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第1章 死にたくなかったのに死んでいた(6/15)

歩く速度を落とした。

目に見える景色は変わらない。緑、土、空。風の中に混じる微かな花の匂い。

だが内側では、確実に何かが動いていた。

それは、感情というより“違和感”だった。


「──記憶が、抜けてる」


独白のように、呟く。

転生による副作用ならば、もう少し滑らかに忘れるはずだ。

だが、これは違った。

“端が切り取られた”ような記憶。

継ぎ目が見える。不自然な断裂がある。

意図的な加工の跡──そうとしか思えなかった。


「誰かが、俺の記憶を消した?」


その仮説が脳裏に浮かんだ瞬間、風景の彩度が一段落ちたような気がした。

世界そのものが、わずかに歪んで見えた。

それは、疲労でも、空腹でもない。

“視界の裏側”が引きつるような感覚だった。


俺はそこで、初めて意識的に“目を凝らした”。


すると──見えてしまった。


視界の端、ほんの指先の幅。

その隅に、黒い“点”があった。

木の葉でもなく、影でもなく、虫でもなく。

ただそこに“在る”黒。


「……おかしいな」


その黒点は、俺が目を動かすたびに、ほんのわずかにずれていた。

だが、逃げない。消えない。

まるで“こちらを見ている”ようだった。


(いや、そんなバカな)


首を振って、正面を見た。

黒点は──視界の端に戻った。

まるで“決して中心には現れない”と決められているかのように。


俺は立ち止まる。

深呼吸を一つ。空気は確かに新鮮だった。

だが、それすら信じられなくなっていた。


「幻覚……じゃない」


視界の異常。記憶の欠損。そして、この世界の“整いすぎた構造”。

すべてが、どこか作為的だった。



その夜、小さな町にたどり着いた。

石造りの家々。灯りのともった酒場。犬の遠吠え。

誰も俺に声をかけなかった。旅人など珍しくないらしい。


適当な宿を見つけて、部屋に入る。

水差しで顔を洗い、ベッドに腰を下ろす。

薄暗いランプの光が、壁を揺らしている。


ふと、部屋の隅が気になった。

暗がりのその一角に──“何か”があったような気がした。


俺は立ち上がり、ゆっくりと近づく。

壁、床、そして──そこに、確かに“あった”。


それは、直径五百円玉ほどの黒い点だった。

壁に、ぽっかりと、異常なまでに“黒い穴”が開いていた。

いや、穴ではない。

それは──“闇そのもの”だった。


「なんだ、これは……」


手を伸ばす。

触れられそうで、触れられない。

ただそこに“在る”ことだけは、確実だった。


そのときだった。


──中から、“何か”が俺を見返してきた。


錯覚ではない。

はっきりと“眼”を感じた。

その黒の奥に、“誰かの目”が、こちらを覗いていた。

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