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9章 赦すというのはすごいことで

「鎮雨様、おかわりはいりますか?」

「ああ、頼む」

 私が聞けば鎮雨様は茶碗を私のほうへ差し出す

 私はそれを受けとると櫃にはいっているお米をよそって返す

「オレもおかわりー」

「すぐによそうからねー」

 そうすれば清くんも茶碗をつきだして、私はまたお米をよそう

 全てを思い出したあの日は結果朝方まで二人の酒盛りは続いていたようで、私とともちゃんは少し早めに就寝したがそれでも見事に皆寝坊して、ともちゃんは薊様を連れて慌てて帰っていった

 その日の朝食は仙くんが用意してくれており私はお酒を飲むと寝起きの悪くなる旦那様を起こすことに専念出来た

 ちなみに清くんは何もせず居間でご飯を待っていたわけだが

 それからまた少し時は経ったけど、仙くんと清くんと仲良くなって四人で宅を囲む用になった時にも思った普通の幸せが、その一件から本当の意味での普通の幸せになったことを実感するには充分すぎた

「紡、頬に米がついているぞ」

「え、やだ、どこですかっ?」

 ふと、こちらを見た鎮雨様がそう指摘するから慌てて取ろうとすればそっと鎮雨様の手が私のほうに伸びてくる

 そして

「動かないで、よし、取れた」

「あ、ありがとうございます……」

 鎮雨様は私の頬から米粒を取るとひょいっとそれを自身の口に放り込みまた食事を再開する

 私は私でどうしようもなく恥ずかしくて顔に熱が溜まるのが分かる

「顔、真っ赤ですよ、そろそろ慣れたらどうですか?」

 仙くんは冷ややかに言いながら焼き鮭から丁寧に骨を取って口に含む

「わ、分かってます……」

 私は指摘されたことでより恥ずかしくなって下を向く

 そう、あの日以来鎮雨様は愛情表現、というのかは分からないがそういうものを隠すことを一切しなくなった

 頭は撫でるし、買い物に行く時に時間が空いているとついてきてくれるし、手は繋ぐし、荷物は持ってくれるし

 そして、よく笑うようになった

 面ですべての表情が見えるわけではないがそれでも分かる

 そしてそんな鎮雨様をどうしようもなく愛しいと思う自分がいることにも私は既に気付いている

 人身御供みたいなものだと思っていたものが本当は恋愛婚で、こうして不器用にも愛情表現してくれて、仙くんも清くんもいて、最近はともちゃんや薊様も遊びによく来てくれる

 もう、幼い頃から夢見た私の夢は叶ったと言っていいだろう

 これ以上を望むのはあまりにも強欲だと思う

 でもそれでも、祟り神の件と呪いの件は解決していないということをたまに思い出させられる

 祟り神本神にはあの一件以来出会っていないがたまの嫌がらせは続いているようだし山や村近辺に現れる呪いの残滓も未だ続いていてその度に仙くんや清くん、鎮雨様の誰かが対応している

