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7章 大切な友達

 あの一件以来私と旦那様の間には何か距離が出来てしまい、ぎくしゃくしている

 そんな中でも私は家事をして、掃除をして、いつも通りに過ごしていた

 それなのに、何故か四人で囲む食卓を前ほど楽しいと思えなくて

 自然と食卓からは会話が減った

「それでは買い物に行ってきます」

 私はいつものように家を出る前に声をかける

「……ああ、今日は客が来るから酒を――」

「買ってきますね、それでは」

「…………ああ」

 旦那様の言葉を遮って答えると私はそのまま扉を閉めた

 旦那様は旦那様で特に追求することもなく、閉めかけの襖の間からすぐに文机に向かう姿が見て取れた


「どうしたら、いいのかな……」

 私は一人呟きながら山道を降りる

 今日は仙くんの予定が合わなかったので一人で買い物に出た

「っ……」

 考えながら歩いていたせいか道端の小石につまづいて転けそうになる

「おっと、危ない、大丈夫かい? お嬢さん」

「あなたは……」

 だがそんな私を支えてくれたのは厄神様だった

「いやぁ前にもこんなことがあったな、足元には気を付けないといけないよ、それよりも、そんな暗い顔してどうしたんだい?」

 厄神様は笑いながら私がしっかりと立つのを確認してから手を放す

「そ、れは……」

「……ああ、成る程、さてと……私も買い物についていくことにしようかな、荷物持ちにもちょうどいいし、上手くいけばともちゃんにも会えるかもしれないしね」

 私が言葉に詰まって何かを言うよりも前に厄神様は一人で合点がいったという様子でそれだけ言うとくるりと進行方向を変える

 厄神様は耳が良い

 それほどまでに私の心の声は大きかったのだろうか

「あ、あの……」

 私は確認しようと口を開いて、それから、止めて口を閉ざす

「……大丈夫だよ、君たちなら乗り越えられるから」

 そんな私を見ても厄神様はそう言って、笑うだけだった


「いやぁ、なかなかいい酒を買ってもらって悪いね」

 厄神様は今さっき買ったばかりの酒瓶を嬉しそうに太陽に翳す

「以前旦那様から厄が……かんさんの好きなお酒の銘柄を聞きましたので」

 確かこの神様は村の人前で、というよりはともちゃんの前では神であるということを内緒にして欲しがっていたはず

 だから私は以前彼が使っていた偽名を使った

「成る程成る程」

 上機嫌な厄神様は酒以外にも他に買った食材なんかも全てまとめて軽々と持ってくださっている

 女性のような細腕だがやはりそういうところは神様なんだなぁと思うと同時にもし今隣を歩いているのが旦那様だったら同じように荷物を持ってくれているのだろうな、なんて考えて少しだけ口角が上がるが最近のことを思い出せばすぐに口角も下がってしまう

