第14話 それでも仲良くなりたくて
次の日廊下で仙太郎くんとすれ違うとこの間はとんだ非礼をと謝られてしまった。
それからはまたいつも通りの丁寧な仙太郎くんに戻っていた。
清太郎くんに至っては舌打ちもガンを付けられることもなくなって挨拶しても完全無視を決めつけられてしまうようになった。
「はぁ……」
「どうした紬、最近元気がないように見えるが悩み事か?」
つい夕食の時に溜め息を漏らしてしまうと旦那様が箸を止めてそう聞いてくる。
「あ、いえ、食事中に申し訳ありません……」
「それは構わない、私で良ければ話を聞こう」
そう促されて旦那様に相談するべきだろうかと少しだけ逡巡する。
でも……
「これは私自身だけで解決しないといけないことです、お心遣いありがとうございます」
考えた結果出した答えは旦那様には頼らないというものだった。
そりゃ旦那様に聞けば彼らのこともよりよくわかるし間に入っていただければ旦那様に恩があると言っていたぐらいだ話も出来るだろう。
でもそれではきっと意味がないのだ。
私だけの力で彼らとしっかり話をしなければきっと本当の意味でわかり会うなんて出来るはずがない。
だから旦那様の力は借りないと決めたのだ。
「そうか、あまり紺は積めないようにな」
旦那様はそう言ってそれ以上理由を聞くこともなく頷くとまた食事を再開した。
旦那様は本当にお優しいお方だ。
それにしてもこんなにうだうだ悩むなんて私らしくない。
悩んだのなら動かなければ。
私は明日から自分なりに動いてみようと心に決めて夕食に箸を付けた。
次の日私はまず彼らの事を知るために買い物の合間に村長の家に来ていた。
鬼神様や仙太郎くんと清太郎くん、彼らについて一番この村で詳しいのは恐らくだが村長だろう。
「いやぁ待たせたね紬ちゃん、今日はどうしたんだい?」
居間で待っていればお盆に湯飲みを乗せておじさんが入ってきた。
「あ、おじさん、今日はいきなりすいません」
「いやいや、そんな畏まらんで、君はわしらの孫みたいなもんなんだから」
おじさんはそう言って笑いながら席につく。
「で、どうだい鬼神様との新婚生活は? わしとしては理由が理由だからあまり祝い事という感じはしなかったがともから意外と良い感じだと話を聞いてなぁ」
おじさんは私と鬼神様が結婚した理由を知っている数少ない人物でもある。
「そうですね、最初は私も乗り気じゃなかったんですけど、今はそれなりに楽しい毎日です」
そしてこの言葉もまた事実だ。
旦那様と暮らす毎日は、思っていたより穏やかで心地よい。
だからこそ仙太郎くんや清太郎くんとも仲良くなりたい。
ずっと3人で暮らしていた場所に私という異物が入ってしまったせいできっと二人は今楽しく生活出来ていないのだと思う。
だからこそ、二人にも心穏やかに暮らしてほしいと思うのだ。
「今日は聞きたいことがあって」
「ああ、何でも聞いておくれ、わしに答えられることなら何でも答えよう」
「鬼神様に仕えている、仙太郎くん達のことなんですが……」
「達? ああ、清太郎くんにも会ったのかい」
おじさんは一瞬天を眺めてから口を開いた。
「清太郎くんもご存知なんですね」
「そりゃ知ってるに決まっとる、これでも村長だからな、彼らかどうかしたのかい?」
「あの二人がいつから鬼神様の元にいるのかご存知ですか? 私が生まれた時から既に仙太郎くんはいましたよね」
清太郎くんにはあの家で初めて会ったが仙太郎くんには幼少の頃から面識がある。
「それは難しい質問だな、あの二人はわしのじいさんのそのまたじいさんの生きていた頃からいるらしいからな」
おじさんは顎に手を当てて少し考えた様子で話す。
「そう、なんですね……」
これは出鼻を挫かれてしまった。
村長が知らなければこの村に知っている人などいないのではないか。
「まぁそう落ち込むんじゃない、ついておいで、村の蔵書が閉まってある部屋に案内しよう、もしかしたらそこに彼らに関係のある本も置いてあるかもしらん」
おじさんは笑って言いながら立ち上がると手招きをしながら歩きだした。
「紬、最近は帰りが遅いが何かあったのか? それに顔色も余りよくない」
旦那様が夕食が終わったタイミングでふと訪ねてくる。
おじさんから蔵書を見て良いと許可を貰ってから数日。
私は時間を見つけては蔵書を漁り読みきれなかった分は借りてきて寝る時間を削って読み込んでいた。
「少し調べ事をしていまして、大丈夫です、家事には差し支えないようにしていますので、心配してくださりありがとうございます」
私はにこりと笑って頭を下げる。
旦那様に心配をかけてしまった申し訳なさもあり上手く笑えたか少しだけ心配になる。
「……家事は別に構わないのだが、まぁいい、あまり根を詰めすぎないようにだけ気を付けなさい」
それだけ言うと旦那様は軽く私の頭を撫でて部屋を出ていった。
やはり旦那様は優しい神様だ。
だからこそ。
旦那様のことを慕っている2人と仲良くなりたいと願うのだがなかなかそれらしい蔵書は見つからず行き詰まっている。
今日借りてきた本は少し中を覗いた限りこの村から離れた所にあった神社の話のようで何か少し惹かれるものがありこの本を選んだ。
私は側に置いてあった本を手に取ると自室に向かう。
しかし廊下を歩いている時だった。
不意に強い目眩に襲われて立っていることが困難になり廊下にうずくまる。
おかしい。
確かに最近寝る時間を削ったりあわただしくしていたがちゃんと体力配分はしていた筈。
そのはずなのにどんどん気が遠くなっていく。
誰かの駆けてくる足音が聞こえてきたが
気づいた時には視界が暗転していた
ねぇ、一一はなんでいつもここにいるの?
