第15話 バカ皇子<(リネアの方がずっと優しかった)
「とうとう豊穣の祈りの儀式だね」
帝都の街中。馬車の中で向かい合っているカミラにアンヘルが話しかけた。
今二人は帝都の中で一番収穫の多い田園地帯に向かっている。
「はい、そうですね。この儀式で今年一年の食料が決まりますから。皆のために豊穣にしてみせます」
カミラが目を細めて微笑む。少し小首をかしげた無邪気なポーズ。その金色の瞳が揺らめいて、一瞬ぼぅっとなってしまう。
「君ならできるさ、金色の瞳をもつなら君ならね」
アンヘルが言うと、カミラが嬉しいと頬を染めた。
その姿がかわいいと思う。リネアにはなかった無邪気な可愛さだ。――けれど
がくんっ
と、振動とともに馬車が急に止まり、並走していた護衛が、「申し訳ありません。いま少し先で物乞いのガキが貴族の馬車に轢かれたようで、渋滞しております。道をかえますか?」
二人に尋ねた。
「その物乞いはどうなったの?」
カミラが尋ねると、護衛は「血まみれだそうです。今かたずけております」と答える。
「そうね、血の流れた道を通るのは縁起が悪いもの。アンヘル皇子道をかえましょう」
カミラの言葉に護衛が頷く。
その姿をアンヘルはニコニコ笑いながら見ていた――が、違和感を感じていた。
(リネアなら真っ先に治療魔法をかけにいったのに――)
カミラはまるでアンヘルを見定めるがごとく、準備に時間をかけて待たせたり、他の令嬢よりカミラを優遇するか試してくる。
(母上がカミラとの結婚は皇帝になるための絶対条件だとはいっていたけれど――)
カミラはいままで帝都の神殿にいて、それほど接する事はなかったが、リネアと違って心優しい清らかな聖女と聞いていたのだが‥‥…
(リネアの方がずっと優しかった)
それでもアンヘルは皇子だ。性格よりも能力を重視しなければいけない。
(皇子である僕と結婚したら、聖女を皇帝の妃として神殿から引き離すことができる)
聖女との結婚は絶対だ。彼女が公爵令嬢だったことに感謝しなければいけない。
(それなのにこの胸のもやもやはなんだろう?)
アンヘルは無意識に手を握りしめるのだった。
***
豊穣式の式典でカミラはあたりを見渡した。
祈りの祭壇。帝都から西にある一番の穀倉地帯の中央に作られた聖女がいのるための祭壇だ。視界いっぱいに広がる小麦畑の中央につくられた舞台で、神官達とともに、カミラは祈りをおこなうために真っ白な聖衣に着替えて立っている。
カミラは今豊穣の祈りをおこなうための精神統一するため神官達とともに祈祷をおこなっていた。
祭壇の少し遠くから見守る、神殿関係者の席には自信なさそうにうつむいて、小さくなっているリネアの姿がある。
周りはクレーネの取り巻きの神官達に囲まれているため誰とも話すことができず孤立しているのが遠くからでもよくわかった。
(私に力を奪われなければ本当にこの場所にたっていたのは貴方だったはずなのに――哀れね。いい気味)
リネアから視線をはずすとカミラは稲畑を前に祈りだす。
祈りとともに畑の麦がまばゆく光り―――光が撫でるように麦畑をつつむと、黄金色の麦畑へと変化していく。
いままで誰も見たことのないほどの豊穣の麦畑に歓喜の声があがるのだった。
***
「凄い歓声でしたね」
たわわに実る麦畑に喜ぶ人々を見つめて、アレスがつぶやいた。
レティア達は逃げるように会場をあとにしたが、麦の実りは遠目でわかるほど、豊作で会場は歓喜の熱気に包まれている。
帰り間際、祭壇にいたカミラがちらりと、レティアを見たあと、目を細めて笑っていた。彼女の視線にレティアはわざと怯えた様子を見せると、カミラは満足そうに視線をそらし、祭壇から降りていったのを思い出す。
(ああ、たまらないわ。あそこまで敵意を向けてくれると容赦なく叩き潰せるし、最高)
今頃、あの実りの量に満足して勝ち誇っていることだろう。
その実りはレティアが力を貸したおかげだという事も知らずに。