「……ねぇ――」 

「あれ? 紬じゃん! ちょっと久しぶ、り……ごめん用事思い出した!」

 何か言おうとした厄神様の声をいつも通りの元気な声でかき消しながらともちゃんが現れたかと思うと私の横に立っている人物を見てくるりと方向転換しようとする

「おいおい、ちょっと待ってくれよともちゃん」

「……あんたにちゃん呼ばわりされるいわれはないんだけど……」

 特に慌てた様子も見せずにともちゃんを呼び止める厄神様と呆れた顔をしながらも帰るのを止めるともちゃん

 最近は厄神様が旦那様に用事がなくてもよくこの辺りをうろうろしているのは知っていたがいつの間にこんなに仲がよくなったのだろうか

「相変わらず手厳しいね、別に私は君に何もしてないと思うんだけど」

「……どこの誰かも分からない相手と何で親しくしないといけないのか分からないんだけど……って紬、どうかしたの?」

 早々に夫婦漫才でも始めようかという勢いだったがちらりとこちらを見たともちゃんはすぐに会話を終わらせて私に心配そうに声をかけてくる

「え、何が?」

「誤魔化してもダメ、さすがに分かるよ、あきらか調子悪そうじゃん、話せないこと?」

 咄嗟に誤魔化してはみたもののそんな短い付き合いでもないともちゃんにはお見通しだったようで

「……いや、そういうことじゃないんだけど、まぁ、ちょっと色々あって」

「よし、そこの団子屋行こ、そこで聞かせて」

 だからと言って誰かに聞かれるのも憚られる話だ

 私が困って頬を掻いているとともちゃんはよし、と一度頷いて通りにあった団子屋を指差してそう言った


「みたらし団子二本と……あっちの席の人にはお茶でも……まぁ一緒に三色団子でも付けてあげて」

 お店に入った私達がそれぞれ席につくとともちゃんがパッと注文を済ませる

 そして何故か可愛そうなことに厄神様はともちゃんの指定で少し離れた別の席へと案内されていったが本神は特段気にした様子もなく届けられたお茶と団子に舌鼓をうっているようだった

「さて、聞かせてもらおうかな、何があったの? 鬼神様関係?」

「なんで、分かるの?」

 ともちゃんは話し始めの一言でいきなり確信をついてくる

「だって最近ずっと楽しそうで、話をすれば三人のことばかりだったのに少し久しぶりに顔を合わせれば暗い顔してたらそれ以外なくない? 村で何かあったなら私が知らないわけないし、あ、それかあの男に何かされたとか……!」

「あ、それは、ないから安心して……」

 ひどいとばっちりを受けそうになった厄神様にはなんとか助け船を出しておく

「じゃあ、話せることだけでいいから、もし話せることがあるなら話してみなよ、楽になるかもしれないからさ」

 ともちゃんはそれだけ言うとみたらし団子に手をつけて一口お茶を啜る

 あくまで主導権は私であり無理やり何かを聞き出そうとはしない

 ともちゃんはいつだって相手のことを一番に考えてくれる子だ

 だからこそ、私も話をしようと思える

「……あのね、最近……ちょっと色々あって、私の両親が……死んだのが、私のせいだったかもしれないってことを知って、それから……きっと旦那様もそれを知ってた、それが、その……私を娶る理由の一因になってたかもしれなくて……どうしたらいいのか、分からないの」

 勿論全てを話すわけにもいかないから所々ぼかしながら、点々と話していく

「そっか……」

「うん……」

 私の話を聞いたともちゃんはそれだけ言うと少し考えるように腕を組む

 そしておそらく十数秒、経った頃にまた口を開いた

「私にはさ、両親はいないけどお祖父ちゃんとお祖母ちゃんがいたからきっと紬の気持ちを全て理解してあげることなんて出来ない」

「うん……」

 ともちゃんの両親はともちゃんが幼い頃に流行り病で亡くなったと聞いている

 だから私もともちゃんも物心つく頃から両親がいないという境遇は一緒だ

 だからこそ分かり合える部分も多いのだろう

 だが本人が言うようにともちゃんには祖父母がいた

 二人は居候の私にもともちゃんに接するのと同じように優しく接してくれたがそれでも血が繋がっているかいないか、というのは大きな違いだと思う

「だけど紬は今、一体どっちが心に引っ掛かってるの?」

「えっ……」

 ふと、思ってもいない質問につい間の抜けた声を漏らす

 どっちとは、何と何のことを言っているのだろうか

「両親が亡くなったのが自分のせいかもしれないのが悲しいのか、鬼神様が器量良しどころか何か裏があって紬を娶って、その理由を教えてくれないことが悲しいのか……どっちもなのか、まずはそれを自分で理解しないといけないよ」

「そ、れは……」

 言われて、やっと私は気づいた

 今まで心につっかえていたそれは両親のことだけじゃなかったことに

 あの時、旦那様が私には話せないと、言ったことと、私を妻として娶ったことに別の心意があったことが、どうしようもなく嫌だったのだ

「ゆっくり、考えて、ちゃんと自分のなかで答えを出して……しっかり話し合わないとね、鬼神様は神様である前にあなたの旦那様なんだから! 少しぐらい小言を言っても文句言われる筋合いないって、むしろそれで怒るようなら帰ってきな、わからず屋の旦那がーって泣きながら、そうしたら私がカチコミに行ってやる」

