13話 バカ皇子<(リネアの方がよかったのでは?)←アホか
「情報の収集ですか?」
大神官の執務室で、仕事をしているアレスに私は問う。
人払いをしているので私とアレス、そして姿が見えないけどおそらく側にいるであろう本物リネア以外ここにはいない。
「そう、貴方魔族だから使い魔とか飛ばしているんでしょう?」
私の問いにアレスは苦笑いを浮かべた。
「前にも言いましたが、私は低位の魔族です。そのような高度な事はできませんよ。前回クレーネの部屋に魔力で貴方達の様子を見ていたのも、リアネ様の気配を感じておかしいとおもったからです。普段はやっておりません」
そう言って、手に持っていた本をパタンと閉じた。
「使い魔もいないの? 使い魔に調べてもらえばいいのに」
そう、私の世界なら魔族は常に自分に付き従う使い魔をもっているはずだ。
「はい。もともと私自身が使い魔です。神魔戦争で亡びゆく神族や魔族の力を、使い魔が吸い取り、こうして生まれたのが我々です。前も説明しましたが貴方の世界の魔族とは違った存在だと思います」
「そこのところもう少し詳しく」
「詳しく……ですか。そうですね。どこから説明すればいいのか。今この世界にいる神族と魔族は純粋な神族でも魔族でもありません。神魔対戦で神と魔王が戦い、両陣営とも壊滅的なダメージをうけました。その戦場で死んでいった魔族の力、神族の力を、各々の使い魔が取り込んで神族と魔族ができあがったのです。ですからこちらの神族も純粋な神族ではなく、魔族の力をもっているものも多いでしょう。神族と魔族の違いは、ベースとなったのが神の使い魔だったか魔族の使い魔だったかの違いです。ですから魔族の力が強い神族も、神力がつよいのに魔族という個体も存在します」
「それは興味深いわね」
頷く私。
この世界本当に面白いことになっている。これが私の世界の神族や魔族を研究する研究者だったら喜び勇んで論文を書くために調査に奔走しそうなくらい特異な存在だ。
「とにかく最初の質問ですが、情報の収集はギルドを雇うしかありません。貴方が必要としているならそれなりに信用できるギルドを紹介しましょう」
そう言ってアレスは紙に何か書き始めた。たぶん紹介状だろう。
「私は所詮中間管理職なので資金援助はできません。人間として生きているので、年をとって死んだふりをしたときに地位も資産もリセットして再スタートしますから、人間の大神官としての蓄えしかありませんので」
「ありがと。流石に金銭面までなんとかしてくれなんて言わないから安心して。あ、もう一つ質問、貴方は本物のリネアが見ることができるの?」
「なんとなく存在は感じられる程度です。視認することはできません。そう言ったことができるのはおそらく純粋な魔族もしくは神族属性の強い者ではないでしょうか。残念ながら私にそういった能力はありません」
確かにたまにリネアの気配の感じるところをチラチラ見る事はあったけど確信をもてていない感じだった。
アレスも何かいるかな?程度で私と大して違いはないらしい。
魂は本来魔族と神族の得意分野だ。生粋の魔族や神族なら正確に認知できないということはない。ここら辺からも、彼が純粋な魔族じゃないことが察せられる。
「じゃあ、リネアをもとにもどすことは出来たりしないわよね?」
「もちろんできません。ああ、それと、リネア様を戻すのは反対しませんが、もしやった場合、貴方は消滅する可能性があります」
「え!?なんで!?」
思いがけないセリフに私は思わず身を乗り出した。
「貴方の魂がリネア様の身体から出た時点で、貴方の魂は元の世界に帰ろうと力が働くはずです。魂は本来世界に縛られています。魂は肉体を失ったらすぐに本来の世界へ飛んでいきます。そして我々が張った結界は、異界の魂を消滅させます。我々の張った結界にぶつかりそのまま消滅するのがおちでしょう。むやみに転魂を試みるのは推奨しません」
「ええー。じゃあ戻そうとした途端アウトじゃない」
「そうなりますね」
「……つまり、リネアの身体が歳をとって老衰死する前にもとの世界に戻る方法を探さないと……」
「消滅しますね。存在が」
「結界を一時的に消すことはできないの?」
「結界を消したらもとに戻せません。この結界を張った神族も力尽きて滅んでいます。申し訳ありませんが貴方一人のために世界を危険にさらすことはできません」
「てか、その理屈ならなんで私この世界にこれたの?」
「それが分からないから、私達も困ってます。現在、結界に穴がないか調査中です。もし思い当たることがあるなら教えていただきたいくらいです」
