10章 呪いの解き方
あれから祟り神くんはたまに家に顔を見せるようになった
最初のほうこそ仙くんと清くんは嫌がっていたが今では楽しそうに言い合いをしているからきっと何も心配することはない
「鎮雨様」
私は文机に向かう彼に声をかける
「どうかしたか?」
そうすればすぐにくるりとこちらを向いて聞き返してきた
「あの、今日は薊様とともちゃんが夜ごはん食べに来るので一緒に買い物に行ってくれませんか? 仙くんは忙しいみたいで」
最近何故か仙くんは買い物についてきてくれないことが多い
忙しいと言うわりには家のなかでよく見かけるし、清くんとも話している
まさか嫌われたということもないだろうと思いたいが
断られれば基本的に一人か、予定が合えば鎮雨様と買い物に行くこともあるが今日に関しては荷物がどうしても持てる気がしない
「……仙のやつ」
「鎮雨様?」
「いや、なんでもない、ちょうど仕事もきりがいいところだ、それでは一緒に行こうか」
何か不服そうに仙くんの名前を呼ぶものだから聞き返してみたがすぐにいつもの様子に戻って立ち上がる
「……」
そんな鎮雨様を見ていて、ふと、気になってしまった
「どうした?」
「いえ、ずっと気になっていたのはいたのですが……聞いていいことなのか分からず……」
私の視線に気付いた鎮雨様は不思議そうに聞いてくるが、果たしてこれは、聞いていいことなのだろうか
「何でも聞いたらいい、私は君に聞かれて嫌なことなどない」
そんな私の逡巡もものともせずに鎮雨様は笑う
「その、お面は外すことはしないのでしょうか?」
「……」
だから、思ったままのことを口にして見ればそっと自身のお面に鎮雨様が手を添える
「お酒を飲まれた次の日に起こしに行くと必ず着けていらっしゃいますし……あ、もしかしてそれも身体の一部だったり……」
お酒に弱い鎮雨様だが最近は基本的に薊様もいる関係でお酒を飲むことが多い
そんな次の日に起こしに行けば毎回必ず面を付けたまま眠っていらっしゃる
ということは、もしかしたらそういう、神様特有のパーツだったのかもしれないと思い至って口を噤む
「く、ははっ! 君は突飛なことを言うな! 大丈夫、これはくっついていないからちゃんと外すことが出来るよ」
だがそんな私を見て鎮雨様はこらえられないというように大きく吹き出して、それから面を少し動かしてみせる
「そう、なんですね」
「酒を飲んだ日は君が起こしに来てくれるから着けたまま寝ているだけだ」
「やっぱり、見せたくないんですね……」
外せるのはよかったがわざわざ私が起こしに来るからと着けているということはよほど見せたくない何かがあるということだろうか
「……まぁ、見て気分のいいものではないだろうから隠しているだけだから、君が見たいなら別に見ても構わない、嫌な気分になるかもしれないからそれだけは承知した上でな」
「いいんですかっ!」
鎮雨様の申し出てについ私は浮かれてしまう
ずっと見れなかった鎮雨様のお顔をしっかりと見れることに心踊らせた
「君もなかなか物好きだな、それじゃあ外そうか」
鎮雨様は言うが早いかすっと顔の上半分を隠していた面を剥ぎ取る
そこにあったのは
「……そ、れは」
顔を覆う沢山のミミズが這ったような歪な黒い刺青のようなものだった
私は、言葉を失う
何故ならその刺青は脈打つように少しずつ、蠢いていたから
「昔話で話したようにこれが私を蝕む呪いだ、ずっと私の肌に住んでいて、呪われているということを忘れるな、と言ってくる、僧が呪いの何割かを持っていってくれたおかげとこの土地に私の魂を縛り付けてくれているおかげでこれだけで済んでいる、だが……少しずつ広がってきているのもまた事実だ」
言いながら鎮雨様は面を被り直す
「そんな……」
少しずつ、広がってきている呪いの跡
じゃあ、もしそれが全身に回ったら、果たして彼はどうなってしまうのだ