 ともちゃんは言いながら握りこぶしを作って笑う

「うん……ありがとう、ともちゃん」

 ともちゃんだったら本当に、相手が神様とか、村の守り神とか、そんなこと関係なく実行に移しそうな所がまた、嬉しかった

「あははっ! 本当にすごいなお嬢さんは」

 少し離れた席にいた厄神様は腹を抱えて笑いながらこちらへと向かってくる

「勝手に話聞いてるの止めてもらっていい?」

 そして、ともちゃんはいつもの塩対応

「そりゃこの距離なら聞こえるさ、それで話は変わるんだけど」

「何?」

 厄神様は纏っていた雰囲気をすっと真剣なものに変えるとともちゃんの座る席の前に片ひざをつく

「私の元に嫁に来る気はないかい?」

 そして怪訝そうなともちゃんの手を取るとなんの迷いもなくそう、言い放った

「……は?」

 勿論ともちゃんの反応は正気を疑うような反応で

 いや、私だってさすがにびっくりした

「いや、何、友神である鬼神が結婚して楽しそうに過ごしているのを見て羨ましくなった……なんてことは全然ないのだけれど、きっと君との生活だったら悪くないと思ったんだ、一緒にならなくても今までみたいにちょくちょく様子を伺いに来てもいいのだが……人間の一生というのは思っているよりも短い、だからこそ側に置いておきたい、死ぬまでの間」

 厄神様は言葉をあえてなのか選ぶことなくつらつらと思ったのであろうことを述べていく

 悪くない、とか、側に置いておきたいとか、決して外面の良くないそんな言葉達

「……あんたやっぱり何者なの? 鬼神様の友人だって言ったりどこに住んでいるのかも分からないのに気付くといるし、人間云々言ってるし、あんた人間じゃないってこと?」

 だがともちゃんが気にしたのはそこではなかった

「あ、あのね! ともちゃん……」

 慌てて厄神様の正体を隠そうとする私を厄神様が手で制する

「大丈夫、もう隠す必要もないからね、私はここから少し離れたところにある不動山に住む厄神、私は耳が良くてね、その者が強く心の中で考えたことがたまに聞こえてくるんだよ、黙っていて悪かったね、だからこそ神である私と神と明かしていない私への君の反応が確かめたかったんだ」