 その二つも解決すればそれこそ、本当にもう言うことはない

「ねぇ、随分と楽しそうだよね君たち最近さ」

「仙! 紡を連れて下がれ!」

 いつか聞いたあの声に鎮雨様が言うよりも先に仙くんは動いていた

 部屋の後ろまで引っ張られた私の前に仙くんが立ちふさがり

 鎮雨様と清くんはそのさらに前に立つ

「一体何しに来たんだよ、普段だったら鬼神がいるところにわざわざ赴いたりしないだろ、しかもオレも仙もいる」

 あからさまに不機嫌に清くんが詰める

「何しに来たって、嫌がらせ以外に理由なんて必要? ねぇ、独りだけ幸せになってる気でいる糞餓鬼が」

「っ……」

 祟り神は清くんを適当にあしらうと鎮雨様に冷たい声色で叩きつける

「お前はさ、ボクから全てを奪ったのに……なんで笑ってられるんだ? ボクにも分かるように教えてくれよ!!」

 粗げた語尾とは裏腹に、祟り神はゆっくりと一歩前進する

「このっ――」

「いい清、清も仙と一緒に下がっていてくれ、これは……私の問題だ」

 それにたいして臨戦態勢を取ろうとした清くんを止めたのは鎮雨様だった

「鎮雨……」

 清くんは鎮雨様の名前をぽつりと呼んだ後にそのまま後ろに下がる

「考えてはいたんだ、自分のしたことに向き合わないといけないとは」

 それから鎮雨様はそう言いながら臨戦態勢を解いて普通に立った

 あんなに気を抜いていれば祟り神に殺されてしまうのではないか、なんていう心配が頭のなかを巡るけど、何か鎮雨様にも考えがあることぐらい分かる

 だから私は、何も言わなかった

「何カッコつけてるのか知らないけどさぁ、楽しかったか? 沢山の屍の上で仮初めの幸せを手に入れて笑って胡座をかくのは、お前はボクを独りにして、こんな姿に、したくせに、ボクの村の人間を……皆殺しにしたくせに……!」

 また、一歩鎮雨様に近づいた祟り神の身体からドロリと黒いなにか……以前に見た呪いに近いものが滴る

「っ……それって……」

 だがそれよりも私の心に引っ掛かったのはボクの村の人間、という部分だった

「そう、あいつは……鬼神が人間だった頃に皆殺しにしてしまった村の元守り神だ、村人が一人もいなくなり、独りになったあいつは、鬼神への憎しみから祟り神に……堕ちた」

「そんな……」

 私はあまりのことに言葉を失う

 自分の問題だと言った鎮雨様

 泣きそうになりながら憤る祟り神

 そんな二神の因縁は、私が思っていたよりもとても重く、深い部分で繋がっていたのだ

「それなのにっ……何で自分だけ幸せになろうとしてんだよ!」

 言いながら、また一歩祟り神が前に出る

「祟り神」

 目と鼻の先にまで祟り神が近づいても、鎮雨様はそれでも一向に何かする様子はなく、ただ名前を呼ぶだけだった

「何? やっと自分の愚かさに気づいたわけ?」

「ああ」

 バカにするように鼻で笑った祟り神にただ一言、鎮雨様は肯定した

「っ……は?」

 祟り神自身そんな返答をすると思っていなかったのか少し顔を歪めて唸った

「私は、ずっとああなったことに罪悪感がなかった訳じゃない、それでも心のどこかで……ずっと、全てが自分だけのせいだったわけではないと思っていた、あいつらにも殺されるだけの理由があったのだと」

「……」

 鎮雨様が淡々と語る様子を祟り神はただ、黙って見ている

「でも、それは違った、母がしたこと、私がしたこと、全てがあの状況を作ったんだ、罪のない幼子まで殺した私が、悪かったんだ、でも……それを認めるのが怖かった、どうしようもなく」

「……だから、それを言ってどうしたいわけ? 泣き落としでもしたいなら無駄なことだけど」

 鎮雨様の懺悔のようなそんな語らいに祟り神は感情の読めない声でそう詰める

「それは、そうだろう、きっともし、私が守るこの村が……大切な人たちが、無惨にも殺されたならその時私は本当に鬼となるだろう、君と同じようにそいつに復讐したくなるだろう……いや、する、神となった今だから、大人になった今だから分かることだ、私は、それだけのことを君にした」

 そして鎮雨様はそこまで言うと地面に両膝をついて

「申し訳なかった」

 深々と頭を下げて、謝った

「許して欲しいとは言わない、思わない、ただ、これからは私だけを狙って欲しい、君からの罰ならあまんじて受け入れよう、仙も清も、紬も……何も君にしていない、君にしたこと、起きたことは全て私の業で――」

「ねぇ、君はさ……本当の強さってのは何だと思う?

