血の魔法使いと吸血姫
展開はテンプレなろうっぽく、けど展開はちょっとひねりました。
シリアスすぎもしないライトなファンタジーです。
タイトルの吸血「姫」は雰囲気で。
「お──、プラド。血を操る以外の魔法を使えるようになったか?」
教室に意地悪そうな男子生徒の声がひびいた。
教室の外にまで聴こえるような大きな声で、プラド少年は例によって同級生にバカにされていた。
プラド少年はそんな声に怒ることもなく、黙って席に着いた。
ここは魔法学校エスピノーア。
その2年生の教室だった。
プラドは2年生になっていた。
ぼさぼさの灰色の髪が目を隠すほどに伸び、線の細い体つきは見るからにひ弱そうな少年だった。
成長する事を見込んで作ったのだろう、その制服は少年の体より一回り大きく、袖で手が隠れるほどだった。
学校に入学して間もなく、彼の特異な資質は生徒だけでなく、教師をも巻き込んで大きな騒動になったものだ。
何しろプラドは、魔力の根源的な媒体である血液を直接操作する能力に目覚めたからだ。
だがその力は、自身の体内にある血液を増やしたり、流動速度を速めたりできるだけで、外部に魔法として応用することができなかったのだ。
「彼の能力は希有なものです」
教師の中には、魔力を内包する血液に関わる力は大きな意味があるはずだ、と訴える者もいた。──しかし現在までのプラドを見るに、特別な力があるようには思われなかったのである。
同級生からは「無能」「無価値」などと言われつづけ、少年はすっかり自分に自信が持てなくなっていた。
「先生も言っていたでしょ? きっと何か意味があるはずよ」
「何かって何さ」
「それは……わからないけど」
「はぁ……」
1年生のときからの友人である女生徒のシーナは彼を励まそうとしていたが、見事に失敗してしまった。
1年。
少年は1年をかけて、血液を操作するという力の意義を見つけようと、授業の合間に考えたり、あるいは自分の体内を流れる血液の流れを遅くしたり、速めたりしてみたが、体調が悪くなるだけであった。
「血液の魔力を、魔法に変換できないの?」
「そんなこと、とっくにやろうとしてみたさ。けど、どうしてもうまくいかない。本当にぼくの血には魔力が通っているのかな」
血の中にある魔力は、それだけではなんの力もない。血の中にある魔力はいわば、魔力の元であって、その魔力の元を魔法を行使する段になってはじめて、魔法の効果を発生させる源となるのだ。
だがプラドは、どんなに魔法を学び、呪文を覚えてみても、一向に魔法を操ることができずにいた。
初歩中の初歩である「灯明」の魔法すら使えなかった。
肉体強化の魔法なら使えるかと考えた教師によって呪文を教わり、強化魔法の術式を一対一で懇切丁寧に教わったが、それも不発に終わってしまった。
彼が入学してから半年もすると、教師たちの多くはプラドという少年には関わろうとしなくなってしまった。
教員の教え方が悪いのだ、などという噂を立てられたくなかったのだろう。
「明日は魔法の模擬試験があるけど」
「ぼくは出たくないなぁ……。だって、魔法が使えないんだからね」
少年は自虐的に言って自分をせせら笑うと、教室を出て行ってしまった。
* * * * *
その日の夜。
町をうろついている学生たちの姿があった。
教室でプラドにからんでいた、意地の悪い男子生徒のガザフは、友人と共に夜の町で遊びほうけていた。
「明日は模擬試験だな。誰と当たるかな」
「うちのクラスには戦闘経験者が少ないからな、ちょろいぜ」
ガザフと友人は学生でありながら、すでに冒険者ギルドに登録された冒険者であり、冒険で亜人や危険な生物との戦いを経験した魔法使いだった。
「まあ、あの無価値魔法使いに当たれば、誰だって勝てるだろうけどな!」
そんなふうにあざ笑い、二人は声高に話しながら、歩道を闊歩する。
「だいたいなんだよ、血を操る力って、いったい何ができるんだ?」
「聞いた話じゃ、血の流れを速くしたり遅くしたり、血を増やしたりもできるらしいぜ」
「なんだそりゃ? 血を増やしたって意味ね──だろ!」
二人はひとしきり笑い、冷えてきた夜の道を歩きながら、寄宿舎に帰ろうとしていた。
すると、人の気配がなかった背後から突然、声をかけられた。
「おもしろい話じゃな。血を増やせる力とは」
驚いた二人は声のしたほうを振り返った。
そこには赤いローブ姿の女が立っていた。