 厄神様は全てを説明して微笑む

「成る程、あんた神様だったんだ、まぁ神様でも人でもどっちでも構わないけど……」

 そしてともちゃんの反応もまた淡白なもの

 まぁ、元々種族とかそういうものを気にするような質ではないことは知っていたし差ほど驚きはしないが 

「……やっぱり面白いな、君の心は私が神だと名乗っても疑いもしないし感情が正にも負にも傾かない、何も変わらないなんて」

 そんなともちゃんの深いところにある深層心理さえ見えてしまう厄神様は感嘆したようにそう溢す

「だって神様だろうと人間だろうとあんたはあんたでしょ、何故か私なんかに付きまとってる物好きないけすかないイケメン」

 ともちゃんは言いながら厄神様のおでこをつつく

 今しがた神であると知った相手に悪いが私だったらそうは出来ない

 だからこそ、厄神様はそんなともちゃんに惹かれたのかもしれないが

「成る程、で、私の元へ来てくれる気は――」

「申し訳ないけどそれは出来ないわ」

 だがともちゃんの告白に対する返事はノーだった

「……理由を聞いても?」

 一瞬、いつも飄々としている厄神様の瞳が揺らいだ気がする

「……色々とこっちにも理由があるの、いきなり顔見知り程度の相手に求婚されてもはいついていきますなんて、言えないわよ」

「そうか、まぁ、そうだろうね」

 ともちゃんの言葉に頷きながら厄神様はついていた膝をあげて立ち上がるとついた埃をぱっぱと払う

「厄神様……」

「ああ、そんなに気にしないで、私は大丈夫だよ、私なんかよりまずは君たちが仲直りすることが先決だろう」

 目の前で失恋した人になんて声をかければいいのか、申し訳ないが私には分からなかった

 きっとこれが立場が逆で、ともちゃんだったら何か良い言葉を思い付いたのだろうけど

 だがそんな私にいつもの笑顔を向けると話を元に戻す

「……あの、これ持って最初に家に帰っていてくれますか? 私は少しともちゃんと話をしてから行きます、相談したいこともありますし」

 私は思うところがあって先ほど買った荷物を全て厄神様に押し付ける

「ああ、分かった、その間に私もあの馬鹿と話でもしておこうかな、それじゃあまたね、ともちゃん」

 厄神様は嫌な顔一つせずにその荷物を受けとるといつものようにともちゃんにひらひらと手を振ると団子屋を出ていった

「行った?」

「うん、もうそこの角曲がってったよ」

 少ししてからともちゃんが疑心的に聞いてくる

 私が厄神様が角を曲がってもう見えないことを伝えればともちゃんは大きくため息を吐いた

「はぁー、何? 強く思った気持ちが聞こえるって、最後の方必死で抑えてたけどあの感じだと聞こえなかったみたいでよかった……」

 やっぱり、私が思っていた通りともちゃんは最後のほう出来る限り何も考えないようにしていたようだった

「本当はちょっと良いと思ってたんじゃないの? 厄神様のこと」

 私は一口お茶を飲んでから聞き返す

 今度は立場が逆転して、私がともちゃんの話を聞く番だ

「そんなわけ……なんて、言ったところで紬に通じるわけないかぁ」

 そして先ほどの私がそうだったようにともちゃんも私には嘘をついても意味がないと早々に察して諦める

「ともちゃん昔から面食いだもんね」

 恐らくだが初めて会ったあの時にいけすかないイケメン、と言った辺りから印象は悪くなかったのだろう

 そもそもともちゃんは本当に嫌ならその人と会話したりもしないし毒も吐かない

「まぁ、それもあるけど……なんか、あの人……神様か、あの神様さ、最近かなりの頻度で私に会いに来るんだけど……どこか寂しそうなんだもん、あんな顔されたら……私でどうにかしてあげられるならどうにかしてあげたいって思っちゃうでしょ」

 ともちゃんは言いながら頭を抱える

 寂しそうにしている端麗な顔つきの青年

 昔からお節介で面食いな彼女が食いつかないわけがない案件だ

「じゃあ、なんで断ったの? ともちゃん結婚願望強かったよね、かっこよくて、頼りになって優しい、断る理由なかったんじゃない? 顔見知り程度ってとこが気になるならそれこそ恋人から始めるとか」

「……随分突っ込んでくるじゃん」

 私が思ったことをそのまま伝えればともちゃんは珍しく苦笑いを浮かべる

「厄神様には助けてもらった恩があるから……それにともちゃんにはしあわせになってほしいし」

 そう、厄神様には簪の恩がある

 だからこそともちゃんへの気持ちが本当のものなのであれば、ともちゃん自身が嫌がっているわけではないのなら、うまくいってほしいし手伝いが出来たらとさえ思う

 だがそれ以上にともちゃんには自分の心に正直にしあわせになってほしいというのが本音

「……そっか、ねぇ、少し昔に言ったよね、あんたは鬼神様の嫁である前にこの村の一人だって」

「それは……」

 忘れるわけもない

 私が旦那様と婚姻を結んだあの日の祭りの日にともちゃんが言ってくれた言葉だ

 そのおかげで私はいまだにこうして村の友達と仲良く出来ているのだから

「そう、そして私は、この村の一人の人間、である前に村長の孫娘って立場なの、いずれは普通に、お見合いとかで結婚して、子供産んで、その子が今度は村を守っていく、そう、決まってる、そういう人生がひかれてる」

「っ……」

 ともちゃんが口にしたのは思っていたよりも現実的な話だった

 ともちゃんらしくないじゃん、なんて茶化すことすら出来ないほどに

「確かにお祖父ちゃんとお祖母ちゃんは私がどこかに嫁ぐってなっても文句言わないと思うよ、それでも……お父さんもお母さんもいないのに……私が二人を捨てるような真似は絶対に出来ない」