「うーん、私もわからないから、私が元の世界に帰れないのは置いておいて、リネアの魂が本来の身体からでてる状態が続いてるのは大丈夫なの?」
「悪霊化する可能性はありますが、霊体が悪霊にまでなってしまうのは大体300年から500年かかるともいわれています。少なくともいますぐどうこうを心配する必要はないでしょう」
「なるほどね。とりあえずリネアは、心配はないとして……でも流石に可愛そうだからボディを用意してあげないと」
私が考えこみながらいうと、アレスが若干引きながら
「……まさか無関係な人間を殺して肉体を奪うつもりですか?」
と、とんでもない事を言う。
「まさか。そのために人を殺したりはしないわよ。生きている人間の身体をのっとって違う魂をいれるなんて、そっちの方が難しくて無理。私の研究はそこまでいってない」
そう――私の世界の理では別人の身体に別の魂を入れる研究は一度も成功したことがない。もともと危険視されて禁止されているということもあるが、肉体には本来の魂以外を拒む防衛機能が備わっているのだ。
高位の魔族はそれすら突破してしまうので、方法自体はあるとおもうが正直そこまで、この分野に興味がもてなかったので研究していない。
大神が一緒な以上、そういった原理は大体一緒のはずだ。
「貴方達だってそうでしょう?人間はのっとれない」
「はい。肉体は神がその魂のために用意した器。本来の魂でないと入れないはず……なのに何故貴方はリネア様の身体に入っているでしょうか?」
アレスにジト目で睨まれるけど、こっちが聞きたい。
「リネアの仮ボディは魔道機械でつくるわ。材料に目星はついてるし」
「体を創造する? そちらの方が難しそうに思えるのですが」
「魔力で構築するからそれほど難しくない。人形に関してはこう見えてその分野では第一人者だったのだから、簡単に作れる。問題は大量の魔石が必要ってこと。それこそ弱小国なら買い取れちゃうほどの量の質のいい魔石が」
私が北部行きと第二皇子との婚約をクレーネに押し付けなかった理由はそこにある。北部には魔物が大量発生したせいで発掘できていない魔石の鉱山がある。その鉱石をごっそり手に入れてしまえば、魔石大量ゲットでこの身体でも高度な魔法を使う事ができる。
聖女と皇太子&皇子LOVEの皇妃いう大物とやり合うのだからそれなりに力はつけないと。
それには魔石を大量に仕入れる必要がある。
「北部といえば、ウィル皇子に会いにいくことになりました。一か月後になります。豊穣の式典のあとに会う準備をしているとか」
「おっけー。急いで調査ギルドを雇っていろいろ調べてもらわないと。お金はクレーネからたっぷり搾り取るから複数紹介してくれると助かる♡」
私の言葉になぜかアレスが大きくため息をついた。
***
「……どうかなさいましたか?アンヘル殿下」
皇城の中庭で、アンヘルの護衛が問う。これからカミラとのお茶会に参加するために庭園をあるいていた皇子が足をとめたのを不審に思ったのだろう。
「……なんだか、前に比べて庭園の花が元気がないような気がする。庭師をかえたのかい?」
「……いえ、庭師は変えてないはずですが……ただ」
「ただ?」
アンヘル皇子が聞き返したことで、護衛は一瞬はっとした顔になる。
「あ、いえ……大したことではないのですが」
「なんだ。ちゃんと言ってくれ」
「以前は皇城の庭園や、皇室管理の茶畑をリネア様が祈っていたようです……」
そう言って、視線を彷徨わせた。
――最近、皇室のお茶の質が悪くなったと噂が広がっている。飲めば疲れがとれると好評だったラルの茶など味に苦みがでて、疲れを取る効果もなくなった。
何度かカミラに祈ってほしいと願いでるものがいたが、当のカミラといえば必要最低限の祈りしか引き受けず、どうしてもという場合は報酬を要求する。それ以外やっていることといえば自らの宮殿に宝石商を呼んでは贅沢をしているだけだ。
(リネアだったら、何も言わずともあちこちに祈りを捧げていたのに)
アンヘルはため息をついた。
最近貴族達から報告はあがっていた。以前はリネアが好意で祈ってくれていたものが、カミラに頼むと金銭を要求されるようになったと。それが法外な額で払えない領地もあり、領地間の収穫差も酷く、賄賂を渡さない領地はわざと実りを少なくしているという疑惑まである。
(リネアの方がよかったんじゃないのか?)
そんな考えが頭をよぎるがアンヘルは頭を横に振る。
そもそもリネアはなぜか力を失ってしまった。リネアがいても役に立たない。
そうだ。間違いない。何より母親である皇妃がカミラの方がいいと言ったのだ。間違うはずがない。
アンヘルはそう思いなおすと、重い足取りで歩き出した。




