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第5話 冷めた瞳の奉公人

 お祝いの言葉も収まってきた頃、そろそろ帰るわとともちゃんはすっぱり帰っていった。

 また今度ねと言いながら。

 ああいうさっぱりしてる性格は昔から変わらない。

 そして他の女の子達がすぐに近寄ってこれなかった理由をともちゃんはこう言っていた。

 皆、鬼神様が怖いのだと。

 鬼神様の妻になった私に何か粗相をして鬼神様を怒らせることが怖かったのだろうと。

 それを聞いていた子達は皆その通りだと頷いた。

 その事実を聞いてこの村の守り神、私の旦那となった神様は崇められている以上に人々から恐れられているのだと改めて実感した。

 でも、皆が思ってるほどに怖い神様なのだろうかと少し疑問を持つ。

 私を嫁に選んだ理由はふざけていたけれど、それ以外はどうだった?

 顔合わせの時に私が何度も粗相をした時それを一回でも責められただろうか。

 今だって、自分はこれから後片付けがあるというのに祭りに行っていいと小遣いまでくれた。

 私には昔からこの村の子供達に親が話して聞かせるあの戒めに出てくる鬼と同じような怖い鬼神様にはどうしても見えなかった。

「あれ? 紬ちゃん買いに来てくれたんかー、今日はおめでとう」

 そんなことを考えながら歩いていれば屋台の少し外れにあった焼きもろこしの屋台までたどり着いていた。

 屋台を開いていた見知った顔のおじさんもカウンター越しにお祝いの言葉をくれる。

「ありがとうございます、 焼きもろこし貰えますか?」

 私はぺこりと頭を下げてお礼を言ってから旦那様に貰った銭の入った袋を取り出す。

「あー、金はいい金はいい、 これおじちゃんからのご祝儀だと思って!」

 そう言いながらおじさんは1本のもろこしを取ると表面にハケで醤油を塗って網の上に置く。

「いいんですか? ありがとうございます」

 ご祝儀にとまで言ってくれているのにこれは断るほうが失礼だろうとありがたく頂くことにする。

「で、本数は? 一本でいいのかい? それとも二本?」

 何故二本なのかと一瞬考えたがすぐに理解した。

 鬼神様、私の旦那様の分だ。

 もう私は独り身ではないのだから。

「……じゃあ二本焼いてもらってもいいですか?」

 私は少し迷った後に控えめにそう伝えた。

「はいよ! 今焼くでちょっと待ってなー」

 おじさんは手際よくもう一本のもろこしを網の上に乗せる。

 先に焼き始めたもろこしから醤油の焦げる良い匂いがしてきて自然とお腹が空くのを感じると、待つ時間さえも楽しく思えてくるから不思議だ。


「ここ、であってるよね?」

 私はおじさんから焼きもろこしを二本受け取って帰路についた。

 荷物の運び込みなどは神社の方達がやってくれたので今日初めて鬼神様の住居まで来たのだが思っていたより普通の家という感じがして場所を間違えたのではないかと門の前で足が止まる。

 いや、見るからに広そうではあるし手入れも行き届いていて古きよき古民家という感じはするがこう、神様が住んでいるという感じはしない。

 場所は神社を出て道なりに進み山に入る入り口の横を進んだところに一件だけポツンと建っていたのでここで間違いはないと思うのだが。

「そこにいらっしゃるのは紬さまですか?」

 そんなことを考えながら門のまえをうろうろと歩いていると後ろから聞き覚えのある声がした。

「仙太郎くん!」

 振り向くと少し訝しげな表情をした仙太郎くんが立っていた。

「やはり紬さまですか、門の前で何をしてらっしゃるのですか? 遠慮せずお入りください、もう紬さまのお宅でもあるのですから」

 仙太郎くんはそう言いながら私の横まで来ると門をギイッと音を立てて開く。

 そのまま自分が入ることなくどうぞと手で私を促すから

「あ、ありがとう……」

 私は促されるまま門をくぐる。

「その手に持っていらっしゃるのは何ですか?」

 続いて門をくぐった仙太郎くんは私の手に持った焼きもろこしを見て不思議そうに聞いてくる。

「ああ、これ? さっき屋台で焼きもろこしを貰ったの、旦那様がお祭りを見てきたらいいって銭をくれて買いに行ったんだけど、お祝いって屋台のおじさんがくれて」

「左様ですか、それはよろしゅうございました」

「……一本いる?」

 私は仙太郎くんのほうへ焼きもろこしを一本差し出す。

 私と鬼神様の分は貰ってきたのだから仙太郎くんの分も貰っておけばよかった。

「あ! 仙太郎くん以外にも奉公人とか小間使いのかた達っていらっしゃるのかしら、それだったらその人達の分も買ってこないといけなかったわね……」

「……」

 鬼神様からの使いで村に来るのは仙太郎くん以外見たことがないがこれだけ広いのだから屋敷内には別のお手伝いさんもいるかもしれない。

「仙太郎くん?」

 私が1人慌てていると仙太郎くんは少し黙った後に差し出していた焼きもろこしを手で制する。

「お心遣いは痛みいります、しかし貴女は我らが主鬼神の御内儀さま、私どものような奴僕にそのような行動は今後とも御無用です」

「……そっか」

 仙太郎くんは顔こそ笑っているが何か目は笑っていなくて、それ以上無理強いは出来ず焼きもろこしを引っ込める。

「着きました、ここが紬さまのお部屋になります、何かご不便やご用がありましたらお呼びください」

 仙太郎くんは屋敷内に入ると一つの部屋の前まで案内してくれるとそう説明する。

「ありがとう、あの……旦那様がご帰宅する時間は決まってますか? 帰るまで居間でお待ちしたいんだけど」

「……鬼神さまも間もなくご帰宅されると思います、居間はこの廊下の突き当たりにあります」

 そう言って仙太郎くんは廊下を指差す。

「何から何までありがとね」

「それが私のお役目ですので、あ、1つだけよろしいですか?」

「何かな?」

「この屋敷には私以外にもう1人召し使いがいますがもし見かけても話しかけるのはお止めください、勿論話しかけられても答えないでください」

「……理由は聞いても?」

「取るに足らない理由ですので、ただ忠告をしておきますがもし相手をして噛み付かれても知りませんよ」

「その人猫か何かですか……」

 仙太郎くんは私の言葉を聞いて小馬鹿にするように少し笑って続ける。

「猫なんかよりずっと凶暴ですよ、それでは私はこれで」

 最後にぺこりと頭を下げると仙太郎くんは廊下の奥に消えていってしまった。

 焼きもろこしの一件の後に感じていた刺すような視線と緊張感から解放されて仙太郎くんが去ってから少ししてからはぁっ思い切りと息を吐き出した。

 これに関しては婚姻の話を仙太郎くんが持ってきてくれた時より前からなのだが仙太郎くんには何処か村の人達との間にわざと壁を作っているようにずっと感じていた。

 これから一緒に暮らしていくにあたって仲良くなりたいと思っていたがなかなか先は長そうである。

 そしてもう1人の同居人が謎過ぎてそちらはそちらでどうしたらいいのか頭が痛くなりそうだ。

 私はとりあえず今日考えるのは止めて居間で鬼神様が帰ってくるのを待つことにした。

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