第9話 人食いの鬼神さま
「なにそれ、意味わかんないんだけど……」
私は鬼神様の元へと嫁ぐことになった経緯を畑への道すがらともちゃんにすべて話した。
事の経緯を知ってる人はほとんどいない。
そもそも内容が内容だけにあまり口外するのも躊躇われたためだ。
「私もね、最初は本当に意味わからないって思ったし神前式の時も全然心踊らなかった、でもそれ以外で言えば旦那様は優しいし思ってたより普通の夫婦のような暮らしで、嫌だとは思わないの」
「絆されちゃったんじゃないの? 紬優しいから」
私の言葉にともちゃんはハァッと大きく溜め息を吐いた。
「確かにそうかも」
そんなともちゃんを見てそんなことを言いながら私は軽く笑う。
「キャベツ1玉でいい?」
畑の中のともちゃんがそう聞いてくる。
「2つは持って帰れないかなー」
さすがに今日の荷物量でキャベツ2玉を持ち帰るのはなかなかに厳しい。
「だよね、でさ、それ鬼神様の嫌がらせとかそういうことではないわけ?」
そんな会話の途中でふと、ともちゃんはそう言った。
「どういうこと?」
「……例えば、本当に例えばだけど、ずっと1人だった鬼神様がいきなりなんで結婚なんて話になったの? よりにもよって作物の出来が悪くて供物が減ったこんな年に、しかも相手は村一番の器量持ちって聞いたから紬を選んだんでしょ? だから供物が少ない嫌がらせに皆から評判もいい紬を自身の嫁として迎えたとか」
そこまで言ってからともちゃんはもう一度例えばだよと付け足す。
「……さすがにそんなことはないと思うけど」
確かにあり得ない話ではないかもしれないけど、それでも私はあの方がわざわざそんなことするとは思えなかった。
「紬も何度も聞かされたでしょ、あの昔話に出てくる鬼神様だよ、今は村の守り神だけど、私さ心配なんだよね、これで結婚生活に飽いた時には紬が食べられちゃうんじゃないかって、あの人食いの鬼神様に」
「ともちゃん」
私は名前を優しく呼んでともちゃんを窘める。
「あ、ごめん……」
ともちゃんはすぐに謝ると黙ってしまう。
人食いの鬼神様。
私は皆が影で使うその言葉が昔からあまり好きではない。
村の子供達が親や祖父母から何度も聞かされる戒め。
それは悪いことをすれば鬼神様に食われてしまうというものだ。
よくある子供を戒めるための言葉だが鬼神様には実際にある伝説が残っている。
昔人を食う鬼がいた。
その鬼は残虐非道で自身の縄張りに入った者は皆殺しにしてその鬼が歩く道は赤く染まった。
だが偶々通りかかった名のある僧がその鬼に法力をかけて罰を与えた。
今まで殺した人の分だけこの土地を守るようにと
簡単に纏めればそんな伝説だ。
結果その土地に村が作られその村も守られる対象になったわけだ。
鬼神様は村の守り神様だが人を食う恐ろしい鬼である。
皆がその伝説を知っているからこそ村の人達は鬼神様を恐れる。
「でも、気をつけて、私今までは恋愛婚だと思ってたから何も言わなかったけど、そうじゃないなら、紬とこうして話せなくなるのは嫌だから、鬼神様は好きでこの村を守ってるわけじゃないんだよ」
そう言ってこちらを見るともちゃんの目は見れば、本気で心配してくれているのだということかよく分かった。
「ありがとうともちゃん、でもね私、あの方がそんな悪い方には見えないの、なんていうか不器用だけど優しさが見え隠れするっていうか、まぁまだ新婚だからそんな感じに見えるだけかもしれないけど、ともちゃんも結婚したらわかるんじゃない?」
私は茶化すようにあえて最後の言葉を付け足す。
「私にそういう相手がいないってわかってて言うかこの口は!」
そうすればともちゃんは私の頬をぐにぐにと摘まむ。
「痛いって」
「……まぁ紬が今は楽しんでるならいっか」
「私今日はお茶は遠慮するね、また今度ゆっくり時間とってお茶でもしよ、キャベツと、お酒持ってくれてありがとね」
「1人で持っていける?」
「大丈夫だよ!」
私は荷物を纏めるとともちゃんに手を振ってから早々に帰路についた。




