表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/28

第1章 死にたくなかったのに死んでいた(5/15)

翌朝、俺は静かに荷物をまとめていた。

といっても、持ち物などほとんどない。

昨夜、村人からもらった食料と水袋、それに簡素な旅人用の外套。

この世界での“俺”に備えはない。なにせ、昨日が初日だったのだから。


「どこへ行くんだ?」


声がした。振り返ると、案の定、ガルドだった。

腕組みをして、柱にもたれている。

その目は、まるで“見透かす”ようだった。


「少し歩きたいだけだ」


「逃げるつもりか?」


「……逃げるって何から?」


「自分自身から、だろう」


ガルドのその一言が、まるで針のように胸に刺さった。

だが、俺は笑った。演技ではなく、自然と笑みがこぼれた。


「よく見てるな」


「お前のような奴を、昔見たことがある。──何もかもを背負って、それでも黙って生きてる奴だ」


「そいつは、どうなった?」


「……英雄になったよ。死んだけどな」


その言葉を最後に、ガルドは背を向けた。

歩きながら、振り返らず、ただ一言だけ投げてきた。


「お前がどこへ行っても、お前はお前だ。それを忘れるな」



スレーヴ村を出た道は、ゆるやかな下り坂になっていた。

森が左右に広がり、鳥の鳴き声が時折、風にまぎれて聞こえる。

歩くたびに草が擦れる音がして、靴の裏に土が馴染んでいく。


「……ああ、これは、ひどく“現実的”だな」


この世界が夢ならば、もっと都合のいい演出があったはずだ。

例えば、案内役の妖精だとか、スキル画面だとか、魔王討伐の指令書だとか。

だが現実には、俺はただ歩いているだけだった。


誰からも期待されず、誰の物語にも属さず、ただひとりで。

この静寂は、ひどく懐かしいものだった。


現世でも、そうだった。

銀行の喧噪に紛れて、俺はいつもひとりだった。

昼食は一人でコンビニ。会議では頷くだけ。Excelの海に沈み、残業の山に埋もれ、金を動かしながら、自分の時間を売っていた。

何ひとつ“手応え”などなかった。

だから、死んだのだ。──否、死なされたのだ。


「……いや、違うな。あのとき、何か“見た”はずなんだ」


記憶の端が、妙に曖昧だ。

転生の直前、何かがおかしかった。

事故──ではない。

病気──でもない。

ただ、白くて、冷たくて、乾いた匂いだけが脳裏に残っている。


「死んだ原因を忘れてるって、どういうことだよ」


俺はつぶやきながら足を止めた。

記憶が、まるで白紙になっている。

それは“転生”による副作用だろうか?

だが、妙な感覚がある。

誰かが、記憶を“書き換えた”ような、そんな不自然さが。


──そして、それを認識した瞬間、胸の奥が疼いた。


まるで、そこに“もうひとつの俺”が眠っているかのように。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