第10話 聖女いないと世界が成り立たないってやばくない?
※レティア視点※
「あまり驚いていませんね」
本来いたはずの部屋ではなく、ただどろどろとした黒と赤の模様の浮かぶ空間でアレスが目を細めた。
魔族が好んで使う現実世界から引き離されたあの世とこの世の狭間の隔離世界に入った状態に驚かない私にアレスが怪訝な声をあげた。
彼の背中には魔族の羽、そして頭には角が生えている。
「はじめてじゃないから」
そう、魔族と戦うなんて向こうの世界で何回も経験してきた。別世界への隔離。魔族が好む戦場だ。彼らの力はここで増大するのだから。大神が同じなだけあって、魔族と神族の構造そのものは変わっていない。私の知識はこちらの世界でも通用することを確信する。
――それにしても。
結界の強度具合からあまり高位の魔族ではないことは見て取れた。
中位魔族くらいとは踏んでいたが、彼の纏う魔力を見ると、下位の魔族だ。できれば強敵だと嬉しかったのだが……。
まぁ、私も本来の身体ではないので、いい勝負にはなるだろうが。
私の落ち着いた様子にアレスは目を細める。
「確かに――初めてではなさそうですね。それで、本当に話す気はないと?」
間合いをとるように構えてアレスが問う。
「ええ、もちろん。それはそちらも同じでしょう? 魔族が神の子と偽って神官をやってるなんて滑稽だわ」
「では、仕方ありませんね。少し痛い目にあってもらいましょうか」
アレスがため息をついたあと――飛んだ。
私めがけてダッシュして手に隠しもっていた短剣で切り付けてくる。
が、私もそれを聖女の結界で受け止めた。
それを読んでいたようで、足でけり上げてくるが、それも私の聖女の結界で薙ぎ払う。
(こいつ面白い)
私はアレスの攻撃を結界でかわしつつ、防御にまわった。
私がこの身体で聖女の防御の結界を張れるのはせいぜいノート一冊分の大きさ。
その大きさの結界を同時に5か所が限界だ。
何度も試したので間違いない。
魔族は基本人間を見下している。そのため油断しまくって初手、ワープで背後に飛んで切りかかってくるパターンがおおい。まぁ、普通の人間はその方法でほぼ確実に倒せるので間違ってはいないのだが。背後に魔法を放てるようにトラップを仕掛け構えていたのだが、読みをはずした。この身体で魔法トラップが仕掛けられるのは一方向が限界なので、前方に飛び掛かってこられたら、分が悪い。一番嫌だと思う戦い方をアレスはしてきたのだ。
(結界を張れるレベルの魔族なのに、ワープもつかえない肉弾戦タイプってこと?……いや)
異空間への誘導は本当の低級魔族では出来ないはず。
なのに異空間への隔離ができたということは、魔力量も隠している可能性がある。
(私の世界の生粋の魔族なら人間ごときにそんな事はしない。人間を虫位の感覚でみているからだ。この魔族は人間を油断してはだめな相手と認識してる。対等とまではいかなくても、人間という種族だからといって油断はしない)
アレスが短剣を投げつけてきて、それを避けると、再びそのナイフをワープさせて私に攻撃をしてきた。
同時に四本になり、四方からナイフが飛んでくる。私が結界でさけるたびナイフの本数が増えている。
私はそれを聖女の結界で防いだ。
(面白い、私が聖女の結界をどれだけ張れるか試してると見える、戦闘経験は不足してそうだけどセンスは悪くない)
ただ、彼の攻撃には一定の法則が見て取れた。リネアがいるであろう気配のする場所には攻撃してこないのだ。
(まさか気を使っている?)
