第3話 祭りの音
「なんか、疲れたなぁ……」
式は斎主あいさつまで滞りなく終った。
この後は特に披露宴なんてものの予定もなく着替えのために奥の部屋に戻ってきて普通の着物に着替えて1人になった途端に冷静になってしまって、結婚に至るまでの馴れ初めを思い出していた。
まぁ実際のところはただの出会いからの業務連絡のようなもので馴れ初めなんていいものではないが。
あのあと仙太郎くんが日取りを伝えに来てくれて本当にトントン拍子に話は進んでいき今に至るという感じだ。
しかし白無垢を着るというのはもっとこう、心が踊るものなのだと思っていたのに式の間心は何一つ踊らなかった。
すべての段取りは事務的に進み事務的に終っただけ。
外からはこの婚儀を祝うためにおこなわれている祭りの音が聞こえてくるけどそれも何処か他人事のように思えてしまう。
この村の守り神の婚儀。
屋台ややぐらまで組まれて村総出でのお祭り騒ぎだ。
それなのに私はポツンと独り。
ああ、そういえば祭りといえば焼きもろこしだ。
昔まだ両親が生きていたときに一緒に行ったお祭りで買ってもらった記憶がある。
そんな昔の思い出に馳せていればがらがらっと襖が開いた。
「……まだいたのか」
入ってきたのは紋付き羽織袴ではなく顔合わせの時に着ていたような着物を着た鬼神様だった。
「きじ……旦那様」
鬼神様と呼ぼうとして言い直す。
婚儀を上げた以上この方はもう私の旦那様なのだ。
というか神前式後に初めて顔を合わせた瞬間まだいたのかというのはあまりにも失礼なのではないだろうか。
「……外では祭りがおこなわれている」
「そのようですね、楽しそうな喧騒がここまで響いてきてますから」
祭り囃子や子供達の声も聞こえてきて、本当に楽しそうだ。
「行ってきたらどうだ?」
「え?」
「だから行ってきたらいい、私はこの後式の後始末があるから祭りを楽しんだらそのまま家に戻りなさい」
そう言って旦那様は懐から小袋を取り出してこちらへと差し出した。
「これは……?」
私はそれを受け取りながら聞く。
「少ないが銭が入っている、これで焼きもろこしでも買うといい、好きなのだろう」
「そんな……いいのですか……?」
「ああ、構わない」
「ありがとう、ございます……でも何故私が焼きもろこしを好きなのをお知りに?」
つい少し前には失礼だなんだと思っていたところだったため少し罪悪感を感じて御礼の言葉がつっかかる。
だがそれよりも気になることがあった。
私が焼きもろこしを好き。
なんで旦那様がそんなことを知っているのだろうか。
「いや、それは、……私は神だから守っている民のことぐらいわかるだけだ」
困った様子の旦那様はしどろもどろに答えながらふいっと視線を反らす。
「……左様ですか」
どうもこれも触れてほしくないことのようだ。
思ったよりも、分かりやすい神様なのかもしれない。
「行かないのか?」
「あ! それじゃあ行ってまいります」
「ああ」
私は立ち上がるとお辞儀をして旦那様の隣を抜ける。
「ありがとうございます!」
隣を通る瞬間わたしは旦那様のほうを見てもう一度御礼を述べた。
今度はつっかえながらではなくしっかりと。
「……気をつけて」
旦那様は一瞬ポカンとした後にそう言って見送ってくれた。
一瞬、ほんの一瞬だったが旦那様が少しだけ笑った気がしたのは、気のせいだったのだろうか。