一一一一
そうなんだ、一一の言うこと難しくて一あんまりわからないけど、一は一一のこと怖くないよ?
そろそろ行かないと! また来るね
「ん……」
ゆっくりと目を開ける。
目に写ったのは自室の天井で自分が布団に寝かされていることがわかる。
今の記憶はなんだろうか。
所々流れ込んできた言葉。
それは私の声なのに、そんな記憶は私は知らない。
それより私を部屋まで運んでくれた人にお礼を言わないと。
「旦那様、申し訳……え?」
あんな会話の後だ、旦那様が運んでくれたのだと勝手に思っていた。
だが起き上がって横を見ればいたのは清太郎くんだった。
「悪かったなあの馬鹿鬼じゃなくて」
清太郎くんはそう言ってふんっと鼻をならす。
「あ、いえ、こちらこそごめんなさい、ここまで運んでくれたのね、ありがとう清太郎くん」
「廊下で寝られてたら邪魔だから退かしただけだ、それよりなんだよこれ」
清太郎くんは私がさっき持っていた本を片手でつまんで目の前でぶらぶらと揺らす。
「ああそれは……えっと、少し知りたいことが、あって……」
まさか貴方達と仲良くなるために調べていましたなんて率直に言えるわけもなく言葉を濁す。
「毎日毎日ご苦労なことだな、わざわざオレ達のこと調べてさ、そんなに知りたきゃこんな本見てないであの鬼に聞けば良いだろ」
清太郎くんは持っていた本を乱雑にぽいっと投げ捨てる。
言葉を濁した意味もなく、どうやらすべて気づいていたようだ。
やはり、怒っているだろうか。
「……まず勝手に調べてごめんなさい、少しでもあなた達のことを知れたらって思って、一緒に暮らしているんだし、何より旦那様はあなた達のことを信頼しているでしょう? だから、三人は仲良くしてるのに私だけ仲間外れみたいで少し、少しね、妬いてたの、だから私も仲良くなりたい、旦那様に聞かないのはそれじゃあ意味がないと思ったからよ、旦那様が二人に何か言ってそれで表面上だけ仲良くするのは私の求めてる形じゃないから」
相手にたいして失礼なことをしたのであればちゃんと全て理由を話して謝る。
それが一番誠心誠意な対応だ。
言いきると私はもう一度ごめんなさいと謝って頭を下げた。
「……大人になっても昔から変わらないな」
清太郎くんははぁっと大きなため息を吐くとぼそぼそと何か呟いたが小さすぎて聞き取ることは出来なかった。
「え、何か言った?」
「いや別に、そんなに知りたかったならオレが話してやるよ、なんで仙があんなに人間が嫌いなのか」
「清太郎くんは人間嫌いじゃないの?」
「……オレはあいつみたいにズルズル引きずるようなナイーブな性格じゃないからなー、あいつ一人に背負わせるのは酷な話だ、だから一緒に背負ってやってる、だってオレ達の過去なんだから」
そう言って悲しそうに笑う清太郎くんはまさしく、お兄ちゃんの顔だった。
言葉遣いの丁寧な仙太郎くんのほうがパッと見年上のようだが清太郎くんはいつだって行動の端々に仙太郎くんへの気遣いが見られる。
「良いお兄ちゃんだね、清太郎くんは」
「そんな良い奴じゃなねーよオレは」
私の言葉に嫌そうに清太郎くんは頭を振る。
「でも清太郎くんに聞いてしまったら旦那様に聞くのと変わらない気が……」
話を聞ければそれはもちろん嬉しいがそれでは意味がないのではないかと少し迷う。
