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第1章 死にたくなかったのに死んでいた(4/15)

「……すごい、すごいよお兄ちゃん!」


子どもが走り寄ってくる。泣きじゃくりながら、俺の手を握った。

その温もりが、ひどく異質だった。

この世界に来てから、初めて“生身の他者”と触れ合った瞬間だった。


「ありがとう、ありがとう……!」


周囲の村人たちも、徐々に動き出す。

恐る恐る近づき、何かを言おうとして、しかし言葉を失う。

獣の死骸が、まるで粘土細工のように砕けているのを見て、誰もが言葉を選びかねていた。


俺は、何も言わなかった。


「こ、これは一体……!?」


そこに飛び込んできたのは、革鎧を着た男だった。

年齢は三十代後半。日焼けした肌に、鋭い目つき。

腰には長剣。背中には槍。完全な「冒険者」だった。


「お前がやったのか!? あのベラグ・ハウンドを一撃で……!」


ベラグ・ハウンド──

どうやらあの獣には、ちゃんとした名前があったらしい。

それにしても、一撃で倒すのは普通じゃないらしい。

当然だ。普通の力ではなかったのだから。


俺は咄嗟に、言葉を選ぶ。


「いや……たまたまだ。偶然、魔力の流れが良かっただけかと」


「……そんな理屈、聞いたことがない」


「だろうな」


自嘲気味に笑い、俺は肩をすくめた。

誤魔化せるとは思っていない。だが、認めるつもりもない。

ステータスを“見ない”と決めた以上、それが何であれ、俺には関係のないことなのだ。


「名を聞いても?」


「ソウ、と呼んでくれ」


「私はガルド。この村の外れで活動している冒険者だ」


ガルドは、ぐいと手を差し出した。

固い、重い、まるで岩のような手だった。

それを握り返した瞬間、俺の中で何かがわずかに揺れた。


それはたぶん、“日常”という幻想の破片だった。



その晩、村の広場では小さな宴が開かれた。

火を囲み、素焼きの皿に乗せられた肉と野菜が振る舞われた。

俺は端の方で静かに座り、風の音を聞いていた。


──ああ、こうやって“物語”は始まってしまうのか。


転生者は、強く、孤独で、英雄でなければならない。

そんな予定調和を、俺は忌み嫌っていたはずなのに。

なぜか、こうして流されている。


「君、今日のはすごかったな」


隣に座ったガルドが、酒の入った木製のカップを差し出してきた。

受け取りながら、俺は慎重に言葉を探す。


「……あれは、本当に偶然だったと思う」


「そうかもしれない。でも偶然を引き寄せる奴ってのは、たいてい“選ばれてる”んだよ」


「選ばれたくなんて、ないけどな」


「それでも選ばれちまうのが、世の理さ」


苦笑しながら酒を煽るガルドの横顔は、どこか現世の上司に似ていた。

部下の失敗をフォローして、自分のミスにして、煙草を吸っていたあの人。

名前も、顔も、もうほとんど思い出せないのに、記憶の匂いだけが鼻の奥に残っていた。


俺はそっと目を閉じた。

この世界の風は、妙に生々しい。

それが、どこか恐ろしかった。

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