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5章 正直者と神様

「……本当に怪我の調子は大丈夫なのか? もうしばらくは休んでいても……せめてあと一週間は仙に任せて……」

 旦那様は何度も私の肩に手を置いては忙しなく動き回る。

「大丈夫です、もう痛みも跡もありません、しっかり休ませていただいたおかげでこの通りぴんぴんしてます、それに仙太郎くんもついてきてくれますし」

 あの一件から早二週間が経とうとしていた。

 痣自体は一週間もする頃にはすでになくなっていたし痛みもなかった。

 だが旦那様があまりにも心配するものだから万事を取ってさらに一週間は家事をする許可が降りなかったのだ。

 その間は私が来る前のように仙太郎くんが率先して家事をしていた。

 そしてこのやり取りも果たして何度目なのか。

 夜ご飯の買い出しに村に降りるとなった途端にこの過保護ぶりで、嬉しいが困ってしまう。

「……今度は何があっても守りますからご安心を、それでは早々に行くとしましょうか」

「せ、仙太郎くんっ?」

 そんな旦那様をガン無視して仙太郎くんは私の腕を掴むとそのまま玄関の扉をくぐる。

 そして。

「あ、仙……待っ――」

 焦った様子の旦那様の目の前でピシャリと扉を、閉めた。

「せ、仙太郎くん……あんな雑に扱っていいの……?」

 一応旦那様は神様で、仙太郎くん達は神に仕えるあやかしである、と休んでいる時に教えて貰ったはずなのだが、どうも清太郎くんの様子も鑑みるにそこまでしっかりした主従関係というものでもないのだろうか。

「問題ありません、あのままではいつまでたってもあなたを外に出しませんよあの神は、あれぐらい無理矢理が丁度いいんです、足元、気をつけてくださいね、山道ですから」

「あ、ありがとう……」

 仙太郎くんは何のなしにそう言いきってから私の手を優しく引いた。

 


