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宝石強盗に入ってショーケースを叩いているのだけれどもちっとも割れない

作者: 後谷戸隆

「最近のはガラスとガラスの間にフィルムを挟んでるので割れないんですよね」と店員が言った。


「そうなの?」


「そうなんです。ですからハンマーだけでガラスを割るのは難しいと思いますよ」


 そうは言ってもこちとら強盗だ。割れてもらわないことには困るということでハンマーでガンガンショーケースを叩いていくのだけれども、本当にちっとも割れやしない。


「頑丈だね」と店員に言う。


「ええ、まあ、お金が掛かってますからね」


 まずい。そろそろおまわりがやってくるぞ、と焦りながらガンガン叩いていると、店員がぽんと肩を叩いてきて、


「どうか心配なく。警察には通報しておりませんから」


「なんで?」


「我が社ではこの防犯ショーケースのテストを実施しておりまして、本物の宝石泥棒による襲撃にも耐えられるような強度に制作しているんです。なのであなたにはむしろこのケースを破壊できるまで頑張っていただきたいと思います。もし破壊ができたら中の宝石は差し上げます」


 そんなことってあるのだろうかと首を傾げるが、たしかにおれが強盗に入ってからすでに三十分ぐらいが経過している。ふつうに考えれば警察がやってくるのに十分すぎる時間は経過しているのだった。これは本当にテストも兼ねているのだろう。


「そんなにお膳立てされてしまっているんじゃあ、このガラスを破壊しないことには、おれさまの名がすたるってものだな」と再びハンマーを振り下ろすおれ。


「ええ、頑張ってください」と応援してくる店員。強盗とはいえ、応援されるのは悪い気はしないものだ。


 それからおれは昼となく夜となくショーケースを叩き続けた。腕や肩や全身が痛くなってしまったときは店の仮眠室で眠らせてもらった。お腹が空いたときは店屋物をとってもらったりもして、それを店員と一緒に食べるようなこともあった。


「ここのチャーハンはうまいんですよ」と店員。


「ホントだ。うまいね」


 チャーハンを食べればまた気力も回復してくる。おれは元気いっぱいにガラスケースをガンガンガンガン叩き続けたのだった。


 そのうち一年が経って二年が経った。ショーケースはちっとも割れなかった。ハンマーはすっかりぼろぼろになってしまったのでおれは店員に新しいハンマーを買ってもらったりした。


「すまんね。このお代は宝石を盗み出せたら必ず払うよ」と言うと店員は、


「いいんですよ。こんなの大したお金じゃありませんから」と言う。だがおれは強盗ではあるけれどもハンマー代までケチケチするような懐の狭い人間ではないのだ。


「必ず払うよ。これまでたまにご飯を奢ってくれた分だって払う」と強く言うと店員は少し困ったような顔をしたけれども「わかりました」と言って受け取ってくれることになった。


 それから三年が経って四年が経った。おれはショーケースを叩き続けた。五年が経って十年が経った。おれはショーケースを叩き続けた。


 ガラスはちっとも割れなかった。中に入っているダイヤモンドの指輪やネックレスはいつまでも美しい輝きを放っているのだった。


「いつか、お前らをみんな手に入れてやるからな」とおれは思った。それが今日や明日ではなかったとしても、十年後や二十年後には必ずおまえたちをみんな手に入れて、そして大金持ちになってやるからなと思いながらおれはハンマーを振り下ろし続けた。


 ガラスの割れる音。ハンマーのショーケースに跳ね返される音。振り下ろすたびに細かくなったガラスが宙に舞ってダイヤモンドダストのように光り輝くこと。店員がほかのお客さんを接客する声。「よくお似合いですよ」「こちらは加熱処理済みですよ」「一度仮のサイズで作って、後で直すことも可能ですよ」。いろんな声。いろんな音。いろんな世界。


 おれの外の世界はこれまで通り続いているのに、おれだけがショーケースを叩き続けている。ショーケースを叩き続けて、そしていつか中の宝石に手が届くのではないかと思いこんでいる。それが愚かなことだというのはわかっている。自分でもわかりすぎるぐらいわかっている。でもおれには他にどんなお金を稼ぐ手段も知らない。おれはまっとうな教育を受けてこられなかったから、こうして強盗に入ることぐらいしかお金を稼ぐすべを知らないのだ。それは言い訳だけれども、でも本当にそうなのだった。おれは愚かなのだ。たしかに。たしかに。


 それからどれくらい時が流れたのかわからない。


 最後に振り下ろしたハンマーがショーケースのガラスを粉微塵に砕いたとき、おれは心の底から「やった!」と思った。おれはガラスの割れた衝撃で思わず尻餅をついてしまった。


「大丈夫ですか」と店員が駆け寄ってきた。だがそれよりも中の宝石が気がかりだった。今の衝撃で壊れてしまってないだろうかと思った。


 おれは店員の肩を借りてよろよろと立ち上がった。もう、まともに立っていることすらできなかったのだ。


 ショーケースをのぞきこんだ。ショーケースの中にはこの何十年というものずっと見つめ続けていた宝石がまだ美しい姿のまま残っていた。


 おれは震える手をのばした。宝石をつかんだ。そいつを光に透かして見た。ダイヤモンドの輝きがおれの目を打った。文字通り打った。おれは目を焼かれたような気がした。


 なぜか涙が止まらなかった。胸の奥から涙が止めどなく出てくるようだった。おれは泣いた。大人なのに恥ずかしげもなく泣いてしまった。


 店員は拍手してくれた。


「おめでとうございます。ついにやりましたね」と言ってくれた。


 おれは涙を拭いながら、


「おれはこれを元手に商売を始めるよ」と言った。


「おにぎりを売る店を作ろうと思うんだ。おれの大好きなおにぎりを作って、そいつで全国展開をしようと思うんだ」


「そうですね。きっとできると思いますよ」


「そしたら、お金持ちになったら、おれみたいなガキを援助するような団体を作りたいんだ。もうおれみたいに一生を宝石を奪うことだけに時間を費やすんじゃなくて、もっと何か大切なことができるように」


 言いながら、おれは自分のまぶたがだんだん重くなっていくのを感じた。疲れてしまったのだ。もう何十年もハンマーを振り続けていたのだから。当たり前だ。


 おれは目を閉じようと思った。店員がおれのことを見つめていた。


「きっとできると思いますよ」


 店員は昔と変わらぬ笑顔で言った。そうだよね。できるよね、とおれは思った。そしたら安心した。もう目を瞑ってしまっても大丈夫じゃないかという気がした。


 輝きだけが眼の奥に残っていた。ダイヤモンドの光の輝きだけが。そして、それだけあればたぶん、おれは満足だったのだ。

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