「ともちゃん……」

 ともちゃんは言いきると団子の最後の一粒を口に含んで飲み込む

 そして

「ま、そういうことだから、あ、大丈夫大丈夫、もっといい人見つけて、その人としあわせになるから――」

「ともちゃん今日家でご飯食べてって」

 そんなことを言うものだから私は食いぎみにそう、言いはなっていた

「……え」

「おじさん! お勘定お願いします! さ、早く行こ!」

 驚くともちゃんを半ば無視して団子を口のなかに押し込みお金を机に置いてともちゃんの手をひく

「ちょっと、待ってって紬! あー、もう! たまに暴走するんだから……!」

 こうなった私が止まらないことをともちゃんはよく理解している

 最初のほうこそ嫌がっていたがすぐに諦めて私にひかれるまま歩きだした


「で、君はいつになったら彼女に真実を話すんだ? 大分精神にきているようだったが」

 紬達よりも一足先に家にたどり着いていた厄神は苛立たしげにそう詰め寄る

「それは……お前には関係のないことだ」

 だが鬼神は文机から目をあげることすらせずに淡白に言い放つ

「関係ない、ねぇ……呪いや祟りっていうのは弱った心に簡単に入り込む、簪にだって限界がある、呪いに対する対抗は一番は強い心を持つことだ、彼女は今それが出来ていない、このままでは君が望んだ未来は来ない、なぜなら君の手でその種を摘んでいるからだ――」

「じゃあどうしろと言うんだ!! 私があの子にしてあげられることは、贖罪は……これしかないのに」

 ダンッ!! と強く机を叩いた鬼神は立ち上がると厄神の着物の襟首を乱暴に掴む

「……本当にそうだろうか」

「え……」

 だが厄神の言葉に鬼神の手の力が緩まる

「真実を謀り、隠して、一方的に守ることが愛と言えるだろうか、君は贖罪だと言うが彼女のことを大切にしていることはよく分かる、だからこそ今こんな状態になっているのだろうということも、でもそれは酷く独りよがりだ、それはあの事件の話も自分のことも相手に一から全て話すとなればそれ相応の覚悟がいる、元々、人間だった君なら尚更だ、でもそれは君の心を守ってくれるが彼女の心は守ってくれるか? それを聞いて絶望して全てを捨ててしまうような矮小な人の子か? 私はそうは思わない」

 厄神は言いながら鬼神の手を襟首から引き剥がす

 鬼神が娶った後の紬しか厄神は知らないが彼女の強い心を知るにはそれで充分だったのだろう

 何故なら彼は、誰よりも耳が良い

「……そ、れは」

 困ったように視線を泳がせる鬼神に厄神は今度は優しく笑いかける

「実は私も先ほど自分が神であると明かした上で見事に結婚の申し出を断られたところでね、こう見えて結構傷付いていたりするんだ、思ったよりと辛いものだったよ……人を好きになるということはね、君も頑張ってみたらどうだろうか、その人の子の言葉を借りるようになるが、もしそれで喧嘩にでもなれば胸ぐらいは貸してやれる」

「……」

 厄神の言葉に鬼神は考えるように黙り込む

「ほら、言ってる間にも帰ってきたようだよ、出迎えに行こう」

 ガララっと引戸のひかれる音がする

 厄神は鬼神の肩をポンッと叩いて促す 

「……ああ」

 鬼神は晴れない表情のまま紬達を迎えに玄関に向かった


「仙、醤油とってー」

「ほら」

 清太郎は一人何にも気にすることなく仙太郎に声をかける

「あんがと」

 受け取った醤油さしを使って醤油をかけてから仙太郎にそれを返す

「……」

「……」

 他の四人

 正確に言えば紬と鬼神、ともと厄神は誰一人口を開かずに黙々と食事を進めている

「で、どうしてこんな面子になってんの?」

 そんな重々しい雰囲気すら気にすることなく清太郎はご飯を口に含みながら問いかける

「清!」

 仙太郎は慌てて清太郎の名前を呼ぶが清太郎が止まることはない

「いや、気になるだろ、厄神が来ることは知ってたけどなんで村長んとこの孫まで……いや、来たのが悪いって言ってる訳じゃねぇけど……最近紬と鬼はずっとぎくしゃくしてるから良いとして、なんで厄神ととも、だったか……まで黙りこんでんだよ、お通夜かよ」