「いやぁ、ありがとね仙太郎くん、仙太郎くんがいてくれるおかげでいつもよりたくさん買えちゃった」

 無事に村に到着すると行く店行く店でお店の人に心配された。

 どうやらこの二週間私は風邪で寝込んでいたことになっていたようだった。

 そしてやはり人手があるというのはありがたいことこのうえない。

 いつもは一人で持てる分しか買えないが今日は仙太郎くんもいてくれるからいつもより奮発してしまった。

 久しぶりの家事に少しはしゃいでいたのかもしれない。

「……これも仕事のうちですし、それから、仙でいいですよ、長くても呼びづらいでしょうしその方が楽ですから」

 私のお礼に少しむず痒そうな表情をした後にそっぽを向いて仙太郎くんはそう言った。

 仙、そう呼ぶのは旦那様や清太郎くん、厄神様など比較的親交の深い人たちである、という認識が私にはあったからその申し出がどうしようもなく嬉しかった。

「仙太郎くん……わかった! これからは仙くんって呼ぶね、清太郎くんのことも清くんって呼んだら怒るかな……」

「あの人間バカが怒るとは思えな――」

「だーかーらー! あんたもいい加減しつこいんだけど! 行かないって言ったらいかないから!」

 仙くんの声を遮るように村内に響き渡る大声。

 その声に私は大変聞き覚えがあった。

「っ……この声、ともちゃん……?」

 私は慌てて声のする方に向かう。

 そうすればともちゃんが予想だにしない相手を睨み付けていた。

「まぁまぁそう言わないでお嬢さん、せめてお名前だけでもって……名前はダメだったな、名前は教えなくていいから少しだけつきあってくれないかい?」

 そう言ってともちゃんに笑いかけるのは以前おせわになった旦那様のご友神である厄神様だった。

「申し訳ないけど不審者に名前教えるなって教わってるから……っていうか名前要らないって何? ほらもう早く帰って」

 そんな厄神様をともちゃんはぞんさいに扱いしっしと手を振る。

「一体こんな時間から何を揉めているのですか?」

 村を行き交う人達も声をかけるかかけまいか迷っている様子のなか仙くんが率先して声をかける。

「あ、仙くんにお嬢さん、少しお久しぶりになるのかな」

 その声に厄神様はこちらを振り向いて楽しそうな笑顔でひらひらと手を振ってくる。

「あの、あなたは、簪を作ってくださった厄が……」

「おっとごめんね、そこまでで、私は……そうだな、ただのしがない簪細工、親愛を込めてかんとでも呼んでくれ」

 一応厄神様その神である確認をしたくて呼び掛ければ途中で遮られてしまった。

 偽名を使うあたりどうやら神様であることはここでは隠しておきたいらしい。

「名前聞かない、名前名乗らないとか……そんな怪しい軟派師今まで見たことないんだけど……」

 名前を聞かないのは厄神様が神様だからだろうがそれを知らないともちゃんは余計に怪訝そうな顔をする。

「あはは、わ、かりました……かん、さんは何故ここに?」

 何とか乾いた笑い声をあげてから聞いてみる。

 以前来たときに不動山に住んでいるとおっしゃっていたが不動山はここからそんなに近い場所ではない。

 神様に特別な移動手段でもない限りかなりの徒労だ。

「あれ? 聞いてないかな、いやぁ、君のところの旦那さんに呼び出されてね、簪に力を込め直してほしいとね」

「ああそれでわざわざ……遠いところをありがとうございます、それから、ごめんなさい、簪をあんなにしてしまって……」

 そこでキラキラと輝く綺麗な簪を濁らせてしまっていたことを一抹の罪悪感と共に思い出す。

 あれから何度か磨いてみたりしたがどうやら外側ではなく内側にその黒い何かはあるようで一向に輝きが戻ることはなかった。

「何も謝ることはないさ、元々そういうために作ったものだからね、それに磨いても直せないが力を込めなおせばまた光を取り戻すさ」

 頭を下げて謝る私に厄神様は何も気にしていないというようにからからと笑う。

 磨いて、の部分はきっと前みたいに私の心の声が届いていたのだろう。

「何? 二人は知り合い? 何か込める云々ってのもよく分からないけど……まぁ何でもいいか、よし紬」

 訝しそうに私達三人を順繰りに見ていたともちゃんは何かを決めた様子で私の肩に手を置いた。

「どうしたの?」

「この人あんたの家に用事あるんでしょ? このまま連れ帰ってくれる?」

「え……」

 何を言われるのかのほほんと考えていたところにそんなことを言われてすっとんきょうな声を漏らしてしまう。

「出会いがしらに声かけられてうろちょろうろちょろ邪魔で仕方なくて」

「いやぁ、なかなか面白い心をしているからつい、ね」

 ともちゃんは心底嫌そうに。

 厄神様は心底楽しそうにそう言うものだからそのちぐはぐさに苦笑いしてしまう。

 ともちゃんは軟派と言っていたがそういう類いのものがともちゃんはあまり好きではない。

 そもそも軽くておちゃらけているような人種が嫌いなのだと前に聞いたことがある。

 だからそう、おそらくは厄神様の見目もやった行動も全てがともちゃんの地雷。

 だからこんなにぶちキレているということか。

「そう、なんですか? とりあえず私達も家に帰るところですから一緒に行きませんか?」

 私は流石にともちゃんがいたたまれないと厄神様に声をかける。

「うーん、本当はもう少し色々見ておこうと思ったのだけれど、美しい君は相手をしてくれないようだし……」

「おいちらっとこっち見んな」

 普通の女子ならころっと落ちてしまいそうな艶やかで完璧な流し目もともちゃんの防御力の前には無力だった。

「お堅いねぇ、じゃあこれだけ」

 それでもなお厄神様は楽しそうに笑いながら懐から一本の簪を取り出してともちゃんのほうへ差し出した。

「これは?」

 ともちゃんは受け取ることはせずに訝しげにそれを見る。

「ほら言っただろう? 私は簪職人だから、お近づきの印に、お転婆な君に似合いそうな赤色をどうぞ、これぐらいなら構わないだろう? 貰ってくれたらちゃんと私は消えるよ、貰ってくれないならもう少し構ってほしい、どうだろうか」

