第一話 婚約解消
「君、聖女の力を失ったらしいね?」
帝城の舞踏会会場で第一皇子アンヘル・ガル・ヴァルジェルナが笑顔で言う。
金髪の青い瞳の美青年だ。
舞踏会会場でそれまで会話していた貴族たちのざわめきが消え、静まりみなアンヘルの方へと視線を向けた。
「無能な聖女は帝国に必要ないんだ。だから婚約解消だ」
彼は無垢な笑顔を浮かべて婚約者のリアナに告げ、彼の隣にいた銀髪の美少女、聖女カミラの肩を抱いた。
「え……」
世間話をするかのような軽い口調で言う彼の言葉に赤髪の少女――聖女リアナは驚きの声をあげた。
幼い時から聖女として、また公爵令嬢として、アンヘルの婚約者として10年連れ添った青年の態度が受け入れられなかったのだ。
「金色の瞳を手に入れた君の妹のカミラと結婚する事になったんだ。君は聖女の力がなくなったのだから当然だろう?」
唖然とするリネアの前で無邪気にアンヘルが話しを続ける。
「カミラはすごいよ。500年に一度現れるか現れないかといわれる黄金の瞳が開眼したんだ。帝国中がお祭り騒ぎだ。そんな彼女こそ、次期皇帝のこの僕に相応しいと思わないか?」
そう言ってアンヘルはカミラを引き寄せる。
黄金の瞳。それはこの世界では伝説上のものでしかないといわれていた。500年前、聖魔戦争で神と魔族が争い、ほぼ世界が壊滅してしまった中、土地も何もかも枯れはてなくなった世界でふたたび豊穣をもたらしたといわれる初代聖女がもっていたといわれている瞳。彼女も金色の瞳だったと伝承であるのだ。初代聖女もカミラと同じく幼少期は緑の瞳だったらしいが、聖女の力の目覚めとともに黄金の瞳になったという。
その伝説の瞳を母違いの姉に具現した――。
それはとても喜ばしい事だ。妹としても聖女としても、世界にとっても。
けれど――。
「アンヘル様個人としても――。それをお望みなのでしょうか?」
意を決してリネアが言葉を絞りだす。
リネアの言葉にアンヘルは一瞬きょとんとして
「当然じゃないか。力のない聖女になった君と結婚する意味なんてないじゃないか」
答えた。
そう、カミラが力が目覚めると同時にリアナは力を失ってしまった。
けれど、それでも――彼なら受け入れてくれるのではないかと傲慢な考えがあった。
「ごめんなさいリネア」
そう言って目を細めて笑うカミラとにやにやしてこちらを見下ろすアンヘルを見てリネアは悟る。
―――愛し合っていたとおもっていたのは自分だけだったのだと。