そう、おそらく魔族の力でリネアの力を奪ったカミラは勘違いしている。リネアの豊穣の力が強かったと。
リネアの記憶からするに、リネアが他の聖女より実りが多かったのは、彼女が自分の担当地区をこまめに祈って加護を振りまいていたからであって、カミラのようにろくに現地に赴かないのではリネアほどの実りの力はだせない。いままでカミラでも豊穣だったのは、リネアが祈っていたところをカミラが実らせたからなだけ。放っておけば収穫はこれからどんどん落ちるだろう。
(それに気づかないように私が豊穣にしてあげないと♡)
おだてて、おだてて突き落とすために事前準備は必要だ。
(可愛い可愛い、カミラちゃん。
貴方に素敵な後悔と屈辱と絶望をプレゼントできるように私頑張るから待っていてね♡)
★★★
「今日の豊穣式見事でしたね」
皇城の一室。皇族のみが使用できる空中庭園にて、皇妃ミネルバがカミラに微笑んだ。二人の周りには花が咲き乱れ、テーブルの上には高価なお菓子が置いてある。
「ありがとうございます。ミネルバ妃殿下。これもすべて妃殿下のおかげです」
ティーカップを置きながらカミラが答える。
豊穣式の出来事を思い出すと今でも胸が高鳴る。
祈った途端、たわわに実った作物を前に、カミラをたたえる歓声と憧れの眼差し。
回帰前に欲しかったものがいま、全て手に入っているのだ。
しかも回帰前のリネアよりも実りの量が多かった。
(もともとこの名誉はわたしのものだったのよ。やっぱり私の方が凄いんだわ)
前世も本来なら、正妻の子であるはずのカミラが一番であるべきだった。
それなのに生意気にも妾の子がカミラの地位を奪ったのだ。
(あの時のリネアの悲痛な顔。今思い浮かべるだけでもすっとするわ)
回帰前は自分が情けなくリネアを眺めるだけの立場だった。
それが今世ではリネアを見下ろす立場になれたのだ。
「私こそ、お礼を言わなければね。貴方の助言がなかったら、今頃裁判沙汰だったわ」
そう言って皇妃がお茶を飲む。
カミラが皇妃がひそかに進めていた不正を密告しようとしていた貴族を教えてくれたおかげで、ミネルバは事なきを得た。あのまま皇帝に証拠を持って密告されていたら、ミネルバは裁かれていただろう。
「でも貴方が我が領地の法具のペンダントを貸してほしいと言った時、どうなるかと思ったけれど、まさか金色の瞳を手にいれるとはね、どうやったのか教えてもらってもいいかしら?」
「神のお導きなのでお答えすることはできません」
カミラはふふっと笑う。
ミネルバ皇女から借りたペンダントには魔族が閉じ込められており、カミラはその魔族と契約した。何故それが出来たのかいえば、回帰前では、魔族と契約して力を得たのは皇妃だったからだ。だが願いを叶えすぎて断罪された。カミラはその皇妃のペンダントを使い時間を巻き戻したのである。
(魔族は皇妃が願いを叶えすぎて運を使い果たしたと言っていた。私はそんなへまをしないわ)
封印を解いた魔族の話では魔族に願える数は複数回。一人平均5~10だという。 その間のどこかで魂が尽きるのだとか。魔族は契約に嘘をつけない。その回答に嘘はないだろう。
(まだ願いは2回。安全圏をみるなら願いはあと1回だけど、使わないにこしたことはないわ。権力だけでリネアを叩き落とす)
だがこのペンダントの使い方を皇妃に教える事はしない。もし彼女に教えたら、皇妃はカミラをも排除してペンダントを取り戻そうとするだろう。この女はそういう女だ。
カミラはミネルバ皇妃ににっこりと笑ってごまかす。その様子に一瞬ミネルバの頬がひきつった気がしたがカミラは気づかないことにした。
「残念だけど、教えてくれないなら仕方ないわね。ところで、今日はリネアとあれ……第二皇子があう日だったわね」
ミネルバ皇妃がティーカップを置く。
「安心してください。あの二人を貶める手はずはととのっていますから」
カミラの言葉にミネルバ皇妃は目を細め「心強いわ」と唇の端をあげるのだった。