「大丈夫、数十年単位の話だから君が生きてる間は大丈夫――」
「ダメです」
鎮雨様はそう言って心配ないと笑おうとするが気付いたら私がそう、断言していた
「っ……」
「探しましょう、一緒に呪いを解く方法を、必ず……見つけられるはずだから」
面食らった様子の鎮雨様の手を取って、しっかりと目を見てそう、私の気持ちを伝える
「そう、だな……君がそうしたいと、望むなら」
最初のほうこそ慌てた顔をしていた鎮雨様も、私が本気なのだと分かるとそう言って少し困ったように微笑んだ
「ほんっとうにあんたって神は! ふざけんな! とっとと山に帰れ!!」
ダンッと食卓を叩いて怒鳴るともちゃん
「心外だな、私はこれほどまでに君を思ってるのに……!」
そして珍しく声音を粗げる薊様
「それがダメだって言ってんの! 分からない!?」
「分かりたくもないね、私は神としての仕事より君といる時間を大切にしたい」
「仕事ほっぽっていいわけないでしょ!」
「そんなもの……少しばかりの問題だよ、私は元々人間に何か特別な思いはないからね」
「じゃあ私にも興味ないってことね」
「そうは言っていないだろうっ!」
ともちゃんの言葉に机に強く手をついて薊様が立ち上がった
「なんで、こんなことになったんでしょうね」
私はそんな二人のやり取りを見ながら漬け物に箸をつける
「さあ、だがあそこまで感情的になっている薊を私は初めて見たな、出会ってから、それほどまでにあの人の子が大切なのだろうが」
鎮雨様も珍しいものでも見るように二人のやり取りを眺めながら味噌汁を啜る
「なんと言おうと私は折れないから!」
ともちゃんも言いながら薊様に対抗するように立ち上がる
「ご勝手にしてくれ、私は私でやりたいようにするからね」
「村長の孫権限で家貸してあげないから大丈夫ですー」
うわ、ともちゃんがそういうこと言うの珍しい
「それこそ問題ないよ、それなら私はこの家に住む」
「いや、誰も許可していないが……」
流石に見物しているわけにも行かなくなったのか鎮雨様も苦言を呈する
そう、今揉めているのは薊様がこの村に住む、住むないという話だ
絶対に住むという薊様と絶対にダメだというともちゃん
どっちも引かないのでどんどんヒートアップした結果がこれである
ちなみに二人仲良く家に来たときにはすでに始まっていた
「そうしたら私は家から一歩も出ません」
「私が家まで会いに行くさ」
「会うわけないだろバカか?」
「私は神だから、それくらいどうにでもなるさ」
「だーかーらー、あんたが神だから不動山にいないといけないって言ってるんだけど」
「でも私は毎日でも君に会いたい」
「それで弱られるほうが私は困るの! この間なんてそれで寝込んだじゃないの!」
「あ、あれは……少し、ちょうど調子が悪いのが重なっただけで……」
「鎮雨様は土地の神様だから分かりますけど、薊様もやっぱり離れすぎているとどこかに支障をきたすんですか?」
最初のほうこそ止めようとした
清くん以外は
だがすぐに無駄だと判断して頬っておくことにすれば清くんはほらみたことかと呆れていた
私はふと、気になったことを聞く
確か薊様はともちゃんに告白した時山から離れてもそこまで問題ないと言っていた
それなのにこの間一度がっつり体調をくずして寝込んだのだ
そのときのともちゃんの焦りようは酷かった
「ああ、神というのは土地に依存するからな、渡り神なら問題ないが一応薊は不動山に連なる神だ、私よりはましと以前本神が言っていたようにそれは事実だ、だがさすがにそこにずっと帰らない、とか、月単位で帰らない、なんてことをすれば身体に不調は出てくるものだ」
「なるほど……」
私は鎮雨様の説明に頷く
どうも神様にも色々あるみたいだ
「だから、私はあんたが無理するぐらいなら別れるから」
ともちゃんは言いながらついに、出会った時に貰った簪を胸元から取り出して机の上に置いた
「……っ」
