視線の向こう側
未熟な彼女のどうしようもない一幕。
周りには酒に酔った人の声があちらこちらに響き、隣の人の声も聞きづらいほど賑わっている。
「いいんですか? 私がこんな主役席に座っちゃって」
「いいんだよぉ、お前さんの送別会……じゃなかったか、激励会及び佐藤ちゃんの歓迎会なんだからよ」
彼女の斜め左から冗談めかしてこちらに返事をしてきたのは副リーダーの斉藤さんだ。
今回は彼女と佐藤さんのための飲み会を仕事終わりに開催している。
メンバーは彼女が異動する前に一緒に仕事をしていた人達で同期の暦さんとリーダーの岩崎さん、副リーダーの斉藤さん、リーダーの同級生の厚木さんと今年配属された新人の佐藤さん。そして、彼女の右斜め前に座る一回り以上歳の離れた先輩の永江さんがいた。
「今日は主役なんだから好きなもの頼みなさい」
そう言ってくれるのは隣に座る岩崎さんだ。
「ありがとうございます! どうしましょうかね」
岩崎さんからメニューを受け取ると多種にわたるもんじゃ焼きの名前が並んでいた。
「迷いますね」
「なんでも良いんだよ、1番高いのいっちゃえば? ほらホタテとか」
「あれ? 魚介いけたんでしたっけ」
「いや? 俺は無理だよ」
真向かいに座る厚木さんは魚介類全般が苦手だと前に聞いていたがホタテを食べられないのはなんだかちょっと損な気がすると彼女は思った。
「とりあえず飲み物は早く頼んじゃいなさい」
「あ、すみません……じゃあワインの白で」
永江さんが店員さんを呼んでくれる。彼女は何となく永江さんの顔を見られなかった。
実は彼女は異動前に永江さんに告白し振られている。その後も何度か顔を合わせる機会はあったが永江さんの態度は変わらず、彼女だけがドギマギしていた。
「最初からワインにしたの?弱いお酒からいったほうがいいのに」
そう助言してくれるのは1番左端に座る暦さんだ。
「炭酸じゃないお酒があまり無いからね」
「そっか、ここのお店サワーとかしか無いもんね」
「佐藤ちゃんはもうお酒飲めるんだっけ? 」
「まだ飲めないです」
彼女の左隣に座る佐藤さんは高卒で入社しており今年誕生日が来ても19歳でお酒が飲める歳では無いのだ。
「そういえばそうだよな! 若いなぁ」
斉藤さんは小さい娘さんがいるせいかしみじみとそう発言した。
その間に各々が頼んだ飲み物が運ばれ幹事を務める斉藤さんが乾杯の音頭を取ると早速、鉄板に火をつける。
「ストーブみたいで温かいですね」
「そこに手をついたら火傷するから気をつけなさいよ」
岩崎さんは手際良く鉄板に油を伸ばしながら指摘する。
自分も何かやらねばと慌てて起金を持つも既に準備が完了した様子でなす術がなく、結局運ばれてくる料理を受け取るだけになってしまった。
「今日は主役だからいいんだよ」
彼女のテーブルに着く先輩方は皆そう言ってくれたが、彼女が一番の下っ端だったため非常に肩身が狭いと彼女は申し訳なく思う。
この雰囲気でそれぞれが近況報告や他愛のない話で盛り上がり、彼女のお酒がかなり回ってきた頃のこと。
ふと永江さんを見ると頬杖をつきどこを見るともなくグラスをかき回していた。
何を考えているのだろう、と回らない頭で表情を読もうとするが何となく罪悪感が出てきてすぐに永江さんから視線を外す。
未だに想いを引きずる彼女は今回の飲み会で永江さんが来ると知って内心ではとても喜んだ。しかし、会ってみると舞い上がりすぎて何も言葉が浮かばず、勢いでワインを飲み込み案の定酔いに飲まれてしまう体たらくだった。
そのまま時が進み会もお開きの時間になる。
外に出ると12月の冷たい風が顔に吹き付け酔いもいくらか冷めた。
あぁ、今日はダメな1日だったかもと店に用意されていたベンチに座り込むと目の前に革靴が見える。
「大丈夫?結構酔ってるでしょ」
頭上から聞こえるのは敬愛する永江さんの声。
彼女は弾かれたように顔を上げた。
「だ、大丈夫ですよ! おかげでもう全然酔ってないです! 帰らないとですよね」
「そっち、帰りと反対方向だけど」
しまった! つい浮かれてしまった! と彼女はまたもや座り込む。
「気をつけなよ」
穏やかで優しげな声が彼女の耳に届く。しかし、顔を見ることもできずに項垂れたままのろのろと立ち上がる。
酔いは冷めたはずなのに顔に熱が集まる感覚があった。
(永江さんのそういうところがずるいです)
密かに燻る自身の想いに見ないふりをして帰ろうとする永江さんの後ろ姿を見つめた。