私はアレスの攻撃を結界ではじいて、魔法でかなり後方に飛びのいた。
「一つ聞きたいんだけど、なんで本気をださないの?」
私が問うと、アレスもやれやれと肩をすくめた。
「貴方だって本気をだしていないでしょう? 異世界の大賢者というのはどうやら本当のようですね。魔族の戦いを熟知した動きをしている。初手で貴方の背後に飛んでいたら、致命傷を喰らって滅ぼされていたでしょう。もうこの世界では魔族など絶滅危惧種に等しいですから、その習性を熟知しているものはいないはず」
「やっぱり聞いてたんだ?」
異界の大賢者はリネアにしか話していない。
知っているということはリネアと私の会話を盗み聞きしていたのだろう。
「ええ、結界が張られていたので、魔法で聞くのは無理でしたので隣の部屋で物理的に」
……たしかに、私は魔法で魔族などに盗聴されないように防いでいた。
だがそれは魔道具による盗聴を防ぐもの。
あの部屋は防音ばっちりだったので物理的なものは油断していた。
おそらく聴力も人並みはずれているのだろう。人間では聞き取れないレベルの音をひろえると思っていい。
うん、ちょっと油断してた。
「……隣の部屋で聞き耳たてていたとか、想像すると間抜けね」
「何とでも言ってください。それで、もう一度聞かせていただきますが……。貴方は何故この世界にきたのですか?そしてどうやって?」
「聞いていたんでしょ? こっちこそ知りたいわよ。スリープ装置で寝ていたはずなのに異世界の知らない人の身体に入っていたんだから。貴方こそ何か知らない?」
私がやれやれとポーズをとって挑発してみせる。
「知りません、それに、本来ならこの世界に異世界人が来られるはずがないのですが。それがたとえ魂であっても」
「……?どういうこと?
確かに各世界を行き来するルートは複雑で普通の人間や中級程度の神族や魔族は無理でも高位の魔族や神族なら行き来可能よね?」
「ええ、だからこそです」
「だからこそ?」
「あなたもその少女の記憶を引き継いでいるなら知っているでしょう? この世界は200年前の戦いで、神族も魔族もほぼ絶滅状態です。他の世界の神族や魔族が侵略してきたら防ぎようがない」
そう言って、彼の前に球体のような映像が現れる。
おそらくこれがこの世界の姿なのだろう。
「それが故、我々はいま、神も魔族も互いに力を取り戻すまで停戦し、残った神族と魔族で侵入者がこないように強固な結界を張る方に力を注いでいます」
「あー……、それで魔族が聖職者をやっているわけ?」
だから魔族が神殿に入っても神族は彼を排除しないわけか。
「そうです。我々魔族は確かに世界を滅亡に導くことが目的ですが、それはあくまでも自分たちの手で滅ぼす事に意味があります。他の世界の魔族に世界を滅ぼされるのは、神族との争いに敗れるよりも不名誉なことなのです」
そう、なぜだか知らないが大神は世界を作るとき、神族と魔族をつくりだし、この二つの種族を争わせた。神は世界を守るため、魔族は世界を滅ぼすため。
彼らはこの使命を忠実に守る。束縛のない人間などよりも、大神のつくった使命を忠実に守らなければいけない神族と魔族の方が世界に縛られた存在といえるだろう。
「私達は貴方の想像する魔族と神族とは特性がことなります。我々は神族と魔族の中間という、存在になっています」
「中間の存在って……」
確かに魔族と神族の両方の気を感じるというわけのわからない状態を不思議に思ったが、彼らは世界の情勢によって神族にも魔族にもどちらにもなれるということなのだろうか?
……もしかしたら、魔族や神族の一方が極端に減ってしまったら、減ってしまった方を補うために種族が変更されるというのもあることを考慮にいれていいだろう。
「で、なんでそれを私に教えてくれるわけ?」
「その方が利益になると判断したからです。魔族と戦い慣れているというのはいまの戦闘でわかりました。貴方は強い。魔族を敵対種族として決めて、排除にかかる可能性がある。それは私達も困ります。世界維持のためにこれ以上、神族も魔族も減らしたくありません。出来る事ならこちらも事を荒立てたくない」
「なるほどね。これで合点がいったわ」
「合点……ですか?」
「そう、なんで聖女なんてくそシステムがあるか。もし結界維持が必要のないレベルで魔族が力を取り戻したらいつでも食料で人類をコントロールできる。違う?」
「……」
私のセリフにアレスが黙り込む。
まぁ図星だったのだろう。食料を握っておけば、人類を混乱に陥れることが容易だ。神と魔族が力を取り戻した時、魔族側は有利になる。人々を好きなタイミングで混乱させるためにつくりあげた「聖女システム」という歪んだシステム。聖女の豊穣の実りの祈りをしなきゃ作物が実らないなんてくそシステムが世界の基準なわけがない。
「図星だったみたいね」
私が挑発するようににまぁっと笑って見せるが
「……つまり、聖女が祈らなくても主食となる農作物が実る世界も存在するということですか?」
アレスに真面目に聞かれる。
「またまたとぼけちゃって★」
私が言うと、真剣な目で見つめてくるアレスに、
「え、まじで? このアホシステム真剣にやっているわけ?」
私は思わず聞き返すのだった。