流石の薊さんも少し表情を曇らせる
「と、ともちゃん……」
私は名前を呼ぶくらいしか出来なくて
「自分のせいで大切な人が弱っていくところなんて……見てられないもん」
あのともちゃんが泣きそうになっている事実に、それ程までに真剣にこの先のことを考えているのだと実感する
「……それでも、私は……君をそれほどまでに愛しているんだ、結婚したいくらいに」
薊様は言いながらともちゃんのほうへ向かい赤い簪を拾い上げる
「……っ」
そして、ともちゃんの手を掴むと困ったように笑って続けた
「まさかここまで人間に肩入れするなんて、自分でも思っていなかったのに……君と過ごす毎日は、思っていたよりも楽しいものだった、一度知ってしまえば、そこの鬼神が言っていた言葉の理由がよくわかったよ、私はもう……独りは耐えられない」
「っ……」
そして簪を優しくともちゃんの髪の毛に刺す
「とも……?」
黙り込んでしまったともちゃんを心配そうに薊様は見やる
「でも、私は……村長の、孫だから!」
「ともちゃん」
そう言って薊様の手を振り払おうとしたともちゃんに待ったをかけたのは紛れもなく私だった
「……紬?」
「鬼神様の嫁である前に鬼守村の一人、ともちゃんが言ってくれたことだよ、それならともちゃんは……村長の孫である前に鬼守村のともという一人の人間だって……だったら、したいことしたっていいじゃない、もしおじさんやおばさんが……万が一にもともちゃんのしたいことをダメだって言うようなら今度は私がカチコミに言ってあげるから、自分のしたいようにしようよ、自分の気持ちに嘘はついたらダメだよ」
私は以前ともちゃんが言ってくれた二つの言葉を借りてそのままともちゃんに返す
「つ、むぎ…………わ、私はっ……薊が無理をするくらいなら、山に行ってもいいと、思ってる」
そうすれば流石のともちゃんでもぽつり、ぽつりと本音を溢し出す
「とも……」
ともちゃんは自分の感情を隠すのが存外うまいから、きっと音にならないように心の奥深くに隠していたのだろう
そんなともちゃんの本音を聞かされて薊様は少し面食らった様子で名前を呼ぶ
「私も、薊との生活は楽しいから、なんのしがらみもなければ、一緒に……いたい」
それに呼応するようにともちゃんはさらに本音を吐露する
「……そうか、わかった」
その一言で、薊様は何かを決心した様子で呟く
「薊……?」
「私は明日、君のご家族に挨拶に行こう、そこで正式にともを妻として娶りたいと申し出て、ちゃんと説得してみせる、そうしたら私と一緒に、来てくれるかい? 人間に頭を下げるなんて私らしくないだろうがね」
不思議そうに名前を呼ぶともちゃんに薊様はそう言ってのける
「あの薊が人間に頭さげるのか……」
虚をつかれたように呟く鎮雨様の言葉から薊様の神様としてのプライドの高さが見てとれる
でも、それだけともちゃんのことを真剣に想っているのだということがわかって私は少し嬉かった
「……本当に、神様ってのは……わかった、ちゃんと私を連れ出してみせてね、言っとくけどお祖父ちゃん私のこと溺愛してるから手強いよ」
ともちゃんは一度顔をしたに向けた後にいつもの強気な笑顔で顔をあげる
「大丈夫、私も君を溺愛してるから」
そしてそれを見て薊様もいつもの余裕綽々といった様子を取り戻す
「何を、見せられてるんでしょうね」
私はつい、鎮雨様に聞いてみる
なんか、私が入っていかなくてもこの二人なら二人でどうにか出来そうな気さえする
「さあ? まぁ、二人が幸せならいいんじゃないか?」
「ま、そうですね……」
既に達観している鎮雨様に私も同意して、食事を再開しようとする
だが今度は薊様が鎮雨様のほうを向いて口を開く
「君もしみじみしている場合か? 祟り神との因縁に決着がついたなら後はその呪いだろう、そろそろ向き合わないと……」
「ああ、その点も大丈夫だ、紬が……呪いを解く方法を一緒に探してくれると言ってくれたから」