フードをかぶった女の顔は見えなかったが、真っ赤な唇と、雪のように白い肌の対比が印象的な女だった。
二人の男子生徒は、わけのわからない感情をその女からかきたてられ、ごくりとつばを飲み込んだ。
* * * * *
プラドは寄宿舎で夜遅くまで本を読んでいた。
彼が勉学には優れた才能と、努力を惜しまない熱心さを持っていたことから、教師の一人が特別に彼に与えたランプの明かりで本を読んでいたのだ。
魔法の技能で劣る部分をなんとか知識で補おうとのことだったが、その努力は報われずにいた。
ときおり「こんなことをして何か意味があるのか」といった気持ちになるのを振り払い、彼はひたすらに書物を読みあさった。
秋にしては寒い一日の終わりに、彼は翌日の気乗りしない模擬試験に頭を悩ませていた。
「欠席しようかな……」などとつぶやく彼。
しかしそれはもはや、学校を退学するのと同じ意味を持っていた。
開け放たれた窓から、小さな部屋の中に冷たい風が吹き込んできて、少年は窓の木戸を閉めることにした。
「!?」
そのとき、背後に何かが立っているのを感じた。
部屋の入り口であるドアは鍵が閉められていて、開けることはできないはずなのに。
彼はおそるおそる振り向くと、そこには闇があるだけだった。
「気のせいか──」と、窓のほうを振り向いた瞬間。部屋のすみにある暗闇に赤い何かが見えて、彼は危うく大きな声を上げそうになった。
「だっ、だれ──!?」
「落ち着くのじゃ、わしはそなたの敵ではない」
いつの間にか部屋に入り込んでいたのは、女性のようだった。
背が高く、真っ赤なローブを身にまとった、白い肌の魅惑的な女性。しかしどこか不気味な印象を持っており、プラドはとっさに机の上に置かれたランプをつかみ、闇の中にいる人物のほうにそれを突き出す。
その女の肌は大理石のように艶やかな光を反射していた。
大きな瞳はランプの光を受けて赤く輝き、唇の赤色とは異なる異様な光を映し出す。
その美しい口元に蠱惑的な笑みが浮かぶ。
「なんじゃ? そんなに恐れなくてもよかろう」
「こっ、怖がるに決まってるでしょう! あなただれです!?」
するとその女はにやりと口元を歪ませた。
「おぬしはプラドで間違いないな?」
「どうしてぼくの名前を」
「おぬしの学友が話していたのよ。なんでも血を操る力を持っているとか」
女はそう言いながらぺろりと舌を出し、赤い唇を妖艶になぞった。
プラド少年はその仕草にあとずさりする。
女のその行為は、不吉なものに感じられた。
「おぬし、魔法が使えないらしいな?」
「え、ええ……」
「わしが魔法を使えるようにしてやってもよいぞ?」
「え!?」
思わぬ申し出に、手にしたランプを落としそうになるプラド。
「ただし──代償として、おぬしの血を飲ませてほしいのじゃ」
* * * * *
翌朝。寄宿舎から出て来たプラドは昨晩とは打って変わった面もちで、その表情はどこか自信に満ちていた。
「どうしたの? なにかいいことでもあった?」
シーナは教室の前で会った友人を見て、そう尋ねていた。
「うん──まあね。まだわからないけど、たぶんね」
「?」
あいまいな返事をするプラドの背中を見送って、少女は彼のあとを追った。
校舎の中庭にある広場で模擬試験がはじまった。
試験の内容は、向かい合ったクラスメイトとの一騎打ちの形式をとる、魔法を行使した模擬戦だ。
基本は離れた位置からの魔法の撃ち合いだが、接近して魔法による攻撃を加えることも許されている。
どちらにしても魔法が使えないはずのプラドには、勝ち目のない試験だった。
「おいおい、おまえも参加するのかよ?」
ガザフはいつもと変わらず少年を挑発している。
「うん。もし当たったらよろしくね」
「はっ、笑わせんなよ。おまえなんか一瞬でぶっ倒してやんよ!」
そうした二人のやりとりを見て、シーナはやっぱりいつものプラドとは違うと感じた。
少年がいつも見せる卑屈さが影をひそめ、これから模擬戦に臨もうという気迫をもちあわせているように思われた。
生徒たちは箱に入ったくじを引き、それぞれの順番と対戦相手が決められていく。
少年の模擬戦の相手はガザフだった。
誰がどう見てもプラドは棄権すべきだった。
たとえ相手がシーナであったとしても。
試験を見守る教師も、この模擬戦を開始していいものかと悩んでいる様子だった。
「……はじめっ!」
教師のかけ声ち共にガザフは好戦的な笑みを浮かべ、呪文の詠唱をはじめた──!