 厄神様のキザったらしい言い回しにあからさまきともちゃんの表情に怒りの色が見える。

 しかも選択肢を与えているようで実質は与えていないどころかどちらにしろ厄神様にとってはいいことでしかない。

「……あー、何このいけ好かないイケメンは」

 ともちゃんは盛大にため息を吐きながら罵倒とも世辞とも取れることを言って厄神様から簪を受け取った。

「それは褒められてるのかな?」

 厄神様も同じことを思ったようでそれでも楽しそうな表情を崩すことなく聞き返す。

「もうお好きに解釈して……はい、貰った! これでいい? ほら散った散った! 紬もその人よろしく」

「う、うん……」

 ともちゃんは周りに出来ていたギャラリー達を追い払い厄神様を私に押し付けるとすたすたと去っていってしまった。

「相変わらず台風のような人ですね」

 会話に入ってくることすら出来なかった仙くんは呆れた様子でそう呟く。

「ともちゃんだもん、しかなたないよ……」

 ともちゃんだから。

 それはこの村に住むものであればおそらく一度は使うか聞いたことがあるだらう。

 それだけあの子はこの村でも少し規格外で、人気者なのだ。

「それにしても厄神様、何故彼女にあそこまで? あれはあなたの力を込められた簪、特例でもない限り滅多に手に入れられるものではない筈ですが」

 周りの喧騒も落ち着き、私達も帰路につきはじめたころ不思議そうに仙くんが問いかける。

「……その特例だったのかもね、彼女の心は面白いよ、外面と内面があそこまでしっかり一致するとは……」

 厄神様は未だに楽しそうなまま何か嬉しそうにそう言って笑う。

「つまりは……?」

 言葉の深意が伺えなかったのか仙くんはさらに聞き返す。

「よく言えば裏表が全くないってことさ、そんな人間は早々いないからからかっているうちに面白くなってしまって……」

 なるほど。

 厄神様は心のなかで強く思った気持ちが聞けるという力を持っている。

 人間というのは誰だろうと少しは表と裏で心の差異が出てくるだろう。

 ともちゃんにはそれがないと。

 他の人ならまさか、となってもおかしくないが彼女であればあり得ると幼馴染みながら思ってしまうのがすごいことだ。

「今日は夜ご飯は食べていかれますか?」

 来客が来るとは聞いていなかったが仙くんとの初めての買い物で沢山買ってしまった物がある。

 タイミング的にはバッチリだ。

「そうだねー、折角だからご相伴に預かろうかな、仙くんとも……無事和解したようだからギスギスしないのは大変ありがたい」

「別に前もギスギスしていたわけではありません」

 厄神様の言葉に仙くんは少しムッとした様子でそう返す。

「そういうことなら、そういうことにしておこうか」

 だが厄神様は笑いながらそう答えるだけだった。


「全く、自分で呼んでおきながら今日来ることを忘れているとはどう言った了見かな?」

 厄神様は文句を言いながら酒を煽る。

「いや、申し訳ないとは思っている、こちらとしても少し心穏やかじゃなかったんだ」

 それにたいして旦那様は平謝りを返している。

 どうやら今日厄神様が来ることを本神自身忘れていたらしく三人で帰宅すると思い出したと言うようにはっとした顔をしていた。

「まぁ、たまたま多めに食材も買ってありましたから問題ないでしょう」

 本気で怒っている様子ではない厄神様を仙くんが形式程度に窘める。

「そうそう、早く食わないならそれ貰いー」

 そんな仙くんの皿から鶏肉の照り焼きを一切れ清くんが奪い取り口に頬張る。

「あ、おい清太郎! 私の皿から取るな!」

「そんなところに置いてるお前が悪い」

 怒る仙くんに清くんは何の悪びれもなく言ってのける。

「返せっ!」

「もう食っちゃったから無理ー」

 怒って手を伸ばす仙くんに清くんは笑いながら大きく口を開けて見せる。

「このっ……」

「お、おかわりあるから二人とも落ち着いて……」

 このままでは殴りかからん勢いに私は慌てて止めに入る

「ははっ、ずいぶんと賑やかな食卓になったものだ」

 そんな私達を見て厄神様が声を出して笑う。