薊様の叱咤に鎮雨様は少し、嬉しそうにそう返す
「そうか……」
そんな鎮雨様を見て満足した様子で薊様は自分の席に戻る
「あの、何を見せられてる云々って言葉、そのままお返しして差し上げましょうか?」
それを見届けてから黙々と食事していた仙くんが一言漏らす
「オレ達空気ー、ひでー」
それに続いて清くんもうげえと顔をしかめてみせる
「あ、ああ、すまない、つい」
「ご、ごめんねー……」
そんな二人に私たちは平謝りするしかなかった
「呪いの解き方、ねー」
遊びに来ていた祟り神くんは茶菓子をぱりぱりと食べながら興味なさげにぼやく
「ああ、祟り神である君なら何か分かるかと」
鎮雨様は少し聞きづらそうに、それでも何とか問いかける
「すごいねー、その呪いをかけた人達を守ってた元守り神にそんなこと聞くとか」
「そ、それは……」
祟り神くんの刺のある言葉に鎮雨様は少し言葉を濁らせる
「冗談、冗談、ごめんねー、ボク祟り神になってからちょっと意地悪になっちゃって、大丈夫だよ、ちゃんと考えてあげるから」
だが祟り神くんはすぐに笑いながら立ち上がって鎮雨様のほうへ向かう
「あ、ありがとう」
「ちょっと失礼」
慣れない様子でお礼を述べる鎮雨様に屈むよう指示を出して頭に祟り神くんが手を乗せて唸る
「うーん、これは、大分ぎちぎちに巻き付いてるね、呪いの根元は……強い恐怖と怒りの感情……あの僧侶がいなければ今頃地獄の底だねー」
そしてそれだけ言うと鎮雨様の頭から手を話して両手をぷらぷらと振ってみせる
「恐怖と怒り……」
「呪いの澱みを払った時の玉ちゃんと貯めてある?」
ぽつりと一人呟く鎮雨様にそれを気にする様子もなく祟り神くんは問いかける
玉、とは以前に清くんが呪いを払った時に出てきたあの黒い玉のことだろうか
「あ、ああ、捨てるわけにもいかないからな」
「それを全てここに持っておいで」
「え……」
祟り神くんの指示に鎮雨様は少し驚いた様子を見せる
「恐怖と怒りから来る呪いを払いたいならそれとは逆に存在する真実の愛をぶつければいい、それだけだよ、僧が呪いを分かち、君の魂をこの土地に縛り付け、大切な人が出来たからこそ出来る解呪の儀式をしてあげよう、呪いをも包み込むほどの大きな愛が必要だから勿論紬にも危険はあるけどね」
「っ……それならやらなくても……っ」
私にも危険がある、その一言に鎮雨様は儀式をやめる提案をしようとする
でも
「一緒に探そうって、言ったじゃないですか」
私はそう言って、鎮雨様の手を握った
私や他の誰かの名前が出ればやらないと言い出すだろう、なんてことも分かってしまうくらいには、鎮雨様のことがわかるようになってきたことがむしろ少し嬉かった
「……そうか」
鎮雨様も私の覚悟を理解したのか手を握り返してくる
「……大丈夫、言い付け通りにこの土地を守ってきて、しっかり徳を積んだ君ならきっと大丈夫さ、君は周りの人間や神、あやかしにちゃんと感謝しないといけないね」
そんな私達を見て、祟り神くんは励ますようにそう、言ってくれた
「さて、これで全てかな?」
祟り神くんは目の前に積まれた沢山の澱んだ黒い玉を眺める
「ああ、同じ場所に保管しているから間違いはない」
それは数個どころか数十でもなく、一つ一つは小さいそれも、数のせいで山のようになっていた
「思ってたよりも多いけど、まぁ、何とかなるかなー」
言いながら祟り神くんは玉を風呂敷に移す
どうやら儀式はここではしないようだ
「本当にどうにかなるんですか?」
「騙してたらあとで殺す」
儀式に懐疑的な二人は怪訝そうにそう問いかける
清くんに関してはなんか物騒なことを言っているが今までずっと敵対していたのだから仕方のないことだろう
「わざわざ騙したりなんてしないさ、それよりも、君たち二匹にも役割はあるんだからちゃんと頑張ってくれよ」
「……わかった」