 清太郎は相変わらずというように鋭い質問を投げ掛ける

「色々と、あるんだよ、私たちにも」

「ま、そ、そうだね……」

 ともも厄神もそれだけ言ってから笑いする

「……ともちゃん、ちゃんと言わなきゃ分からないよ」

「それはあんたもでしょ、分かってるって……あの、厄神さん?」

 紬にせっつかれてともは急にかしこまって厄神を呼ぶ

「な、なにかな……?」

 厄神は厄神で箸を持つ手が微かに震えている

「私は、別にあんたのことが嫌いなわけではないってことは……その耳のせいで分かってると思うんだけど……」

「そ、うだね、本気でウザイと思われてたわけではない、ということは知ってるけど」

 たまにウザイと思われたり言われることがあってもそれが本心ではないことは耳の良い厄神はよく理解している

「で、実際に言ってしまえば、あんたと結婚すること事態が嫌なわけではない……もちろん色々すっ飛ばしてるなぁとは思うけど、紬の時もそうだったし神様ってそんなもんなのかなくらいしか思わない」

「そ、そうか……」

 ともがスパッと言いきればその潔さに厄神が少したじろぐ

「でも、私は村長の孫だから……不動山に嫁いであげることが出来ない、それが一番の……一つだけの理由」

 それから、少しだけ恥じらいながら視線を手元に落としてともはそう言った

 その一挙手一投足が、最終的に厄神の心を押したことは本神しか知らないことだろう

「……っ、それなら! 私が会いに来る」

 厄神は机に手をついて身を乗り出してそう宣言する

「……え?」

「今まで通り、いや、今まで以上に私から会いに来る、それなら君は何も問題ないだろう」

「神様って、そんな、簡単に土地を離れていいものなわけ?」

 鬼守村には勿論鬼神が住んでいて、この土地一帯を守っている

 そんな鬼神が何処かへ行くということをしないことを知っている一村人からすれば神様が土地を離れることは滅多にないことなのだろうと考えていても当然だろう

「私は、鬼神と違ってこの土地に奉られているわけでもないから、もちろん力は少し落ちるかもしれないがそこまで問題はないさ」

 そう、鬼神はこの村に奉られた存在だが厄神は相性がいいから不動山にあくまで住んでいるだけの存在だ

 その場を少し離れること自体には問題はない

 だが神という性質上相性の良い場所を長く離れれば神としての力は弱まっていく

「……そこまでして、私がいいわけ?」

「私が君がいいんだ、何よりも……人間の一生は神にとっての一瞬に等しい、君が死ねばまた、私はあの山で悠々と過ごすよ、君を想いながら、ね」

 そしてまた、厄神は思ったことをそのまま口にする

 変に濁すほうがともが嫌がるということを知っているから

「はぁ……分かった分かった、それならいいけど……」

 そうして結果的に折れたのはともだった

「本当――」

「まずはお付き合いから、私は人間だから神様みたいに突飛に結婚、なんてわけにもいかないから、それが飲めるならだけど」

 嬉しそうにさらに身を乗り出す厄神の鼻先に指をともが突きつけて条件を付け足す

「勿論、君に合わせよう」

 厄神は迷うことなくそれを飲んで乗り出していた身を引いた

「ってことで、私達のほうは解決したわけだけど……」

 ともは言いながらこの険悪なムードの原因となっていたもう片方の夫婦に目を向ける

「……」

「……」

 だがともほど思いきりのよくない紬も

 厄神ほど感情が破綻していない鬼神も黙ったままで

「ねぇともちゃん、食事も終わったし少し夜風を浴びに行かないかい?」

 痺れを切らした厄神はともを散歩に誘う

「それは構わないけど……ちゃん呼びはやっぱり寒いから勘弁して」

 ともは立ち上がりながら肩を抱いて嫌そうな顔を浮かべる

「そうかい? 君がそれを望むなら、行こうかとも」

「はいはい」

 すっと自身に伸ばされた手をガン無視してともは部屋の襖に手をかける

「外で、改めて君の名前を聞こうかな」

 だが気にした様子もなく厄神はるんるん気分でそう呟く

「それ、何の意味があるの? 名前知ってるのに」

「神っていうのは色々あるのさ」

「そういうもんかなぁ……」