 鎮雨様の懺悔に割ってはいったのは祟り神本神だった

 その声からはさっきまでの敵意とか、悪意とかは全く感じなくて

「……え」

 鎮雨様も驚いたように顔をあげた

「ボクは、強いというのは自身の非を認めて、誠心誠意謝れる心だと思ってる、そしてそれを受け入れられる心を持つこともまた強いものにしか出来ないことだ……それから本当の死者への弔いってのは何だと思う? 復讐すること? 違うな、これもボクの持論なんだけどさ、殺された人達に出来る最高の弔いは、ちゃんと手を合わせて祈ること、次はそんなことになりませんようにって、腐っても神様なんだから」

 祟り神は言いながらそっと自身の両手を合わせて続ける

「まぁ、とどのつまりは……その言葉を待っていたっていうことだよ」

「……ということは」

「ああ、ボクは君を赦そう、決して君がしたことは失くならないし、消えるわけではないけれど、ボクは君を赦す」

 それからフッと優しく笑って頭を垂れていた鎮雨様に祟り神がそっと手を差し出した

「そう、か……ありがとう」

 鎮雨様は一瞬考えたのちにその手を取って立ち上がる

「いやー、それにしても永かったなぁ君との因縁も、とっとと謝ればいいものを、なかなか君も拗れてたから、まぁボクも祟り神になるくらい拗れていたんだけど、あ、それから君」

「わ、私ですか?」

 鎮雨様を立ち上がらせた祟り神は急にこちらへと話を振ってくる

「そう、君、ごめんね」

 それから、少し申し訳なさそうにそう、謝った

「な、何がですか? あ、あのときの……」

 この神に謝られることといえばひとつしか思い当たらない

「いや、その一件じゃない、そもそもあれは狐ちゃん用に強めに力を込めてたのに勝手に飛び出した君が悪い、だからそれじゃないよ、ご両親のことさ」

「……え」

 だが祟り神はそれを否定してそう、言った

「あの時吹いた突風を起こしたのはボクだ、ちょっとした悪戯だったんだけど、それが原因でこいつは君の名前を呼んだ、結果縁が結ばれた、それについては悪いとは思ってるんだ」

 ああ、そうか

 だから初対面だと思ったあの時、まるで知り合いのように、殺し殺されてなんて言ってきたのか

 でも私は

「……いえ、それはきっかけにすぎません、きっとあれが無くてもいずれ私達の間には縁が結ばれていましたから」

 祟り神を責めることはしない

 きっとそんなきっかけがなくてもあれは起きていた

 私も鎮雨様も、あの時から想い合っていたのだから

「ほら、彼女を見てごらんよ、よく分かるだろ」

「ああ、彼女は……だから強いのか」

 二神は何か納得した様子で頷いてから

「さてと、ボクは帰ろうかな」

 祟り神は縁側から外へと飛び出す

「どこへ……」

「ボクの住んでいるところは今も変わらずあの村の跡地だよ、確かに彼らは恐怖のあまり暴走してしまった……そしてそれをボクは止める立場なのにボクでは止められなかったけど、ボクにとっての大切な人達は彼らで、大切な場所は今も変わらずあそこなんだ、だからボクは今もあの土地に残っているんだ、そろそろボクも一緒に眠ってもいい頃合いかもしれないね」

 ひゅっと息を飲む

 一緒に眠る

 さっきまでは敵だと思っていた彼なのに、その言葉があまりにも寂しそうで、いや、寂しいことで、他に何か、どうにか出来ないのかと、思ってしまう

 相手の事情を知ったとたんにころっと考えが変わってしまうんだから人間なんてどうしようもない

「っ……おい!」

 だが私が何か言う前に鎮雨様が彼を呼び止める

「何?」

 呼ばれた彼は振り返る

「紬の作る料理は旨い」

「……だから?」

「今度食べに来るといい、そのときは……また、同じ神として話をしよう、君がいなくなったら誰が彼らを想い手を合わせるんだ」

「っ……」

 鎮雨様の言葉に、祟り神が少したじろぐ

 やっぱり、鎮雨様だって祟り神にいなくなって欲しいとは思わなかったのだろう

 どれだけ深い因縁があろうと、鎮雨様のように優しい彼に

「それから……嫌じゃなければ私にも……手を合わせに行かせて欲しい」

 鎮雨様はそれからそう、弱々しい声で付け足す 

「……はぁ、嫌だ、なんて言うわけないだろう、是非おいで、大分廃れてしまったが、まだあの頃と同じ、花千振の花は沢山咲き誇っているからね」

 そう言って笑う祟り神を見て、厄神様も、鎮雨様も、神様というのは、皆、どんな形だろうと優しい存在なのだということを、知った

 それがどうしようもなく、嬉しかった

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