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第11話 神の簪

「いやー、美味しかったよお嬢さん、これはあいつが胃袋を捕まれるのもわかる」

 食後お客様の分の食器を下げようとすればそう言って笑って会釈される。

「ありがとうございます」

「頼んでおいたものは?」

 旦那様は自分の食器を持って立ち上がるとおかってに向かう私の後ろについて聞いてきた。

「うーわ自分で食器運ぶの? そんな素直な君見たの久しぶり過ぎて気持ち悪いんだけど、新妻に骨抜きだね」

「五月蝿いぞ」

「仲がよろしいんですね」

 子供のようなやり取りを見てつい顔が綻ぶ。

「……これの何処が仲良さそうに見えるんだ?」

「頼まれていたものでしたらこちらに」

 私はいぶかしげな旦那様をスルーして食器を流しに入れると床の風呂敷から瓶を二本取り出して旦那様に渡す。

「ああ、ありがとう」

「いえいえ、あ、あとつまみにとエイのヒレも買ってきてあります、七輪も出してあります、あとデザートにプリンというものを作ってみたのですがいかがでしょうか?」

「いただこう、何から何まで準備させて悪いな」

 それぞれ準備をして居間に戻るとこちらを見ながらプルプルと震えるお客様がいた。

「ねぇ、もし何いちゃいちゃしてんのって吹き出したら怒るかい?」

「…当たり前だろう、お前はそんなことをさせるために呼んだんじゃない」

「それにしても気が利くじゃないか、酒まで用意しておいてくれた上につまみまで」

 旦那様が酒の蓋を開けているうちに私は七輪を引っ張ってきてエイヒレの準備をする。

「私も何か手伝うことはあるかい? お嬢さん」

「……いえ、大丈夫です、お気遣いありがとうございます、あと自己紹介がまだでしたね、私はお嬢さんではなく鬼神様の元にこの度嫁がせていただいた……」

「待ちなさい」

 挨拶をしようとすれば旦那様がそれを途中で遮る。

「……何でしょうか」

 何か、変なことでもしただろうか。

 七輪の上のエイヒレがパチリと軽く音をたててはじける。

「……こいつはここから少し離れた山に住んでいるれっきとした神だ、不用心に名乗るものではない」

「そう、私は不動山に住む厄除けの神、厄神だよ、よろしくね」

 そう言って厄神様は笑うとヒラヒラとこちらに手を振る。

 やはり神様に会いに来た客人だけあってこの方も神様だったのかと思うと同時に1つの疑問が浮かぶ。

「……神様とは知らずご無礼を御許しください、して旦那様、何故神様だと名乗ってはいけないのですか?」

「おい君、自分の嫁にそんなことも教えてないのか……」

 私の言葉に最初に反応したのは厄神様のほうだった。

「どういうことですか?」

「……そういえば伝えてなかったな、単直に言うと神というのは名前を呼べば相手の魂を縛ることが出来る、だから不用意に名前を名乗るべきではない」

「だから神様っていうのは簡単に人の名前は呼ばないんだよお嬢さん、逆に神が名前を呼んでいる相手はそれだけその神様がその人を信頼している証にもなる」

 そこまでは黙って聞いていた。

 だけど、ひとつの引っ掛かりが心に残る。

「……そういうことでしたら旦那様は仙太郎くんのことはそれだけ信頼しているのに私のことは信頼してないんですね」

「えっ……」

 私の発言に旦那様は驚いたように声を漏らす。

「仙太郎くんのことは仙、仙ってお呼びになるのに私のことは君だのなんだのと名前で呼んでくださらないじゃないですか」

 この数日間を思い出してみても旦那様は一回も名前を呼んでくださった覚えがない。

 じーっと睨めば旦那様は気まずそうにふいっと視線を反らしてしまう。

「ああ、それは違うよお嬢さん、思い出してごらん、彼は1回だけ君の名前を口にしてる筈だよ、それもとても大切な時に」

 そんな旦那様に厄神様が助け船を出す。

 大切な時に名前を口にしている。

 私は少し考えを巡らせる。

「……あ!」

 ひとつ、思い当たることがある。

「わかったかな?」

「たしか神前式の時に1度だけ……」

「そう、その時点ですでに縁は結ばれている、つまり君達の不幸も幸福も全てすでに繋がっているのだよ、そしてまた逆もしかりだね」

「おいっ!!」

 ガタッと身を乗り出した旦那様を厄神様はは手で制すとニヤリと笑みを浮かべて続ける。

「つまり、今こいつが名前を呼ばないのは単に照れてるからってこと」

「照れてる……」

「照れてない!!」

 私の呟きに強めの突っ込みを旦那様が入れる。