 噛み合っているのか噛み合っていないのかよくわからない会話をしながら二人は消えていった

「行っちゃったな、オレ達も空けたほうがいいかね?」

 そんな様子を見ていた清太郎はこめかみを掻きながら残された三人に目を向ける

「いや、いい、私が空けよう」

 言うが早いか鬼神は立ち上がると誰も見ずに早足に部屋を出ていってしまった

「あ、おい! 鬼神! あ、くそ、逃げやがった、って仙! お前までどこ行くんだよ……」

 そんな鬼神のあとを追ったのは紬でも清太郎でもなく、仙太郎だった


「おい、おい止まれって! 聞いてるのか!」

 何度呼んでも止まらない鬼神に追い付くと手首を思いきり握る

「……一体何のようだ?」

 さすがにそこまですれば止まって、仙太郎のほうへ目線を向ける 

「まだ逃げるのか、あれだけ厄神にまで背中押されて、また逃げるのか」

「っ……」

 仙太郎の言葉に反射的に手を振り払おうとするが仙太郎の手は決して離れることはない

「お前はいつまで……子供のままでいるつもりなんだよ」

 仙太郎は、憐れむように、そう言った

「私はっ……あの時から、大人になれない子供のままだ、私には、出来ない……」

 子供、という言葉にあからさまに鬼神は動揺する

「じゃあオレが貰ってもいいんだな?」

「……は?」

 そんな鬼神に対して仙太郎が言った言葉に鬼神を包む雰囲気が刺を持つ

「オレは、話すよ、話せる、自分に何があって、なんでここにいるのか、全て話せる、あの人の子になら、お前みたいな大人子供に任せておくより全て自分の気持ちを伝えた上でしがらみとか、因縁とか、そんなもんにからめ捕られないで守って見せる、そうすればお前の出番はないな、お前は今まで通りに一人で膝を抱えて震えていればいい」

「仙っ……お前――」

 奇しくも紬が怪我をした時に鬼神が選ぼうとした選択を、逆に鬼神が突きつけられていた

 鬼神は面を着けていても分かるほどに表情を歪める

 それは混乱なのか、動揺なのか、怒りなのか、はたまた全てなのか

 それはきっと鬼神自身にも分からないことだ

 それを見て仙太郎は鬼神の手首から手を放す

「それが嫌ならそろそろ大人になれよ、あの時から変わらず大切なんだろ、あの子のことが、それを伝えてやるだけでいい、なんでそんな単純なことが分からないんだ……って言いながら、私が素直になれたのもこの間のことですが……人間もあやかしも神も、一概に皆、成長していくものです、だから……あなたの心の成長を私達は望みます」

 そうして仙太郎はいつもの口調に戻って、にこりと微笑んで見せた

 厄神に背中を押されて、それでも進みきれなかった鬼神の背中を仙太郎が蹴飛ばした

「……分かった、私ももう子供ではないように彼女ももう子供ではない、自分だけじゃなく彼女のことすら、私は信じることが……出来ていなかったんだな、何よりも……いや、止めよう、ありがとう仙太郎、私は……話をしてくる」

 鬼神には、それで充分だった

 仙太郎にお礼を言うと鬼神は足早に紬のいるはずの居間へと向かっていった

「ご武運を……」

 そんな鬼神の後ろ姿に聞こえないぐらいの声でエールを送る

「はぁー、何恋敵に塩送ってんだお前はー」

 そんな声援に声を返したのは近くの柱の影に隠れていた清太郎だった

「恋敵も何も、すでに彼女は結婚している身ですから、私は……オレは、彼女がしあわせであってくれるならそれでいい」

 仙太郎は言いながらそっと床に座る

 自分の長い人生のなかで、二度目の恋、二度目の失恋に、想いを馳せて

「お前はずっと、そうだったな、自分より相手のしあわせを考える……優しいやつだよ、オレなんかの弟ながら……そういうとこ、尊敬する」

 清太郎は言いながら乱暴に仙太郎の頭を撫で回す

「くすぐったいから頭撫でるなよ……」

 言葉では拒否しながらも仙太郎はそれを振り払うことはしない

「たまには兄っぽいことしとかないと示しがつかないからな」

 清太郎はそれだけ言うと、寄り添うように仙太郎の隣に腰を下ろした

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