第10話娶った理由は
「……」
帰路についたはいいが家が近付いてくるとどうしても足が重くなる。
別にともちゃんの言葉が悪い訳ではない。
ただ万が一私との結婚が村への嫌がらせだったとしたら、それは悲しいことだ。
元々愛がある結婚ではなかったにしろ。
足が重くなっても時間が経てば家にはたどり着いてしまうもので気づけば門の前まで来ていた。
門をくぐり玄関の戸を開けて中に入れば見慣れない草履が1足置いてあった。
ああ、そうだ。
今日は客人がお見えになるとのことだった。
ダメだ、こんな気持ちで料理を作っても美味しく作れる筈がない。
この話は客人が帰った後で旦那様とすればいい。
荷物をおかってに置くとぱんっと頬を叩いて気合いを入れなおした。
今日は客人が来るとのことだったので夕食は豪華にとんかつにした。
デザートも冷蔵庫で冷やしてあるし完璧だ。
私は茶の間に3人分の食事を用意すると旦那様の部屋の前まで行く。
そして声をかけようとしたときだった。
「にしても自称人間嫌いな君が妻を娶ったと聞いたときは正気かと驚いたよ」
「……別に驚くほどのことではないだろう」
中から会話が聞こえる。
しかもちょうど私のことを話しているようだった。
「今年の供物が少ないとの話だったから代わりの人身御供?」
ドキリ、と心臓が鳴る。
盗み聞きはいけないことだ。
そうわかっているのに身体は動かなかった。
もしこれで、旦那様がそうだと言ったら……
「……」
言ったら……
「そんなわけないだろう、人身御供なぞ嬉しくもないし必要ない、彼女が前話していた子だ」
「ほう彼女が、で、新婚生活というのはどうだい? 人間と1つ屋根の下なんて息が詰まるのではないかい?」
「……それがそうでもない、飯は旨いしこんな口下手な私と会話もしてくれる、笑った顔は可愛いし、意外と悪いものでもないぞ、相手が彼女だからだと思うが、お前も体験してみたらどうだ?」
そこまで聞いて私は力が抜けてその場にへたりこんでしまった。
供物の代わりなぞではなかった。
そして旦那様もこの新婚生活を良いものだと思ってくれていた。
それを知って心の底から安心した自分がいた。
「いやー、私は結構1人が楽だよ、で、よかったねお嬢さん」
「っ!!」
その声と一緒にがららっと旦那様の部屋の戸が開く。
「……帰っていたのか」
「は、はい、夕食の準備が出来ましたので呼びに参りました」
「そうか、では夕食にしよう」
旦那様はそう言って早々に部屋を出ようとする。
「おいおい、私の紹介はしてくれないのかい? どうもお嬢さん先程ぶりですね」
「あ、先程の、やっぱりお客様は貴方だったんですね」
やはり出先で助けてくれたあの人がお客様で間違いなかったようだ。
まああの道の先にはこの家と山しかないのだから来る人は限られるし。
「ええ、先程は挨拶をせず失礼しました」
「い、いえいえ! こちらこそよろけたところを助けていただき……」
「……飯にしないのか?」
挨拶がてらの会話を旦那様が遮る。
「旦那様!」
「ははっ! どうもお嬢さんのご亭主は腹ペコのようだ、それでは私も夕食をいただいてもよろしいかな?」
「勿論です! こちらへどうぞ」
「おい、私は別に腹ペコなわけでは……」
お客様はそのまま軽いノリで旦那様をあしらいながら居間へと向かっていく。
この人は旦那様との付き合いが長いのだろうか。
そんなことを考えながら私は二人の後を追った。




