「ほどほど……ですか」
「そう、生かさず殺さずよ。
簡単に死ぬなんてゆるさないわ」
「はい。かしこまりました」
小柄な従者は頭を下げた。




