第1章 死にたくなかったのに死んでいた(4/15)
「……すごい、すごいよお兄ちゃん!」
子どもが走り寄ってくる。泣きじゃくりながら、俺の手を握った。
その温もりが、ひどく異質だった。
この世界に来てから、初めて“生身の他者”と触れ合った瞬間だった。
「ありがとう、ありがとう……!」
周囲の村人たちも、徐々に動き出す。
恐る恐る近づき、何かを言おうとして、しかし言葉を失う。
獣の死骸が、まるで粘土細工のように砕けているのを見て、誰もが言葉を選びかねていた。
俺は、何も言わなかった。
「こ、これは一体……!?」
そこに飛び込んできたのは、革鎧を着た男だった。
年齢は三十代後半。日焼けした肌に、鋭い目つき。
腰には長剣。背中には槍。完全な「冒険者」だった。
「お前がやったのか!? あのベラグ・ハウンドを一撃で……!」
ベラグ・ハウンド──
どうやらあの獣には、ちゃんとした名前があったらしい。
それにしても、一撃で倒すのは普通じゃないらしい。
当然だ。普通の力ではなかったのだから。
俺は咄嗟に、言葉を選ぶ。
「いや……たまたまだ。偶然、魔力の流れが良かっただけかと」
「……そんな理屈、聞いたことがない」
「だろうな」
自嘲気味に笑い、俺は肩をすくめた。
誤魔化せるとは思っていない。だが、認めるつもりもない。
ステータスを“見ない”と決めた以上、それが何であれ、俺には関係のないことなのだ。
「名を聞いても?」
「ソウ、と呼んでくれ」
「私はガルド。この村の外れで活動している冒険者だ」
ガルドは、ぐいと手を差し出した。
固い、重い、まるで岩のような手だった。
それを握り返した瞬間、俺の中で何かがわずかに揺れた。
それはたぶん、“日常”という幻想の破片だった。
◆
その晩、村の広場では小さな宴が開かれた。
火を囲み、素焼きの皿に乗せられた肉と野菜が振る舞われた。
俺は端の方で静かに座り、風の音を聞いていた。
──ああ、こうやって“物語”は始まってしまうのか。
転生者は、強く、孤独で、英雄でなければならない。
そんな予定調和を、俺は忌み嫌っていたはずなのに。
なぜか、こうして流されている。
「君、今日のはすごかったな」
隣に座ったガルドが、酒の入った木製のカップを差し出してきた。
受け取りながら、俺は慎重に言葉を探す。
「……あれは、本当に偶然だったと思う」
「そうかもしれない。でも偶然を引き寄せる奴ってのは、たいてい“選ばれてる”んだよ」
「選ばれたくなんて、ないけどな」
「それでも選ばれちまうのが、世の理さ」
苦笑しながら酒を煽るガルドの横顔は、どこか現世の上司に似ていた。
部下の失敗をフォローして、自分のミスにして、煙草を吸っていたあの人。
名前も、顔も、もうほとんど思い出せないのに、記憶の匂いだけが鼻の奥に残っていた。
俺はそっと目を閉じた。
この世界の風は、妙に生々しい。
それが、どこか恐ろしかった。