* * * * *
「血を飲ませろって!? ま、まさか吸血鬼……!」
「まあ待て待て、そう恐れることはない。何もおぬしをとって食おうというのではないのじゃからな」
そう言いながら前に一歩進み出る女。
ランプの明かりを受けて、彼女の容貌の美しさが際立って見えた。
人間離れした肌の白さ。
美しい顔立ち。
神秘的な赤い瞳……
それらがプラドの心をざわつかせた。
少年は彼女の美しさに惑わされ、そしてそれ以上に、突如現れた女性を恐れていた。
銀色の長い髪がゆらりと揺れ、近づいてきた相手にランプを突きつけ、それ以上近寄るなと態度で警告する少年。
「恐れるな。自分の力を解放したいのじゃろ?」
「解放……」
「おぬしの力はな、まれに人の中に生まれるものなのじゃ。そうさな、百から百五十年に一度あるかないかの、希有な魔法の力なのじゃ」
「魔法の? ──魔法が使えないのに?」
「そうじゃ、しかしその力は、通常の魔法と異なるやり方が必要なのじゃ。それゆえにおぬしは通常のやり方では魔法が使えないだけなのじゃよ」
少年は考え込んだ。自然とランプを持ち上げていた手が下がり、部屋の床を照らし出した。
「……それで、ぼくはどうしたら魔法が使えるようになりますか?」
「それは────」
* * * * *
「はじめっ!」
教師のかけ声と共に呪文の詠唱をはじめたガザフ。その表情は勝利を確信していた。
彼はゆっくりと呪文を唱え、勝利への疑いようのない道を歩いていた。
──そう思っていた。
ズドゥッ!!
ガザフの体が吹き飛んだ。
立っていた円の中から吹き飛ばされた彼は、後ろに用意されていたマットの壁にたたきつけられた。
そのままずるずると地面に倒れ込んだ彼は、完全に気を失っていたのである。
──何が起きたのか──
周囲で模擬戦を見守っていた生徒と教師は、プラドが動いたのがほとんど見えなかった。
一瞬でガザフに接近した少年は手を突き出し、そこから放った衝撃波でガザフを吹き飛ばしたのだ。
「魔法が使えなかったはずなのに……」
ささやくように誰かが口にした言葉が、しんと静まり返った中庭に浸透する。
教師が「それまで!」と、どこか高揚した様子で試合を止めた。
中庭にさざ波のようにざわめく声が広がり、シーナが大きな音を立てて拍手をすると、それは一気にクラスメイトに広まり、大きな拍手喝采となったのだ──
* * * * *
「わしが血を飲むのと引き替えに、おぬしの力を解放してやろう。その血の中に流れる魔力の源にわしが干渉すれば、おぬしはその力を自由に扱えるようになるのじゃ」
「そんな! ぼくは吸血鬼になんてなりたくない!」
少年は悲鳴に似た声を上げる。
「まあ待て、わしもおぬしを眷族に仕立てようなどと思うておらん。それに、おぬしが血の力に目覚めれば、なまなかの吸血鬼の力には汚染されぬよ。……まあ、わしほどの力を持つ者の支配力まで打ち消せるものではないが」
美しい吸血鬼はそう言うと、声を出さずに高笑いするような仕草をして見せた。
少年魔法使いのプラドは悩んだが、その吸血鬼の言葉を信じることにした。
どちらにしても明日の模擬戦で勝利できなければ、おそらくは学校を卒業するのも危うくなるだろう。
「わかりました。あなたに血を飲んでもらえばいいんですね?」
「そうじゃできれば毎日──いや、そこまでは必要ない。週に1度でいいから、血を分けてもらいたいのじゃ。最近は都市部でも田舎でも、吸血鬼狩りが出張りおって、難儀していたのじゃよ」
「吸血鬼も大変なんですね……」
少年はなぜか彼女に同情的になっていた。
「うむ。こちらはできるなら人間をむやみに傷つけとうない。
そこで血を増殖させられるおぬしが血を与えてくれるというなら、他の人間を襲う必要がなくなるわけじゃ。おぬしは魔力さえあれば、血はいくらでも増やすことができる。これはわしにもおぬしら人間にとっても、都合がよいじゃろ」
少年は自分が人身御供になった気がしたが、それ以上に、いまの自分を変えたいという欲求が上回っていた。それが吸血鬼と対峙する恐怖を乗り越えさせていた。
「魔法が使えるようになるのなら……!」
「よし、では首を出せ。なぁに、傷を残すほどわしは間抜けではないわ」
──こうして魔法使いの少年と吸血鬼の夜の密会は、静かに終わろうとしていた。
少年の首筋には冷たい牙の感触が残っていたが、かまれた跡はまったく残っていなかった。
