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第二話 生きる意味

 リネアに聖女の力が目覚めたのは5歳の時だった。


 リネアは力が目覚めるまでは公爵とメイドの間に生まれた双子の姉妹として不遇の扱いをうけていた。正妻は子を産んだリネアの母を敵視し、浮気をした公爵は正妻ともリネアの母ともまた別の愛人に夢中でリネア達には見向きもしない。それゆえ屋敷でも虐げられ、母子ともに不遇な境遇だった。双子の姉が4歳の頃、行方不明になって死亡扱いになってしまっても、葬儀すらしてもらえないほど、冷遇され放置されていたのだ。それなのにリネアが力のある聖女とわかったとたん、その状況が一変した。


 聖女は育てた農作物に祈り、作物を豊穣にし、そして国々に魔物の脅威を払う結界をはる重要な役割がある。どの国にも必要とされる神聖な存在だ。


 聖女は生まれたときに神殿に渡すことが決まりになっていた。それが帝国の公爵令嬢がなったことにより、神殿ではなく聖女の所有権は帝国であると主張した。

 聖女と分かった途端、皇子と婚約させ、帝国の公爵令嬢であり帝国の皇子の婚約者という立場が優先されると、主張したのである。実際神殿も帝国の公爵令嬢であり皇子の婚約者という立場の女性を無理やり神殿に……という強引な手段はとれなかったからだ。


 10年前、婚約者として紹介されたアンヘルはとても優しくて、双子の姉が死んで悲しんでいたリネアを慰めてくれて、彼は支えになってくれた。今まで冷遇されていたリネアに優しく接してくれたアンヘルに恋心を抱き、彼に相応しくなるために聖女としての務めも皇妃候補としての務めもいままで必死に果たしてきた。


 それなのに――。


 本来緑の瞳のはずのカミラが金色の瞳を開花すると同時に、なぜかリネアは力を失った。そしてリネアが力を失い妹のカミラが伝説の金の瞳と聖女と分かった途端アンヘルはリネアを捨て正妻の子のカミラを選んだ。


(結局――、私はなんだったのだろう?)


 帝国の神殿でリネアはつぶやいた。

 アンヘル皇子との婚約が解消されたあと、リネアは公爵に引き取りを拒否され神殿に聖女として引き取られた。この世界には聖女は複数いる。けれど力が強い聖女はごく一部だ。あれだけもてはやしていた公爵邸の人たちも正妻の子カミラが聖女になったとたん手のひらをかえし、リネアを妾の子と罵りだした。


 婚約解消後、公爵邸にて引き取り拒否され神殿が身元を預かることになり、神殿で暮らすことになったのだが――。



「―――つぅぅっっっ!!!」


 煮えたぎった紅茶が腕にかけられ、リネアは悲鳴をあげた。


「あら、ごめんなさい。リネア様 うちの従者が粗相をしてしまったわ」


「う、あ、あっ!!」



 帝都にある神殿の一室。聖女クレーネの部屋。

 本来お茶ではありえない高温のお湯を腕にかけられてしまい、リネアは苦痛に悶えるが、その様子を一緒にお茶をしていた聖女クレーネが笑い、そのおつきの従者たちもニマニマと眺めている。


 いつものことだった。仲良くお茶会でもしましょうとクレーネに呼ばれては危害を加えられ、聖女クレーネの治療でその怪我を治されてなかったことにされる。

 しかもクレーネはやけどの表面しか治すことができず、いつも痛みだけは残るのだ。

 周りにばれないように表面上だけ治し、痛みだけ残す。


「カミラ様の力を奪う悪い子にこれくらいのお仕置きは必要でしょう?」


 クレーネと従者が笑う。

 カミラの力が目覚めたとほぼ同時期にリネアが力を失ったため、『実はリネアがカミラ様の力を奪って聖女と偽っていたのではーー?』という、噂が流れ神殿でも彼女は虐めの標的になってしまった。


(私が一体何をしたのだろう?)



 あれからクレーネから解放された後、リネアは神殿内を一人でトボトボと歩いていた。

 気が付くと、いつの間にか神殿の見張り台である塔の鋸壁に立っていた。高い塀から見下ろすと、眼下には石畳が広がっている。

 先ほどお茶をかけられた部分がひりひりと痛む。けれど表面上は治されているため、その被害を神殿の上層部に訴えることもできない。


 10年間。帝国の領土を全て回り、実りをもたらしてきた。

 作物が実る前にもこまめに祈り、豊穣になるようにと休むことなく働き、次期皇妃としての勉強も仕事もこなしてきた。


(――その結果がこれ……――)


 愛した人には見放され、聖女の力は失い、なぜかカミラの力を奪っていたという無実の罪を着せられてしまった。そのせいでは神殿では陰湿ないじめをうけている。


(それに――)

 

 リネアの手には実家からの手紙がある。


 リネアと第二皇子との婚約を知らせる便りだ。

 第二皇子とは一度も会ったことがないがよくない噂は聞いている。

 

(粗暴で我儘と有名な第二皇子ウィル殿下と婚約……)


 邪魔者同士をあてがうかのように、リネアとアンヘルの弟の第二皇子の婚約が決まった。

 第二皇子と結婚し、北部に聖女の任につけと記載してある手紙。

 力を行使できない聖女であるにも関わらず第二皇子とともに土地が貧弱すぎて作物の育たない北部に送られるのである。北部は皇帝が病で伏してから、皇室の実権を握っている皇妃と折り合いが悪い。

 そのため、皇妃は北部の領主を変えたがっており、力のない聖女を領地に送り、聖女を送ったという名目で食料支援を打ち切るつもりだ。そして北部を食糧難に追い込み、領主と、そこに赴いた第二皇子の罪を問いたいのだろう。

 つまりリネアはどう見ても捨て駒だ。

 北部の領主と第二皇子とともに北部を荒廃させた罪で裁かれる未来しかない。



(――私が北部に行けば、帝都からの食料支援を打ち切る名目を与えてしまう。聖女の実りの力を失った私が行けば、北部の人が飢えることになる) 


――北部の民が不幸になるくらいなら――


 一歩足を踏み出すと、ふわり。と、身体が宙を浮く。


――楽になろう――


 10mを超える高さから落下する。

 風が全身を覆い、もう助からないとなぜか実感できた。


――北部の人のため? 


 違う、本当は自分がもう疲れただけ

 それなのに北部の人を大義名分に使おうとしている――


 自嘲気味に笑う。

 死ぬ直前は走馬灯が視られると聞いたことがある。


 思い出されるのはまだ母も幼い双子の姉も生きていた時代の幼い思い出。

 

(お母さんとお姉ちゃんが生きていたら、また未来は違ったのかな?

 今行くからまっててね、お母さん。お姉ちゃん)


 死を覚悟した瞬間。なぜか自分の声が聞こえた。


「ちょ、いきなりなんのこれぇぇぇぇぇ!!!とにかく空中浮遊!!!」


 自分の声が何か魔法を唱えているのを聞きながら――リネアは意識を失った。


 これは薄幸な聖女の少女リネアと、なぜかその少女の身体に入ってしまった異界の大賢者レティアがひたすらざまぁをしていく物語。



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