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一日だけの夫婦

作者: 眞基子

『一日だけの夫婦』


凌駕巧と凌駕優芽は同い年、二人の実家が吉祥寺で家も近いせいか子供の頃から遊んでいた。つまり幼馴染み。巧には六歳離れた兄がいたが歳が離れていたせいか遊び相手は、一人っ子の優芽だった。優芽が中高一貫の女子高に通っていた時も二人は友達付き合いを重ね、大学では友達から自然に恋人同志に発展していった。それぞれ会社勤めを経て二十六歳で夫婦になった。一日だけの夫婦に。あの瞬間、優芽の時間は消えたままだ。結婚式が行われたホテルに一泊した翌日、ホテルを出た瞬間、無謀運転の車が二人に襲いかかり、優芽が気付くと病院のベッドの上だった。咄嗟に巧が優芽とお腹の子を庇い意識不明に陥ったのだ。優芽は家族などが引き止めるのを振り払い、ふらつきながら集中治療室の巧の傍に行き、巧の名前を叫ぶと薄目を開け「愛してる」の一言を残し、息を引きとった。もし、お腹に巧の子供がいなければ優芽は巧の後を追っただろう。妊娠が分かったのは結婚式の二週間前。二人は両家に知らせ、両家の人達も孫の誕生を心待ちにし、優芽の体調を気遣った。巧は歓喜し、すぐに名前を考え始めた。男の子なら力と才知に優れた豪と。女の子なら強い心と優しさを合わせ持つ心と。新婚旅行は落ち着いた一カ月後にハワイを予定していたが、急遽キャンセルをした、ハワイに行くときは家族一緒だねって。

 巧の父親の出身地は長野の善光寺近くに何代も続く酒屋で、叔父が後を継いでいる。そして、凌駕家代々のお墓は実家の傍にある寺に在った。巧は、そのお墓で眠っている。優芽は吉祥寺の実家に戻らず、結婚後に住む予定だった四谷のマンションに住んだ。二人で夢を語りながら家具を選んでいたあの場所。その歳のクリスマス、巧から優芽への贈り物。男の子と女の子、まさか巧も双子とは思ってもいなかっただろうけれど、巧が考えていた男の子と女の子の名前、豪と心。

 悪夢の日から、何十年という歳月が流れていった。

 凌駕豪と凌駕心は、仏壇の前に置かれた母の遺骨の前に座り、亡くなった父、巧と母、優芽の写真を見つめていた。母の葬儀も終わり、ざわついていた空気も去って二人だけで静かに弔いをしていた。母は、二人が二十二歳を迎える三ヵ月前、これからは二人それぞれの人生を始めなさいね。後悔しない人生をと静かに言った。二人の誕生日はクリスマス、母は都内のホテルの予約取り、二人の友達を招いて盛大に行われた。母は、その様子を微笑みながら見ていた。勿論、豪と心は四か月後に母が心臓発作で急死するとは思わなかった。

 母は二人を育てる為ずっと仕事を続けてきた。そのせいかと、悔やむ気持ちがあった。

「お母さん、早過ぎるわ。やっと私達がこれからお母さん孝行できると思っていたのに。私達を育てる為に働きづめだったんだから。これからは趣味や旅行にとやりたい事ができるのに」

 心は、母の写真に語りかけた。

「どうなんだろう」

 豪は父と母の写真を見ながら言った。

 「母さんは今、一番好きな父さんの側に行ったのかも知れないな。ほら、俺達に後悔しない人生をと言った事があっただろう。何時だったか母さんに俺達がいなかったら別の人生があったんじゃないかと聞いた事があるんだ。そしたら笑いながら、私はあなた達と巧さんと四人一緒に暮らしていた人生以外ないわよって」

 「うん、そうかもしれないわね。やりたい事も、行きたい場所もお父さんと一緒じゃなければね。そんなに愛する人と出会った事が、お母さんの後悔しない人生そのものだったのかしらね。でも、一日だけの夫婦って寂しすぎるわ」

 「いやこれから続いていくんじゃないか、夫婦として永遠に」

 豪と心は、巧と優芽の遺影が微笑んでいるように見えた。

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