「よいか。おぬしの力は呪文を必要とはしない。血の力をたぐり寄せ、自らの意識を魔法の行使へと振り向けるだけでよい。
まずは二つの使用方法を教えてやろう。一つは……」
* * * * *
意識を失ったガザフが保健室に運ばれて行った。
思いもかけず卓越した力を示したプラドに、学友たちは少年を取り囲み、急に強くなった理由を聞きたがった。
「動きがまったく見えなかった! いったいどうやって接近したんだ!?」
「手から放った魔法はなんだ!? いつの間に呪文を唱えていたんだ!」
「あんなに簡単にガザフを吹き飛ばすなんて! まじですげ──ぜ!」
少年はあいまいに笑いながら、少し苦しそうに胸を押さえていた。
細かな説明はしなかったが、この日から彼は「無価値魔法使い」などという不本意な異名で呼ばれることは、なくなったのである。
* * * * *
少年が吸血鬼に教わったのは二種類の技術。
一つは鼓動を速めると同時に、自身を世界の頸木から解き放ち、時間の遅くなった世界ですばやく活動できる魔法。
ただしこの力を使うと心臓に負荷がかかるので、長い時間の使用は危険だと教わった。
もう一つは血の流れの中にある魔力を、魔法を行使する力に速やかに変え、呪文を唱えずに魔法を放つ方法を教わった。
これにより、少年は血の中に刻みつけた魔法に関する力なら、即座に魔法として使用することができるようになったのだ。
それは多くの魔法使いにとっては驚異的な力であり、少年は無能として扱われていた境遇から、いきなり高等魔法使いに近い実力者として扱われることになったのだった。
とはいえ、いきなり時間操作という高度な魔法を行使したプラドは、めまいがして模擬戦後にしゃがみ込んでしまった。
保健室に運び込まれるようなことはなかったが、広場のすみで座り込んでしまったのだった。
一日の授業が終わると、プラドは寄宿舎に帰った。
学友やシーナから、どうして魔法が使えるようになったのか根掘り葉掘り聞かれたが、彼はそれには答えず、研究と研鑽の結果だととぼけて彼らの追及から逃げ出したのだ。
「やっと落ち着ける……」
ベッドに横たわると、彼は一日の出来事を思い出し、自分が魔法を使ったかんかくを再確認する。
「よかった、ぼくも魔法が使えるようになったんだ」
時間操作の反動に苦しんだ少年だったが、それよりも自分の力に自信が持てるようになれたことがうれしかった。
「どうじゃった? うまくいったかの?」
開放された窓から日の光が差し込む、まだ日の高い時刻だ。
吸血鬼は日の光が苦手なはずでは……、少年は体を起こし、声のするほうを見た。
そこにはだぶだぶの赤いローブをまとう、少女の姿が──
「あれ?」
部屋のすみにいたのは小柄な少女だった。
「学校の試験とやらは乗り切れたようじゃな」
その言葉づかいは確かに昨晩の吸血鬼の女そのものだったが、声色や見た目は少女であり、威厳のある言葉づかいもその見た目のせいで、空回りしている感じだ。
「吸血鬼の……」
「おぅ、その呼び方はやめぬか。誰かに聞かれてはおぬしも困るじゃろう? 眷族になったわけではないとしても、吸血鬼なんぞと共にいることがばれでもしたらの」
「かっかっかっ」少女は腕組みをし、そんなふうに笑い声をひびかせた。
「そういえばまだ名前も名乗っていなかったのぉ。わしはイルシャード・アメイアメルじゃ。おぬしの名は?」
「ぼくはプラド、プラド・ブルードア。……それで、その姿はいったい」
「なぜ縮んでいるか、ということか? それはの、この姿でないと日光の下を歩けぬからよ。昼間は小娘として活動しているのじゃよ」
赤いローブは小柄な少女にとって大きすぎた。腰のあたりでローブを結んで、なんとか引きずらないようにしているが、だぼついたフードは背中にかばんを背負っているかのようだった。
「それでは当分の間、ここで世話になろうかの」
「え?」
「おぬしはわしに血を与え、わしはおぬしが立派な魔法使いになれるよう指導してやる。なにしろおぬしの力を引き出せるものは、血の力に通ずるわしくらいしかおらんじゃろうからの」
「ぇえええぇえぇ!?」
こうして奇妙な二人の共存が、密かにはじまったのだった。
── 血の魔法使いと吸血姫 完 ──
展開は「ざまぁ」的なものですが、なろう系でない、あくまでファンタジーの雰囲気を残したお話になるよう、ちょっとひねったところもありますが、シンプルな内容になったかと。楽しんでいただければ幸いです。
また別の物語でお会いしましょう。