「これはこれで悪くないだろう? お前もそろそろ夫婦を見つければいいものを……」

 そんな厄神様に酌をしながら旦那様も笑う。

 本気で怒っていたわけではないにしろこの雰囲気に持っていくのが元々の清くんの狙いに思えた。

「そうだなぁ、悪くない、確かに悪くないが……まだ一人を満喫していた、い……いや、一人だけ面白い子がいたな」

 厄神様は最初は断ろうとしたが途中で考える様子を見せる。

 面白い子、その一言で誰の話をしているのか察しはついた。

「お前が興味を持つなんて珍しいな、相手は人間か?」

 旦那様はそんな厄神様がそれほど珍しいのか少し前のめり気味に聞く。

「ああ、この村の子らしい、確か……」

「ともちゃんですよ」

 思い出せない、というか聞かないようにしていた厄神様に私から伝える。

 あの後旦那様に教えて貰ったことだが神様相手に本人から名乗るのは憚られても別の人からから教えられる分には問題ないらしい。

「そうそう、ともちゃん、ともちゃん、君がそう呼んでいたね」

「ああ、村長のところのお孫さんか」

 旦那様も誰のことか分かったようで合点がいくといった様子で頷く。

 村人全員を覚えているのかは知らないが流石に村長の孫は知っているようだった。

「出会ったことのないタイプで大変新鮮だったよ」

 厄神様はともちゃんのことを思い出すように斜め上に視線を向けながら呟く。

「……あの人の子は少し変わっているからな、それにしても可愛そうに、神など厄介なやつに目をつけられたものだ」

 旦那様のなかでもともちゃんは少し変わっているという認識なのかと思いながら少しブーメラン刺さっていることに気づいているのかは分かりかねた。

「簪もあげちゃったからねー」

「ぶっ……」

「だ、旦那様! 大丈夫ですかっ!?」

 けろっとそう伝えた厄神様の言葉に旦那様は呑んでいたお酒を軽く吹き出す。

「ああ、すまない……お前マジか……簪は安売りしないんだろ?」

 私が慌ててちり紙を旦那様に渡せばそれで口許を拭いながら信じられないといった様子でそう語る。

「勿論、こういうのは行動に移すのが早いが吉だからね、お気に入りの証、またからかいに来よー」

「……マーキングか」

「……」

 何だろう。

 二人の話を聞いていて流石にともちゃんが不憫になってきた。

「さてさて、食卓も落ち着いてきたところで、早速やってしまおうか、お嬢さん、簪をこちらへ」

 厄神様はそこで話を切り替えるとこちらへ手をのばす。

「あ、はい……」

「うーん、なかなか侵食されているが……これくらいなら」

 私が差し出したその簪を厄神様はいろんな方向から見定めるそして。

「っ……」

 厄神様が両手で簪を覆い何かぶつぶつと呟いた瞬間強い光を放って、それは残さず簪へと吸収された。

「よし、浄化完了、これはまた肌見放さず持っていなさい」

「あ、ありがとうございます……」

 そうしてまた綺麗な輝きを放つようになったその簪を私の手の上に戻した。

 簪が光を取り戻したことは嬉しかったがそれよりも厄神様の綺麗な桜色だった頭髪が黒く染まっていることのほうが気になってつい、言葉がうまく出てこない。

「ん、あ? これ? 力を使った副作用だから気にしないでいいよ、ちゃんと時間が経てば直るから……そんな気持ちになる必要はないよ、私はそういう神様だからね、これが仕事さ、優しい人の子」

 だがそんな気持ちもすぐに厄神様はそのよく聞こえる耳で聞き取ってしまったようで困ったように笑いながらそう言って私の頭に手を置いた。

「わかり、ました……! 大切にします!」

 ここまで言わせておいてそれでもなんてうじうじすることをきっとこの神様は望まないだろう。

 そう思って私は頷くと強くその簪を握りしめた。

「うん、そうしてくれると嬉しいな」

 そう言ってより笑顔を深める厄神様の手を旦那様が慌てた様子で無理矢理私から引き剥がすものだから、ついつられて私も笑ってしまったのだった。

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