だが祟り神くんからは邪のような気配は全然しなくて、ポンッと肩を叩かれた清くんは渋々頷く
「じゃあ説明を始めようか、まずはこの沢山に千切られた呪いを全て鎮雨の中に返す」
「やっぱお前、そんなことしたらどうなると思ってんだ!」
説明を始めた祟り神くんに早々に仙くんが食いつく
だが祟り神くんは怯むことなく続ける
「いいから最後まで聞いていてごらん、これだけ沢山の呪いを動かせば恐らくまだ形を保てずに空気中を漂っている呪いもこの場所を目指して流れてくる、それを君たち二匹は止めるんだ」
「呪いを一緒にするんじゃないのか?」
全ての呪いを一度鎮雨様の元へ戻す、そう言ったのにここを目指してくる呪いは止めろ、という矛盾を清くんが指摘する
「関係ない負の感情も紛れ込んでるからそれを選り分けるんだよ、今までこれだけ呪いを払ってきたなら違いも分かるでしょ、ちなみに別の負の感情とかが鎮雨に入ったら最後、呪いがない交ぜになってゲームオーバーだからちゃんとやるんだよ、そこは君たちにかかってる」
「思ってたより重ー、まぁやるからにはしっかりやるけど」
祟り神くんはゲームオーバーと称したがつまるところ失敗した先に残っているのは死、ということだろう
そんな重い責任を任されることになった仙くんは深く深呼吸して、清くんは嫌そうに言いながらも指をパキパキと鳴らした
「さて、二匹が戦っている間にも呪いは鎮雨に溜まっていく、そうしたらボクと君の番」
「私、ですか」
ついに、私の番が来た
私は姿勢を正して真剣に耳を傾ける
「そう、ボクの力で君の魂と鎮雨の魂の垣根を暴いてあげるから、呪いの澱みを潜り抜けて、鎮雨の魂を見つけてあげるんだ、見つけるのは難しいかもしれないけど、鎮雨が積んできた徳が助けてくれるかもしれない、見つけたら……あとは簡単、言葉でも何でもいいから自分の愛をぶつけろ」
「愛……」
愛をぶつけるという抽象的な表現に少し困惑する
私が鎮雨様を想っているということを、何かの形で伝えなければいけない、ということは分かってもその方法までは思い付かない
だが祟り神くんは気にせず話を続ける
「そう、ちなみにここでももし鎮雨を見つける前に紬が呪いに取り込まれる、またはもし見つけても愛が足りてなければ呪いに負けてゲームオーバーだから宜しく」
「……分かりました」
つまりはこの段階まで来てもまだ死ぬ可能性がある
そしてそれは、私にかかっている
人の命を背負うという重さに押し潰されそうになるがそれでも、私は鎮雨様の呪いをも解くと決めたのだ
私は重圧に負けないようにしっかり前を見据える
「そして、無事に愛が勝てば最後はボクだね、一緒くたになって残された呪いを癒して、浄化させる」
「そんなこと、可能なのか……?」
祟り神くんの言葉に鎮雨様が驚いたように声をあげる
そうすれば、祟り神くんは初めて見せる表情を浮かべる
それは、鎮雨様が村の人達を見るときと同じ表情
慈しむ、慈愛の表情だった
「出来るよ、だってボクはあの村の……守り神だったんだから、彼らの心にボクが残ってくれているのなら、だけど、だからそこもまたゲームオーバーの可能性ありってね」
だがすぐにいつもの調子に戻ってへらへらとおどけてみせる
「……」
「おい、今さらやめようって言っても、きっと誰も賛成しないから」
なにも言おうとしない鎮雨様にまずは清くんが声をかける
「ま、そうですね、呪いがなくなれば仕事も減りますし」
続いて声をあげたのは仙くん
「ボクは……まぁ、お茶ら気ないで言っちゃえば、そろそろ彼らのそういう負の部分も含めて眠らせてあげたいってところかな」
そして祟り神くん
「私は……鎮雨様も色んな景色を見たいから……!」
それに続いて、私も自分の意思を示す
「皆……ああ、言わないさ、止めようなんて」
私達の表情をぐるりと一週見やった鎮雨様は既に覚悟を決めていたようで、強い意思を持った瞳でそう、言った