「気にしなくていいんじゃないか? だって当事者が話すって言ってんだから、倒れるまで調べたお前に対するご褒美だ、それにその本、オレ達のことが書いてある本で正解、オレ達の本なんてそんなに無いのに自分で見つけ出したってだけでも充分だろ、でもそれは人間の主観で書かれた本だ、オレなら忖度なく全て話してやれるからな、聞くか聞かないかは自分で決めろ」
清太郎くんはそれだけ言うと急かすでもなく膝にほおずえをついて待つ体制を整える。
本人が話してもいいと言ってくれている。
しかも忖度なく全てを。
それはきっとこの本だけでは知られない真実で
だから私は大きく唾を飲み込むと清太郎くんに向き合った。
「じゃあ、お願いします」
私は姿勢をただして深く頭を下げる
「そんなかしこまらないでも、まぁいいわ、まず大前提にオレ達は人間でもなければ神でもない、人間が言うところの所謂あやかしという奴だ、狐のあやかし」
「狐の……」
「オレ達は元々ここより遠くの場所にあるボロ神社に住み着く二匹の狐だった、ずっとその神社に住んでいる内に神社の妖力を吸いとって狐のあやかしに変化した、オレ達はその土地が好きだったからな、あやかしになった後はその神社の神の使いとしてそこら一帯を守るようになった、それからはまぁ楽しかったな、二匹で馬鹿して神様に怒られて、そんな日々がずっと続くと思ってた、思ってたんだ」
そこまで言うと清太郎くんは苦虫を噛み潰したような顔をして吐き捨てるように続けた。
「それなのに人間が、飢饉の続いたある年に、役に立たない神など必要ないと寄ってたかってくわや鎌、槌を持ち寄ると神社の全てを壊していった、住みかを失った、信仰を無くした神がどうなるか、分かるか?」
私はただ首を横に振った。
それ以外の返答なんて出来なかったから。
「消えるんだ、力を失い衰弱していきやがて、霧のように消える、オレ達の住んでた神社の神様はそうして消えた、それから仙太郎は人間が嫌いになった、見守ってきてやったのに、愛してやったのに、お前達の為に願ってやったのに、あいつが言った言葉だ、オレはその時の仙の顔が未だに忘れられない」
「そんな、ことがあったなんて、私知らなくて……仙太郎くんに酷いことを、清太郎くんにも」
人間に裏切られた彼ら。
傷つけられた彼らに私がしたことはきっと心の傷を抉るようなことだったのだ。
話しかけて笑いかけて。
仙太郎くんはどれ程の怒りを押し殺していたのか心中を思いはかるにあまりある。
「……実のところさっきも言ったがオレはもう引きずってない」
自責する私の様子を黙って見ていた清太郎くんはあっけらかんとした口調で言い放った。
「その後散々悪さをして、あの鬼と出会ってついていくことにして、色々新しい景色を見た、人間がそんな奴らばかりじゃないことも知ってるし」
清太郎くんは言いながら両手を広げてそしてあぐらをかいていた足の上に戻した。
「でも仙は、あの日から進めないでいる、オレは仙の兄だ、あいつを置いては先に進めないんだよ」
そう言って笑う清太郎くんの笑顔は自嘲的で見ていて痛ましかった。
「まぁ仙太郎も分かってはいるんだろうが踏ん切りがどうしてもつかない、そんな訳だからあいつと仲良くなろうとするのは諦めろ」
清太郎くんは笑顔を消してこちらを一瞥すると吐き出すように言ってから立ち上がり部屋を出ていこうとする。
確かに仙太郎くんと分かりあうのは難しいことだろう?
