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第1章 死にたくなかったのに死んでいた(8/15)

「自分の目を、自分が見ることはできない」

そんな言葉を、どこかで聞いた気がする。

哲学的な意味だったのか、視覚構造の物理的限界だったのか、今では思い出せない。

ただ、今の俺にはそのどちらでもない、もっと厄介な意味でそれが刺さっていた。


──昨日、あの黒い穴の中から俺を見ていた“眼”。

それが自分自身の目だという予感。

それは論理でも証明でもない。ただ“確信”だけがあった。


「……俺は、いったい何を見ていた?」


問いは、宙に溶けた。

宿を出ると、まだ薄曇りの空が広がっていた。

町は平穏そのものだった。

朝市の準備に追われる人々、焼きたてのパンの香り、子どもたちの笑い声──

すべてが、異常の“対極”にあった。


それでも、俺の中では世界が変わっていた。

目の奥が疼く。視線の端に“あの黒”がちらつく。

もう見えはしない。けれど、そこに“ある”ことだけは、理解できる。


俺は何かの“装置”の中にいる。

そんな感覚が、日増しに濃くなっていた。



その日の午後、小さな事件が起こった。


「助けてくれぇええ!」


悲鳴とともに、若い男が路地裏から転がり出てきた。

後を追って現れたのは、二人の男──

いずれも皮鎧にナイフを持ち、血走った目で男を追っていた。


周囲の人間がざわつき、逃げ出す。

俺は、立ち止まったまま、それを見ていた。


「くっそ、どこ行きやがった、あの野郎……!」


「“例の場所”に近づきやがって……口封じが先だな」


その言葉に、俺の中で何かが点火した。


“例の場所”。

あまりに曖昧で、それでいて意味深すぎる単語。


──奴らは何かを知っている。


追われていた若者は、俺の足元にすがりついた。


「た、助けて……! 頼む……っ!」


その目には、明らかな“真実”が宿っていた。

嘘を吐いている目ではない。

俺を騙そうとしている人間の目ではない。


──なら、やることは一つだ。


俺は、足元の若者に小さく囁いた。


「目を閉じろ」


次の瞬間、俺の掌がゆっくりと宙をなぞる。

何の呪文も、何の詠唱もない。

ただ“力”があった。

それを、解放した。


──空気が震える。


「な、なんだ……っ!? 身体が、動かねえ……!」


「がっ……あああ……っ!」


悲鳴が、断末魔に変わった。

二人の男は、まるで首の骨を抜かれたかのように、膝をつき、崩れた。

一切の外傷はない。

だが、完全に“終わって”いた。


若者は、目を見開いたまま俺を見た。


「……あんた、いったい……何者なんだ?」


俺は答えなかった。

言葉にするには、まだ何も分かっていなかったからだ。

俺は、“俺が何者であるか”をまだ知らなかった。

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