 ああ、このかたはこんな表情も出来るのか。

「あと仙くん達はそもそも人間じゃないしこいつと仙くん達付き合い長いから」

「えっ、やっぱ仙太郎くん人じゃないんですか!? 仙太郎くんもか、神様とか?」

「うーん、神様ってわけではないけどその辺りは本人に聞いたほうがいいよ、で、君は騒いでないでそろそろ本題に移ったら?」

 からからと笑いながら厄神様は炙っていたエイヒレをひっくり返してからプリンを一口食べる。

「元はといえばお前が……まぁいい、紬、悪いが酒を酌んでくれるか?」

 旦那様はハァッと息を吐き出すと自分の席に座り直してこちらへと杯を出す。

「あ、はい、今すぐ……あ、今、名前……」

 今、旦那様は紬と言った?

 それは紛れもなく私の名前だ。

「……どうした、何か変なことを言ったか?」

「いえ、何も……今おつぎしますね!」

 私は慌てて瓶を持ってお酒をつぐ。

「君達の反応みてるとうぶすぎて笑えてくるんだけど」

 厄神様は笑いをこらえようとしているようだがくつくつと口の端から笑い声が漏れている。

「……笑ってないで早くやってくれないか」

 旦那様は心底痛そうに頭を押さえながらそう言う。

「ああ、わかったわかった、お嬢さん、ちょっと失礼して」

 厄神様はそれを合図にのそりと立ち上がると私の後ろに回る。

「な、何でしょうか?」

「見てこれ」

 そして私の目に見えるように何かを差し出した。

「これは、簪?」

 目に写ったのはキラキラと輝く一本の簪だった。

「そう、私がまじないを込めてお嬢さん用に作った簪だ、これを別に着けなくてもいいから常に持ち歩くようにしなさい、この簪が君を守ってくれる、そして最後の仕上げに付けるこの鈴にはそこの鬼神の気が練って込めてあるから何かあったときにはすぐにこの鈴が鳴って君の危険をそいつに教えてくれる

 そう言って厄神様は私の手に簪を握らせると装飾品の所に小さい鈴を付けた。

「……こんな綺麗なものをいただいてしまってよろしいのでしょうか」

 こんな綺麗な髪飾りを私は生まれて初めて手にした。

 キラキラと光を反射するそれはまるでこの世のものではないようにすら見えてくる。

 私なんかが付けたのでは豚に真珠ではないだろうか。

「お嬢さんが貰ってくれないと意味がないんだよ、私はそれを完成させて渡すために遥々やって来たのだから、それに、君が付けてくれれば豚に真珠どころかふさわしいというものだよ」

「っ……」

 今私は豚に真珠と言葉に出していただろうか。

 いや、言っていない筈だ。

「ああ、私は耳が良くてね、たまにこうして人の感情が起伏するとき心が聞こえてくることがあるのさ、さっきの人身御供の件もそう」

 そう言って厄神様はパチンっとこちらに目配せした。

「……なるほど、それでしたら納得です、それでは」

 私は簪を髪に差すと旦那様のほうを向いた。

「……似合っていますか?」

「……ああ似合っている」

 少しの間の後に旦那様は少し目線を反らしてそう呟いた。

「似合いすぎて可愛い! ってさ」

「き、貴様っ……」

 からかう厄神様のほうに旦那様が身を乗り出そうとして思い止まったように止まる。

「まぁいい、今回は簪を用意して貰って助かった」

「ああそんなことは全然構わないが」

 厄神様はそこまで言うと私の頭にぽんっと手を置いて続ける。

「もう狙われているみたいだからせいぜい気をつけてあげるんだね」

「っ、わかっているよ」

 それに対して旦那様は顔を少し歪めて返事を返すと杯の酒を一気に飲み干した。

「なんのお話ですか?」

「ああ、お嬢さんが気にすることじゃない、こちらの話さ、で、より綺麗になったお嬢さん、私にも酒をついではくれないだろうか、私は酒に目がなくてね」

「は、はい! 今すぐ」

 私は瓶を受けとると厄神様と旦那様の杯にお酒をつぐ。

「綺麗なお嬢さんについでもらった酒が飲めるならここまで来たかいがあったってものだね」

 そう言って厄神様はまたからからと笑った。

 その後の宴会は夜中まで続いたが厄神様は泊まることなく帰っていった。

 旦那様はうつらうつらと船を漕ぎながら自室へと戻っていって、それを確認して私は片付けをしてから自身も眠る準備をした 。

 私のために2人の神様が作ってくれた大切な簪はしっかり懐にいれたまま 。

 そして次の日ご飯の準備をしても起きてこなかった旦那様を起こしに行って私は初めて鬼神様の寝顔を見れたのだった。

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