理由も理由だし自分の行動を自責もした。
それでも私は
「私は、諦めません、仙太郎くんと、清太郎くんとも仲良くなることを、仙太郎くんの怒りは分かります、その仙太郎くんのことを思う清太郎くんの気持ちも、それでも……私達は家族だから、仲良くなれれば私が家にいることで二人が嫌な思いをすることも無くなる筈だから」
私は昔に家族を亡くして鬼神様と結婚して新しい家族を手に入れたのだ。
それは思っていたものとは違うけど、暖かい。
だから私は諦めない。
例えそれが本人からすれば迷惑なことであっても。
いずれ本当の意味で笑いあえるように私はどうしてもなりたい。
そんな風に強く思うのだ。
自分自身何故だかはわからない、それでもこの二人とこのままの関係であることは心の底から嫌なのだ。
「……少なくともオレはお前がいるから嫌な思いをしたなんてことはないけどな」
「えっ……」
思ってもいなかった返答につい声が漏れる。
「無駄な努力にならないよう願っててやるよ」
清太郎くんはこちらを見てニヤリと笑うと手をヒラヒラと振りながら今度こそ部屋を出ていった。
私はしばらく呆けていたが清太郎くんの言っていた言葉の意味をしっかりと理解した。
清太郎くんの私に対する悪辣とした態度は全て仙太郎くんに合わせているもの。
そして仙太郎くんが内面に隠している言葉を清太郎くんが代弁しているのだ。
いずれそんなことをしなくても、仙太郎くんが私に本音を言ってくれる日が来る為に、私に出来ることをしていこう。
そう私は心に誓った。
それから私は仙太郎くんに会うことがあると前以上に構うようになった。
私の無知な行動のせいで傷ついたであろう仙太郎くんに今後どのように対応することが是なのか考えに考えて。
最初は話しかけず仙太郎くんから話しかけてきてくれて心を開いてくれればなんて思いもしたがそれではきっと何も進まないだろう。
それに過去を知ったからと距離を取ればそれこそ腫れ物に触れるようで相手に失礼だ。
それであれば変わらず私から動くべきだと考えた。
最初のほうこそ声をかけたりお菓子を上げれば感情を表に出すことなく対応していたが会うたび会うたび話しかけているとどんどん仙太郎くんは嫌な顔をするようになってきて、更に続ければ丁寧な言葉も崩れて悪態をついてくるようになった。
普通であれば嫌われたとかそう思うのだろう。
でも私はそうは思わなかった。
仙太郎くんが素を見せてくれるのが嬉しかったのだ。
そしてそんな様子をたまに仙太郎くんの近くで見ていた清太郎くんは特に何もしてくることはなかったが次第に笑って見ていることが増えた。
お菓子を無理矢理渡そうとしていらないですと突っ返されているところに通りがかった清太郎くんが貰っとけばと声をかけたりむしろ応援してくれているのではないだろうか。
そんな毎日を過ごしていたある日のこと。
珍しく仙太郎くんが縁側に座ってくつろいでいた。
それを見つけて私は隣に腰を下ろして笑いかければめちゃくちゃ睨まれたが立ち上がって何処かへ去っていくことはなかった。
「ねぇ仙太郎くん、このお菓子今村で流行ってて……」
「あんたは、なんでそこまで私に関わりたいんだ、私はこんなに拒絶してるのに、本まで漁って何が目的だ」
私の言葉を遮ってそう言う仙太郎くんは見たことのない表情をしていた。
怒っているような、悲しんでいるような。
「清太郎くんから聞いたのかな、勝手に調べてごめんね」
まず勝手に調べていたことについて頭を下げる。
落ち度が私にあるのだから謝るのは当たり前だ。
「別にそれは、気にしてない」
仙太郎くんはこちらを向いて瞳を僅かに揺らしたがすぐにそっぽをむいてしまった。
「私は、旦那様と仙太郎くん達って家族みたいな関係なのだと思ってるから、そこに私も入れて欲しいだけ、3人で生きてきたのにいきなりは難しいだろうし何かが変わることは嫌なことだと思うけど、旦那様と二人の食卓も楽しいけど仙太郎くんと清太郎くんと四人で囲む食卓はきっともっと楽しいもの、それに」
「それに?」
「こうやって仙太郎くんと話すのは楽しいの、いつもの仙太郎くんも好きだけど敬語も様もなしの素の仙太郎くんも私は好きよ? もちろん清太郎くんも、好きな人には関わりたくなるでしょ?」
「……清も言ってたけど、変わった奴だなお前は」
そう言う仙太郎くんの雰囲気はどこかいつもより落ち着いてトゲがなかった。
そして仙太郎くんは立ち上がるとこちらをむいた。
「それでも私は、人間を信用出来ないのです、だから紬様も私達のことなどどうか一一」
【見つけた】
仙太郎くんの声に被せるように茂みのほうから聞こえた声。
泥の中から響くようなそれと仙太郎くんに向けて放たれた一閃。
「危ないっ!!」
仙太郎くんがそちらを振り返ろうとするがそれより早く私は仙太郎くんを突き飛ばしていた。
仙太郎くんに当たる筈だったそれは私に思い切りぶつかって
仙太郎くんの紬と叫ぶ声を耳にしながら激痛で視界が暗転した。