場所を移動して神社の裏手にある広場に五人が揃い、真ん中には黒い玉が置かれていた
その横には鎮雨様がいる
「さて、始めるよ、準備はいいかな?」
「問題ない」
「私もです」
「わ、私も」
祟り神くんの言葉に全員が頷く
仙くんと清くんはすでに元の妖狐の姿に戻っている
「それじゃあ、始めようか!」
祟り神くんの合図を皮切りに沢山の丸へと切り分けられていた呪いが全て鎮雨様のなかに戻っていく
「っ……ぐ……」
「鎮雨様っ……」
苦しそうに呻く鎮雨様の名前を私は祈るように呼ぶ
「苦しいだろうが我慢して、ちゃんと全て取り込むんだ」
「……っ」
すべての玉が鎮雨様の中に戻ると、声も発っさずに鎮雨様は地面へと倒れこむ
「よし、心の中に堕ちたね」
それを確認した祟り神くんは鎮雨様を仰向けに転がす
そして
「そうしたら君の番だ、手を、鎮雨の上に」
私に次の段階へ進むように促す
「は、はい!」
言われた通りに鎮雨様の胸の上に手を置けば、いつだったかのように大きな光が目の前で弾けて、そのまま意識を飲み込まれた
「ここは……」
目を開いた先にあったのは光のない真っ暗な世界
昔祟り神くんから攻撃された時のようで、それとは比べ物にならないくらいに空気は重く、気持ちが悪い
「っ……」
それでも何とか踏み出した一歩がずぶずぶと闇のなかに沈んでいって、慌ててまた次の脚を前に出す
「嫌っ……!」
何とか歩く私の脚に今度は骨となった人間の手であったであろうものが掴みかかってくる
そして
地面から、天井から、壁から、沢山の声がする
『コワイオニノコハコロサナイト』
『ワタシノムスメモコロサレタ』
『ダレガユルシテオクベキカ』
『ツギニコロサレルノハワタシカモシレナイ』
これが、鎮雨様に向けられていた呪い達の正体
それは祟り神くんが言っていた通りだった
次は自分が殺されるのではないかという強い恐怖と、大切な人を殺められたことにたいする怒り
以前ともちゃんが言ったように、同じ境遇にいない私には百パーセントこの人達の感情を分かってあげることは出来ない
だけど、大切な人を失う痛みは知っている
だから、私は脚を止めることはしない
何も見えない闇のなかでも必ず彼を見つけ出して、この闇から引きずり出してみせるのだ
『あの子は、優しい縁に恵まれたんだね』
ふと、怒りや恐怖とは程遠い、慈愛に満ちた声がする
「あなたは……」
『昔は何者かであって、今は何者でもない、呪いを別つ時に残ったただの小さな意思だけど、あの子の元まで照らしてあげることぐらいは出来るよ、だから……頑張って』
その言葉と同時に点々と、行灯のような明かりが灯る
弱いその光でも、あるかないかの差は大きい
私はその光を辿って進んでいく
進むほどに、恨みの声は大きくなっていく
「鎮、雨様……」
そして、鎮雨様を見つけ頃にはどしゃ降りの雨のような大きな雑音に変わっていた
『カアサマハワルイコトヲシタノ?』
『ボクガイタカラカアサマハシイタゲラレ、ミンナシンデイッタノ?』
『チガウ、ボクガコロシタ、カノジョノカゾクモ、カンケイノナイヒトタチモ』
それはきっと呪いの声ではなくて
鎮雨様の、奥深くに渦巻いていた後悔の懺悔
行灯の光に照らされて踞る少年は
鬼なんかじゃなかった
ただの、弱々しい少年だった
「ねぇ、鎮雨様……沢山、沢山の、嫌なこともあったよね、生きづらかったよね、私にはそれがどれだけつらかったのか、分かってあげることは出来ない、でも寄り添うことは出来るよ……私は、あなたに会えて、よかったよ、あなたと夫婦になれて、幸せだよ」
私は言いながら小さな少年を抱き締めて、そっと髪の毛に口づけを落とした
これが、私の、愛の証明だ
今私にできる一番大きな証明
「紬っ……」
瞬間、鎮雨様が私の名前を呼ぶのと同時に暗かった世界に光が差し込む
それはまるで、永く続いた闇を照らす夜明けのようだった




